18【マイナス1】
「アイザックさん、聞きました? 緊急会議を開くそうです。貴方も参加してください」
ある日、すれ違いざま、珍しく焦っているCBからそんなことを聞いた。返事をしようとした直後、チャイムが鳴り響き、船内一斉放送が続いた。
『緊急会議を開きます。幹部は至急食堂に集まるように。繰り返します……』
ほらね、とCBは肩をすくめた。胸騒ぎがする。不吉な予感が脳裏をよぎった。
「……食堂に向かうか。君も行くんだろ?」
「俺はちょっと準備があるんで。先に向かっといてください」
CBはそう言い残し、早足でどこかへ行ってしまった。仕方なく、俺は一人で食堂に向かうことにした。
ドアを開くとピリピリとした空気が張り詰めていた。只事ではないな、と思いつつ端の席に座って、他のメンバーが揃うのを静かに待っていた。ジャックス、エンブラント、アハルテケ、ハイペリオン。見知った面々も、只ならぬ空気を察知し、誰も口を開こうとしない。沈黙が居心地悪い。
暫くすると、廊下の奥から聞き慣れた革靴の音が近づいてきて、どきりとした。悪酔いしそうな香り……彼のムスクが流れ込んでくる。足音の主――シドが程なくして入室した。硬い表情をした皆を一瞥し、奥の上座へと座った。その際、ちらりと目が合い、慌てて目を逸らした。あの目に捉えられると、先日の情事を思い出してしまう。あの夜は酒に酔っていたとはいえ、娼婦の如くはしたなく乱れ、彼を欲してしまった。いっそのこと、記憶なんて残らないほど酒を飲めば良かったと後悔している。俺にはリュウという掛け替えのないパートナーがいるのに、他の男に心まで許すなど、あるまじき振る舞いだった。
リュウはきっと、どこからか無様な姿の俺を見て呆れていることだろう。アハルテケ、CBに続いてシドにまで身体を開いた俺を、事情があったのだと理解してどうか赦してくれないだろうか。
それにしても、シドが俺に触れる掌の感触を思い出すだけで、顔が熱くなる。思うに、肉体関係は、シドとの関係を決定的なものに変貌させた。彼は、シドの執着心を真っ向から包括してしまったのだ。今後、彼は俺への欲望を今以上に顕わにするだろう。俺はそれに答える義務を生じさせてしまったに等しい。
しんと静まりかえる室内。静寂を破ったのは、CBだった。
「遅れました」
勢いよく開けたドアからCBが走ってきた。脇にファイルを抱えている。息も荒い。シドは「構わない」と言い、着席を促した。
CBで最後だったらしいが、いつもよりも集まっている人数が少ない。シドが口を開く。
「皆、急に呼び出してすまない。……また、殺人事件が起きた」
集まっていた皆の表情が一気に強張る。
「……犠牲者は、誰なんだ?」
「…………ヘリオスだ」
にわかには信じがたい。あの筋骨隆々の男が、殺されただって? ヘリオスの死を受け入れ難かったのだろう。アハルテケが目を見開いて叫び散らした。
「……嘘だ! ヘリオスが死ぬなんて……。やったのはインサージェントか? 俺がぶっ殺してやる!」
ヘリオスと特に親しかった彼にとっては相当なショックだったらしい。今にも部屋を飛び出して暴れ散らかしそうなアハルテケを、ジャックスが諫める。
「……CB、検死の結果を報告してくれ」
「はい」
シドに指示をされ、CBは淡々と手元のファイルを読み上げた。
「死亡推定時刻は昨晩二時頃。一階の、吹き抜けで倒れていました。おそらく三階から転落したのでしょう。死因は、転落による脳の損傷と見られます」
「ヘリオスはバーにやって来る時以外、いつも十二時頃には就寝していた。なんでそんな深夜にうろついてたんだ?」
エンブラントが髭を擦りながら疑問を口にする。ついでに、昨晩ヘリオスはバーに来ていなかったぜ、と証言した。
「クソっ! インサージェントの野郎、許さねぇ。許さねぇ! ……ルルイェ人! てめぇがやったんじゃねぇんかよ。あぁ!?」
アハルテケがこちらを睨みつけ、拳を握る。殴り掛かってきそうで思わず後ずさった。
「俺は何も知らない!」
またアハルテケに暴力を受けるのはごめんだ。俺が身構えていると、CBが見かねて口を挟んだ。
「一概にインサージェントが犯人だと言い切れませんね。ロッツォ殺害事件の時には首の後ろに決定的な傷跡があったんで、インサージェントによる犯行が疑われましたが、今回はインサージェントがヘリオスを突き飛ばした可能性だってあるし、ヒューマノイドがそうした可能性もあります。今回に関しては、インサージェントが関与していたという明確な証拠はありません」
CBの冷静な分析を聞いて、アハルテケは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……じゃあ誰が、何のためにヘリオスを殺したって言うんだよ?」
「……確かに暑苦しい奴でしたが、悪い奴ではありませんでした。ヒトの恨みも買うような奴ではありませんでしたし。……犯人の動機が見えません」
ヘリオスと反りが合わないように見えたジャックスでさえもヘリオスの死を悼んでいた。豪快さを持ち合わせつつも面倒見がよく、情に厚かった男だ。俺にも、身に覚えがある。クルーの輪に入りやすいよう、よく声を掛けてくれたのはヘリオスだった。――それほどまでに、人望のあった彼を殺したがる人物なんていただろうか。
「じゃあじゃあ、仕方なく殺したとか?」
「仕方なく?」
「例えばさ……見られたくない現場を見られた……とかね?」
「まぁ、考えられなくもないですが……」
状況証拠がない以上、誰が何を言おうと、只の机上の空論に過ぎない。延々と話し合いが続くのを見かねて、シドが一石を投じた。
「とにかくヘリオス殺しの犯人は見つけなくてはならん。これは組織の分裂を生んでしまう。見つからないのであれば、最悪、一人ずつ尋問してもらう」
尋問と聞いて、真っ先にアハルテケの顔が浮かび上がった。確かに、彼の手に掛かれば犯人も耐えかねて口を割るに違いない。絶対に尋問は避けたいところだ。先日の一件を思い出し、ぞっとした。きっと皆もそう思っていた時である。ジャックスが発言を求め、挙手をした。
「俺から報告があります」
「言ってみろジャックス」
「ヒューマノイド反応が二体少ないんです」
「ん? ヘリオスが死んだだけならマイナス1だろ? なんでマイナス2なんだ?」
アハルテケは首を傾げている。
「俺たち、クルーの総数は元々三十二人でした。そこへ、
アイザックが入って三十三。
ロッツォとヘリオスが死んで三十一。
そこからアノマリー反応二体を除いて、二十九。
これはヒューマノイドの総数でもありますが……その筈なんですけど……。二十七しかヒューマノイド反応が無いんです。
ヒューマノイド反応にもアノマリー反応にも引っかからない異端分子が混じっている。……俺らの中に」
「ロッツォが死んだ時に、マニュアルに則って調べたとか言っていなかったか?」
「あの時は、アノマリー反応しか調べていません。インサージェントが紛れ込んだという想定でしたし、ヒューマノイドの総数は変わらないだろうと考えていたからです。……失念していました。だから、いつからヒューマノイドが二名減っていたのか、不明なのです。現状、アノマリー反応が二。死亡者が二。ヒューマノイドが、マイナス二……あぁ。なんだってこんなことに……」
ジャックスが頭を抱える。彼の話が真実ならば、一緒に暮らす仲間の中に、人ならざる何者かが紛れこんでいるという。それも、いつからか分からない。各々が自分の周りの人物を訝しみ、おかしいところが無かったか思い出そうとしている。
一方、俺はあることに気が付く。――計算が合わない。
……リュウは、その内訳のどこにいる?
困惑する俺を置き去りに、会議は進む。
「おい、自分らの部下で怪しい奴はいなかったか?」
「いや……何も気が付かなかった」
「……」
何かがおかしい。何かが間違っている。きっと、ジャックスが数を数え間違えたに違いない。そう思い込むしか無かった。
いずれにせよ、クルー殺しの犯人は明らかにするべきだ。犯人は必ずこの船の中に居る。なのに、その尻尾すらつかめない。そのもどかしさに、皆が頭を捻っていたときだ。
「……アンドロイド?」
シドがポツリと呟いた。すると、何かに気が付いたのか、ジャックスはハッとしたように声を荒らげた。
「そうか。アンドロイドは生き物じゃないからどちらにもあたりません! 俺らの中に、アンドロイドが紛れている可能性があります!」
「ん? 待て。アンドロイドなら船内に山ほどいるじゃないか」
純粋な疑問だった。エルクのようなアンドロイドはこの船に数十体は乗っている。ヒューマノイドに従順で、淡々と自分にプログラムされた業務をこなす彼女たちに、ヒューマノイドの殺害を企てて実行するなど到底思えなかったのだ。
「偶にいるんです。突然変異体が。俺は、アンドロイド混入説を推しますよ。皆はどうです?」
CBが皆の顔を見渡す。アイディアも煮詰まっていたところに降って降りた説だ。皆「異議なし」と頷いた。
「どうやって炙り出す? 船長、俺が一人ずつ尋問したっていいんだぜ。あいつにしたようにな」
アハルテケが俺を指さす。シドは呆れながら諌めた。
「いや……。平和的にいこう。私にいい考えがある。少し待っていたまえ」
そう言い残すと、シドは部屋を出てどこかへ行ってしまった。数分後、彼は仰々しい機械を抱えて戻ってきた。
「アンドロイドは貴金属のボディを持つ筈だから金属探知に引っかかるはず。私の私物だが、金属探知機を持ってきた。これを使おう」
長い柄の先に円盤のようなものが付いている妙な器械である。エンブラントはそれを見ると目を輝かせた。
「おっ。懐かしいな、それ。あれだろ? 惑星シャールノスでトレジャーハントに使った……」
「そうだ、結局大したものは取れなかったけどな。黒檀ばかりだった。もう十年以上前になるか?」
「そうそう、あの時はえらい目に遭った……」
エンブラントとシドが、昔話に花を咲かせ始めた。話が脱線する前に、ジャックスが強引に軌道修正を試みる。
「話を戻しましょう。船長の案通り、金属探知機で一人ずつチェックしましょう。原始的ですが……効果的なはずです」
ジャックスはシドから金属探知機を受け取ると、電源を入れた。電波の走る音が鳴る。ずいぶん使用されていないようだったが、まだ生きているようだ。
「アイザック。貴方からです」
体に金属探知機が当てられる。俺は両手を挙げて、されるがままに検査を受けた。全員の視線が注がれ、恥ずかしさで顔が赤くなる。続いて後ろを向くように促され、同じように全身を隈無くチェックされるも、金属探知機の発する音に何の変化もない。
「もういいですよ。次。CB」
検査は無事に通過したらしい。やましいことはしていないが、何事もなく安堵した。
「次」
そのまま、ジャックスが次々と検査をしているのを見守っていると……けたたましい音が鳴り響いた。
ある人物に、金属探知機が猛烈に反応したのだった。




