16【緑色の姿】
「標的を捉えました。十キロメートル先、アルテミス社製貨物船、発見。全長三百メートル級の大型船です。……彼方もこちらの存在に気づいている様です」
集まったのは、シド、ジャックス、ヘリオス、それに俺だ。コックピットには複雑そうな機械が所狭しと埋め込まれており、その中の巨大なモニターにはミスティック・エリュシオン号とアルテミス社製貨物船との航路図が表示されていた。
「よし。アハルテケとヘリオスは部下を連れて小型船に乗り込め。アイザック、お前もだ」
アハルテケがハイ、と返事をする一方。俺が仏頂面で黙りこくっているのを見かね、シドは俺の手を掴んで、無理矢理アハルテケと握手させた。振りほどこうとしたが、がっちりとシドに握り込まれて動かない。
「……あの件は水に流そうじゃないか。ほら、笑顔だ、笑顔」
アハルテケと睨み合う。その冷たい掌が憎い。その手を握り潰してやろうかと、腹いせに僅かに力を込める。
「……!」
それに答えるように強く握り返される。エスカレートする最中、二人して無理矢理笑顔を浮かべると、ようやく手が解放された。
「よし。行ってこい!」
シドに送り出される。あの一件以来、アハルテケの事は苦手だ。彼の姿を見る度に、あの時の記憶がフラッシュバックして足が震える。性行為が暴力の道具に使われるなど、彼に出会うまで知らなかったし、知りたくも無かった。
リュウは俺が悲しむことは決してしなかった。今だからわかる。あれは愛を伝え合うための最大級のコミュニケーションだった。快楽に呑まれながらも、体も心も満たされるような感覚。一方、アハルテケの行為は、ただただ苦痛で、地獄のような時間だった。
渋々アハルテケとヘリオスの後について一階へと向かった。
「……俺も降りて良いのか?」
「何言ってやがる。さっさとついて来い」
先を進む二人を、慌てて追う。あれだけ立ち入りを禁じられていた一階にあっけなく立ち入れて拍子抜けした。相変わらず鳴り響く轟音の中、向かったのは格納庫だった。格納庫の中には、小型のジェット式宇宙船が三隻格納されており、ヘリオスとアハルテケの部下と思しき男たちが整備を行っていた。
「隊長、いつでも出航できます」
「船長の指示で出る。それまで待機だ」
部下達は、威勢の良い返事をすると次々と小型ジェット宇宙船に乗り込んでいく。
「これを着ろ」
統率の取れた動きに感心していると、アハルテケから宇宙服を投げ渡された。観光船を脱出するときに着た宇宙服とほぼ同じような仕組みのものだ。着用し、空気圧を調節するタブを引っ張ると、ぶかぶかだった宇宙服がぴったりと体にフィットするようにしぼんだ。このタイプの宇宙服は、空気層で身体を保護する、一般的な仕様だ。最後に、フルフェイスヘルメットを被れば完成である。
「てめぇは俺の船だ」
そう言うと、アハルテケは先頭の宇宙船を指さした。
「じゃあな。アイザック、頼りにしてるぜ」
ヘリオスはそう言い残し、もう一艘の宇宙船に乗り込んだ。俺の乗る船には、七人。全員、手には銃などの武器を持ち、小型ジェット宇宙船の出発を今か今かと待ちわびていた。
「船長。準備できたぞ」
アハルテケが乗り込み、操縦席に座る。無線でシドへ準備完了の合図を送る。
『よし、制圧してこい! 後で第二陣を送る。警備アンドロイド共は破壊しろ。ヒューマノイドは最後まで生かしておけ。――お前達に女神の加護があらんことを』
「了解。出発まで三……二……一……」
ゴゴゴゴゴ、と細かく機体が振動したかと思うと、小型のジェット宇宙船は、凄まじいスピードで船外の宇宙空間に射出された。アハルテケが舵取りをしている様だが、荒々しくて船体がガクガクと揺れた。
「君、免許は持っているのか!? 荒っぽいぞ!」
「あ? 免許? んなもんいらねぇよ」
海賊に聞くのは愚問だった。彼らが法的ライセンスを所持している訳がない。
「……作戦とか、ないのか?」
「乗員をぶっ殺す。その隙に第二陣の連中が物資を漁る手筈だ。俺らは何も考えずに殺しまくったら良いんだよ」
「……本当に野蛮だな、君たちは」
「それはな、褒め言葉ってやつだぜ」
小型ジェット宇宙船の速度は凄まじく、あっという間に貨物船に接近した。標的の船は、まるで巨大な山のようだった。アルテミス社の貨物船はミスティック・エリュシオン号に負けず劣らず巨大な宇宙船である。貨物船の側面にはアルテミス社のロゴマークが大きく描かれている。
アハルテケが宇宙船を貨物船の船尾のあたりにぴったりとつけると、数人のクルーがエアロックに向かった。その様子を眺めていると、彼らはいつの間にか宇宙空間に進出していた。そして電子工具を使い、貨物船の窓に細工を施し始めた。どうやら、窓を切り取ってそこから侵入する計画らしい。慣れた手つきで丸くカットした窓に取っ手を取り付け、窓から侵入できる経路を瞬く間に拵えたようである。
「よし、行くぞ! 突入!」
号令を聞くや否や、待機していたクルーはアハルテケと共に凄い勢いで飛び出して行ってしまった。次々と貨物船に侵入していく様子を、あまりの勢いに気おされ呆然と見ていたが、我に返る。ここに一人残るのは嫌だ。そう思い、彼らの後を慌てて追いかけた。
船内に入ると、彼らが暴れているであろう音が遠くで聞こえた。その音を追いながら人けのない廊下を駆けていると、思わずぎょっとした。ぐったりと力なく、ヒトが転がっていたのだ。しかし、落ち着いてよく見てみると千切れた腕から、内部の機械構造が露出していた。そこでようやく、それがアンドロイドであることが分かったのである。――良かった、ヒューマノイドではない。
そう、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「動くな」
背後から聞き慣れない声。この船の乗組員だろう。カチャリと音が鳴ったから、恐らく俺は武器を向けられている。
「手を挙げろ」
俺はおとなしく手を挙げた。
「……君は、アンドロイドか?」
俺は問いかけた。
「関係ないだろ。お前ら、俺らの船を滅茶苦茶にしやがって。許さねぇ。宇宙警察に引き渡す前にぶっ殺してやる」
「…………」
「付いて来てもらおう。お前は人質だ」
「断るよ」
「ならばこのまま殺してやる」
背中に硬い感触。ルルイェ人といえども、頭や内臓を損傷すると死んでしまう。平和的に解決したかったが、話を聞いて貰えそうに無く、諦めた。
「……悪く思わないでくれ」
呼吸を深く吸い込み――俺は、人の姿を一時的に放棄することにした。
液状化した顔がめくれあがり、中から緑色の触手が八本溢れ出す。その触手が身体を蠢き、這い回った跡には粘液がべったりと付着した。身体の細胞は音を立てて泡立ち――緑色の皮膚に覆われた超人へと変貌を遂げた。
手と足の爪は鋭く強靭な凶器となり、背には悪魔の翼を携えた、ルルイェの真なる姿である。あぁ、やはりこの姿は開放的だ。
「ひっ……」
俺の姿を見た途端、男は声を詰まらせた。
「*******」
この姿で発する言葉は、何故かヒューマノイドに理解できない。俺の言葉に返答できないのを見る限り、この男は、アンドロイドではなくヒューマノイドだ。
「うわ、わぁ……! こっちに来るな!」
この姿は、ヒューマノイドを狂わせる。男は顔面蒼白になり、先程までの毅然とした態度が一変した。
「あぁ、あぁ、女神よ……」
頭を掻き毟る男。恐怖に侵され正気を失ったのか、でたらめな方向へ武器を発砲した。そのうちの何発かが体に命中したが、粘膜が弾を覆い、弾を体外へと排出した。カラン、と弾が床へ落ちる。
「助けてくれ……」
男は銃口を咥えた。
「******」
引き留めるもその声は理解されない。パン、と軽い音がして、飛び散った液体が壁を汚す。体が痙攣し、男はやがて動かなくなってしまった。
「***」
これではまるで――――俺が殺したみたいじゃないか。
目の前で起こった事を頭が処理できず、呆然とその場に立ち尽くしていると、廊下の奥から駆けつけたアハルテケが、俺に向けて武器を構えた。
「何だこのバケモン!」
銃口を向けるその手は震えている。俺は撃たれても平気なのだが、誤解を解くために慌てて身振り手振りで敵意がないことを示した。
「……まさかアイザック?」
こくこくと頷いて見せると、彼は安堵したのか悪態をついた。
「くそっ! なんだよ、驚かすな!」
「******」
「どこの言葉だ? 何言ってんのか全然分からん。……あっちは大方片付いたぜ。船のデカさの割にヒューマノイドは少なかったな。殆ど非戦闘型アンドロイドだった。……お前、何人やった?」
指をぴんと立てて見せる。
「一人? 期待外れだな。もっと大暴れしろよな。……まぁいい。第二陣が来る前に食いもん見つけようぜ。食材が手に入るとエンブラントが喜ぶ」
さっさと歩くアハルテケの後ろを着いて歩く。無駄に他のクルーを驚かせては悪いと思い、ヒューマノイドの姿に戻る。ぶくぶくと泡立つ細胞を沈黙させ、古代の言葉で言い聞かせる。萎んでいく身体の表面を、緑色の粘液が剥がれ落ち、床に転々と跡を残した。
それから何回か貨物船の船員と出くわす場面があったが、アハルテケが処理するのを後ろで見ていた。船を制圧した頃には第二陣も乗り込んできており、無事に沢山の物資を確保できた。
「……なぁ、この船ってもう誰も居ないんだろ。……俺たちが去った後、この船はどうなる?」
「どうなるって……いつか星の引力に捉えられてその軌道を回り続けるんじゃねぇの」
「永遠に?」
「知らねぇよ。……なにか文句でもあんのか?」
星の引力から抜け出せず、永遠に星の周りを回り続けることが、どれ程恐ろしいことか。遺体も発見されず、自然に還ることも許されないのは、もしかすると死ぬことより恐ろしいのではないだろうか。そう考えるとゾッとした。
「いや。……君達は、本当に残酷だな」
「あ? 人ごとみたいに言うじゃねぇか。てめぇも立派な人殺しの癖に……」
――このとき、何故ヒューマノイドが女神を信仰しているのか、理解した。
罪深い行為を赦してほしいからだ。正義を掲げ、成果に喜ぶ一方で、奪われた側の不幸は、見て見ぬフリをしている。彼らが憎んでいる筈の搾取を、彼らも行っている。その矛盾を都合良く処理するために神へ縋り、赦されようとしているのだ。
そして、今、俺も同様に赦されたいと思っている。
……誰から? 殺した男から? 女神から? リュウから?
愚かなものだ。まるで人ごとのようにそう思ったのだった。




