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14 閑話【アイザックの一日】

 

 朝五時。俺はアラームの電子音で目を覚ます。窓の外は相変わらず宇宙の暗闇が広がっていたが、船内は夜明けの仄明るさで満たされていた。

 それは宇宙船のセシウム時計が正常に働いている証拠だ。ヒューマノイドをヒューマノイドたらしめる、”時間”という、共通感覚を宇宙のどこにいても保持するための画期的な人類の発明品によるものだ。

 照明システムが造り上げた精巧な夜明けの中、俺は船内の散歩をするのが日課だった。ひたり、ひたり。足音が誰もいない廊下に反響する。静謐に鼓膜を浸す、この時間が好きだ。

 頭の中をリセットするのに、歩行という運動行為は効果的だ。四六時中、リュウの事を考えているせいか、脳のリソースが足りていない。何も考えずに身体を動かすと頭がすっきりする事に気が付いてからというもの、日課になった。

 三階を一周、ぐるりと外周を歩くだけでも二十分はかかる。――三周、四周――。人目を憚る必要は無い。ただ、ひたすら歩く。


 

 外周を歩くのに飽きた頃合いを見て、俺はジムへ向かう。ヒューマノイドが、運動不足を解消するために使用する施設だ。

 この宇宙船に拾われてからというもの、部屋に籠もっていた時間が長いせいか、体を動かしたくて堪らなくなる衝動に襲われた。皮肉にも、そのような欲求はかつて、ルルイェ時代のハードな仕事のお陰で運動欲求を抑えられていたのだろう。

 ジムの中には多くの器具が揃えられた形跡があるが、いくつかは誰かによって持ち出されている。それでも、複数人が使用するにあたって不自由はなかった。太古の昔から存在する原始的なトレーニング器具らしいが、俺はこれらをかなり気に入っている。普段、抑制している筋力を少しだけ解放できるからだ。

 以前、最大負荷に設定して自分を追い込んでいたら、見かねたヘリオスに機械が痛むからその使い方はやめろと注意されてしまった。誤った使用方法だったようだ。以降、仕方が無くやや控えめの負荷にセーブして使うようになった。それでも、フラストレーションを発散するのには役立っている。

 ジムはいつでも使えるようになっており、俺は朝のこの時間によく使っている。誰かに気を遣わず運動ができるのは気持ちが良い。

 一時間ほど運動を楽しむと、シャワーを浴びに、足早にシャワールームへと向かう。冷水をたっぷりと浴びられるその瞬間を想像して、思わず歩幅が乱れる。

 

 シャワールームには先客がいることも多い。

 今日も居た。――常連のアハルテケだ。彼は潔癖症の気があるらしく、一日三回のシャワーを怠らなかった。そのせいで彼とシャワールームでエンカウントする確率は非常に高い。彼は俺を見つけると苦虫を噛み潰したような表情をするのだが、俺の方がその表情をしたいくらいだと熟々思わされる。

 先日、アハルテケに受けた仕打ちだが、あの後アハルテケはシドにこっぴどく怒られたらしい。いい気味だ。その件で逆恨みをしているようだが、知ったことではない。

 シャワーを浴びた後は、エンブラントの作る朝食を摂るために食堂へ向かうのが常だ。朝食はバイキング方式だが、意地汚い奴が料理を独占しないように、「一人一切れまで」などと張り紙が貼ってあることもある。

 エンブラントは、食育の一環だと言って毎食、異なるメニューを出すようにしていた。備蓄を睨みながらの献立作りは大変なことだろう。それを平然とやってのけるのは、彼の有能さのなせる技だろう。いっぱしのコックであるエンブラントが船員から絶大な信頼を得ているのは、外れの無い料理の腕以外にも、このように仕事に対して誠実な態度が評価されているに違いなかった。

 トレーを取って、カウンターへ向かう。そこに、料理が入ったポットがあるので、好きな料理を皿に盛っていくシステムだ。船員に馴染むため、自分が取る量は、前の人と同じくらいと決めている。

 この日の朝食テーマは、かつて流行したと言われる、「白米と和食」だ。初めて見聞きする料理だが、エンブラントが作ったものなのだから間違いなく美味いのだろう。

 席に着き、念のため、料理を観察する。おかしいところは無いか? 汚染されていないだろうか? ――大抵は杞憂だ。

 てらてらと光るギンガマグロの煮つけを恐る恐る口に運ぶ。プラズマによく揉まれた身が、甘辛いソースとの相性抜群。噛むたびに染み出す脂がぱちぱちと弾け、不思議な触感を生み出している。そこに掻き込むPET米が合わさって――実に美味い。

 食事の楽しみを知ってしまった俺は、罪深いのだろう。この飯を、リュウにも是非とも食わせてやりたいものだ。

 

 朝食後、それぞれの持ち場へと散っていくクルーの背中を見送りながら、俺もリュウを探しに行動を開始する。

 殆どの場所は捜索し尽くしてしまった。それでも、今日は何か手掛かりが見つかると期待を抱いて、ふらふらと船内を彷徨う。未だに一階への立ち入りは禁じられている為もどかしい。だが、忍び込んでまたアハルテケにお仕置きされるのだけは御免だ。暫くは一階へ下りる気分にならなかった。

 あちこちへと移動する傍ら、俺は、せかせかと働くクルー達に紛れようと務めた。異物である自分の存在感を、少しでも彼らに近づけたかった。

 彼らをよく観察していると、殆どのクルーは自分の仕事が終わると自由な時間を謳歌している事が分かった。宇宙船のシステムの大半は自動化されているようで、業務の負担が軽減されている。

 だが、皆が自由に過ごすとままならないこともある。そのため、シドは倫理ポイントシステムを導入している。掃除や船内備品の手入れなど、いわゆる面倒くさいことを行い申告すると、内容に応じて一から三の倫理ポイントを付与される。倫理ポイントを三十貯めると、エンブラントに好きな料理を作ってもらえる権利が与えられるらしい。たかだか料理のために点数稼ぎをするなど、馬鹿げていると考えていた俺も、今では進んで倫理ポイントを貯めようという船員達の気持ちが分かる。エンブラントの料理には、それだけの価値がある。


 拘束具を解かれて船内を自由に歩けるようになってから、彼らは俺の事をようやく見慣れてきたようだ。初めは、奇妙なものを見るような目で見られていたが、今や、俺の事はその辺の家政婦アンドロイドを見るのと遜色ないように感じる。それはつまり、危険な存在ではないと分かって貰えたということに違いない。それに加え、シドのお気に入り(愛人)だということが周知された結果なのかもしれない。お陰で俺は、無意味に虐められるような目に遭わずに済んでいる。シドの庇護下にあることが、良くも悪くも俺の存在を中庸で留めていた。


 昼下がり、リフレッシュを兼ね、俺はガーデンに向かった。あの不思議な空気が、心を癒やしてくれる。


「緑色のものは、心の鎮静作用があるんだ」


 いつだか、ハイペリオンがそう言っていた。

 緑色は、リュウの澄んだ目を思い出す。なるほど、確かに。瑞瑞しい植物たちに囲まれると、リュウに見守られているような、それでいて赦されているような、穏やかな気分にしてくれる。

 光合成中のハイペリオンは静かだが、そうでは無い時は、ぺちゃくちゃと話しかけてくるハイペリオンの声をラジオ代わりに、俺はシエスタを行うのが日課だ。


 そして目を覚ますと、俺は再びリュウを探しに行く。まだ捜索していない一階に居る線が濃厚だと睨んでいるので、二階から暫く吹き抜けを見下ろしていると、通りすがりのジャックスがこちらの存在に気がつくことがある。降りていいかと聞くと当然の如く断られる。このやり取りは、恒例になってしまったが、そろそろ堅物の彼にも、俺が無害な存在だと気が付いて欲しいものだ。俺が従順でおとなしい存在だと分かれば、いつか立ち入りを赦してくれる筈だ。

 

 夕刻、医務室に行くと、暇そうなCBがゲームに興じている姿を見られる。

 臓器の瓶詰め標本、解剖図、医学書。薬品の匂いで満たされたこの部屋が、CBの仕事部屋だ。とはいっても、彼がまともに仕事をしている姿は殆ど見たことがない。それを指摘すると、


「いいんです、いつもワンオペで忙しいんですから。休息も必要でしょ」


 と言って、堂々とサボタージュに興じる。

 CBの業務には忙しさのムラがあるらしく、忙しいときは夜通し作業が続くのだが、今はかなり暇らしい。時折怪我人が手当を求めてやってくるが、それもごく稀である。

 俺はゲームをするCBを後ろから眺めるのが好きだ。以前、コントローラーを渡されて一緒にプレイしたこともあるのだが、あまりにも俺が下手すぎて相手にもならなかった。それ以来一緒にプレイはせず、CBが黙々とプレイしている姿を眺めている。

 CBは、ふとした瞬間、俺に切ない目を向けてくることがある。それは合図だ。頬に触れるその掌は、確かな熱を帯びている――。

 先日の彼との交わりは、俺にとって劇薬だった。

 運命を誓ったパートナーがいるにも関わらず、別の男を求め、身体を暴かせる……生じた心の軋みは、初めて味わう蜜だった。

 ふしだらで愚かな行為だと理解しているものの、心はまだリュウの元にある、という免罪符に縋っていた。

 CBとは、一時の寂しさを紛らわせる為に魔が差しただけだ。

CBの体温に、リュウの面影を重ねてずるずるとこの関係に至る。

 口付けを交わしながら思案する。いつか、きっぱりと彼との関係は絶たねばならないのだが――エスカレートしていく彼の愛情表現に、高揚して興奮しているのも事実だった。

 

 俺とCB、どちらかの腹が鳴る頃、二人で一緒に食堂へ向かう。この時間はクルーの殆どが夕食を摂るためにここへ集まっている。相手が海賊たちとはいえ、大人数で食べる食事も、楽しいものだと最近気がついた。最近では、話しかけてくれる者も増えた。大抵は、ルルイェ星やルルイェ人に興味があって、話を聞きに来るのだが、中には俺に個人的興味を抱く者もいた。俺はあまり人と話すのが得意でない。少しでも彼等と友好的関係を結ぼうとコミュニケーションに励むのだが、うまく喋れている自信は皆無だ。会話を終える頃にはとても疲れてしまう。

 食事を終えるとシャワーを浴びて自室に戻る。その後、バーに行く時もあるが今日は疲れすぎた。

 

 明日こそリュウが見つかりますように。

 眠りにつく前に、信仰していないはずの女神に祈るのも、いつの間にか習慣になってしまっていた。

 

 



 

 ――暗闇に、白い物体がぽつりと孤独に浮遊する。

 見覚えのあるそれを視て、これは夢の中なのだと理解した。

 凍てつく寒さの宇宙空間に、浮かぶあれは、宇宙服を着たリュウに違いない。今日の俺は自由に動ける。彼のもとへ泳ぎ、ヘルメットのグラスの中を覗き込んだ。

 ……リュウの目が見えない。グラスが曇っているのだろうか。ヘルメットの中からは、一定速の呼吸音が聞こえている。苦しいのかと思い、そのヘルメットを外してやると、中に……。……中に……? 目を見開く。

 ヘルメットの中身は――空っぽだった。

 リュウどころか、誰も入っていない、頭部の欠けた宇宙服。

 芋虫の如く、うぞうぞと悶えている。


「ひっ……」


 声にならない叫び声をあげたところで、目が覚めた。

 ここのところ夢見が悪い。リュウからのメッセージが強まっている証拠なのだろうか。


「待っていてくれ。待っていてくれ、すまない」


 そう祈るように唱えた。

 俺は冷静さを求めて窓へそっと近寄り、窓の外を眺めた。夢の中と同じ、無の空間。窓には、疲れた顔の自分が写る。


「……」


 部屋のセシウム時計は、三時を指していた。早く寝なければならない。また、明日が始まるのだから。

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