第三十七章 【窓の向こう】
“生きる”という概念の輪郭すら危うくなっていたリヴィアには、もはや、拒む理由も拒まない理由も持っていなかった。
だからこそ伯爵代理をたてる決定にも、自身の長期静養にも、ただひとつの頷きを返すに留まっていたのだ。
だが、今朝、使用人はほんのわずかな違和感を覚えた。
まだ燃え始めたばかりの暖炉の前のソファ。そこに腰を沈ませていたリヴィアに、まだお寒いでしょう、と膝掛けを差し出したところ、受け取るまでに一拍の間が空いたのだ。
昨日までは、条件反射で受け取っているような反応であったのに。
暖炉の火を見つめていたはずの視線が、ふと、滑った。
意識したわけではない。ただ、光が動いた気がしたのだ。
カーテンの隙間。
白く反射する庭。
ガラス越しの、冷たい空。
外だ、と認識するまでに、ほんの一拍の遅れがあった。
これまでのリヴィアは、“見えていても、見ていなかった”。
音も、人も、時間も、すべてが室内で完結していた。
けれど今、確かに──外が、そこに在る。
窓の向こうで、雪が落ちていた。
静かに、同じ速さで。
それを“きれいだ”とも、“寒そうだ”とも思わないまま、リヴィアは、ただ目を逸らさなかった。
それだけのことなのに。
それだけのことが、今日、初めて起きた。
その様子を、窓の外から見ている者がいた。
庭の白に溶けるように立つ青年は、ガラス越しに室内を見つめたまま、一歩も近付こうとしない。
扉を叩くことも、名を呼ぶこともない。
彼は知っていた。
今、中へ入ってしまえば──自分は“彼女の弟を失った者”として、そこに立ってしまうことを。
だから、レオンは動かなかった。
親友を失った者としてではなく、ただ、見守る者として。
リヴィアは、まだその視線に気付いていない。
第三十七章 了




