↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/46

第三十四章 【異常なし】

 真珠色の髪の輝きは鈍く、分け隔てのない穏やかな笑みで知られるその貴族は、優秀な治癒士とは思えない弱り方をして見えた。


 先ほど王都外へと出て行ったばかりの青い髪の冒険者が、四半刻も経たぬうちに戻ってきていることに、門兵が気付いた。馬の背に、二人いる。


「──馬を止めてください」


 指示に従い、リュクスは手綱を引いてフォルドを止めた。

 失礼いたします、と門兵は馬上の二人の身を改めようと歩み寄る。


「スノウレイ伯爵……?」


 彼女の異変を目にした二人の門兵は、身分証・紋章の確認を手早く済ませ──顔を見合わせて頷いた。


「確認しました。……お通りください」


 門を潜り抜けた先の人々の目は、いつもならば向けられることは少ない。

 だが今は、空気を伝って伝播するように、好奇と心配が綯い交ぜになった視線が集中した。


「あれって……伯爵様……?」


 そこかしこで囁く声がリュクスの耳に届いてくる。

 身分の外にある冒険者の肩を借りている違和感や、感情の抜け落ちた表情、歩き方のおかしさ……スノウレイ伯爵家の“悲劇”を知る者はすべてを察し、自然と口を閉ざした。

 その異常事態に多少の心配はあれど、近寄ることはなく、ただ距離を保っている。


 道が、開けた。


 *


 スノウレイ邸の門前に、ほとんど同時に二人の影が駆け込んできた。


 ひとりは、蒼天戦域への出立を翌日に控えた騎士。

 もうひとりは、霧灯街の治癒院に籍を置く治癒士。


「──通してください」


 シルヴァンの声は、平静を装っていたが、息が乱れている。

 隣に立つフランソルは、それを隠そうともしなかった。

 顔色は紙のように白く、唇がわずかに震えている。


「今、リヴィアはどこだ」


 門番が応答する前に、フランソルが一歩前に出た。


「……戻ってきたんです。ですよね」

「伯爵閣下は、先刻お戻りになられています」


 その言葉に、二人は同時に息を呑んだ。


 戻った。

 ――それは、無事を意味しない。


「誰が、連れてきた」

「……冒険者の方が」


 それだけで、十分だった。


 シルヴァンは拳を握り締め、フランソルは一瞬、目を閉じた。

 想像してしまったのだ。


 雪の中に伏せる体。

 体温を失いかけた皮膚。

 “治す側”が、治される側になった光景を。


「案内を」


 それ以上の言葉は、必要なかった。


 邸内は、異様なほど静かだった。


 使用人たちは仕事をしている。

 床は磨かれ、暖炉も整えられている。

 だが――空気が、張り付くように重い。


「……奥へ」


 案内役の声が、必要以上に低くなる。


 扉の前で、フランソルが足を止めた。

 治癒士としてではない。

 家族として、立ち止まった。


「……シルヴァン」


 名を呼ばれ、彼は頷いた。

 ここから先は、逃げられない。


 扉が開かれる。


 ベッドに横たえられたリヴィアは、目を閉じていた。

 雪を払われ、衣服を替えられ、温められている。

 外見だけを見れば、眠っているようにも見える。


 だが。


「……体温が」


 フランソルが、無意識に呟いた。


 治癒士としての感覚が、先に答えを出してしまった。

 戻り切っていない。


「魔力は……?」

「反応が、鈍い」


 それは、枯渇とは違う。

 拒絶でもない。


 ――使おうとしていない。


「……ああ」


 シルヴァンが、低く息を吐いた。


「これは、壊れたんじゃない」

「……」

「“戻る場所を、全部失った”状態だ」


 フランソルは、何も言えなかった。

 言葉を持つ前に、理解してしまったからだ。


 治癒士として。

 従弟として。

 彼女が、今どこにも立っていないことを。


「……間に合わなかった、な」


 誰に向けた言葉でもない。

 だが、その場にいた全員が、それを理解した。


 雪は、もう溶けている。

 だが――彼女の中に入り込んだ冷たさは、まだそこにある。




 第三十四章 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。