29/35
第二十三章【治せないもの】
書類仕事を捌き、来客対応もつつがなく、使用人への指示も滞りない。
リヴィアは伯爵として、完璧に責務を全うしていた。
自分の時間感覚は曖昧でも、家令が声をかけてくれるので問題ない。
食事量が減っていることに関しては、リヴィアはまだ悲しみの中に取り残されているのだと、使用人たちは認識している。
けれど睡眠を取っていないことだけは、誰も気付いていなかった。
領地からの報告書の束を捌いているとき、はて、とリヴィアはわずかに首を傾げた。
──この書類、さっきも読んだような。
署名蘭まで視線を下げれば、しっかりと自分の名前が書いてあった。
どうやら、疲れが溜まっているらしい。
休憩ついでにインクの補充をしようと机の引き出しを開けた拍子に、遺書が視界に入る。
無意識に手に取ろうとしたそれは、指の隙間から靴の先へと滑り落ちていった。
拾い上げようとしても、爪の先で掠めるだけ。立ち上がろうとして、足に力が入らない。息が浅くなり、深呼吸も数えられない。
“治癒士としての対処”を自分にしようとして──何もわからなくなってしまった。
──治す対象が自分だと、何もできない。
まだ大丈夫だと思えなくなったとき、初めて怖くなった。
第二十三章 了




