表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/27

第二十章【残された言葉】

 喪に服して初めて、夜が静かに明けた。

 灯し続けていた蝋燭の火を消し、座り込んでいた椅子から緩慢に腰を上げる。


 支度された朝食を栄養として詰め込むが、味は感じられなかった。


 食器を下げようとしたところで、扉が控えめに叩かれる。

 使用人ではない。ノックの間が違う。


「……失礼いたします」


 扉の向こうに立っていたのは、王国騎士団の伝令だった。

 深く礼をしたあと、彼は一歩も中へ入らず、ただ封筒を差し出した。


「蒼天戦域より預かっていた文書です」


 一通ではなかった。二通。

 厚みの異なる封筒が、重なるように差し出されている。


「……お預かりしていた遺書を、規定に従いお届けに参りました」


“遺書”……その単語は、胸に落ちなかった。

 既に知っている事実に、改めて名前を付けられただけのような感覚だった。


「……ありがとうございます」


 受け取った声は、驚くほど平坦だった。


 扉が閉じる。

 足音が遠ざかる。


 室内に残ったのは、机の上に置かれた二通の封筒だけ。


 ひとつは、父のもの。もうひとつは──弟のもの。


 どちらから開けるべきか、という思考は浮かばなかった。

 ただ、自然と手が伸びたのは、薄い方だった。


 ルシアンの文字は、記憶よりも少しだけ整っていた。

 何度も書き直した跡が、行間に滲んでいる。


『姉上へ』


 その一行を読んだだけで、指先が止まった。


 胸の奥が、ゆっくりと締め付けられていく。

 痛みではない。

 逃げ場を失っていく感覚だった。


 それでも、続きを読んだ。


 ──最後まで、読んだ。


 読み終えても、涙は出なかった。声すらも。

 ただ、封筒を畳み直す動作だけが、やけに丁寧だった。


「……心のままに、生きてください、か」


 呟いた声は、誰にも届かない。


 それは、願いだったのだろう。

 託す言葉だったのだろう。


 でも今の彼女には──その言葉が、責務のように重くのしかかっていた。


 机の上には、もう一通。

 父の遺書。

 リヴィアは、しばらくそれに触れなかった。

 読むことは、“姉”であることも、“娘”であることも、同時に引き受けることになると、分かっていたからだ。


 それでも──逃げ場は、もうどこにもない。


 彼女は静かに背筋を伸ばし、次の封を切る準備をして、指先が止まる。


 ――まだ、立てる。

 そう、思い込もうとするように。




 第二十章 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ