第二十章【残された言葉】
喪に服して初めて、夜が静かに明けた。
灯し続けていた蝋燭の火を消し、座り込んでいた椅子から緩慢に腰を上げる。
支度された朝食を栄養として詰め込むが、味は感じられなかった。
食器を下げようとしたところで、扉が控えめに叩かれる。
使用人ではない。ノックの間が違う。
「……失礼いたします」
扉の向こうに立っていたのは、王国騎士団の伝令だった。
深く礼をしたあと、彼は一歩も中へ入らず、ただ封筒を差し出した。
「蒼天戦域より預かっていた文書です」
一通ではなかった。二通。
厚みの異なる封筒が、重なるように差し出されている。
「……お預かりしていた遺書を、規定に従いお届けに参りました」
“遺書”……その単語は、胸に落ちなかった。
既に知っている事実に、改めて名前を付けられただけのような感覚だった。
「……ありがとうございます」
受け取った声は、驚くほど平坦だった。
扉が閉じる。
足音が遠ざかる。
室内に残ったのは、机の上に置かれた二通の封筒だけ。
ひとつは、父のもの。もうひとつは──弟のもの。
どちらから開けるべきか、という思考は浮かばなかった。
ただ、自然と手が伸びたのは、薄い方だった。
ルシアンの文字は、記憶よりも少しだけ整っていた。
何度も書き直した跡が、行間に滲んでいる。
『姉上へ』
その一行を読んだだけで、指先が止まった。
胸の奥が、ゆっくりと締め付けられていく。
痛みではない。
逃げ場を失っていく感覚だった。
それでも、続きを読んだ。
──最後まで、読んだ。
読み終えても、涙は出なかった。声すらも。
ただ、封筒を畳み直す動作だけが、やけに丁寧だった。
「……心のままに、生きてください、か」
呟いた声は、誰にも届かない。
それは、願いだったのだろう。
託す言葉だったのだろう。
でも今の彼女には──その言葉が、責務のように重くのしかかっていた。
机の上には、もう一通。
父の遺書。
リヴィアは、しばらくそれに触れなかった。
読むことは、“姉”であることも、“娘”であることも、同時に引き受けることになると、分かっていたからだ。
それでも──逃げ場は、もうどこにもない。
彼女は静かに背筋を伸ばし、次の封を切る準備をして、指先が止まる。
――まだ、立てる。
そう、思い込もうとするように。
第二十章 了




