第十七章【穂先は語る】
夜明け前の砦は、拍子抜けするほど静かだった。
交代の合図が遠くで鳴り、足音が規則正しく去っていく。
ルシアンは壁際に腰を下ろし、槍を膝に置く。
刃先、柄、留め具。いつも通りの順で、いつも通りに確かめた。
腰に提げた重みが、ふと意識に引っかかる。
折れたままの、父の槍の穂先。
指で触れると、冷たかった。
けれど、嫌な感触ではない。ここにあることが、まるで当たり前のように思えた。
──巡回が終わったら、姉上に返そう。
そう考えた瞬間、なぜか胸の奥が少しだけ緩んだ。
*
巡回任務に出ていく馬上のルシアンやレオンたちを見送った。
彼らの背中は、もう一人前の空槍騎士のものだ。とっくに見習いから正式に騎士となっているのだから、当然なのだけれど。
「リヴィア」
「シルヴァン?」
「治癒班の倉庫への付き添いを頼む。届いた備品を運び込むのでな」
「わかったわ」
あの日から時折、アシェル様の心配そうな視線を感じることはあるけれど……碌に会話を交わしていない。
それを知ってのことなのか、シルヴァンがよく声をかけてきてくれる。
この戦域において、少しだけ気持ちが緩む瞬間のひとつだ。
二刻が経とうとしていた。
予定より少し遅れ、巡回任務から帰ってきた小隊は濃い血の臭いを纏っている。
重傷を負い運び込まれている者の中に、気を失っているレオンの姿を確認した。
負傷者にトリアージを手早く施していく中、一人の中傷者に手を強く掴まれた。
「どうされました?」
彼女が大切そうに抱えていた、見覚えのある槍の穂先を差し出された。
こびりついた血は凍り付いている。
「……戻れませんでした」
完了した帰還点呼。
弟の名が響くことは、なかった。
彼女と私との間を、風が音もなく通り抜けていく。
震える手から“形見”を受け取り、その冷たさを掌に残したまま、彼女への治癒を始める。
「ありがとうございます。……今は、休んでください」
割れた兜から覗く女性騎士の目が、何かを堪えるように伏せられた。
彼女はそれ以上、何も言わなかった。
第十七章 了




