第十三章【届かない距離】
治癒班のテントの、薄く隔絶された小さな世界に、アシェルとリヴィアはいた。
「……動くな」
彼はそう言って、ベッドに横たえさせた彼女の手を取った。
いつもより少しだけ、体温が低い。それが“冷たい”のではなく、“削られている”ように感じられた。
「何を……」
「戦闘に出ていない分、余っている」
余っている、という言い方がひどく騎士らしかった。
優しい温度が手を通り、胸の中心からじんわりと広がっていった。
次第に身体の強張りが緩み、呼吸も楽になる。
けれど──どこか、苦しい。
自分がいる間は支えられる、と“確信”するアシェルは、その確信が、彼女を遠ざける種になることに気付けない。
魔力を分け与えた後も、手は重ねたまま。
沈黙に満ちた空間を、伝令が静かに破った。
「リヴィア嬢へ書簡をお持ちしました」
アシェルが受け取り、リヴィアへと手渡す。
礼を告げて書簡を広げる彼女の喉が、小さく震えるのを、アシェルは見逃さなかった。
ラベンダー色の瞳が揺れ、書簡を持つ手が震えている。
おそらくは……スノウレイ伯の訃報だ。
──こんな時でさえも、君は耐えるのか。
それが、彼女の強さであり、同時に最も恐ろしい弱さだと、彼はまだ知らない。
書簡を読み終えたリヴィアは、すぐには顔を上げなかった。
紙を畳む動作だけが、妙に丁寧だった。
「……ありがとう」
それは、伝令に向けた礼だったのか、
それとも──彼に向けたものだったのか。
アシェルは声を飲み込んで、ただ彼女の手を離さなかった。
今、言葉を差し出せば、彼女が崩れてしまう気がしたからだ。
「……大丈夫」
ようやく上げられた声は、震えていなかった。泣きもしない。声を詰まらせることもない。
その事実が、彼の胸を締め付けた。
──君は、いつもそうだ。
失うときほど、立っていようとする。
誰かを悲しませないために、自分を後回しにする。
「リヴィア……」
名を呼んだだけで、言葉は続かなかった。
彼女は小さく息を吸い、その呼吸を“整え直す”ようにしてから、言った。
「……治癒班に、戻ります」
彼はその細い背を見送りながら、初めて思った。
──守っているはずなのに、届いていない。
第十三章 了




