表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/119

8-1 雷雨

 ヨール王二三年七月十三日(火)。


 オレは元気だが、ノルンは宿酔が残ってる。今週のどこかでフショップ達が到着するだろうから、対応のための最終確認から始めた。エンリも同席する。今日から、商売上重要な話はエンリにも聞いてもらって、流れを思えてもらうつもりだ。追加注文しておいた製紙用の道具一式はもう届いていた。水漏れなどの確認も終わって、今は引き渡しがしやすいよう、第二棟の隅にまとめられている。フショップ達への説明のリハーサルを兼ねて、エンリに紙作りの工程をひととおり説明する。一部はエンリにも手を動かしてもらうつもりだ。ノルンやザースなど、今の工房で働いている連中には教えたことがあり、最小限の手順は覚えてくれているはずだが、改めて一から説明して復習してもらう。まずは材料からだ。倉庫になりつつある長屋に移動する。集めてきた材料の草木類は、下処理の方法別にまとめてあった。説明役はクララ。ダイアナがその補助を行う。


「基本は材料をバラバラにほぐして、薄く伸ばして乾かす。乾かした後でそのままの形でいられるように、糊になるものを一緒に混ぜ込んでおく。糊の材料で一番簡単なのは麦だけど、食べるために作っているものを使うのはあまり良くないから、この近くで採れるものだとこれが一番いい感じだったわ。」


 クララが示したのは何かの地下茎だった。茎や葉も付いている。


「この、埋まってるところを潰して絞って、出てきた汁を温めると糊ができる。絞った残りは紙にするにはちょっと弱いから捨てるしかないんだけど。」


 ノルンが質問する。


「糊の話は、前には別の草で聞いてたと思うんだけど?。」

「そうね。前に話した時は、これだったわ。」


 クララは別の茎を手に取る。


「こっちでも大丈夫。これなら、出てきた汁を温めるとかの手間はかけなくても大丈夫。同じ重さの材料を集めてきて、できあがった糊の量が多いか少ないかの違いよ。このあたりは、材料の混ぜ方の比率の話だから、ネゲイで採れる材料、ヤダとかモルで、それぞれの場所で採れる材料で、考えてもらうしかないわね。まあ今は、この工房を朝に出発して夕方に帰ってこれる範囲で集めた材料で、大体使えそうな配合がわかってきたところよ。季節、春夏秋でも変わるでしょうしね。」


 次は下処理の話。一部の材料は採ってきてそのまま使えるし干し草のようになっていても構わない。泥炭は一度徹底的に乾かす。乾いたら叩いたり踏んだりして付着している泥を粉にして落とす。その後で水に浸けてほぐしてやれば、繊維質は浮いて残っていた土の粒は沈むので、繊維質だけを掬い上げる。木材は、皮と芯に分け、芯は燃料用の薪よりも細く割っておく、皮も芯も水に浸けてふやかし、茹でたり蒸したりして柔らかくしてから叩き潰しの工程に移る。このあたりは水に浸けてから引き上げるまでに何日とか時間がかかるので、各段階のものを見せるだけだ。潰し工程は、実際にやってもらう。


 ダイアナが数十秒ほど見本を見せると、エンリも同じように繊維を潰し始めた。時々材料を触っては潰し残しの位置を確認している。草の汁で皮膚が荒れたりする体質の人もいるが、少なくとも今日使っている材料で問題が起きることはなさそうだ、というのは、エンリの血液検査の結果でもある。


「量が多いと大変ですね。この前話してた『水車』があるとよさそうです。」


 飛び散った水滴で汚れたエプロンの前を気にしながらエンリが言った。


「スイシャ?。何ですか?。それは。」


 ノルンが聞く。


「この『潰し』の部分だけでも楽にできそうな道具でね。ゴール殿には話をしてるけど、実際に作るのはいつになるかわからないな。使えば、ここの工程が楽になるだけでなくて、できあがった紙の質も、ばらつきが小さくなると思ってる。」

「やっぱり道具は増えていくんですね。増築も真面目に考えないとダメだな。」

「資金繰りはこっちでも考えてる。もう少し細かいところを見てからノルンにも相談するよ。」

「わかりました。今日は、カースンからの視察対応のの練習ですからね。」


 紙漉きの工程に入る。ここまでは、材料は種類別に扱っていたが、今までに試してきてわかっている配合比で混ぜ合わせ、全体が均質になるようかき混ぜ、ダイアナが漉き枠を扱って一枚を漉いて見せた。次はエンリの番だ。最初は補助なしで。二回目以降、インプラント経由で少し補助を行う。五枚目まで、補助の度合いを徐々に高め、それ以降は補助を弱める。だが補助がなくなる頃にはエンリの腕前は初心者の域を抜けていた。インプラントの効能は素晴らしいな。見ていたザースが零す。


「オレ、あそこまで行くのに丸一日ぐらいかかってた……。」


 気にするな、ザース。普通は、そのくらいかかるものだよ。


 紙を乾燥棚に貼り付け、既に乾燥の終わっている棚へ移動する。カースン国内で標準的に使われている木簡はB5に近いサイズで、蠟板もそれに合わせている。A4で作りたかったのだが、B5相当で使われている木簡が多い中、役所や商店の収納棚などもほとんどがそのサイズを前提に作られていたのだ。工房の紙は、B3より少しだけ大きく作り、四辺を整えて半分に二回裁断すればB5サイズで仕上がる。またダイアナが見本を見せ、エンリは失敗もなく一回できれいにB5サイズの紙を四枚仕上げた。


「ここは、専用の道具があるから失敗しないですね。この、最初切り落とした端の部分は、漉き桶に戻せばいいんですか?。」

「今はそうしてる。そのままでも使えないか考えてはいるんだけど、大きさが中途半端だからね。あと、切るための専用の道具は用意してるけど、漉く前の潰しが足りなかったり、刃の研ぎが甘かったりすると失敗するから、気を付けてくれ。」


 ひととおりの工程を、素人であるエンリに説明し終えて感想を聞いてみた。


「何の材料がどうなって紙になるのかがよくわかりました。ええと、カースンから来た人にも今日の私と同じようにやってもらうんですよね?。」

「そのつもりだよ。」

「ええと、服。今日の私は魚の仕事でも使ってた少しぐらい泥はねがあってもいい服で、この工房の人達やダイアナさん達も似たような感じの服ですけど、カースンの偉い人なら汚れるのが困るような服で来たりしないですか?。」

「なるほどね。心配してることはわかったよ。もし、そんな服を用意してなかったら貸し出せるように用意しておこう。他に、気付いたことはある?。わかりにくかったこととか。」

「冬は水が冷たいから大変そうだなって、思いました。あぁ、草の汁が付きすぎると痒くなったりしますよね。今日の私はまだ大丈夫ですけど。」

「痒くなる話は、カースンで誰が行くかって決める時にも話をしてるよ。カースンでは二人と話をしてて、痒くなりにくい方の人が来ることになった。」

「今思いつくのはそのくらいですかね。また何か気付いたら、話すということでもいいですか?。」

「そうしてくれ。頼むよ。」


 大体の工程を終えて三の鐘が近い。少し休憩をしよう。クララが茶器を用意し始めている。午後は、紙の材料になる草木類をどのあたりで集めたか、エンリに教えておきたい。エンリだけでなく、工房の全員で一緒に回ってみよう。




 ヨール王二三年七月十四日(水)。


 今日のエンリは「魚の仕事」に戻っている。定例の朝稽古を経て、定例の朝の工房での打ち合わせの最中にαから連絡が入った。


『ガラスが届いたみたいよ。今、東門で待ってる列の中にガラスを積んだ荷車を曳いてる大ムカデがいる。遅くとも午前中には工房に着くわ。』


 覚え書きのメモを読み返そうとしたが、オレが頁をめくるよりも先にガラスの注文の概要がインプラントに送られてきた。七月一日に二四枚の発注を出している。大体半月ぐらいかかる、と覚えておこう。今ここで「ガラスが」とか言い始めると「なんでわかったんです?。」となって説明が面倒なので情報は伏せておく。だが「そろそろかもしれない」とか言って、途中でガラスの作業が割り込んできたら手を止めやすい仕事をしておくように指示を出しておいてもいいだろう。丁度今話してる今日の作業予定は……箱だな。これは途中で止めても続きに戻りやすい。紙の仕事とか、材料を蒸している最中にそんなのが割り込んできたら蒸すための燃料が無駄になるところだ。このまま進めさせよう。今日の紙工房は、フショップ達がいつ来てもいいように途中段階の材料見本を並べておく仕事を、オレとダイアナでやるつもりだ。ガラス加工用の磨き砂の在庫も、確認しておこう。水車があれば、磨きも一律にできるな。一度水車のことを考えてしまうと、あれにもこれにも、応用範囲を思いつきすぎて困ってしまう。工房横の小川の水量で、そこまでの需要は満たせるものだろうか?。


『水車一つで全部は無理よ。ヤダ川に向けて水路の形を整えて、何ヶ所か水車小屋を並べないと。』

『低いところだと浸水するだろ?。』

『ええ。クボーの範囲は経験的に浸水しにくいっていう場所らしいけど、まだ私達はカースンでの雨期の状況を経験してないから、どのあたりが限界なのか、わからないわ。今の敷地内で並べてもいいけど、あまり水車と水車を近づけすぎると効率は落ちるわよ。』


 水車は水の運動エネルギーで回る。運動エネルギーは質量×速度の二乗。水車を通過した直後の流れは運動エネルギーの一部を水車に奪われている。質量は誤差の範囲でしか変わらないが、速度は落ちる。水路の構造にもよるが、二番手、三番手の水車で同じ量の運動エネルギーを水車に伝えるには、それなりの間隔が必要だ。


『試作一基だけでもやってみたいな。』

『建物の増築も含めて、砂金計画を真面目に考えるべきかも。』

『そうだな。ハンナかその上の商務卿か王様に提案するためにも、またどこかに砂金集めに行こう。』


「どうしました?。」


 話の途中で考え込んでしまったオレにノルンが声をかけた。


「ああ、ガラスを頼んだことを思い出してね。もう十日以上経ってるから、出荷はされてると思う。届くのが、今日か、明日か、明後日か。」

「磨きにどのくらいの時間がかかるか確かめようって話もしてましたね。紙の視察と重なったら、ガラスは後回しかな。一日に何枚って数えようと思ったら、届いた次の日の朝からって思ってたんですよ。」

「それでいいと思うよ。ガラスの仕事を始めてすぐに視察が到着したりしたら面倒だけど。」

「その時はやっぱりガラスは途中で止めて、視察が終わってから続きですかね。二四枚でしたから、一日で終わるとは思ってませんし。」


 第二棟での紙の仕事はダイアナに任せて、オレはエリスと紙の材料集めを始めた。ガラスは、一〇〇〇M頃に届いた。ノルンは届いたガラスを長屋の倉庫に運ぶよう指示を出したらしい。やはりガラスの仕事はフショップ達が帰ってからだな。



 午後になって、αからの連絡が入った。


『雷雲が北上してきてて、さっきモルの尖塔に落雷があったみたい。』

『デージョー?。通信系は大丈夫かな?。』

『ノイズは入ってるけどアナログ波の音声は大丈夫よ。いい機会だからデジタル系のデータ通信のエラー量もチェックしてる。』

『ジェーン・ドゥは何か言ってる?。』

『毎年今頃からこういう天気が増えるそうよ。雷に関しては、尖塔に避雷針を仕込んであるから、神殿の敷地内で人の目に付くような困ったことは起きないだろうって。』

『多少の落雷があってもモルとの衛星回線に支障は出ないだろうということだな。』

『ええ。ノイズは入るでしょうけど。地上回線も準備中だけど、それが使えるようになったからって、ガンマを今の軌道に置いておく限りは衛星回線を外す理由もないわ。』

『了解。その雷雲は、もしかして北に、こっと、ネゲイ方向に動いてたりする?。こっちの地上系でもまともな雷雲のテストをやったことがないから、影響を見てみたい気はするんだ。』

『マーリン7の落雷対策もね。やっぱり偏西風はあるから、今モルの真上にある雲は来ないわ。距離があるから方向が違うし、もし真っ直ぐネゲイ方向へ動いてもここまで来る前に夕方になる。でも、もっと近くで西にも怪しい雲はあるから、そっちが、もしかしたら、来るかもしれない。来ないかもしれない。風向きとか気圧とか、地上の固定観測点が少ないから予想しにくいわ。』

『雷雲が近づいてきたらマーリン7のアンテナは絶縁しないとダメなんだよな?。』

『ええ。アンテナは格納しておけば、斥力場がなくても落雷は機体表面を伝って新池にアースされるから壊れることはないと思うけど、通信ができなくなるから翻訳もできないわ。ダイアナかエリスを完全自律モードにすれば会話はできると思うけど、前にデージョーで電波が届きにくかった時みたいに、バッテリー消費が大きいから長くは続けられない。バギーで給電し続ければ電力は大丈夫だろうけど、発熱量が心配になるわ。』

『会話負荷のテストとか、やっておくべきだったな。今からエンリかネリのどちらかを捕まえて、事情を話してテストできるかな?。』

『二人とも、宴たけなわよ。エンリはエビ罠の製作中。ネリはフショップ達が来るのに備えて今はヨークの店に行ってるわ。人数の連絡がないけど寝る場所の確保をしておくみたい。』

『忙しそうだな。今日は諦めよう。』

『雷雲が来る前にテンギ達を帰らせれば……、いや、ダメね。絶対に来るってわかってから警告してたら、ネゲイに帰り着くまでに雲が来ちゃうわ。ネゲイまでの、あんな何もないところで歩かせる方が危ない。降り始めたら、テンギ達も漁師小屋に避難するでしょう。グズグズしてるようなら警告はするけど。』

『ならオレは、工房に戻って雨とかに対する準備を見ておこうか。でも雨が降るのは初めてじゃないし、それほど見るところもなさそうだな。』

『地上系の通信網はマーリン7のアンテナを閉じても後でログを回収すればノイズ量と影響はわかるわ。マコトは、マーリン7のアンテナを閉じる前にここへ戻ってもらうか、工房の第二棟に避難しておくかね。第二棟の場合は、アンテナを閉じたらダイアナかエリスをバギーに残して自律モードで翻訳させる。』

『いや、一旦マーリン7に帰るよ。翻訳の負荷テストは、今夜、エンリに手伝ってもらおう。エリスとダイアナも一緒に一旦帰るから、第二棟の作業をキリのいいところで終わらせてくれ。』


 工房に立ち寄ってダイアナを回収し、ノルンに「天気が」と話をしてマーリン7に戻った。遠くで雷の音が響いている。テンギやエンリ達にも警告しておこう。



 オレと小ニムエ達はマーリン7へ。空電を拾って近くの落雷強度を測定中。今までの衛星軌道からの観測データの中に落雷の瞬間の明るさの変化と空電を拾ったものがあり、誤差はあるにしても今拾っている空電の強度から距離の推定はできる。マーリン7のアンテナがある垂直尾翼は落雷を招きやすい構造だ。推定の落雷距離が三十キロまで近づいてきた。そろそろ、アンテナを格納しておいた方がいい。


 テンギ達の漁業組は、オレの警告を聞いてから空を見上げて作業を切り上げ、仕掛けてある罠の点検に向かった。水位が上がっても大丈夫なように網の高さを変えておくのだという。やがて罠の調整を終えた一行は漁師小屋に道具一式を移して罠製作の続きに入った。ドアも窓も全開だ。蒸し暑いのだろう。今日の当番のベンも、小屋の外ではあるが、何故か罠の仕事を手伝っている。


『通信を切る前の雲画像からの予想だと、このあたりではまず奥の方、ヤダ村とかその奥の放牧地あたりから雨が降り始めて、新池の水位はこれからの三~四時間で二十センチほど上がりそうよ。』

『それはヤダの雨量で?。このあたりに降りそうな雨量も含めて?。漁師小屋は大丈夫かな?。』

『このあたりに降る分も含めて、今まで集めたデータからの推定で少し多目に計算した結果よ。誤差もある。漁師小屋は、少なくとも床下には来るわね。』

『小屋が流されることはなくても、外に出られなくなるか。』

『そうなりそうよ。この南原全体が遊水池みたいな地形になってるから、水位が下がるのにも時間がかかると思うわ。水の出口が一ヶ所しなないもの。今の季節の日没は遅いけど、明るいうちにネゲイまで歩いて戻れるかどうか、微妙ね。』

『夕食の差し入れとか、考えた方がいいかな?。だけどアンテナ遮断してたら話をしにくいな。』

『短時間ならダイアナを自律モードにしたらなんとかなるわ。それに夕食の心配をするような時間帯になれば、水は残ってても多分雲は切れてる。アンテナを出せるわ。』

『わかった。ええと、テンギ達はいつも五~六人で動いてるよな。』

『今日はエンリも含めて七人よ。』

『そのくらいなら、夕食の差し入れも問題ないか。雨と水位の状況にもよるけど、動けるようにはしておいてくれ。』

『わかったわ。』


 水位の低下が遅いようなら、バギーで何回か往復して連中をネゲイに帰してやることも考えねばなるまい。新池の水位上昇予測が二十センチなら、多少の誤差があっても工房は心配ない。



 一五三〇Mを過ぎてこのあたりでも雨が降り始めた。電波は入ってきていないが、垂直尾翼のカメラは生きている。小屋の外で作業中だったベンも屋根のあるところに避難した。新池の出入口と、マーリン7から見えるヤダ川上流の一番遠いところをズームアップして水位を監視する。一六〇〇M近くなると変化は明かだった。川の水は濁り、水位も上がってきている。罠を支えている杭の頭はまだ見えている。水位情報が二十センチなら杭が水没することもないだろうが、流されてしまったとかになれば、カメラ画像でわかるだろう。



 一七三〇M。雲が切れたのでアンテナを再展開し、ガンマが撮影していた雲画像を推移を確認した。このあたりの雲は、もうない。罠を支えている杭は健在。漁師小屋もまだ無事。だが水位のピークはまだ訪れていないようだ。テンギと何人が水の中を歩いて小舟に行って、桶で船底に溜まった水を汲み出している。一度、顔を出すか。


「水が濁って下が見えないときに歩き回るのは危ないよ。」


 バギーで近づいたオレが声をかける。バギーが起こした波が小舟を揺らした。テンギが答える。


「わかってますけど、どうも心配で。」

「雨はやんだけど、まだ水はこれから増えるよ。多分、水が引く頃には暗くなってる。いや、今からネゲイに歩き出しても着く頃には暗くなってる。雲も出てるしね。町外れ、工房のあたりまで、送っていこうか?。二往復もすれば全員運べると思うけど。」


 テンギは少し考えて答えた。


「こういう時に泊まり込むのもいい経験だとは思うんですが、ちょっと準備が足りなくて。食べるものが、全員分はないんですよ。ベン殿と、ウチの何人か、ネゲイまでお願いできますか?。私は今夜はここに残ります。一人分なら食べるものもありますし。」

「経験ということなら全員残ってもらって、食べるものもこっちで渡そうと思えば渡せるよ。水もね。でも、エンリは私の船に帰るとしても、エンリ以外で六人ぐらいいただろ?。ちょっと小屋二つじゃ狭くないかい?。色々道具が置いてあるだろ?。三人ずつ寝るのは窮屈そうだ。それに、まだ水は増える。六人が小屋ごと全員流されるとか、私はイヤだよ。」

「私が責任者ですから、私は残ります。エンリは、マコト殿の船に。」


 テンギはまた考えている。


「あと、うーん。一人。経験はさせたい。マコト殿、後で払いますから食料一人分だけお願いできますか?。そして、誰か、居残り希望はいるか?。エンリ以外。泳げるものに限る。」


 全員が手を挙げた。水泳も、ネゲイでは希少技術だが漁業組は全員が練習している。エンリ手を挙げている。見慣れている光景がいつもと違っている非日常に気分が高揚しているのもあるだろう。エンリが言う。


「私こそ、こういう時の手順を経験しておくべきだと思います。」


 正論には反論しにくい。テンギも困った表情だ。交替で仮眠するにしても、全員となると、小屋の中の面積が多分足りない。


「テンギ殿、小屋の中は、多分二人ずつくらいが適当かな?。」

「そうでしょうね。三人は多すぎる。」

「じゃあ、夕食四人分をあとで届けるよ。エンリが世話になってるし、代金とか気にしなくていい。で、残りはこのあとネゲイまでバギーで送る。人選は、任せる。それと、ちょっとこういう場合に使えそうな物がないか、船の中を見てくる。一旦帰るから、私が戻る前に今夜の体制を決めておいてくれ。」



 話をしている間にもまた水が少し増えている中で、一度マーリン7へ戻る。会話をずっとモニタしているαは、四人分のサンドイッチ、救命胴衣と蠟燭で使えるカンテラ二個を用意してくれていた。


「暗くなったら漁師小屋の屋根に『虫』を一匹ずつ貼り付けておくから、万一小屋が流されそうになったりしたらわかるわよ。エンリも、インプラントで状況はモニタしてる。カンテラは『泊まり』の話を聞いて急いで組み立てたわ。小屋に蠟燭があるのは知ってるから使えると思う。明日以降、小屋に置きっぱなしでもいいわ。寄付だとか何とか言って押し付ければいい。救命胴衣は、今の状況で水辺で一晩とかって考えると、必要でしょ。」

「ありがとう。救命胴衣は、暑いんだよな。でも着てないと意味がない。暗くなるから、救命胴衣の笛はいいな。もしも暗くなってから流されても、赤外線で探せたりする?。」

「水温もそれなりにあるから、水に浸かって体温が下がったりしたら赤外線では見分けが付きにくいかも。水温が低かったらそれはそれで危ないし。」

「じゃあ、救命胴衣は、『暑いだろうが水位が下がるまでは絶対に脱ぐな』って言って貸し出そう。」



 漁師小屋に戻ると人選は終わっていた。エンリと一緒に泊まり込むのは、ここの女性陣の中で一番エンリと相性がいいルーナ。これは予想のとおり。もう一人いた女の子もルーナと同じく網の製作補修が主な仕事だったが、本来なら網担当は泊まり込む必要はない。もう一つの小屋でテンギとペアとなったのはブングの末子だと聞いているハオルだった。弟子連中の中の最年長ということで選ばれている。ネゲイに返すのは少年二人と少女一人、それから当番のベンだ。救命胴衣の説明などはダイアナに任せ、オレは四人をバギーに乗せる。皆何度かバギーで池までの送迎を受けたことがあって、シートベルトの説明などは要らない。


「じゃあ、早くしないと暗くなるから、領主館まで行くよ。」


 オレはバギーでネゲイに向けて移動を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ