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7-14 出張報告

 ヨール王二三年七月七日(火)。


 トヨンでデルタの着陸を隠してくれた雲は、今ネゲイで小雨を降らせているが、デルタの離着陸場所を設営するため、日の出前少し前に伐採班としてエリスとアンが出発している。昨日のうちに伐り倒しは終わって、今日は枝打ちなど、デルタの通過に支障が出ないようコースを整えるらしい。一の鐘過ぎ、エンリが帰ってきた。足場の悪い中を雨で身体を冷やしながら歩いてきたネリはマーリン7で一度入浴し、身支度を調えてから、今日の仕事も新池だと。雨の時は、水位の監視と生け簀に不都合がでていないかの確認が主な仕事になる。


「昨日は友達と夕食会だったって?。」

「ええ。ヤダではそんなことやったことがなかったから、楽しかったです。集まって食事って、もう村の中ほぼ全員でしたから。」

「集まりたい人の都合がつくなら、時々そういうのをやるのはいいことだね。」

「マコト様もやったことがあるんですか?。」

「そりゃあ、あるさ。男ばかりのヤツをね。」

「そのあたりは、ネゲイでもマコト様の前にいた場所でも同じなんですね。」

「そういうものだよ。人はどこででも、似たようなことが楽しいんだ。」

「そうですね。ところで、義父、ゴール様にはマコト様がトヨンに行ってるって昨日のうちに話してます。」

「ありがとう。トヨンで何をやってたか、今日話しておこうと思ってたんだ。会えなくても、話すべき内容はもう文字にしてある。読むかい?。」

「オーキョー様とオーキョー様と話しているところは昨日見せていただいてますけど、それ以外の話もあるでしょうし、細かいところを忘れてるかもしれないですから、読んでおいた方がいいでしょうね。」

「時間ができたらαに言ってくれ。いつでもいいよ。」

「わかりました。読んでおきます。」

「その中にも書いてあるけど、近いうちにカースンにも行くことになりそうだよ。いつ行くか、まだ決めてないけど。」

「速く動けるからって、予定を入れすぎじゃあないですか?。」

「そんな気はし始めてた。どこかで抑えないとな。あと、トヨンのエビ、マーヤン川で捕れたヤツもお土産に買ってきてるから、味見してみてくれ。ここのと比べてどう、とかね。」



 二の鐘前に工房でいつものようにノルンと打ち合わせ。トヨンでの契約のことも話した。


「じゃあ多分、今後トヨンからの注文というのはないんですね。今までもなかったですけど。」


 ノルンがマーヤンの干しエビをつまみながら言う。


「今は最初に作ったものがやっとトヨンに着いた頃みたいだな。そこから注文が来たとして、早くても今月下旬だろう。今頃少しは注文書が運ばれてる頃かも知れないけど、運び賃を考えたらネゲイで作った物を売るよりも、トヨンで作って『知恵の代金』を払った方が安いそうだ。」

「そうですね。紙とか石鹸に比べたら、何処ででも作れそうです。」

「紙もそうだけど、ペンもね。いつかやりたいとは思いながらまだ手を着けてない。」

「蠟板と箱は、少なくともトヨンの分は作らなくていいんですから、そのうちに時間が作れますよ。」



 領主館では少し待たされてからゴールの部屋に通された。マーヤンのエビを渡してトヨンでの首尾を話す。


「一日でトヨンまで行って帰ってくるんだから、バギーは便利だな。」

「便利すぎて予定を詰めすぎるって、エンリに言われたよ。」

「馬に乗れるようになったばかりの頃、儂もそんなだったよ。」

「私がいたところではバギーみたいなのを誰もが使っててね。それがあることが当たり前で予定を決めたりしてたから今の状態を『普通』だと思ってるけど、ネゲイの感覚からすれば動きすぎるんだろうな。」

「そうだと思うぞ。一ヶ月に何度もモルとかカースンまで往復するなんて、考えたこともなかった。カースン方面だとジンがモル経由でずっと行ったり来たりしてるがな、それでも往復で最低二十日ほどかかってる。バギーは、少し離れた場所との話を進めるにはとても強力なやり方だと思うが、マコト殿以外には使えないから、『便利すぎて予定を詰めすぎ』って、それはエンリの言うことに儂も同意するよ。徹夜だろう?。」

「あまり眠れてないのは確かだね。予定を詰めすぎないようにというのは、うーん、やりたいことが沢山あって、少し無理をすればできてしまうというのが、中々調整のやりにくいところだと思ってる。」

「婿殿の健康は儂にも大事な話だから、儲けるのはいいが、無茶な働き方は抑えてくれよ。まあ、今はトヨンの話を聞こうか。」


 会えなかった場合のために用意していた紙を見せながら説明する。ヴォルタ・ドゥ・オーキョーと会えたこと、友好的な関係を築けそうなこと。蠟板と箱の契約のこと。契約に関してカースンにも報告が必要であること。トヨンの神殿への入門証のこと。


「モルのオーキョー様に続いてトヨンのオーキョー様とも話ができる入門証か。神殿の者以外でそんなことになってるのはカースンでもマコト殿だけかもな。」

「あちこちに行く行商とかの人は……、神殿の一番偉い人に会う必要はないか。入門証は、なりゆきだよ。モルで話をしたときに、トヨンにも行っておくべきだって勧められただけさ。」

「勧められたついでに蠟板と箱の契約か。蠟板の方が少し安いのは気になるが、多分、これなら相場の範囲内なんだろうと思う。だが年に一回でもトヨンまで集金に行くか、手形か何かか、届けてもらうよう頼まないといけない……、ああ、半日で行けるなら、旅の経費を差し引いても儲けは出るのか。」

「トヨンでは挨拶だけでなくて、まだできるかどうかわからない今後の話もしてるしね。それが進められるなら、トヨンにも時々行くことになると思う。」

「ネゲイの中の見回りは儂も時々二~三日かけて行ってるが、それと同じような調子でトヨンに行けるって、本当に儂の調子とは違ってるんだな。カースンはいつ行く?。契約したことを話に行かねばならんのだろう?。今日は七日だ。十二日はネゲイにいてもらわねば困るんだが。」

「十二日のことは当たり前だよ。紙の話で来週あたりフショップ達もここに来る。紙の話を進めるにあたって必要な品物とかは注文済みで、フショップ達を迎える準備はそれが届くまでは手を着けたくない。今週は、ちょっとネゲイでやることが少ないから、今日でも明日でも行ってこようかと思ってる。ゴール殿から私に、今週中にやっておくべきこととかの話はあるかな?。」

「十二日の準備の確認とかで明後日の九日か、その次の十日あたりに少し話ができればとは思ってた。」

「ああ。『急に行けなくなった』人のこととか、そんな話も含めてその頃に一度話をしておくべきだろうとは思ってた。それはエンリの都合も聞くけど、九日の夜、明後日でどうだろう?。」

「わかった。エンリとマコト殿の分も夕食を用意するよう頼んでおこう。それなら、今日か明日にでもカースンに行くんだな?。」

「九日でエンリの都合が悪いようなら連絡する。カースンは、早めに済ませた方がいいと思う。なんだか妙に忙しくなってるから、うーん、モルとカースンに知り合いができて、そこからトヨンにまで付き合いが広がってしまったせいだけど、やるべきことに手を着けていないのは落ち着かなくてね。」

「適当に手を抜くことを覚えないと、身体を壊すぞ。」



 次はカースンだ。今までのやり方ならバギーでヤダ川を最速で下れば明るいうちに着くが、デルタにバギーを積み直して亜音速で移動しよう。昼が長い今の季節、明るいうちに往復できる。イヤ、通信中継用の「虫」の撒布と回収で、もう少し時間はかかるか。昨日、カースン~ネゲイ間を含めて全部の「虫」を回収したのは失敗だったか。新池に戻る運転はベティに任せてαに状況を聞く。


『ネゲイでは今日は一日中曇ってて時々降ったりやんだりだと思うわ。カースンは晴れてる。あっちは、今日は一日晴れてると思う。デルタは、降下中よ。今一〇〇〇Mの少し前だけど、一一〇〇M頃には到着の見込み。伐採をやってたエリスとアンも戻ってきてる。』

「わかった。カースンに持っていくものは、トヨンでの契約関係のものと、中継用の『虫』。それから、昨日トヨンで買ってきエビくらいかな。」

『商務省で事務的な話をして、できればハンナ・ナーベにも同席してもらって、って、そんな感じでしょう?。契約関係以外で持っていくものは、中継の準備と、エビでいいんじゃない?。』

「じゃあ、それで。契約関係の木簡とかは今全部オレの背嚢か物入れに入ってるから、エビと『虫』を用意しておいてくれる?。」

『わかったわ。』



 マーリン7に戻るとエビと「虫」以外にバギーのボンネットに被せるオレの紋章入りのカバーも用意されていた。


「どこの紋章かはわからなくても、どこかの所属であることはわかるでしょ。これを付けておけば、市街地でももう少しスピードが出せると思うの。」

「そうだな。試すよ。」


 小ニムエ達がボンネットに紋章のカバーを取り付けている間に荷物の点検を済ませる。デルタとの合流地点に向かった。バギーでヤダ川を少し上り、左側に見えるはず……。あった。


 谷底は小川になっていて小雨も降っている今は水が流れている。その横にバギーが入れる幅で木が伐られた空間ができていた。ベティがホバークラフトモードのままその空間にバギーを乗り入れさせる。伐採で作られた空間の切り株の高さは調整されていて「奥」が少し下がっている。バギーは、浮上さえさせておけば、そのまま「奥」に押しつけられるような形になるのでヤダ川方向に滑り落ちることもない。バギーから上を見ると、周囲の木々はバギーの幌屋根から二メートルほど上の高さで切りそろえられていた。この上にデルタが乗れば、着陸脚は出さずにワイヤをバギーに降ろせる。一番ヤダ川に近いあたりの木はバギーの幅分以外は伐られていない。デルタが今のバギーの上に止まっているとして、残ってる木がデルタがヤダ川に落ちるのを止めてくれるだろう


「いい感じに作れてるね。」

『大丈夫だとは思ってるけど、デルタを乗せておく部分の木の強度がどのくらいかまだよくわかってないの。だから念のため、デルタが到着する時にはそこから出ててね。』

「わかった。あとどのくらい?。」

『十分弱だと思うわ。』



 ベティの運転でバギーは一旦ヤダ川まで戻り、そのまま対岸まで渡って駐まった。デルタが停止に失敗してヤダ川に落ちたとしても軸線からは少し上流に離れた位置だ。αの予告のとおり「十分弱」でデルタが後ろ向きに谷筋の木々の上を滑ってきた。逆制動をかけながらなので、斥力場を受けた木々が揺れ、小枝が折れて吹き飛ばされている。デルタは減速し、予定されていたバギーの「駐車場」の上で止まった。


『まだよ。デルタが上に乗って、デルタを支えてる木にかかってる荷重を確認してるから。』


 バギーのモニタに幾つもの光点が現れた。昨日木を伐った後で、荷重のかかりそうな木にストレインゲージを貼っておいたらしい。雨のおかげで強度は変わってしまっているだろうが、目安にはなる。昨日のうちに、生木の状態での強度は調べておいたとのこと。荷重がかかっていない木の表示は青。そこから緑~黄~橙と進んで赤は折れているか折れる直前。モニタの光点は風の影響も受けて常に色が変わっているが、最大でも黄~橙附近。ほとんどは緑と黄色の間だ。

『いいわね。幹部分の測定しかしてないけど、安定してる。上にデルタが乗って傾き始めてるも木もない。バギーの荷重がここに乗っても大丈夫そうよ。』

「じゃあ、ステップ二だ。バギーを移動させよう。」


 バギーを吊り上げ始めたところで荷重表示の意が変わったが、危険域に入っているものはなかった。オレとベティを乗せたままバギーは船倉に収まり、ハッチが閉じる。船倉と船室をつなぐハッチが開く。幌の天井ファスナーを開いて立ち上がり、吊されたタラップで船室に移動した。幌からこぼれた雨滴がバギーのシートに散っている。天候が悪い時はこうなるのか。覚えておこう。


 操縦席に座ってシートベルトを締める。座席前のモニタには発進前の各部点検状況が表示されていて、もうほとんどが緑表示だ。残っているのは……、ベティがコンテナを持って操縦室に入ってきて、シートベルトを締めて赤表示が消えた。コンテナの中身はバギーの荷台に置いてあった「虫」だ。δのアナウンス。


「発進可能です。天候が悪いので、昨日の検討案で出てきた『岩場から十Gで一気に上昇』という方法でなくても、上昇中の姿は視認困難と推定しています。」


「コースは任せる。トヨン、じゃなくて、カースン沖だ。準備でき次第、発進してくれ。」

「了解しました。」


 δの答えとともに風景が動き始める。最初は人が歩くより少し早い程度の一定速だったが、谷の屈曲部を曲がってから一気に加速し、そのまま離陸した。姿勢が安定するとベティは「虫」を入れたコンテナを持って外気採取口に向かう。



 一二〇〇Mの少し前、デルタはカースン沖に達した旋回しながら下降し、海面の五メートルほど上でホバリングしている。オレとベティはバギーに移ってシートベルトを締めていた。バギー四隅の吊り下げフックは外されている。各部点検で問題がないことを確認し、δがアナウンスした。


「バギーの斥力場は切り離しに会わせて自動展開します。秒読みを開始してよろしいですか?。」

「頼む。」


 三十秒前からカウントダウンが始まった。軌道計算をしているわけではないので投下のタイミングが重要なわけではない。単純に、オレが覚悟を据えるまでの時間だ。底部ハッチが開く。海面上五メートル。慣れれば大したことはないのだろうが、少し緊張する。δの読み上げるカウントゼロでバギー前縁を載せていた支え板が引かれ、前部からバギーは落ち始める。半秒も遅れずに後縁の支えも外れた。斥力場が展開される。斥力場の前端が海面に達して、海面が窪んだのが見えた。車体後部も追いついてきて水飛沫が上がる。揺れが落ち着くまでに数秒かかった。結構なスリルだ。


『切り離し成功です。』


 δの声はインプラントに入ってきた。状態に異常があればどこかに赤表示が出るが、今はそういうものはない。外からの光で大体の方角を判断して北と思われる方を見る。水平線上に山の形が見える。


「異常なし。じゃあ、デルタはいつでもピックアップポイントへ行けるように準備して待機。オレ達はカースンに上陸する。」


 オレの言葉を受けてデルタは南の方角へ上昇していった。オレ達はコンパスを頼りに北向きの移動を開始する。数分で山の頂上が見え始め、見えている山の形が立体地図と照合されて現在位置の地図が表示された。バギーで上陸しやすい浜辺のある方向へ進路を修正する。初めてジンに案内されたときに焼きエビを食べたあたりだ。二十分弱で浜辺に到着して上陸。タイヤ走行に切り替えて進む。


 港湾区画と市街地を隔てる門はヨール王との面会証を示して通り抜ける。商務省まで、「馬車より少し速い」程度で進む。やはりこれ以上の速度は危なそうだ。バギーを商務省の馬車置き場に入れて受付へ。列が長い。まあ、待つか。



「トヨンで契約をしたらこれをカースンの商務省に出しておくように言われてね。どこに出せばいいだろう?。」


 オレはトヨンで渡されていた木簡を受付に示す。受付の男は木簡を見て言った。


「あちら、突き当たりを右に曲がって少し行った所に貿易と関税の窓口があります。」

「ありがとう。あと、約束はしていないんだが、今日はハンナ・ナーベ殿は来ているのかな?。」

「ハンナ・ナーベ?。」


 受付の男は不審者を見る目でオレを見た。王族の一人の動向を聞こうとしているのだからそうもなるだろう。だがオレの指輪に気付くと木簡を改めて読み、態度を戻した。


「失礼しました。ヤムーグ様。今日は、ナーベの姿は見ました。特に何もなければ、ナーベは、その木簡の届け先でもある関税関係の部屋かと思います。」


 オレは受付に礼を言って教えられたとおりに進む。目的の部屋は曲がってから二番目だった。ドアは開いている。中に入ると正面に座っていたのは見覚えのある顔だった。思い出そうとするとインプラント経由で視界に相手の名前が表示される。


「近衛のハービン殿?。」

「え?。あ、そうです。ええと、ヤムーグ様ですね?。」

「ああ。」

「ええと?。あれ?。お約束とか、入ってましたか?。」

「いや。たまたま、商務省に出さないといけない書類があって、受付で聞いたらこの部屋へって言われたんだ。」


 貿易関連の文書で「商務省へ提出」と言われた時点でハンナかその近くの部署になるだろうとは思っていたが。近衛のツヤ・ハービンがここにいるのは、王族が働いている場所の門番を兼ねて事務仕事も手伝っているというあたりだろう。


「商務省への書類、どのような書類でしょう?。」


 物入れから蠟板と箱の契約についてトヨンから預かった木簡を取り出してハービンに渡す。そんなやりとりの間に奥の席にいたハンナ・ナーベがオレ達に気付いて立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「マコト殿。」


 ハービンもハンナの方へ振り返る。


「ああ、ハンナ。ヤムーグ様がトヨンで新しい契約をしてこられたって。これです。」


 ハンナが木簡を受け取って内容を読む。


「わかりました。予定もなかったのにどうして?、って思いましたけど、トヨンに行ってらしたんですね。相手は……あっちの組合ですね。じゃあ。受領証を作ります。ええと、あちらの椅子でお待ち下さい。普通なら受領証を渡して終わりですけど、少しお話もできますか?。」

「そちらの仕事に支障がなければ、そうしたいなと思ってたんだ。」

「わかりました。あと、申し訳ありませんが登録で銅貨四枚です。用意しておいて下さい。受領証は、すぐにやりますから。」


 オレとベティは部屋の隅に会った椅子に移動する。打ち合わせとかにも使えそうな四人掛けの場所だった。ハンナは何人かの同僚にオレの木簡を見せてから壁の棚に行って別の木簡を一枚取り出し、棚の前の机でオレ達が持ち込んだ木簡を見ながら何か書き始める。


 数分でハンナとハービンが俺たちの待つテーブルにやってきた。


「受領証です。銅貨四枚もお願いします。」


 銅貨は既に用意してあって、ベティがテーブルの上の銅貨をハンナ達の方へ押し出す。ハービンが銅貨を回収して言った。


「じゃあこれは、会計のパイクに渡しておきますね。」

「お願いします。」


 ハンナはテーブルに受領証の木簡を置き、自分の指輪を押しつけてオレの方へ差し出した。


「ありがとう。これで事務手続きとしては終わりかな?。」

「マコト様が今日やっておくべきことは、終わりですね。もし更新とかあれば同じようなことがまた出てきますけど。それにしてもバギーは速いですね。昨日のトヨンの契約が今日カースンに届くなんて。」


 使ったのはバギーだけではないが、細かい訂正をする必要もない。


「モルのジェーン・ドゥ・オーキョーに会ったらトヨンのヴォルタ・ドゥ・オーキョーにも会っておくべきだと言われてね。行ったらネゲイで作ってた商品の一部がトヨンにまで流れてきてて、トヨンに行った目的はヴォルタ・ドゥ・オーキョーと会って話をすることだったんだけど、ついでに契約も勧められたんだ。」

「ヴォルタ・ドゥ・オーキョー様って、まだお若いんでしょう?。」

「二一だったかな?。」


 ハンナはオレ達だけに聞こえる程度の小声で言った。


「その歳だと、マコト様のコビンにもなれますね。」


 王族のこういう言葉はちょっと危険だ。声が小さくなったのも、そういう話題に入るという意図があるだろう。オレも小声で返す。


「そんなことは考えてないよ。今でも、オレに正妻に加えてコビン二人は多すぎると思ってる。そこにヴォルタを加えるなんて、年齢以外の問題も多すぎる。ジェーン・ドゥに叱られるよ。」

「でもジェーン・ドゥ・オーキョー様も『会うべき』っておっしゃるなら、その可能性も考えていらっしゃるかも。歳のことだけで考えたらって、そういう話です。」


 この年頃に多い恋愛脳か、それとも真面目な話か?。ハンナは続ける。


「マコト様にその気がないのは良くもあり。悪くもあり……。モルのオーキョー様が今のヴォルタ・ドゥ・オーキョー様をトヨンに送ってから、トヨンの町とモルの町の間では人や物の流れが増えてるそうです。通り道になるここカースンや、間にあるターケンとかセバヤンも含めて。そういう流れが続くのは、いいことです。」

「悪いことは?」

「モルとトヨンの町が仲良くなって、トヨンとモルの間の町も景気が良くなって、トヨンの奥、上流のコーフの王様はあまり嬉しくないみたいですね。国の中で栄えてる所が南に偏ってるとかで。」

「トヨンで少し聞いてるけど、王様との仲がいい、ということではなさそうだった。」

「ヴォルタ・ドゥ・オーキョー様が今の地位である限り、コーフはずっと『面白くない』って思い続ける。少なくとも今の王様の代では。そんなことを聞いてます。悪いことはそこですよ。」

「難しいね。そこまでの話になると私の人付き合いの範囲ではどうしようもない。私としては、誰とでも、求められたら『善き友人』として何かを売り買いしたり贈り物をしあったり、そんな関係を作ることが当面の目標なんだが。」


 「当面の目標」を達成したら、星間貿易や入植拠点の交渉に入ろうとは思っている。それが当初目的だ。当初目的を達成するための手順書とも呼べる「指針」は、出会った異星文明を構成している種族と地球人が結婚する状況を想定していない。生物学的にそんなことができる可能性はほぼゼロに等しいからだ。


 このあたりの社会構造からすると、有力者の系譜に属するコビンは交渉に有用だとは思う。しかし、コビンを得られるほどの信用を得ていれば、交渉にコビンの縁を頼る必要性は小さいのではないか?。結論としては、コビンを新たに得る必要性は小さいが、コビンを新たに得ることができるような関係性は作っておくべき、と、それは、今やっていることそのままじゃないか。


「誰でも最初『善き友人』は目指すんでしょうけどね。で、『当面の』ということは、トヨンに関して次がありますか?。コビンとか?。」

「えらくコビンを増やしたがるね。そういう話題は、女の人には嫌われると思ってた。」

「普通はそうなんでしょうけど、コビンを増やすのは同盟関係みたいな感じですかね。母からは、そう教わりました。コーフにも、多分私のような政略結婚のための姫はいるんじゃないでしょうか。」

「コーフからもコビン?。私はそこまでの大物じゃあないよ。」

「同盟は大きい方がいいと思いますよ。調整役は大変になりますけど、私もお手伝いします。私は商務系ですから、コーフが乗ってくれるなら、王室の血筋が入ってて、工務系の人がいいですね。」


 工務畑でも商務畑でに有能な人間は歓迎するが、それがコビンによる同盟、閨閥である必要はないと思う。しかも、話しているのが王様の娘であるためか、政治色も強い。コビンを増やすというハンナの案を聞いたら、ヨール王はどう答えるだろうか?。ハンナは王族として育てられてそういう感覚になっているのか?。同盟であるとして、その調整役は、そういうことを見て育ってきているハンナが手伝うとしても、第一候補はオレか?。ネリか?。複数婚の社会での一家の調整者は、そういう暮らしを見てきていないのでよくわからない。ナガキ・ヤムーグの家系の始まりも政略結婚のようなものだが、仕事上のパートナーが共同で特許権を守るために云々と聞いたことがある。オレの代に至るまで、離婚や再婚はあっても複数婚は多分ないと思っている。


「優秀な人が手伝いに来てくれるなら歓迎するけど、それを皆コビンにしてしまう必要はないだろ?。私の仕事の手伝いには男女はあまり関係がないし。そうやってコビンを増やすことは考えてないんだ。商売はしたいけどね。」

「マコト様とカースンの両方に利となること、それが私の目標ですから、必要だと思ったらお勧めしますよ。」


 政治情勢についてはいい教師になってくれるかもしれないが、感覚がずれている気がする。だがネリも「ネゲイの利益を考えて」結婚を考えたようなことを言っていた。そういう意味では、庶民の生まれであるエンリの感覚が、オレに一番近いのかもしれない。


 コビンの話は、オレが外国の権力のある若い女性と会ったことからハンナが思いついた「私案」だ。そもそも、ここで決められる話でもない。


「コビンの話は、私は今のところ必要ないと思ってるし、相手の同意もいるし、『案』の一つとしては聞くけど、今はそこまでにしてくれ。『考えてる』って話が漏れただけでも押しかけてくる人とか抗議してくる人が出てきそうだし。」

「ええ。そうですね。次は普通の話題で。」


 最後の言葉は普通の声量に戻っていた。


 普通の話題として、オレはベティの背嚢に入っていた干しエビの大袋を出してもらう。フショップの一行は今朝出発したらしい。ハンナも八月一日に出発し、十日頃にネゲイへ到着。遅くとも八月中にカースンまで帰り着くような行程にしたいと考えているらしい。雨が多くなる季節だから少し余裕を持たせていると。デルタが使えるようになったから、行程の進み具合をこちらでもチェックできるようになるかもしれない。あとでαに相談だ。ハンナに用意してもらったセバヤンへの紹介状を使う機会はまだ得ていない。いつセバヤンに行くかの話もしたが、ハンナのネゲイ訪問以降でもいいだろうという結論になった。多分、九月。セバヤンには、ハンナがコビンとしてネゲイに行くことになった旨は伝えてあるとのこと。



 トヨンで契約したことを届け出るだけなら実質十五分ほどの用件だったが、合わせて一時間ほども話をしてから商務省を出た。話題にはゴールと話した水利権の事も含まれる。ハンナによると、水利権は農業だけでなく、水運にも関係するらしい。農業の管轄は農務省だが、水運は商務省だ。規模次第だが、最終的には宰相か王が双方の話を聞いて可否を決めることになる。ハンナは、ネゲイでそういうことを考えているということは、王と宰相にも伝えると言ってくれた。まだ詳しい内容を説明できる段階には遠いが、何か聞かれたら概要を答えられる程度には用意しておこう。


 デルタに拾い上げてもらう予定の場所を、オレは地図で見ただけなので運転はベティに任せる。市街地から港湾区画、海を経てデルタと再会。離陸後はまた「虫」を回収しながら帰る。「虫」を使わない、光電池式の中継点も、急がないといけないな。


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