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7-12 トヨン(3)

 ネーンはオレ達に椅子で待つよう言って、ヴォルタ・ドゥが言い残した通行証を作るため、木簡に何か書き込んでいる。二の鐘過ぎ。三の鐘まで町の中を歩いてもいい。ノラはいつ戻ってくるだろう?。そんなことを考えているとネーンが木簡を持って来た。


「署名をお願いします。二ヶ所です。」

「指輪も?。」

「あった方がいいですね。指輪は上の署名のところだけで結構です。」


 ざっと文面を見る。また二つに割ることができる契約用木簡で、上段は通行証作成のための申請書、下段は通行証だ。問題ないのでネーンが差し出したペンで申請書部分に署名し、「三つの名前」の指輪を押しつける。下段の「許可を受ける者」欄にも時分の名前を書いた。


「ありがとうございます。あとは、オーキョー様の署名をいただいたらできあがりです。」

「三の鐘で会いに行く時に頼めばいいかな?。」

「そうでしょうね。私もご一緒しますよ。割った上の段はこちらで回収しないといけませんから。」


 ネーンは時分の腰に下げている物入れに木簡を入れた。


「ノラが帰ってきたら箱の話とかできるんですけど、遅いですね。まだ三の鐘まで時間もありますけど、町の中を見てくるとか、寺院の中を見てくるとか、されますか?。寺院の中なら私か誰か案内できますし、寺院の中なら、ノラが帰ってきたらすぐにお呼びできますよ。」


 町の中も見てみたいが、寺院から出てしまうとノラが帰ってきた時に待たせてしまう。寺院見学の方がいいだろう。


「じゃあ、あまり遠くに行くのも悪いから、寺院の中を見学させてもらおうか、」



 見学コースの最初は正門で、左の柱の彫刻は……などとネーンが話始めたところでノラが帰ってきた。一緒にいる男が、多分ノラの父である細工師だろう。ノラが言う。


「細かい話の取り決めは父がいないとダメですから、連れてきました。案内所の奥の商談室を使いたいんですけど、今日は空いてますよね。」

「休みの日だからね。マコト殿。細工師のコム・ダズルですよ。コム、休みの日に来てくれてありがとう。こちら、あの『箱』のマコト・ナガキ・ヤムーグ殿だ。」

「この近くで細工師をやってるコム・ダズルです。」

「マコト・ナガキ・ヤムーグだ。長ければ、マコトでいい。」


 互いに挨拶を交わし、ノラの案内で商談室に移った。



 テーブルにはネーンが手に入れていた折り畳みコンテナとオレの蠟板が置かれた。


「蠟板。なるほど。これも、いいですね。」


 話は聞いていても、現物を見ていなかったコムが言う。


「ネゲイでは、あ、このあたりの品物はカースンの北の方にあるネゲイで作ってるんだが、蠟板の蠟は、ちょっと難しかったらしい。」

「むつかしい?。」

「融かした蠟を流し込むところまでは簡単だけど、冷やして固まるのを待ってると割れる。そうならない蠟の配合を見つけるのにちょっと時間がかかってたよ。蠟のそういう割れやすさとかは、多分作る土地によって違うと思う。」

「ああ、なるほど。混ぜ物とか、そのあたりの話ですか。

「トヨンで手に入りやすい蠟に、トヨンで手に入りやすいどんな混ぜ物を入れるのがいいか、それは今朝トヨンに着たばかりの私にはわからない。」

「そうですね。木組みだけならすぐできそうですけど、蠟か。燭台は作ったことがあるんですけどね。ああ、ヨルス、ここじゃあ我々庶民の家より蠟燭を一杯使ってるだろ?。まとめて注文とかしてると思うけど、どこで買ってる?。ウチじゃあ露天か自家製ばかりだから、多分普段使ってる蠟だと出来上がりがバラバラになる。マコト殿が言う『割れる』とかがなんとかなっても、店に並べて見栄えがよくない。」

「寺院の蠟燭は入札だよ。金勘定は奥の方でやってる。でも芯の太さとと、『鐘一つ分保つこと』ってしか条件を付けてないから、毎回バラバラだ。」


 芯の太さは多分明るさに関わる条件だろう。だが「鐘一つ分」は、季節によって変わらないか?。


「鐘一つというのは、季節によって変わらない?。昼と夜でも。」

「ああ、平均ですよ。適当に八本選んで、その八本で丸一日以上。そういうことです。」


 ネーンが答えた。コムが話を戻す。


「ちょっと、蠟の職人と話をしたいな。今日は休みの日だが。うーん、マコト殿は今日ここに来たけど、いつまでトヨンに?。箱の話も蠟板の話も、木工の組合に一言断りを入れておいた方がよさそうな気がしてね。蠟の職人との話も、多分今日だけで終わらない。」

「トヨンに来たのはオーキョー様と会うためでね。話ができたから、今日の夕方にはトヨンを出るつもりだったんだ。箱と蠟板の話が出てくるとは思ってなかったんでね。」

「二~三日あったら、今聞いてる条件、この大きさで二枚一組カースン銅二枚、そのあたりでまとめられるとは思うけど、今日は無理だ。」

「コム、箱だけでもなんとかならないかな?。あれは蠟は関係ないし、オーキョー様も気に入ってる。」

「オーキョー様も?。ああ、わかるよ。こういうのを好きそうな方だね。でも今日は無理だ。」


 正直なところ、トヨンからの収入は期待していなかった。オレ故人としては、話が流れても構わないのだが、ネゲイで作られたものはオレの「知恵」に対する代金が含まれた価格で売られて、トヨンではそれがないとなると、今朝案内所で聞いたような貿易問題になる可能性がある。それは潰しておくべきだ。ハンナ・ナーベに余計な仕事が増える。


「今月の終わりか来月の頭頃にまたここへ寄ろうか?。それなら関係しそうな人達と話をする時間が作れているだろ?。どうせ近いうちにまたここまで来るつもりではあったんだ。時期は決めてなかったけどね。または、偶然の縁だけど、コム・ダズル殿をトヨンにおける私の代理人として契約するということも考えられる。他に適当な人がいればその人でもいい。私も手を広げすぎてて全部の面倒は見られないから、トヨンでもどこでも、ネゲイの外で何かやるなら、そういう代理人を誰かに頼むべきだとは思ってた。」


 代理人の提案を受けたコムは少し考えて答える。


「そういう話なら、やっぱり組合を挟んだ方がいいです。少なくとも、トヨンの町では、そのあたり、ある程度以上の金額になってくると組合が調整してます。ああ、オーキョー様が箱を気に入ってるって、言ってましたよね。組合の代表は今はオーキョー様です。休みの日に仕事の話で押しかけるのは気が引けますので、やはり明日ですかねぇ。」


 ここでネーンが言った。


「マコト殿、オーキョー様とは、また午後に会うんでしたよね。」


 オレも答える。


「三の鐘で時間を作ってくれるって、さっき話をしたな。」


 コムが言う。


「それなら、同席させてもらえれば、そこで大体のところは決められると思いますけど。蠟以外は。」

「さっきも言ったけど、蠟以外の部分は普通に木工とかをやってる人なら簡単だけど、蠟のことは、何回か試さないとダメだと思う。だけど、そういう契約は原価を完全に計算した後でなくてもできると思うが。一つ幾らとか、売り上げの何分の一とか。」

「カースンでは幾らでしたっけ?。」

「箱は一つ銅貨一枚、蠟板は、その大きさで一組銅貨二枚だよ。」

「カースン銅貨ですよね。」

「そうだよ。」


 コムは口の中で何か呟きながら考え始める。物入れから算木を取り出してテーブルに並べ、組み替え、何度かそれをやり直して、木簡に何かを書き込む。


「カースンと、同じ値段で、進められそうです。トヨン銅で計算し直しますけど。ちょっと、この計算をきれいに清書しますから、それを使って三の鐘でオーキョーに会いに行きましょうか。」



 三の鐘までまだ時間があったので、ネーンの案内で見学コースを再開した。コムはやりかけの試算を清書すると言ってた一旦帰った。礼拝が終わったのか大伽藍から人がぞろぞろと出てくる。人の流れに逆らって大伽藍に入った。


 塔があってその北側に広場という形式はどこでも共通だったので、建物の基本レイアウトはどこでも似た感じになる。モルとの一番大きな違いは、寺院敷地の東西には政庁として使われている建物が並んでいたことだった。寺院のトップが領のトップでもあるのだから、この配置は効率がいい。


 大伽藍に入る。奥の方にはヴォルタ・ドゥを始めとする高位者達の席があるのだろうが、礼拝も終わってそちらには誰もいなかった。壁は、意外にも白壁ばかりで絵は少ない。その点をネーンに尋ねてみた。


「前はもっと絵があったんですけど、今のオーキョー様になられてから、ほとんどきれいに剥がしました。ここの絵は、オーキョー様が気に入った下絵があれば描かせてる最中でして。」


 あまり好きになれない物を処分したくなる気持ちはわかるが、翻訳の問題か、状況を理解しにくい単語が混ざっている。


「剥がした?。」

「ええ、壁土と一緒に。絵は崩さずに。オーキョー様はそんなこともできるんですよ。で、今は絵はコーフの王様のところにあります。」

「壁の絵を剥がして、コーフに送ったって?。」

「ええ。六十年ほど前の王様がその頃あった絵を削り取らせて、建国からのトヨンの歴史の絵に変えさせたんです。何代目の王様が攻めてきたどこかの王様の首を刎ねてるとか、戦争の絵が多くてですね、その上で画家の癖なんでしょうか、黒っぽい絵が多くて、オーキョー様が初めてトヨンに来られたときには、絵を見て怒り出したそうですよ。」

「人を怒らせるほどの酷い絵というのも、見てみたかった木はするな。」

「私もあまり好きじゃなかったですね。十六~七の娘さんが好むような絵でもなかったと思います。ノラも小さい頃『神殿は絵が怖いから行きたくない』とか言ってましたし。」

「それで剥がして贈り主に送り返したのか。王様が怒ったりはしなかったの?。」

「壁に描かれた絵を、割れもしないまま剥がして送ってるんですよ。そんなことができる人間に逆らうなんて、考えられます?。」

「確かに。自分との技術力が違いすぎる。『勝てない』って、思うだろうな。」

「そういうことですよ。で、絵がなくなった後の壁は白で塗り直してます。もう慣れましたけど、子供の頃から黒っぽい絵ばかりが飾られてるのが普通だと思ってたこの場所で、白で塗り直された後、初めて入ってきたときは、まあ、明るさにびっくりしました。オーキョー様も、『予想以上に明るくなった』って、喜んでおられたとか。」


 町の長老衆だけでなくて、国王まで示威行為で黙らせたか。オレ自身はジェーン・ドゥの口添えもあって友好的な関係を築けつつあると思っているが、「器用な技」の持ち主には恩を売っておくべきだ。敵にしてはならない。「眼」の話は、つまりオレにとってかなり都合のいい状況であるのかもしれない。


 主祭壇の裏にはモルと同じように正十二面体に磨かれた石が鎮座していた。イオナによれば、「おそらく花崗岩」だということで、特別な材料ではない。オレ達のような寺院以外の人間も塔にも登れるのだが、何かの観測が優先だそうで、今は登れなかった。代わりに、塔の北にある「夏至の正午」などの石を見せてもらう。モルではこの部分を細かくは見ていなかった。ヤダの北の「夏の放牧地」、ソルの家、ネゲイで見たものは少し周りよりも高くなった石だった。今案内されているトヨンの「季節の石」は表面が平らに磨かれていて、膠で木片が貼られている。木片には日付も書き込まれていた。


「今のオーキョー様になってから、本当に細かく調べるようになりまして、星読寮の方々もそういうのを好きな方々ばかりですけど、何人かは入れ替わりましたね。」


 コペルニクスはプトレマイオスの理論と観測値に差が出る理由を考え続けて太陽中心説に辿り着いた。その過程が、丁度今、ここで動き始めているのかもしれない。「正解」は教えずに、観測精度を高める方法のヒントを出してみようか。影の位置ばかり気にして、塔の基部から影の先までの距離は測定している形跡は見当たらない。測定していれば、木片に日付だけでなく距離も書いていそうなものだ。午後の話の材料が一つできた。


 初心者向けのコースは小一時間で終わる。三の鐘までまだ時間があったので、町の中を見ることにして一旦寺院を出た。



 ネゲイ、カースンでは商業免許の規制があったが外国であるトヨンでは寺院の門の外の広場は露天商で一杯になっていた。夜明けの直後にここを通った時は単なる広場だったのだが。寺院からそれほど遠くまで行かずに品揃えを見ることができるのはありがたい。食料品。食器等の日用品、古着もあった。今のオレの服装はネゲイでは違和感がないが、トヨン風ではない。巡礼など、他の場所からの来訪者が多い土地ではあるが、それでも来訪者であることはわかってしまう。カースンの銀貨が使えるなら何着か買っておこう。「お土産」を出してしまったので背嚢には余裕ができている。



 三の鐘の少し前に受付に戻った。コムも到着している。ノラは通常業務。


「揃ったから、行きましょう。」


 ネーンの言葉でオレ達はヴォルタ・ドゥの部屋に向かって歩き出した。



「さっき塔で新しい縦コントを取り付けてたんですよ。マコト殿達は下にいましたね。」


 ヴォルタ・ドゥが言った。さっきネーンがオレ達を塔に案内しようとして断られたのは、そういう理由だったのか。オレとしては、自業自得だな。


「ええ。下で、石の意味とかを案内してもらってました。」

「毎年の同じ日でも、影の位置がちょっとずつ違うのが気持ち悪くて、印を付けすぎたら『わかりにくい』って苦情も出てね。何かいい方法はないかしら。」

「ある程度は提案できる方法もありますけど、もう試されてるかもしれません。まあ、今は『箱』と『蠟板』の話ですから、影の位置の話は後にして、先にダズル殿の話を聞きませんか?。」

「そうだったわね。ええと、ノラのお父さんのコム・ダズル殿だったわね。お久しぶり。ええと、あっちのテーブルで話をしましょう。」


 商談は大きな波乱もなく進んだ。オレがネゲイで得ているカースン銅貨一枚に相当する金額は、ここでは銅貨一.一四枚だと言う。純度と大きさの違いらしい。ネゲイでやった時と違って蠟の扱いにに助言する時間は作れそうにないので、その分は割引ということにした。折り畳みコンテナは、一.一四の比率で計算してもらうことになった。基礎研究が要らないコンテナでの取り分を安くするとネゲイで叱られかねない。期限はネゲイでのオレの権利期間に合わせて来年六月末を提案しようとしていたのだが、ヴォルタ・ドゥは「今日から一年間」と宣言した。


「それだと期間の終わり頃、来年の五月六月には銅貨一枚分の価格差ができるから、競争力が悪くならないか?。損をさせるつもりはないんだ。」

「運び賃の方が高いわよ。カースンからの品物はそうなる。それに、トヨンより上流の需要では、こっちも儲けさせてもらうから。受け取っておきなさいよ。」

「じゃあ、そうさせてもらおうか。ところで、この話が出てから気になってたんだが、その代金は、私はどうやって受け取ればいいんだろう?。」

「トヨンで、マコト殿の名前で預かっておくことになるわね。組合で預かります。組合の帳簿に付けて、確か十二年放置したら没収だったかしら?。」

「組合で預かってもらうということは、定期的に私か私の代理の誰かがトヨンに来ないといけない、ということかな?。」

「そうなります。お母様が信頼してる人ですから、歓迎しますよ。」


 銀行という仕組みが弱い社会ではあるが、口座を持ってるようなものだな。カースンでもトヨンでも、提案したら受け入れの土壌はあるように感じる。時間が作れないから、オレがその運営に関わるのは避けたいが。


 口頭でのやりとりの要点ははイオナが蠟板にメモを取っている。ヴォルタ・ドゥも、今朝贈られたばかりの蠟板を使い始めた。木簡に清書する前に読み合わせ。問題なし。ヴォルタ・ドゥが新しい木簡に清書を始める。清書を終えた文面をざっと見る。字体はカースンと少し違っているが、意味はわかった。今まで話していた内容のとおりなので署名して指輪を押しつける。オレと組合長であるヴォルタ・ドゥとの契約だ。


「基本は四半期ごとに集計するから、十月以降、組合の窓口で請求すれば……、あ、請求で思い出した。ネーン、マコト殿の通行証は?。」


 午前中に「あとはオーキョー様の署名だけ」にまで用意していた木簡をネーンが自分の物入れから取り出した。


「あるわね。ええと、組合の窓口で請求、マコト殿の知恵の代金はそういうことで、ダズル殿、今日から、イヤ、今日は休みだから明日でもいいわ。組合の中で割り振って、まず寺院と政庁で、箱と蠟板を七二ずつ買います。職人の練習兼用だから、知恵の代金以外は少し割り引いてね……。」


 ヴォルタ・ドゥは話し続ける。政庁と寺院用のあとは市内の需要とコーフ向けにも作り始めること、今日は閉まっているだろうが西棟の中に組合の窓口があるので、西棟の出入口だけでも後でオレを案内すべきこと。カースン人との契約になるので、カースンにも内容を知らせる木簡を送るべきこと。


「カースンに知らせるとしたら、商務省に?。」

「役所の名前は、そんな名前だったと思うわ。」

「こんな話の流れだから、一言知らせておくべきだとは思ってたんだ。」

「一応、いつも書いてる書式があるから、その書き方で作って、マコト殿が話をしに行くつもりだったなら、その書式を持っていった方が商務でもわかりやすいと思うわ。」

「決まった書き方があるなら、それがいいね。その書式というのも、もし今日作れるなら預かって帰るけど?。」

「一度に済ませましょうか。ええと、文例集……。」


 ジェーン・ドゥは執務机の抽出から定型文の綴りを取り出して頁をめくる。


「これね。ネーン、さっきから私沢山書いて手が疲れてるから、本文をお願いできる?。」



 その後の事務手続きとして、オレの通行証まで作り終えて解散した。四の鐘前。徹夜明けのテンションで走っていたヴォルタ・ドゥはそろそろ限界が近いようた。また市内を少し見ながら、バギーまで歩いて帰ろう。女性用の、顔隠しベールも何枚か買っておこうと思う。ネリやエンリ達と再訪するときに使えるだろう。日が沈んだら、デルタを呼んでネゲイに帰還だ。


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