7-11 トヨン(2)
「ありがとう。年に四回か。空に手を出さないという約束があれば、そのくらいのことは頑張れる。」
「え、冬でも大丈夫ですか?。さっき、ネゲイのあたりって?……。四回ともなったら、一年の半分は旅をしてることになりません?。ええと、『冬は雪があって』とか、そういう流れになるかと思ってましたが。」
「普段はネゲイに住んでるよ。年四回も、多分大丈夫だ。空に手を出さないなら。」
「本当に?。」
「旅もあちこちを見れば、新しい何かを思いついたりするしね。ここまで来るなら、途中でカースンやモルにも寄れる。今はネゲイで色々な物作りをやってるから、商売の話であちこち動き回ることも多い。だからそんなに大きな負担じゃないと思う。」
バギーの移動速度を知らないのだから、一般的な感覚では「年に四回」は交渉のための「ふっかけ」のつもりもあったのだろうが、デルタが使えるなら毎月一回でも簡単な話だ。
「では、取り決めはそういうことで。私は空にてを出さない。マコト・ナガキ・ヤムーグ殿は年に四回ここで知恵について私と話をする。」
「了解だ。何か書き物にする?。」
「いいえ。お母様が信用している人ですから、この程度のことならナシで。」
「わかった。年に四回。約束しよう。」
ふと思いついた疑問を聞いてみる。
「空のものを取ろうとしたことは、前にもあったの?。」
「ええ。月は、触ったことがあります。ざらざらして、石が転がってるような感じでした。石は拾えませんでしたけど。」
「月以外では?。」
「月以外の星は、手が届かないみたいですね。流れ星は、すぐに消えてしまうから手が出せなかったんですけど、去年の暮れのヤツは長く見えていたんで試してみたんです。なんか川エビを捕まえた時みたいに手の中ですごく暴れて、ダメでした。お母様も昔『流れ星に乗って来た』と聞いていました。お母様は伝説が多すぎて信じてませんでしたけど、流れ星に興味があるのはそんな伝説もあってのことです。」
月以外の星は見えているのは数時間前の位置だから、彼女の能力が無限大の到達距離を持っていたとしても「触る」のは難しいだろう。
「友好的な関係が続けられたら、ヴォルタ・ドゥ・オーキョー殿、あなたにも流れ星から見た景色を見せられると思う。準備にはそれなりの時間がかかると思うが。」
「お母様と同じように、私も流れ星に乗れるのですか。」
「乗るのは難しいかな。上からの眺めだと、今までわからなかったこともわかる。面白い体験だと思う。そのうちに、どんな風に見えるかは教えられるかもしれない。」
知識欲を見込まれてジェーン・ドゥの養女となったヴォルタはオレの言葉にすぐ乗った。
「今日は、金星の数字を見直したらもう寝るだけのつもりでしたよ。その準備には、どのくらいの時間がかかります?。」
ヴォルタ・ドゥ・オーキョーが一般人であれば、既に「指針」が許容している以上にオレは秘密を話しすぎている。どこかで抑えなければ。
先ほどから、インプラントの視界の隅にジェーン・ドゥのメッセージが点滅している。「話に加わらせろ」。イオナが背嚢を探り始めた。通信端末を取り出そうとしている。通信端末を使って、相手がヴォルタだけなら、モルとの会話のついでに、空から見た地上の画像を出してもいいかもしれない。
「見せるだけなら、こんな道具がありますよ。」
イオナはそう言って端末を自分の胸の前に構えた。モルのジェーン・ドゥ・オーキョーの上半身が映し出され、声が聞こえる。
『ヴォルタ、久しぶりだねえ。』
「お母様?。」
『アンタが言ってた私の伝説の一つにもある、遠くと話ができる道具を、マコト・ナガキ・ヤムーグも作れるって、そういうことだよ。』
「本物ですね。今はモルから?。」
『ああ。話がこんな早い時間に始まるとは思わなかった。』
「金星を見てたので、起きてたんです。」
『金星か。マコト・ナガキ・ヤムーグも星読みはできるよ。時間があったらそんな話もしたらいい。だけど、アンタ、星読みで、もしかしてその眼は、星読みでやっちまったのかい?。前に会ったときはそんな、二年ほど前だったか?、そんなもの着けてなかった。何度も気を付けろって、言ってただろう。』
「今年に入ってから、春からこっちで、かなり悪くなっちゃいました。使いすぎですね。」
ジェーン・ドゥ・オーキョーの指摘はヴォルタ・ドゥ・オーキョーの眼帯のことだろう。推測はしていたが、太陽(ヤーラ359)の肉眼による目視観測のやり過ぎだったと、ヴォルタが告白する。
『もったいない。大事に使えばまだ六十年ほどは使えただろうに。』
「失敗しました。とは、思ってます。不便です。お母様はもっと長く使ってるのに。まだ少しは見えてるんですけど。」
『これは。ナガキ・ヤムーグに頼みたいことが出てきてしまったね。』
オレの名前が出た。ジェーン・ドゥは予想どおりのことを言った。
『ナガキ・ヤムーグ、眼の治療はできるかい?。最悪、予備の目玉を、頼めないか。』
「眼を、元に戻せるんですか?。」
ヴォルタが驚いて言う。「指針」は友好関係を構築するための手段として「贈り物」を挙げているが、無制限に何でも施せばいいというものではない。物品の提供なら一往復だが、眼の治療ともなると、レベルにもよるが何回かの往復も必要になるだろう。ジェーン・ドゥの治療は、ジェーン・ドゥ・オーキョーという存在が既に「人間以上のもの」と周囲に認識されていて、しかも外見上目立たない部分の改善を目的としているから、状態が少々変わってもわかりにくい。それに対して、ヴォルタ・ドゥの眼を治療するのは、どこまでが許容範囲だろうか?。ヴォルタ・ドゥとの友好的な関係は取得できるだろうが、喪われた視力の回復というのは、周囲を驚かせる。波及がどうなるかわからない。その上に、ジェーン・ドゥの治療のためのスケジュールも組めていないのに、ヴォルタ・ドゥのスケジュールを入れるのは……、α、どう思う?。
『技術的には問題ないと思うけど、血液サンプルじゃわからない話だから、今の状態を確かめるために一度ネゲイまで来てもらわないと。あわせて情報を集めて、治療しても大丈夫かどうか決める。検査と治療にそれなりの時間はかかるけど、彼女にそんな時間がつくれるのかしら?。視力の回復という噂が他の患者を集めてしまう可能性があるなら、治療を断るか、目立たないように『三年かかって徐々によくなる』ようなプログラムをシマドに仕込むとか、そんな感じね。」
「この話の流れだと、そうなりますか。眼の治療は、ちゃんと調べないと何をどうすべきかも判断できませんが、多分、技術的には可能です。でも、眼帯を着けてた人が普通の眼に戻ったら、騒ぎになりませんか?。」
程度がよければ、組織の再生を促進するだけでいいかもしれない。症状が悪いようなら、クローンを作って移植するか、養母と同じ「シマドの眼」にするか、そのあたりの方法になる。だがどんな方法であっても、マーリン7でなければ設備がない。部分再生でもクローンでも、シマドでも、一~二週ほどの入院期間が必要だろう。クローンなら、培養の期間も必要だ。そしてシマドの場合は神経インプラントも必要になる。機能は厳密にロックしておかないと、知識を求めて片目を失ったというこの娘は暴走しかねない。イヤ、マーリン7に収容する時点で神経インプラントは必要か。ならばシマドか。予備はあったはずだ。
「元のように戻す方法は、ある。最低でも一週間、長ければ一ヶ月ほど、ここを離れないといけないけどね。そんなことが、できる?。あと、治ったら治ったで、『どうやって治した』とかの話になって、私の名前が出てしまうのも困るんだが。眼が見えなくなった人がネゲイに押しかけてくる。」
『そうだね。大昔に私が有名になり始めた頃みたいな騒ぎになるだろうね。だけど、ヴォルタには切り札があるんだよ。できないはずのことを、やってしまえる。器用な技さ。ほとんどの人は、自分に何かができること自体を隠してるけど、ヴォルタはここで神殿の長になるときに、マーヤンの川から砂金を人の重さ分ほど掬いだして見せた。眼が治ったことで何か聞かれることがあったら、それで治したって言えばいい。』
「その場合は、ヴォルタ殿のところに眼を治して欲しいっていう人が押しかけてくるよ。」
ヴォルタが言った。
「トヨンでは、成人女性の顔は隠れてます。私はその上で髪でも眼を隠してます。星読寮では、眼帯は縦コントを使う時に見やすいように、って言ってます。私の右眼の本当の状態を知ってる人は、いません。」
「その顔を隠してることはトヨンに来てから気になってたけど、大人の女性は顔を隠すのがこのあたりの習慣なのかな?。」
オレは聞いてみた。
「昔の王女様だか王妃様が賊に襲われて顔に怪我をして、それ以来の習慣だと聞きましたよ。」
昔の地球でも権力者の愛好する品が流行したりした例はある。定着していて害がないなら、オレが口を出すべきことではないし、布の織り方とか模様の面でオレの新しい商売を考える材料になるかもしれない。
「じゃあ、眼が悪くなってることは知られてなくて、それを治しても騒ぎにはなりにくい。そこまでは了解。眼を治すためにはヴォルタ殿に暫くトヨンを離れてもらう必要がある。この点は、どうする?。」
「長ければ一ヶ月、ということでしたよね。」
「うまく進めばそこまではかからないと思うが、途中で何かがおかしくなったら、予備の期間を含めてそのくらいは欲しい。」
「ネゲイって、モルから何日か北に行ったところでしたよね。ここから片道十日ぐらい、往復で二十。ネゲイで一ヶ月……。」
ヴォルタ・ドゥが考えているところにジェーン・ドゥが割り込んだ。
『ナガキ・ヤムーグ、トヨンとネゲイを片道半日で動けるようになるのが、今日トヨンに来てる目的だろ?。ナガキ・ヤムーグがタクシーの商売を始めたら、モルに加えてトヨンもアンタの手に入る。悪くないと思うがね。』
「十日のところを半日ですって?。」
ヴォルタ・ドゥも聞く。「流れ星」の話題の時は、まだそれに「乗れる」ことがわからないように言葉を選んだつもりだった。ジェーン・ドゥもそれには気付いていたと思うが、台無しだ。いや、「上から見た眺め」が話に出た時点で、人間が上空に行くことができると気付かせていたかもしれない
「半日。うん。さっきの『流れ星』を使えば、半日でここからネゲイまで往復できる。空を見ていればわかってしまうから、目立たないようにする方法を考えてる最中だけどね。」
飛行機雲、音、断熱圧縮による発光、気を付けるべきことが幾つかある。デルタの安全な運用方法については、αとも話したことがあり、そのデルタを離陸させたのも「雨の夜」という視界の効きにくい条件を狙った。だが回数が少なすぎて、デルタを運用するための留意点はまだ整理できていない。
「さっきの『空には手を出さない』というのは、つまり『流れ星』で何かをやってる時に予定外のことが起きないようにするためのお願いだったんだけど、『何かをやってる』というのは、私を含む誰かを運んでいる、というのも含まれてる。ジェーン・ドゥが話してしまったから、ヴォルタ・ドゥ殿、あなたも、顧客にしよう。本当に、それに乗る前には、気を付けるべきことを山ほど注意するからそのつもりで。」
「『流れ星』なら、雪の季節でも使えますか?。」
「試してないけど、前が見えないほどの吹雪でもなければ、使えると思う。風が強すぎたら危ない。」
「一ヶ月、ということで考えれば、毎年二月頃はトヨンの外の誰かと会う予定とかは入れてません。雪があるので。その頃なら、ネゲイに行くこともできそうな気がします。」
「対外的には問題なくても、さっきのファラ殿とかにはどう話す?。ヴォルタ・ドゥ殿は、神殿だけでなくてトヨンの町の領主だとも聞いたよ。」
「私はお母様の指名でここにいて、トヨンの神殿の長です。トヨンの神殿の長は、昔からトヨンの町の領主も兼ねています。でも、トヨンでは、代々私のような者がそういう立場に就くようになってますけど、実際に物事を動かしているのは元からトヨンに住んでた人達です。私は、お飾りですよ。」
そこからの説明を要約すると、今のトヨンでは寺院、領内、共にトップはヴォルタ・ドゥ・オーキョーであるが、君臨はしていても統治はしていないらしい。寺院も領も、それぞれ五人ずつの長老達の合議で方針が定められる。ヴォルタ・ドゥはよほど気に入らない結論でなければそれを承認して手続きは終了する。ヴォルタ・ドゥの先代が存命の頃は、合議の結論に対して結構細かな注文も出されていたが、彼女の死後、ヴォルタ・ドゥが着任するまでの一年ほどで、寺院でも領でも長老達は増長した。中には私腹を肥やすような動議を出して、互いにそれを認め合うような動きも出ていたらしい。そして彼女が着任したばかりの頃は、「小娘の言うことなど」と言うことを聞いてもらえなかった。
「腹が立ちましたからね。それで一番手癖の悪かった馬鹿を、まあ、人殺しまでやってた馬鹿がいたんですけど、寺院と領が一緒にやる合議の場で問い詰めて、納得のできる理由もなかったから、その場で消しました。」
「消しました?。」
「消しました。合議の途中で。私、器用ですから。」
「消す」ということが具体的にどういう状況であったのかはわからないが、ヴォルタ・ドゥを怒らせるとどうなるか、長老達に教え込んだということか。オレの倫理基準からすれば問題はあるが、場所が違えば基準も変わる。そして強い手段は効果的だ。
「それからこっち、私が気に入らないような結論は滅多に出てこないですよ。気に入らなくても、それなりに理由は説明してもらえますしね。大抵は、それなりに筋は通った理由ですよ。だから、一~二ヶ月くらいなら、トヨンを長老達に預けてもいいんです。お飾りですから。」
「今までにトヨンを離れた一番長い期間は?。」
「二年前にモルに帰ったのが二四日ぐらい。毎年春と秋にはコーフへ十二日ぐらいですね。」
「一泊とか二泊での外出は?。」
「去年、ここから半日ほど北で街道が大雨の時に崩れまして、その時は一泊二日でしたね。その程度は、年に一~二回あります。」
「もしかして、行って、『器用に』元に戻すの?。」
「最小限だけですよ。単純に、街道に崩れてきた山の土を均して『人なら通れる』ぐらいに戻しただけです。あまりやり過ぎたら、そういうことの職人が仕事の仕方を忘れてしまいますし、仕上げまでやると私も疲れますから。」
「手」のような技なら、山崩れの応急復旧はできそうだ。やり過ぎると職人の仕事を奪うし技術も忘れられる。ヴォルタ・ドゥの次の代になった時に困るだろう。オレもネゲイでの仕事の進め方で、属人性をどの程度に留めるかは常に考えている課題だ。このあたりは、お互いに情報交換して最適解を探すのもいいかもしれない。だが、そのためには双方の技術力の開示も必要だ。この場で結論を出さねばならない話でもないが、ジェーン・ドゥを話に加えることも含めて、方針を考えてみよう。
ネゲイで一ヶ月というのは何か不測の事態があった場合の予備期間を含む。ここまでに聞かされた話を総合すると、来年の二月なら正味は一~二週間でヴォルタ・ドゥの治療はできそうな気がする。だが、細かくは決めていないが年末年始のどこかでジェーン・ドゥ・オーキョー。二月にヴォルタ・ドゥ・オーキョー。既にエンリがいるところに、十一月にはハンナ・ナーベが加わる。二月なら、ネリも結婚準備のためにマーリン7を訪れる頻度が上がっているだろうし、もしかしたら既に移ってきているかもしれない。明らかに異形の存在であるジェーン・ドゥ・オーキョーはともかく、二一歳のヴォルタ・ドゥ・オーキョーが客人となることに、不満が出るのも困る。医療設備はマーリン7の中だ。オーキョー親子はマーリン7に押し込んでおいて、オレと正側室達は池の近くに家でも建てるか?。それも何か追い出されているような気がして面白くない。
「眼の治療だけで考えたら一番都合が良さそうなのは二月だということを、了解したよ。私はコビン達も一緒に暮らしている。短い期間でもネゲイに来るのなら、彼女達とも善き友人となってくれると嬉しい。」
「それはもちろん。マコト・ナガキ・ヤムーグ殿のコビンなら私と歳も近いでしょう。トヨンの外で歳の近い友人というのは中々作りにくくて、そんな機会は嬉しいですよ。」
『じゃあ、大体の方針は決まったね。細かいところは、追々決めていけばいい。ヴォルタ、私もナガキ・ヤムーグには色々世話にならないといけないから、空のものの話とか、ちゃんとやっておくれ。それからナガキ・ヤムーグ、私が大事にしてた娘の眼を戻してくれること、嬉しいよ。』
モルとの回線が切れた。イオナは端末を背嚢に戻す。
「じゃあ、今夜から『流れ星』を使いたいと思ってる。できるだけ目立たないように使うつもりだけど、『空にものには手を出さない』で頼む。」
「わかりました。内密な部分は終わりですよね?。ファラに来てもらいましょう。今日このあとはどんな予定です?。」
「ここでは、順番が逆になってしまったけど、トヨンに来ることになって用意した『お土産』を渡すことと、その後、商談が一つ。」
「商談?。」
「私がネゲイで作ってるものの一部がもうトヨンにも流れてきてて、トヨンの工房が製造契約を結びたいって、そんな話があるんだ。」
「どんな物ですか?。」
「門脇の案内所にいるネーン殿が持ってた。折り畳みができる箱だよ。それから、イオナ、出してくれ。」
イオナはが背嚢から縦コント、三角関数表、蠟板、石鹸を取り出してテーブルに並べた。
「ああ、ちょっとそのままで。ファラに飲み物を頼んできます。今度は苦くないのを。」
ヴォルタ・ドゥは立ち上がって部屋を出た。
それからまた小一時間ほど、特に副尺を付けた縦コントの使い方を説明した。蠟板と三角関数表、石鹸は説明も簡単だったが、縦コントはそうもいかない。ヴォルタ・ドゥも、三角関数表は四五度の頁で精度を確認していた。
縦コントは、カースンとトヨンでは少し構造が違っていた。ヴォルタ・ドゥはカースン式で縦コントの使い方を憶えてトヨンに来て、トヨン式を改めて憶え直したのにカースン式に戻ることになる。
「この副尺というのは、いいですね。読み方がまたカースン式になって間違えそうですけど。早く慣れて、大事に使わせていただきます。さっき頼んだ『新しい知恵』が、今日はこれでもう幾つか数えきれません。」
「太陽は見ないこと。」
「ええ。無理はしません。影の位置で測る。お母様にも教えてもらってますから。」
門の案内所にはヴォルタ・ドゥも一緒に戻った。ネーンに頼んで折り畳みコンテナをヴォルタ・ドゥに見せる。
「なるほど。これなら私も欲しいわ。」
「ちょっと前に行商から七個買いました。」
「これならもっと買ってもよかったのに。」
「私もそうしたかったんですけど、その行商がそれだけしか持ってなかったんです。」
「マコト・ナガキ・ヤムーグ殿に頼めば届くのかしら?。」
「長ければ、マコトでいいよ。」
「マコト殿に頼めば届くのかしら?。」
「その話で、ええと、ノラ殿といったかな?。家は細工師だそうで、今相談に行ってるらしい。」
ネーンも補足した。
「ええ。もっとあればいいと思って、細工師の家の生まれのノラに『家で作れないか』って一個持って帰らせたら、『元々これを作ってる工房に話を通してからにするべきだ』って、で、今日は朝から偶然にもその工房の方、マコト・ナガキ・ヤムーグ殿が見えたので、ノラを家に帰らせたんです。」
ヴォルタ・ドゥは頷いた。
「勝手に作り始めなくて正解ね。お母様の推薦だけじゃなくて、マコト・ナガキ・ヤムーグ殿はトヨンにとっても重要人物よ。箱の話、マコト殿はどのくらいでまとめようと思ってます?。」
「ネゲイでは工房から一組出るたびに銅貨一枚が私のところに入ってくることになってる。一年の期限付で。それに近い条件で、まとめられたらと思ってる。」
「一年というのは、いつから?。」
「今年の五月に始まったんだ。だから、まだ十ヶ月ほど残ってるかな。」
「今日が七月六日。うーん。その、トヨン領内の契約も、来年四月末で、同じように銅貨一枚ぐらいが私の提案できるところだけど、どうかしら。カースンとトヨンで権利料の金額や終わる時期が違うと、値段で負けちゃう。」
「私は構わないよ。今家で話をしてるノラ殿がどういう返事を持って帰ってくるかにもよるけど。生産拠点が分散するのは、私にもいい話なんだ。私が色々始めすぎて、ちょっと職人が足りなくなっててね。」
「カースンではそんなことになってるのですか?。」
「カースンじゃなくてネゲイの話だけどね。あと、ネーン殿、箱だけじゃなくて、ノラ殿は蠟板の話もしてるんだろ?。」
「そのはずですよ。箱は現物を家にも見せてますけど蠟板は現物がわかってない可能性もありますので、ちょっと話の流れがわかりませんけど。」
そんな話をしている間にもヴォルタ・ドゥは箱を組んだり畳んだりしている。
「肩にかけられるようにしようと思ったら……、マコト殿、このあたりに穴を空けても大丈夫かしら?。紐を通したいの。」
ヴォルタ・ドゥは箱の上辺の対角附近を両方の人差し指で押さえながら言った。
「穴を空けていい場所は印が入ってるんだ。」
オレは四本の上辺の中央付近にステンシルで示されたマークを指さした。
「ああ、色が薄くて気付かなかったわ。カースンの書き方ね。トヨンじゃちょっと意味が通じにくいかも。」
鐘が鳴った。
「わ。遅刻!。もうこんな時間。マコト殿、私は礼拝に行かないといけない。あああ、もう。ええと、三の鐘以降、マコト殿用に時間を空けておくわ。この話で、後で来て下さい。あああ。ネーン、マコト・ナガキ・ヤムーグ殿に、私のところまでの通行証を作って。それから、ノラ、ノラが帰ってきたら今日の午後の『甘いもの会』の中止と、あ、イヤ、中止じゃなくて、とにかく私のところへ来させて。ごめんなさい。私は行きます。マコト殿とは午後にまた話をしたいので、,マコト殿は寺院の見学でも町での買い物でも、あああ、ごめんなさい。もう行きます!。」
「わかった。午後にまた。人を待たせるのはよくないから、行ってくれ。」
「午後に!。ごめんなさい!。」
ヴォルタ・ドゥは、小走りで去っていった。残されたネーン、オレ、イオナは顔を見合わせる。ヴォルタ・ドゥは、長老達は実力で黙らせたが、自分の責務に忠実であろうとしているのはわかる。
「いい人でしょ。」
ネーンの言葉にオレも頷いた。




