7-8 フェリシア達
ヨール王二三年七月四日(金)。
また、やるべきことリストを整理しておこう。工房まで「出勤」の途中でインプラントの視覚にメモを重ねる。運転はダイアナに頼んでいる。
・ガラスと鏡
モルにガラスの発注をしたが、注文書はまだ領主館かもしれない。現物が届くのはエンリのお披露目会より後になると思われる。オレの手を極力使わずに鏡まで加工するのに必要な原価を改めて確認したら、ハパーと販売価格を詰める予定。そこまで進むには今月末頃までかかるだろう。
・紙のためのフショップの受け入れ準備
フショップ達を迎えるにあたって、彼等に販売する道具類一式は発注を済ませている。十五日までには届くだろう。ガラスが届くのもその頃になるかもしれない。まとめて話ができるといえば効率がいいが、忙しくもある。
・トヨン訪問
トヨンの前にベンジーでアストラーベを詳しく見せてもらわねばならない。定例の訪問日は今日、七月四日の午後だ。材料の真鍮は在庫を確認済み。基本的な加工データも準備してある。午後にベンジーで細かい仕様を確認して、深夜には完成する。明るくなる前に少し使ってみて、支障がなければ土曜夜か日曜夜にトヨンへ移動だ。交渉次第では、ネゲイへの帰途にデルタを使えるかもしれない。デルタを移動に使えるとなればベータとの通信が一時的に悪くなるが、今の運用なら一時的な途絶は許容できる。デルタの軌道遷移は既に幾つかのパターンを用意してある。
・器用な技
「手」を含めてヴォルタ・ドゥ・オーキョーが考え出した新しい使い方があるらしい。どこまで教えてもらえるかはわからないが、訪問時にはその方法も聞いてみたい。
・セバヤン訪問
紹介状は届いた。トヨンの後、十二日以前とするならほぼ連日の「出張」になる。新婚早々で別の嫁の実家訪問も何かエンリに悪い気がする。フショップ達を返した後か?。鏡加工の工程で躓いたりする心配はあるが、オレが不在でも、小ニムエ達の誰かが補助はできると思っている。
・エンリ、ネリ、ハンナの受け入れ
ネリのルームBは隣のルームDと、エンリのルームCは隣のルームEと、それぞれ浴室とトイレが共用されている。だからCとDはエンリ、ネリのための予備室にする。ハンナは、エンリから二つ目のドアであるルームGにしようと思っている。
・ジェーン・ドゥの影武者計画と治療計画
ジュリエット以外の「顔ナシ」全個体の改造を終えている。ジュリエットの改造にはジェーン・ドゥ・オーキョー本人の更なる観察が必要だ。ベンジー訪問後、アストラーベの製造ではオレも工作室で作業をすることになるだろうから、その時にエンリにも小ニムエ達のことを改めて説明しようと思っている。彼女たちの指輪は、モルで注文するつもりだ。
・ジェーン・ドゥの最初のカプセル探索
優先度は高くないが、可能性のある海域の写真を調べ直している。海岸から流されてからは海面近くを漂流し続けている可能性もあるが、視界が海面ばかりの時の写真は解像度を落として撮影していたこともあって、可能性のあるものは見つかっていない。解像度問題は既に修正の指示を出してあって、今は陸上と同じ高解像度撮影をやっている。精査して何もなければ解像度を落として情報量を軽くした上でストック行きだ。カプセルはどこかに漂着している可能性もあるので、どうやら東向きに流れているらしい海流に乗って到達できそうな海岸線の写真の再精査も始めた。形状は「直径四メートルほどのアポロ型」と聞いている。どこかに流れ着いていたとしても表面に何かが付着していたりしたら探しにくいだろう。ベータの言語解析での演算量は低下していたが、映像解析負荷は急増しているようだ。
三の鐘でベンジーを訪れた。トヨンに行く話をして、今日は縦コント、アストラーベと星図を見せてもらいたいと頼む。グレン師が持って来てくれた星図は以前にも見たことがある大判の羊皮紙で、縦コントには、木片を削ったらしい手製の副尺が膠で貼り付けてあった。ちょっと困った。副尺が邪魔で分解できない。
「あまり作りを変えずにやろうとしたらこうなりまして。分解にも困るから掃除とかできなくなりまして。」
グレンはそう言いながら二ヶ所に取り付けてあった副尺を折り取って縦コントを分解し、部品をテーブルに並べた。ダイアナが各部の寸法を測り、用意していた紙にメモを取る。ポーズとして定規を当てているが、実は精密観測モードなら数秒の目視だけで十分の一ミリぐらいの精度まで測定はできているのだ。その他、基本的な使い方もメモに整理している。星図も、何枚かの紙に分けて写し取った。
星の呼び名がカースンとトヨンで同じであることも確認した。発音は少し変わるらしいが、綴りは同じだと。そうでなければ観測記録の照合などで不便になるから、これは予想の範囲内だ。
ここのアストラーベは地球で博物館に収められているような装飾過多のものではない。大きい方が精度が上がるので面積はある。おかげで地球版のように星図板を組み込む余裕もあるが、重くなるのは嫌われるかもしれない。アルミニウムを使えば重さは軽減されるが、このあたりでは一般的でない材料を使うと貴金属としての価値も出てきてしまうので真鍮製という方針を変えるつもりはない。基本は今ある機能のままで、副尺以外に何か簡単な仕掛けで追加できるものがあれば加えよう。あと、折角のお手製副尺を折り取ったグレンにもお詫びはしなければならない。
「もし、何日かこれを預からせてもらったら、副尺を付けて返せるけど、どうかな?。真鍮の余りはあるから、きれいに溶接して返せるけど。」
グレンは少し考えて答えた。
「今夜は、使いたいですな。副尺がなくてもいいですから。もうすぐ雨の季節が来るし、冬はもっと星が見にくい。そんな時期でお願いできるものなら。」
「じゃあ、そうしよう。天気の悪そうな日の午後に、取りに来ることにするよ。」
マーリン7に戻ったが、エンリはまだ戻っていなかった。まだ四の鐘過ぎで日は高い。夏至過ぎだからまだ四~五時間ほどは明るくて、エンリ達が仕事を終えるまでには三~四時間ほどあるだろう。池の下流側の出口付近でテンギやエンリが何かをやっているのが遠目に見えた。あのあたりにも罠と生け簀があったはずだから、やることは色々あるだろう。オレはバギーをロープでマーリン7に繫いでから工作室に入る。ダイアナが測っていた各部の寸法は測定と同時に転送され、既に円形に材料の切り出しは終えていた。副尺になる部分だけが飛び出している。この部分の形を整えるのは次のステップだ。今は旋盤で回転用の溝を彫っている。旋盤を操っているのは、ジェーン・ドゥの替え玉作戦用に改造されたフェリシア。補助で同じく替え玉作戦要員のジゼルが削り屑の掃除などをやっている。
「手足の長さを変えてるから重心も変わってて、その上で細かい作業をやるのは、丁度いい過負荷試験とキャリブレーションになるわ。歩くとか座るとかの基本動作じゃなくて、荷物を持ったまま歩くとか、何かに体重をかけた前傾姿勢で少しずつ重心を移動させるとかね。」
αがフェリシアの口で話す。元々一五〇センチだった身長は一六〇になっている。胴体はそのままだが脚部は膝上膝下共に五センチずつ伸ばしてあって、増えた容積には電源パックを増設してある。腕も同じだ。増やした電源パックで稼働時間がどのくらい変わるかも、これからの検証項目の一つになっている。
「思ってたよりも進んでる。エンリにも見せて、ついでにフェリシアからジュリエットまでの紹介も、と思っていたんだけど。」
「旋盤に慣れるまでにどのくらい時間がかかるかよくわからなかった~、少し早めに始めたの。細かい改造をやろうとしたら、仕様を決めないといけないからあと十分ほどで手詰まりになる。改造版小ニムエの動作についての基本データは取れたから、少し作業を止めておくわ。その間に、ジュリエット以外の機体にデータを転送して、それぞれにキャリブレーションをかけられるし。」
ジュリエットはジェーン・ドゥ・オーキョーに成り代わるために身長二メートル超になっている。各部の比率は面会時の目視データによる。このサイズになるとマーリン7の中では運用テストをやりにくいので、まだ作業台に寝かせたままになっている。
「アストラーベの作業の残り時間は?。」
「改造のやり方にもよるけど、仕様さえ決まれば、長くて二時間ほどね。ベースができあがったら、仕上げの目盛りは九軸にレーザーを付けて刻むつもり。」
「OK。アストラーベは手順の都合がいいところで一旦休止してくれ。続きはエンリが帰ってからだ。九軸が動いているところも見せてやりたい。」
この程度の加工なら九軸加工機は過大だが、船内の工作機械の中では目盛りを刻むのに一番適しているのは九軸だろう。それにオレは九軸が動くのを見ていて飽きないタイプの人間だ。エンリもそうであることを願おう。待っている間に副尺以外の改造についてαと相談した。地球の博物館にあるような星図付にもできる。星図を作るための観測記録も溜め込んである。刻むのは、恒星までだ。ヤーラ359-1から目視できる惑星、359-2から5の位置をこの縦コントでも計算できるように、とは思いつきはしたが、αがそのために示した改造案は複雑になりすぎた。それぞれの惑星用に交換部品を用意するか、それぞれの惑星用に何組ものアストラーベを作るとかしないとダメだろう。プトレマイオス的な誤差を許容するならもう少し単純化できたかもしれないが、オレもαもその選択肢はダメだという意見で一致した。月の朔望も、機械的に表示しようとするとギアが複雑になるので諦めた。アイデアはあっても、全部を一台のアストラーベの中に機械的に詰め込むのはかなり難しい。結局、副尺以外の改造方針は星図板を追加するだけに留まった。但し、目盛りや星図の溝には全部蓄光塗料を詰め込んでおく。トヨンでヴォルタ・ドゥ・オーキョーにこれを贈呈する場では気付かれないだろうが、夜になって実地に試そうとすれば驚いてくれるだろう。
いつもの仕事終わりより少し早い時間だったがエンリが帰ってくる。バギーはマーリン7に繫いであるので岸まで迎えに行くつもりだったのだが、テンギ達と数人で小舟を漕いできて、エンリだけがマーリン7で降ろされた。池周辺では操船に慣れるためにもできるだけ小舟を使うことにしているらしい。オレはエアロックを出てエンリを迎える。
「いいタイミングで出てきてくれましてね。今日は泥抜きをしたエビもあるんですよ。ここまで育ったから領主館でも味見をしてもらうって、昨日から網に分けておいたんです。少し塩を振って焼いたら美味しいですよ。焼くのは、船の中でもできましたよね。」
エンリが持っている桶の中には体長二十センチに近い大エビが一匹入っていた。桶で思い出した。水中メガネもまだ作ってない。船内には普段使っている自動調理器だけでなく、調理器に適していない材料を使う場合とか自分で料理したい場合に使う簡易厨房もあって、基本的な使い方はエンリにも教えてある。エンリが船の中で焼くと言ったのは、それを使おうということだろう。
「テンギ先生がモルから持ってきたエビがここまで育ったんですよ。卵を産み終わったんで、もう食べてもいいだろうって。来週、ヨークさんの店でも出す予定だそうです。卵を持ったままのヤツも美味しいんですけど、今年は数を増やしたいから産み終えるまで待ってたんです。ヨークに出す前に、テンギ組一人一匹ずつ、試して味を覚えておけって。この大きさなら、アンさん達にも試して貰えますよ。」
「春から育ち始めたにしては大きいなと思ったけど、モル生まれのネゲイ育ちか。立派だねえ。」
エビを見たオレは、「急性エビ食べたい病」を発症してしまった。これはエビを食べるか我慢する以外に治療法が存在しない重篤な病で、時に感染性を有する。船内調理よりも、美味しい食べ方がある。
「今日は少し早く帰ってきてくれて時間があるから、船の中じゃなくて、久しぶりに岸に上陸して食べようか。焼く道具と、テーブルと椅子と、あとはいつもの調理器で作った適当なものを並べて。ああ、折角だから全部焼きながら食べられるものにしよう。」
予定していなかった動きではあるが、飲食を含めて改造した小ニムエ達の負荷テストにもなる。船内の床はエアロック部を除いて基本的に平らな部分ばかりだし、慣性制禦もあって「不規則な」という部分は少ない。屋外なら、凹凸のある岸辺での歩行とか、改造後にやっていなかった動き方ができるかどうかの確認にもなる。インプラントを通じてジュリエットを除く改造小ニムエ四体で準備をするよう頼んだ。エンリとオレはエアロックから船に入る。エンリは私室で手を洗ったり仕事用に腰に巻いていた物入れを外したりして数分遅れる。オレはエビが入った桶を預かって船首まで移動。昇降スロープを降ろすともう岸に着いていた。「当番」も、いつもより少し早いがテンギ達と一緒にネゲイに帰っている。オレに続いてテーブルをフェリシアが、椅子をジゼル、食器類と卓上コンロをホリーが運んできた。イオナはまだ中で材料を準備中だと。船外に届いたものを並べ終えた頃にエンリも姿を見せる。初対面の小ニムエ達に少し戸惑っている。
「エンリ、今まで船の中だけで働いていた手伝い達だよ。紹介する。」
フェリシアから順に名乗らせる。ホリーが自己紹介を終えたところでイオナも姿を見せた。イオナも先の三体と同じようにエンリと挨拶を交わす。
「アンさん達、ええと、五人だけかと思ってました。全然知りませんでしたよ。皆さんは今まで船から一歩も出てないんですか?。」
「一歩も出てないわけじゃないけど、それに近いかな。理由は今夜にでも説明するよ。今は、夕飯だ。」
「エビ一匹だけじゃ足りないじゃないですか。」
「次の機会もあるさ。エビだけじゃなくて色々用意してるしね。準備しよう。」
調理器用のストックに加えてテコーの店から仕入れていた肉野菜もあわせて、テーブルにイオナが並べ、コンロに火を入れた。テーブルに就けるのは最大で六人。だが六人が座ると食器類に加えてコンロと焼く前の食べ物を載せた大皿を載せきれない。座ったのはオレとエンリに加えてフェリシアとジゼル。ホリーとイオナは船内に戻る。
「ちょっと狭かったですね。一緒に食べられないなら、ちょっと取り分けておきましょうか?。」
「少しでいいよ。全部食べてもいいし。気付いてるだろうけど、みんな小食なんだ。その理由も、今夜話すよ。食べきれなければ、明日に置いておいてもいい。」
「そうなんですか。ちょっと、食事のことは気になることが幾つもあるんですけど、肉もいい感じですから、あとでちゃんと教えて下さいよ。」
小一時間で夕食を終えて船内に戻る。まだ外は明るい。次はフォース・クォータでアストラーベの仕上げと、小ニムエ達の説明だ。エンリは、初めてフォース・クォータに入る。
「さて、エンリ。手伝いのニムエ達姉妹がなんで小食なのか、体格が同じなのか、他にも気になってることはあるかもしれないけど、理由はこれだよ。」
工作台の上にはジュリエットの部品が並べられている。仮組みしていたのだが、説明用に分解しておいた。
「人形?。モルの塔を建てたのも大きな人形だったって、聞いたことがあります。」
新しい情報だ。「ウーダベー」の応用技だろうか。
「昔話だから信じてなかったですけど。そういうものもある……あれ?、マコト様はウーダベーを、最初は知らなくて使えなかったのに、アンさん達は最初からいました?。よね?。」
「ウーダベーじゃあない人形なんだよ。とても助かってる。ウーダベー以外の方法でどうやって動かしてるかは、また長い話になるけど、アン達は、この船が動かしてる人形なんだ。」
「船が動かしてる?。」
「モルの塔を建てた人形のことを考えてみてくれ。自分がそれを動かすとしたら、例えば材木を持ち上げるとして、横で見てるだけじゃなくて、自分が人形の目で見て人形の腕で材木を持ち上げる方が、自分が人形の中に入って動かしてる方が、細かい調整がしやすいと思うだろ?。」
「そうでしょうね。」
「自分がここにいて、離れたところの人形の中に入ってるみたいになるには、自分と人形の間で、目には見えてなくても何かがつながってないと、そんなことはできない。この前、ここからモルと話をできる道具を見せたけど、あれも目には見えてないけど何かがつながってる。同じ方法で、アンやベティ達はいつもこの「船」とつながってる。「船」は、人間の身体みたいな形はしてないけど、アン達を動かしてる。話をすることも含めてね。」
「マコト様は、人間ですか?。」
「左腕以外は、そうだよ。最近毎晩お互いに人間であることを確かめていたと思うけど。」
「そうでしたね。」
少し間をおいてエンリは答えた。
「まとめておこう。まず、アン達は、私の手伝いをしてくれている人形だ。だから、食べ物はあまり要らない。食べ物とは別の物で動いてる。アン達は、私が船を通じて動かしている、といえばいいかな。私が大体の方針を船に伝えて、そうすると船は、私が言った方針に沿って細かい部分を補足しながら必要なことができるようにアン達を細かく動かしてくれる。船と、アン達は、身体は別れてるけど一つのもの、材木を持ち上げる『人形』と人形の目で回りを見てるウーダベーのようなもの、そういう説明で、ある程度はわかってくれるかな?。」
新しい概念を自分が知っている事象と関連させながら理解しようとするエンリは黙考している。
「エンリ?。」
促されたエンリが答える。
「マコト様は人間で、マコト様の手伝いをしてるアンさん達や、今日会ったばかりの他の人達は、人間じゃなくて、ウーダベーじゃないけどウーダベーみたいな力で動いてる人形、で、この『船』がウーダベーじゃないけどウーダベーみたいに人形を動かせる。そういうことでいいですか?。」
「合ってるよ。実は普通の食事は要らないし、眠りもしない。けど、それ以外は、普通の人間を相手にするのと同じように接してくれているのが一番いい。」
「今日初めて会ったジゼルさん達?、は、アンさん達より少し背が高かったですね。今ここにバラバラになってる人形も、あれ?、この人形はもっと背が高くなります?。」
「ジェーン・ドゥとの取引の一つなんだ。モルに人形を何体か貸し出す。船を長く離れることになるから、アン達よりも長く船を離れられるように少し作り方を変えたんだ。その分、背が高くなった。」
「ジェーン・ドゥって、オーキョー様ですよね。オーキョー様も人形のことを御存知ということですね。」
「そうだよ。話を聞いたけど、ジェーン・ドゥはモルを長くは離れられないらしい。でも一四四年以上も生きてて、二八八年になるかもしれないというぐらいに歳を重ねて、身体に調子の悪いところもあるらしい。そこまではわかるよね。」
「ええ。オーキョー様がずっとモルにいる理由は、マコト様がオーキョー様と会った話を聞いた後で養父様から教えてもらいました。ムラウーや他の国とも関係してる約束事があってとか。」
「うん。それでジェーン・ドゥの体調の話に戻すと、エンリがこの船に来れるようにする前に血を採ったのを憶えてるだろ?。」
「もちろんです。」
「ジェーン・ドゥが体調に悩みがあると聞いて、同じように血を採って調べてみたんだ。そうしたら、多分ジェーン・ドゥ本人を、この船に連れて来ないとダメそう、という結果でね。条約で動けない人をこの船まで連れてくるために、偽物のジェーン・ドゥを用意しようとしてるんだ。」
「偽物。オーキョー様そっくりの人形を作るんですね。」
「そうだよ。色々知ってる知恵者だから、長生きしてもらいたいけど今のままだと次の一四四年はきつそうだから、この船で身体の調子の悪いところを治してからモルに帰す。その準備の一つとして、ジゼル達をモルに送ろうと思ってる。ええと、このあたりの話も、『船の中のことは話さない』というヤツで、外では話はできないからね。」
「そうだろうと思ってましたよ。私は、そのお手伝いとか、できる範囲のことはありますか?。」
「そのうちに何か頼むことは出てくるだろうけど、今すぐ思いつくモノはないね。『仲良くやってくれ』ぐらいだね。」
「わかりました。その、マコト様のお手伝いもできるように、少しずつでも色々教えて下さいね。」
「そのつもりだよ。一日に教えることが多すぎたら頭からどんどん抜けていくから、そのあたりも考えながらやっていくよ。」
「お願いしますね。」
「あと、人形のこと、ショー殿やハンナ・ナーベ殿に教えるのも、エンリに頼みたい。エンリにわかるように説明するにはどうすればいいか色々考えてたんだけど、エンリがわかってくれた方法でなら二人にもわかりやすいと思うから。」
「そうでしょうね。それも、引き受けますよ。」
懸案の一つだった小ニムエ達の説明はできた。今夜の予定は、あとはアストラーベの仕上げ工程の見学だ。あと、エビを見せられた時に思い出した水中メガネのこともある。日中の続きでフェリシアとジゼルが旋盤を扱う。その後は九軸で目盛りを刻む。金属加工といえば「灼いて叩いて磨く」ものだと思っていたエンリには、「削る」という工程は珍しかったようで、九軸の動きも含めてエンリは興味深そうな表情でその様子を見ていた。アストラーベが組み上がったら、次はオレ自ら旋盤で予備の木材と透過アルミニウム板を削って桶型の水中メガネを組み上げる。
「これは前から作ろうと思ってたんだ。明日、明るくなってからでも、試してみて。」




