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7-7 献上品を考える

 まだネリの心配話を聞いた七月一日の夜だ。ネリは心配のしすぎなのかもしれない。だがナーベ家は国王にコビンを請われるような家だ。国王がまともな政治感覚を持っているなら、セバヤンにおけるそれなりに有力者の家系、血筋だと思っておくべきだろう。請われたナーベ家、或いは、ナーベ家を縁戚に含むセバヤンの有力者一族も、オレ以上に政治的な感覚は持っているに違いない。それが安寧を求めているのか野心なのかは、今は情報がない。オレの存在が安寧指向を野心に置き換える可能性もあるが、縁戚とは一度会っておくべきだというのは、地球でもカースンでも共通に必要と考えられている礼儀の一つだし、ハンナにも仲介を頼んだ。最初にハンナ・ナーベに紹介された時にカースンでのナーベ家に挨拶を申し出てはいたが、実母が故人であるとしてその時は実現しなかった。王からは「墓参りに行け」とは言われている。トヨンの他にセバヤンにも、いずれ行かねばならない。


 トヨンで話をするための紹介状はある。セバヤンの分はハンナに頼んでいたものが今朝届いた。だが情報は少ないので、セバヤンに行く時期は改めてハンナと話をした後にすべきかもしれない。優先度が高いのはトヨンだ。トヨンで話をして、デルタを使えるようにしたい。バギーのおかげで速度の優位性は得ているが、行動すべき範囲での移動に一晩を費やすのは無駄が多い。このあたりで使える通常の移動方法でネゲイからトヨンまでは最低でも片道二~三週間ほどかかるようで、おかげでバース達もトヨンまで足を伸ばしたことはないらしい。往復の所要時間だけで、一ヶ月以上だ。ネゲイに住んでいてトヨンに行かねばならない用事というのも珍しいとは思うが。


 トヨンでの会合を経てデルタが使えるようになれば、準備を含めて半日あればヤーラ359-1のどこへでも半日あれば往復できるようになる。人目を避けようと思ったら夜間しか使えないかもしれないが。それでも今までこれほどの速度で人を移動させた例はヤーラ359-1にはないと思うし、今のオレはその速度が欲しい。エンリを迎えるのに二週間を切っている。贅沢なのかもしれないが、交渉すべき相手があるのに通信環境も悪く、移動にも時間がかかり過ぎている現状には大いに不満がある。


 デルタを使えるようにするには、トヨンへの数日の外出と交渉が必要だ。新婚でそれをやるには、エンリにもデルタの説明と、付随してマーリン7の今まで見せていない部分を説明しておく必要があるだろう。夜、エンリと夕食を摂りながら話す。


「エンリ。この船の中でまだ話していない話の中から、重要なところ、知っといて欲しいことから順に、説明していこうと思う。」

「それは一日では終わらないんでしょうね。」

「全部は無理だよ。何年かけても終わらない。だから、知っておいて欲しいところを優先するよ。」

「まずは何からですか?。調理器じゃないですよね。」


 エンリはおどけて言った。


「調理器は、違うな。まず、私がどこから来たかという話からだ。」


 今まで見せたことはなかったが、空間投影で食卓の上にこの附近の地図を表示する。


「池と船だ。」


 そこから倍率を変えるる。画像の中はネゲイの町全域となり、ネゲイ領となり、更にネゲイは小さくなってカースン全体が画面に収まった。地名が小さな文字であちこちに表示されている。


「ここからどんどん見える範囲を広げると、カースンはこんな感じになる。」


 ヤダからネゲイにかけての地理は把握しているだろうエンリだが、カースンの形までは見たことがない。


「初めて見ました。カースンはこんな形だったんですね。どうやってこんな地図を作ってるのか、不思議です。これが今日の説明ですか?。」

「作り方についてはまた別の日にするよ。これは、とても高いところから見たカースンだ。もっと高いところから見ると、こうなる。」


 カースンの地図はどんどん小さくなり、画面いっぱいにヤーラ359-1の半球が表示されたところで映像が止まった。


「カースンから範囲を広げるとこうなる。これが、大地の形だよ。」


 エンリは黙っている。情報量が飽和したのかもしれない。暫くしてエンリが口を開いた。


「ええと、ネゲイは小さくてカースンは大きいと思ってましたけど、カースンも小さいですね。これも、高いところから見たネゲイなんですよね。」

「ああ。そして、私はこんな風に高いところから見るための道具を使い続けているんだ。」

「ごめんなさい。ちょっと整理させて下さい。池と船を真上から見て、そのままずっと遠くまで動いたら、ネゲイがこんな風に見えてる、ということですね?。」

「そうだよ。」


 ここでの宇宙観は以前にそれとなくグレンから聞いているが、まだ天動説の時代だ。世界の形を見せるのはこのくらいにしておこう。縮尺をカースンとその周辺にまで戻す。


「私がヤダの奥の谷に初めて来たとき、イヤ、来る直前、私はずっと高いところ、空の上から、今見えているような感じで地面の様子を見て、何か変わったものがないか探していたんだ。そして、去年の暮れ頃、ネゲイやヤダでも大きな音がした夜、多分ここ、トヨンから引っ張られて落ちてきた。」


 画面にはトヨンとネゲイに地名表示と赤丸が付いて点滅した。


「あの時ですね。前に谷でも話して下さったことがありましたね。」

「そうだったな。」


 谷で初めてゴールと会って状況を話したとき、ゴール達を案内してきていたエンリも同席していた。


「それでトヨンなんだが、この前モルで『お化け』と会ったことは話してるよな。その『お化け』、ジェーン・ドゥ・オーキョーが言うには、トヨンで私を引っ張ったのはトヨンの神殿にいるジェーン・ドゥの弟子らしい。」

「『ウーダベー』ですか?。」

「多分そうだと思う。それで、ジェーン・ドゥからはその弟子の神官に会うための紹介状をもらっている。」

「近いうちに会いに行くということですか?。」

「そのつもりだ。多分、夕方にここをバギーで出て、川を下って海に出て、夜が明けてからトヨンに着く。うまくすればその日のうちに会えて用事が終わるし、もしかしたら二~三日かかるかもしれない。ここに帰ってくるのは用事が終わった次の日の朝になる。」

「何日か留守にしてトヨンに行くということですね?。」

「折角一緒に暮らし始めたばかりで悪いんだが、そういうことだ。できれば、十二日のお披露目までには済ませたい。もし運悪く相手に会えなかっても、十二日には一旦ここへ戻るよ。」

「トヨンで何の話をするんです?。」

「『ウーダベー』のこと、空に何かが見えても引っ張らないように頼むんだ。」

「そうすると、またマコト様は空を飛べるようになる、と。飛べるようになったら、どこかに行っちゃいませんか?私はそれはイヤですよ。」

「また飛べるようにしたいのはそうなんだが、ネゲイを拠点に物作りをするというのは当面変わらないよ。何年も経ったら状況は変わるかもしれないけど。飛べるようになったら、例えばカースンまで、朝にここを出発して昼前にむこうで話をして、四の鐘の頃には帰ってこれるようになる。」

「普通なら行って帰るだけで二十日のところを……。マコト様のことだから今更驚きませんけど。そうすると、仕事が早く終わって、早く帰ってこれるようになりますね。」

「使いすぎるのも良くないけどね。でもこれからモルやカースンで話した方がいい用事も増えるし、セバヤンにも一度は行かないといけない。まずトヨンに二泊三日、もしかすると三泊四日で行ってきて、その後は、どこへ行くにも半日か一日で終わらせるようになりたい。」

「それで、いつ行きますか?。」


 考えていなかった。


「アン、トヨンに行くとして、いつ到着するのが一番会いやすそうか、毎週の定例スケジュール的なものを聞いてるかい?。」

「いえ、問い合わせましょうか?。」

「頼むよ。」


 アンは壁際のコンソールを操作し始めた。αが直接メッセージを送れば不要な動きだが、今夜更にαやβ、γなどの存在を教えてもエンリは飽和するばかりだろうから、それは別の機会に。


 オレとアンの会話の意味はわかっても、誰に何を聞こうとしているのかがわからないエンリは不思議そうな表情を浮かべた。


「ジェーン・ドゥとはいつでも話ができるようにしてあるんだ。この前行った時にそういう道具を預けてきた。」

「ジェーン・ドゥ?。オーキョー様?。モルですよ?。話ができるんですか?。」

「ああ。そういう道具だよ。まだ作ったばかりで一台しかないし、使い勝手とかもジェーン・ドゥに色々試してもらってるところだよ。」

「じゃあ、それを使えばネゲイとも話はできます?。」

「今ジェーン・ドゥに預けているのと同じ道具をエンリでもショー殿でも、預ければ話はできるだろうね。それ以外の方法もあるけど。」

「今まで何度か急ぎでマコト様を呼ぼうとかいうことがありましたけど、それがあればよかったのに。あ、でも作ったばかりでしたっけ。」

「ネゲイに置くことは……」

『ナガキ・ヤムーグ、トヨンに行く段取りを考えてるんだって?。話を聞くよ。』


 「通信機をネゲイに置くことは考えてない」と言おうとしたところでジェーン・ドゥの声が響いた。英語だ。


 エンリはまた驚いた顔をしている。聞いたことのない声が、急に聞こえて声の主の姿も見えないのだから当たり前だ。それも英語。理解できない言葉で。新しい空間投影の画面が現れてジェーン・ドゥの顔が映し出された。


「ジェーン・ドゥ。お久しぶりです。短文で『水曜の午前』とかで良かったのに。」

『…あんたと会話できる機会はいつも楽しいからね。』


 ガンマを経由しているためだろう。少し通信遅延がある。ジェーン・ドゥはカースン語に切り替えた。


『…会ったことのないお嬢さんも一緒か。邪魔だったかな。初めまして。お嬢さん。私はジェーン・ドゥ・オーキョー、デージョーのお化けとも呼ばれてるよ。』


 戸惑いながらもエンリは挨拶を返す。


「エンリ・ゴールです。ええと、マコト様のコビンです。」

『…コビンか。ナガキ・ヤムーグ、あんたからすると時代遅れの習慣かもしれないけど、ここじゃあまだ実用的な習慣だから、大事にしてやりなよ。』

「それはもちろん。ここでの習慣になじめるよう努力はしてるよ。それで、トヨンの話だが、訪問日としては、先方、ヴォルタ殿だったか、その、ヴォルタ殿の予定ができるだけ空いている日を狙いたい。神殿での日課とかもあるだろうから、もし、予定の空いている日を知ってたら教えてもらいたくて連絡したんだ。」


 画面の中のジェーン・ドゥは少し考えている。


『…基本はデージョーと同じはずだよ。私と同じ。あの子がトヨンのトップだからね。私みたいに色んな条約で身動きできないようにはなってないけど。大体毎日、夜明け前に起き出して午前中は請願を聞いたり謁見したり儀式をやったりして、三の鐘を過ぎたら自分の時間さ。あの子は地位と権威はあるけどまだ若いから勉強は必要でね、午後は星読寮あたりにいたり、書庫で古い記録を読んだり、町の中に遊びに出たりもしてるらしいけど、それが何曜なのかまでは知らないよ。』

「午後の方がいい、と。了解ですよ。あと、行くなら何かヴォルタ殿が喜びそうなお土産もと思ってるんだが、どんなものがいいか、何か考えはあるかな?。」

『…焼いたエビは好きだったよ。でもそういう話じゃないんだろう?。そうだね、三角表、蠟板、望遠鏡……。』


 若い女性に贈るものとは思えない品物の名前が並び始めた。


「ジェーン・ドゥ?。若い女の子だろう?。そんなものがいいのか?。『黄色が好き』とか『スカーフを集めてる』とか、そんな答えを期待してたんだが。」


『…そんな普通の娘だったら養女にしないよ。歴史と数学、学問に興味を持ってたから、仕込んだんだ。』


 それはそうだ。何か才を見いださなければ、それなりの地位には就かせないだろう。ここで英語に変わる。


『例の器用な技にしても、あの子が独自に色々工夫して新しい使い方を考え出したんだよ。』


 またカースン語に戻る。


『何しろ知識が増えるのが楽しくて仕方ないって、そんな性格の娘だ。私の子供の頃を見てるようで、面白かったよ。だから、三角表とかは、あの娘なら使う。星読も毎晩じゃないけどやってるらしいしね。天体望遠鏡なんかあればもっと喜ぶだろう。だけどちょっと天体望遠鏡はこの星には早すぎるかもしれないね。まだ天動説時代だから。』


 翻訳できない言葉が時々混ざっていた。「アストロスコープ」「プトレマイオス」。カースン語に戻ってもエンリは混乱している。


 マーリン7の在庫の中に天体望遠鏡は、あるにはあるが、自動追尾式だ。オーバーテクノロジー過ぎる。


「望遠鏡は、二十センチ級の反射式があったはずですけど、角度調整用の赤道儀が自動追尾で十進数のアラビア数字表記だから、そのままでは使えませんね。自動追尾機能はキャリブレーションすればいいんですけど、数字は……貼り替えられるかな。うーん。三角表は、簡単に用意できますけど面白くないですね。一度そちらにも納めてますし。」


 話ながら考える。以前ベンジーで見たことがあるアストラーベ、ここでの呼び名は「縦コント」も、アストロスコープの一種だ。副尺はなかった。グレン師も、オレが教えるまで副尺を知らなかった。ならば、副尺付のアストラーベはどうだろうか。


「ジェーン・ドゥ。アストラーベ、ここで言う縦コントに副尺を付けたものはどうですか?。」

『…副尺?。それは知らないね。どんなものだい?。』

「簡単な仕組みで、目盛りの読み取り精度を何倍かに向上させる仕掛けですよ。工作技術としては単純で、天体望遠鏡ほどにオーバーテクノロジーでもない。」


 ジェーン・ドゥとの通信画面は副尺の説明をするアニメーションに変わった。向こうでも見えているだろう。エンリも画面を注視している。エンリも副尺はクボーで測量をしたときに使っているはずだ。


『…いいね。暗いところで読めるかって気もするけど、それは頑張って読んでたからね。』

「じゃあ、作るのに何日かかかりそうですから、早速準備を始めます。いい知恵を、ありがとう。」

『…やっぱり直接話した方が話は早いね。もう少し話したいけど、若いお嬢さんと仲良くしてる最中じゃ悪いから、このくらいにするよ。また呼んでおくれ。』


 通信画面が消えた。エンリが言う。


「今のが、オーキョー様ですか。マコト様と、私にはわからない言葉で話されたりしてましたけど、アレはマコト様が前にいた場所の言葉ですか?。どこの言葉です?。」

「前にいたところの言葉だな。ジェーン・ドゥも知ってた。」

「それは、お二人が同じところから来たということでしょうか?。」

「同じところじゃあないけど、近くといえば近くかな。」


 光年単位の距離はあるが、ヤーラ星系との比較で言えば近くであることに間違いはないと思う。


「その場所の詳しくは、ちょっと説明しにくいな。私もジェーン・ドゥも、その話について説明しようとして人が死んだ話を知ってるから、あまり広めたくないんだ。でも、さっき見せた『大地の形』で見えていた範囲には、ない。」


 地球文明では、天動説が覆されるまでには、何人もの天文学者が痛い目に遭っている。説明の仕方はよく考えないといけない。


「この大地の上じゃなくて、説明だけで人が死ぬって……、その話は、避けた方がいいんですね。」

「順序立てて、いつか話すよ。それで人が死んだ理由もね。今日はもうこれ以上新しいことを話しても、憶えきれないだろ?。」

「そうかもしれません。それから、マコト様はオーキョー様ととても親しい感じがしました。」

「それはさっきも出てきた『近く』の関係でね、向こうも、懐かしがってくれてるんだ。お互いに、知ってることを教え合おうって、そういう約束をしてる。」

「そういう約束は、ヤダでもネゲイでもやってましたよね。」

「ああ。でも相手はずっと昔から知恵者として知られてる人だしね。『危ないから教えられない』ということが、ほとんどない。『危ない』って、なぜ危ないのかも説明しなくてもわかってくれる。これは、話をしてても気が楽だよ。エンリ達にもそうなって欲しいとは思ってるけど、何年かかかるだろうな。一つづつ、だ。」


 ベンジーではアストラーベを目視しているが正確には測定していない。基本的な構造はわかるが、ヤーラ359-1の北半球の地上で使う、という条件にあわせて細部の仕様は変わる。細部の仕様。ヴォルタ・ドゥ・オーキョーが右利きなのか左利きなのかを聞くのを忘れていた。今度こそ、これは文字で質問して文字で返してもらおう。まだ火曜だ。次回の金曜、ベンジーに行ったらアストラーベを細かく検分させてもらう。それから複製作業に入って、来週の今日あたり、トロンに行ってみようか。まあ、まだ新婚二晩目だ。エンリの頭も新しい情報で過負荷になっているし。少し早いがそろそろ休もう。


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