表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/119

7-6 エンリの引越とネリの焦燥

 ヨール王二三年六月三十日(日)。


 工房に仮置きしていた荷物は昨日の夕方にマーリン7のルームC、つまりエンリの部屋に運んでおいた。分解されているベッド以外は、木箱二つだ。木箱の一つ、大きい方はベッドの敷布や毛布が詰め込んであるらしい。このあたりで使われている布団の詰め物は羊毛が基本なので、夏は少し暑いかもしれない。届いているベッドはまだエンリの分だけ。ネリ用は、注文だけ済ませて半年先、ネリが数え十八歳になった後の予定だが、雪のこともあるので搬入はその前に、という場合もあるかもしれない。


 また二の鐘でエンリとネリを工房で拾ってマーリン7へ。今日は午前中に科学教育(まだ蠟板の続き篇)と、ルームCでのベッドの組み立てだ。午後は、領主館に行ってエンリを迎えるための準備についてゴールやダールも交えて話をすることになっている。マーリン7に向かってバギーで移動中に話したが、先週の計算練習で、二人とも脳内に何かの回路ができあがったらしい。


 エンリは「数字を見ると全部それぞれの長さの棒みたいに見えるんです」。ネリは「私は大きさの違う板みたいに見えてます。掛け算の時は同じ大きさの板が何枚も重なるんです。」


 二人とも、普段の計算で使っている算盤と算木ではないところが面白い。算盤算木はある意味デジタルなものだ。離散数を扱う。それに対して「棒の長さ」「板の大きさ」、これらは連続数だ。どちらの方法でも数を扱うには一長一短があるが、彼女たちの頭の中に確立しているイメージがあるなら、それを拡張していけばいい。


 マーリン7ではルームCでベッドの組み立てから始めた。以前に二人に渡していたレイアウト図は、既に色々書き込みが入っていて、ベッドの位置も記されている。図に示された位置でベッドの枠板を並べてみて確認させる。


「狭すぎるとか、そんなことはないと思います。」


 エンリが言う。ネリも同意した。


「そう思うわ。この場所で、組み立てましょう。」


 ベッドの組み立ては、部材を組み合わせて楔を打ち込んで固定する。家具屋の訪問時に基本的な組み立て方と楔を打ち込む位置は教えてもらっていたので、エリスが楔仕事の仕上げをした。歪みのないきれいな長方形ができあがる。木組みが終わるとエンリは木箱から敷布などを取り出してベッドに広げる。


「冬になる前には、冬用のものを用意するつもりですけど、この部屋は、もしかして冬もそんなに寒くならないですか?。」

「そうだな。部屋の中は、今はあまり暑くも寒くもしてない。ネゲイにある普通の建物の中と同じくらい、外より少し涼しい程度になってるかな。暑くも寒くもできるけどね。船の中では、そのあたりは調整しやすいようになってるんだ。」

「じゃあ、冬用は考えなくてもいいかもしれませんね。」

「外との違いが大きくなると体調を崩したりするから、冬はもっと涼しくするよ。私がここで初めて君達と会った頃に来てた服は憶えてるかな?。あれを着てると暑さ寒さは全然感じない。でもあの格好はネゲイの町の中ではちょっと変だから、今みたいな服装でも過ごせるようにしてる。ええと、冬用の布団の話なら、それのありなしで部屋の中の暖かさは変えるから、エンリの好きなようにしてもらっていい。」

「それだと、ネリ様やハンナ様が移ってきた時、私の部屋だけが違うとかいうことになりませんか?。ネリ様はどっちがいいです?。」


 聞かれたネリは考え込む。


「そうね。例えば私の部屋だけが夏だったりしたら、ちょっと困るかも。部屋を出た途端に寒くなるわけでしょ?。それは、私の部屋に来る人も、急に暑くなるのはイヤじゃない?。私は、ちょっと寒いくらいで布団を被ってるのが好きだけど。」


 ネリの言葉を聞いたエンリが答えた。


「なら、マコト様、部屋毎に変えるとかはやめておいたほうがいいと思います。」


 オレもネリの指摘で気付いたが、各部屋の温度を極端に変えるのは、コストはともかく船内を移動するだけで暑かったり寒かったりと面倒そうだ。「可能である」と「やるべき」は違う。


「わかったよ。暑すぎるとかか寒すぎる時は別として、船内は今までと同じく、ネゲイにある普通の建物の中と同じくらいにしておこう。まあ、それでも暑すぎたり寒かったりしたら調整はできるからね。」


 まだ二人には説明していない室内の温度調整パネルのことを考える。今は、使っている部屋は、外気温に対して摂氏で上か下に二度、人間にとって快適な側に温度を維持するようになっている。船倉区画を除いて無人の部屋は、船内循環のみ。船倉区画は各部屋毎に毎要物に応じた調整が行われている。インプラントを入れている二人には温度調整パネルは「触るな」の赤枠付きで見えているはずだ。ネリが言う「少し寒いのが好き」のように、船内環境の基本設定は今のままでも臨時で温度を変えたい時はあるだろうから、居住区画内の温度調整パネルは赤枠を外して、二人には使い方を説明しておこう。



 温度の話は先週の蠟板の話の続きでもある。ついでに、先日ノルンが作り上げた鏡のための錫蒸着について、工作室で簡単な実演を含めて仕組みを説明した。物質の三態について、氷と水と湯気はとても説明しやすい物質だ。二の鐘で軽食のため休憩。その後、午後の打ち合わせのため、バギーで領主館に移動した。



 集まったのは長屋のゴールの部屋だ。


「ネスルがエンリに懐いてしまってな。『姉ちゃんがいなくなるのはイヤだ』とか言ってる。まあ、いなくなっても二~三日で慣れるだろうけど思うが。」


 そんな会話から打ち合わせは始まった。話の大枠は決まっているので、互いの準備の進捗報告や漏れの有無、会計見通しなどの確認となる。「ベッドはコビンが」のように、費用の話を含めてある程度は慣習による目安があった。寝具と、普段使いの小物や衣類はそのまま持ち込まれる。それ以外の家具類と住居は男が用意する。オレの場合はマーリン7が住居と家具類となる。要は、男の側で家族を迎支える生活力があって、女の側ではそれを認めるかどうかという地球でも全然珍しくない理屈が根本だ。そこから出発すれば、酷い間違いは起きない。


 既にヨークでのお披露目会への出欠回答も届き始めている。今のところ、ネゲイ市内で欠席を回答してきているのはエンリと一緒に漁業研修を受けている少年の一人だけで、理由は「その日は自分の姉も結婚するから実家に帰っている」とのこと。非礼になることをとても恐縮していたらしいが、そんな理由なら誰も咎めない。一昨日に連絡したヤダからまだ回答は届いていないが、これは数日中に誰かがヤダ全員分の回答を持って来てくれるだろう。一応、回答期限も伝えてある。


 長屋の中でエンリが使っていた部屋は荷物も減って、少し不便が出始めているらしい。転居というのはオレも経験はあるし、このことについてダールが言った。


「着替えとかも荷造りしたからちょっと動きにくくなってるでしょ。早ければ今日からでも、着替えのあるマコト殿のところに移ってもらってもいいけど、夕食は食べてからにしてもらった方がいいわ。今日は、まだ作り始めてはないけど、マコト殿と、今日はエリス殿?、も、一緒に食べられる分まで材料の準備はしてあるから。」


 エンリが移ってくるのは、オレとしては次の休みあたりかと思っていたが、早くなってしまった。だがマーリン7なら、今夜からとしても物資面での問題はないはずだ。


「エンリ、どう思う?。」

「ヤダからここに来たのも『多分半年、長くて一年』というつもりで、いつでも動けるように準備はしてましたから、ここで私のために色々準備をして下さっている養父養母様方がそれでいいということなら、本当に残りの荷物は少ないですし、片付けて、掃除して、あと、ルーナやテンギ殿、ネリ様とか、この近所に住んでる何人か挨拶をして、今夜からでもいいですよ。」


 ならばオレも決めよう。


「じゃあ、このあと一度船に戻って『ポン』を一本用意するよ。エンリはその間に片付けを。あと、エリスの分は考えていただかなくていい。船でも用意してるはずだし。夕食には、私一人で顔を出すというつもりで。」



 マーリン7から角氷を詰めたコンテナで泡ワインを運んでくるとエンリはまだ掃除の途中だった。最後の荷物はもうまとめてある。ご近所への挨拶は、もう終わらせたそうだ。


「多分『汚れを取る』ことができる人があとで点検すると思うんですけど、手が届く範囲は自分の手でやっておきたくて。」


 「汚れを取る」は、オレは試したことがない。αとも以前に話しているが、オレの「ウーダベー」能力は多分マクスウェルの悪魔のような動き方をしている。「汚れ」を構成するものが何であるかを考えておかなければ、「汚れ」以外のものまで取り去ったり、「汚れ」の一部は残ったりするだろう。ガラスや鉄、セメントの粉など、今までに試したほとんどのものは厳密に分子構造をインプラント経由で「ウーダベー」能力に送り込んでいたが、もっと大雑把に「汚れ」と捉えても大丈夫なのだろうか?。多分、ここの人達はそうしている。だが、暴発防止と精度向上のために細かな制禦をαに頼んでいるオレには「大雑把な」制禦がちょっと難題だ。


 部屋の中で一番汚れているのは竈まわりの煤だろう。壁に煤が付き、煮炊きの湯気で湿気を吸って乾く。この繰り返しだろうと思うが竈近くの壁の表面の一部は艶が出るほどに黒くなっている。こんな可燃物が火の近くに貼り付いたままの状態は危ないからだろうと思うが、壁土ごと削って塗り直した跡もある。これはヤダの村を観察し始めた時から気付いてはいたが、煙突の構造の問題ではないと思う。薪に含まれる何かの成分が糊のように煤を貼り付けているのかもしれない。「汚れを取る」能力は、ある程度大きな粒子、埃や泥を払うことしかできていないようだ。


『α、これは今ここで実験できるものかな?。』

『分子量の中で炭素の占める割合が何割以上、とかの条件があればできそうだけど、ここでいきなりは止めておくべきね。適当なところで実験してみてからにしないと、間違えて構造材を分解したりしたら面倒よ。』

『わかった。今はやめておくよ。今後の実験リストに加えておいてくれ。』



 夕食の席ではネスルが「折角できたお姉ちゃんを取り上げる悪い人」というオレを敵視して不機嫌だったが、それ以外は一同楽しく過ごせたようだ。夕食を終え、鞄一つを持ったエンリを連れてマーリン7に戻る。エンリはルームCで荷物を片付けている。今日持ち込んだものを含めて、使いやすい配置などを考えながら私物用の棚に並べていくのはそれなりに時間もかかるだろう。


 マーリン7に戻って一時間ほど。二一三〇MにエンリがルームAに来た。


「片付きました。私の部屋に来ていただいていいですよ。」


 その後数時間のことは、詳しく記録に残さない方がいいだろう。




 ヨール王二三年七月一日(火)。


 オレの偽物の左腕は感覚はあっても血流はない。少し考えればわかるはずだったのだが、腕枕で女の子を寝かせておいても痺れたりしない、ということを、腕が偽物に付け替わってから初めて知った。多分、今は丁度夏至。エンリ達と初めて会話したのが春分の頃だったから、ここでの一年の四分の一が経過している。地球基準で考えても同じくらいだ。天文学的に夏至がいつであったかは、明日か明後日にでも全球写真を撮り続けているβから報告があるだろう。


 春分の頃はまだ雪があって本格的に農耕を始めるには少し早いので、豊作を願う祭礼が行われた。夏至の今、天文学的な季節の区切りではあるが、農地では雑草取りや水利の調整など仕事が多く、祭りなどは行われない。秋分もだ。次の祭礼は、このあたりでは十月下旬に収穫の感謝を神に伝えるお祭りが行われるらしい。ネゲイを含むカースンでの習慣だが。


 エンリは、「七月中に輿入れ」と決まった時点で漁業との関連が薄い仕事はやらなくてよくなっている。先週はまだ幾つか残務があったらしいが、今日からは新池での仕事がメインとなる。池で、二の鐘頃にテンギ達と合流して実習の開始だ。「家を出たらすぐに仕事場というのは、楽でいいです。」と喜んでいた。オレはバギーで工房へ行く。今日はアンが随伴する。新池の岸まではエンリも同乗する。バギーがなくても小舟はあるから、エンリがマーリン7に戻ることはできる。池周辺でエンリ達に何か困ったことがあれば、αからの報せがあるだろうから細かい心配はしていない。



 工房でノルンと事務的な打ち合わせ。四半期決算の支払いとかの残務がまだ数件残っている。午前中に二人で回ろうかとか話している最中にネリが来た。


「マコト殿にお届け物一つと、ガラスと鏡のことで、父からの提案です。」

「聞かせてもらおう。」

「まず届け物はこれです。」


 ネリが取り出したのはセバヤンのナーベ家宛の紹介状だった。日程は決めていないがこれで準備は一つ進んだ。礼を言って受け取る。ネリはバースの提案を説明し始めた。


「ガラスをまとめて十二枚とか二四枚とかモルに注文を出して、届いたものを鏡にする、というのを、マコト殿のバギーを使わずに、今まで通りの運搬方法でどのくらいの時間がかかるか、試してみたいと言われました。磨きや銀貼りも、できればマコト殿やアン殿達の手を使わずに、どのくらいでできるか試せないか、ということです。」


 領主館で鏡の進捗を報告したのが四日ほど前だったか。オレの手を使わずにどのくらいの手間がかかって出来映えと品質を確保できるかは、ネゲイの鏡関係者なら知っておくべきだろう。


「ノルン、十二枚と二四枚、どちらがいいと思う?。動かす手は、ノルンとノルンの弟子だけ、ということらしいけど。」

「この前の試作で、磨きはマコト殿が済ませていたでしょ?。ここで磨きをやった人間がいないんですよ。最初の一枚、そこだけ見本を見せて貰えたら、やってみましょうか。今からガラスを頼んだとして、届くのは早くて再来週、十三日頃でしょ?。あ、その日はエンリちゃんとマコト殿のお披露目の翌日か。まずいかな?。」

「そこは気にしなくていいよ。もしも私の都合が悪くても、アンでもベティでもクララでも、誰かを工房に来させて見本を見せることはできる。磨き砂も、用意しておこう。」

「それなら、できそうですね。ええと、ちょっと欲張って二四枚頼んでみましょうか。コンテナの手が空きそうな気配もありましてね。ショー様、注文は領主館から送っていただけるのですか?。工房で書きますか?。」


 ネリは腰の物入れから木簡を取り出した。


「下書きは済ませてあります。数量と、この工房で、ノルン殿かマコト殿の署名があれば。それから、金貨もお願いしますね。モルへは、いつものようにジンが運びます。」


 ネゲイの町中で完結する取引なら現金は後払いでもいいが、遠隔地が相手なので、手形が使われることもあるが現金が喜ばれる。ジンは、常に移動してるな。


「わかりました。マコト殿、二四で、いいですよね。現金ならあります。ちょっと無理させたらどうか?ってくらいの数で、様子を見てみたいんです。」

「わかったよ。現金が困ってないならそれで試してみよう。ショー殿、注文書は私の名前でいいかな?。工房の『マコト・ナガキ・ヤムーグ』で。」

「じゃあ、それでお願いします。」

「私は金貨を取りに行ってきますよ。」

「ノルン、細かい交渉はジンに任せるつもりだけど、運び賃用に少し多めにお願いします。」


 ノルンは席を外した。オレはネリが持って来ていた木簡に数量と自分の名前を書き入れ、新しい「三つの名前」の指輪を押しつける。注文木簡を受け取ったネリは内容を確認して木簡を物入れに戻した。


「折角すぐ近くにエンリといういいお友達ができたのに、いなくなって少し寂しいですよ。」

「エンリも領主館に行く用事がなくなったわけじゃないから、週に何度かは顔を合わせるだろ?。」

「でもなんか、追い越されてるみたいだし、ちょっと焦りますね。夕べは二人で寝てるんでしょ?。」

「そういうことは聞かないのが私が前にいたところのマナーだったんだが、ここでは違うのかな?。」

「ここでも、それは同じですよ。焦ってるだけです。秋には王女様も来るっていうし。来年、私が十八になるまで待ってたら、私が最後になっちゃいます。エンリには、王女様が来るまでにはお腹に赤ちゃんを入れておいてもらわないと、エンリ自身の順位とか、本当に困ったことになりかねないですから頑張ってもらいますけど、私の子供とか、王女様の子供とか、順番を考えると、王女様のこと、本当に、予定が狂ったなあって、感じですよ。王様からの提案じゃあ断れないですけどね。ハンナ様って、王位継承権もある方でしょ。順位から見て滅多なことはないと思ってますけど、そうやって油断している間に女王様にでもなられたりしたら、マコト殿は王配ですよ。で、私は王配の正妻。絶対に何か悪口を言われます。」

「確か王位継承権は六位とか聞いたな。六位の人が即位した例もないとか。他家に嫁いだら、継承権というのはどうなるんだろう?。」

「調べましたよ。ベンジーにはそういうことの記録が残ってましたから。グレン師も手伝ってくれましたよ。」

「そうだったのか。わかった範囲でいいから教えてくれると私も色々考えることができるよ。」


 ネリは蠟板を取り出して話し始めた。


「王位継承権は、他家に嫁いで家名が変わったらなくなります。けど、コビンの場合は家名が変わらないから嫁いでもそのままです。」

「つまりそれはハンナ・ナーベ女王陛下という可能性もある、ということかい?。」

「そうですよ。だから私も焦るんです。ただのコビンじゃないですから。」

「でも、継承順位六位というのは、よほど困った状況でなければ一位まで繰り上がらないだろ?。」

「『六位の人が』というのは多分本当ですけど、エンティ王妃のゴタゴタのあとで、十何位かの人が即位された例があります。」

「そんな政変の後だと、そういうこともあるのかもな。大変だな。まさか自分が即位するとは思ってなかっただろうに。」

「そうでしょうね。王妃様は捕らえられて、王様も牢に入って、それ以外の王族の主な方々は、継承権放棄を宣言しては雲隠れしてしまったそうです。財産とかを持ち逃げして、途中で見つかって没収されて牢屋に入れられてとか、そんな話が残ってます。」

「それでその『十何位』の人が担ぎ出されたのか。」

「それまでにもう一つありました。デージョーのオーキョー様が、一時的に宰相となられたんです。」

「宰相?。それは王様が任命するのではないの?。牢に入ってて?。」

「そうじゃないんです。カースンでは、王様と宰相は、デージョー神殿の一番偉い人が任命します。この一四四年以上、オーキョー様がそうですよ。オーキョー様ご自身は王位継承権のない方ですから女王に即位というわけにはいきませんけど、宰相になら、なれます。それも、自分が『今それをやらねば』って決めたらすぐに。」


 ジェーン・ドゥ・オーキョーについて、知らないことが出てきた。預かっていた記録の中に、そんな内容のものはなかったのだ。特別な時期の記録なので、別に保管してあったとかかもしれない。


『手書きの記録になってから、紛失とかもあるでしょうし、日付が何年か飛んでたりするところも結構あるわ。宰相になったって、そんな特別な時期の記録ならモルじゃなくてカースンに置かれてるとか、そんなこともあるでしょうね。木簡の日付が抜けている時期のどこかだと思うわ。』


「オーキョー様にそんな時期があったって、知らなかった。この前会ってきたけどそんな話は出なかったし。」

「私も知らなかったです。短い間だけだったらしいですから。で、自ら宰相になられたオーキョー様は、継承権放棄を禁止する法律を作って、その上で王家の家系図を調べ直して傍系の中から本人も知らない継承権保持者を何人か探し出して、その中で一番見込みのありそうな人を即位させて、自分も次の宰相を指名してからすぐに辞任したんだそうです。」


 ジェーン・ドゥから以前に聞いた「政治がガタガタになってた時期に建て直しをやった宰相」というのは、その時ジェーン・ドゥから指名された男か。それは、「三つの名前」を与えて支援もするだろう。


「勉強になるなあ。教えてくれてありがとう。」

「で、私が心配してるのは、六位だからって女王様にならないってことはない、という点ですよ。」

「だからって、今の王様の次の代、継承権一位から五位の全員が病弱だとか無能だとか、そういうわけでもないんだろう?。悪い噂とかがあれば、それなりに聞こえてくると思うけど。」

「そのかわり、父にも聞きましたけど誰かが特別に優れてるとかの話もないんですよ。資質はどうあれ、男女の違いや母親が誰かっていう話と、継承権の順位が逆になってるところがあったり、その中で、六位のハンナ・ナーベ殿下がマコト殿の知恵もあって発言力を増したらって、心配にもなります。あと、継承順位が一位と二位の二人は姫様で、弟がいるので、ご本人達は王位には積極的ではないという話があります。」


 ネリが見せてくれたメモには、年齢順に今の王家の顔ぶれが書かれていた。現時点の、位階一位と二位の名簿だ。


国王 ヨール・ドゥ・カースン

王妃 モルラ・ドゥ・カースン

継承順位一位 長女 テヘ・クサン

継承順位二位 次女 アーズ・カースン

継承順位三位 長男 ロト・ハブル

継承順位四位 次男 ハム・カースン 故人

継承順位五位 三女 ラーバ・イグン

継承順位六位 四女 ハンナ・ナーベ

継承順位七位 五女 ミリ・ツリバ

継承順位八位 三男 グライ・ドモン


『残念だけど前にカースンで拾った会話の中で、顔と名前が一致するものは王様とハンナしかないわ。閣議の席で王様の隣にいたのが王妃様かもしれないけど、別のコビンだった可能性もある。』


 カースンでの記録とネリのリストを照合したαが教えてくれた。


 一切の番狂わせがなければ、次代は長女のテヘ・クサンが名を改めて女王となる。その場合、定例によれば即位後の名前はテヘ・クサン・カースン。彼女がどこかに正室として嫁げば継承権はなくなり、次女のアーズ・カースンが一位に繰り上がる。アーズが即位する場合はアーズ・ドゥ・カースン。このあたりは母が正妻かどうかで変わる。だが、二人とも「弟がいるので」という理由で、あまり王位には就きたいと考えてはいないらしい。周囲の人間はそうでもないだろうが。この二人の辞退が認められるなら、次代はロト・ハブル・カースン陛下だ。


「亡くなってる人がいるけど、下の人の順位は繰り上がらないの?。」

「そういう習慣です。名前が変わりませんから。だからハンナ・ナーベ殿下は公には六位ですけど、実質は五位です。」


 「正室として嫁げば家名が変わる」という部分は、バースのような世襲である四位領主も同じだとのこと。ネリは、オレの正室として結婚したいと考えた理由の一つもそこにあると言った。「お家騒動は嫌じゃないですか。」


 長女のテヘがコビンとして家を出たなら、王位継承順位は変わらない。順位に男女は関係ない。性別に関わらない長子継承は、ジェーン・ドゥ・オーキョーが権威を持つようになって以降の習慣であると聞いた。だが継承順位と本人の資質のアンバランスや、親の血統を含む人間関係は、大昔から色々な事件を起こしている。国王ともなれば、コビンであってもそれなりの家格のところから迎えているとは思うが、それでも継承権一位の人間が妾腹の出であること、生存している男子も全員妾腹の出であることなど、少し考えれば、幾らでも怖い想像ができてしまう。


 例えば、王妃は自分の娘を王位に就けるために、長女のテヘ・クサンをどこかの家に正室として押し込むぐらいのことは考えているだろう。テヘの側、クサン家の派閥でも、それに対する何らかの対抗策を採っているはずだ。本人達の意向は別にして、長女次女とも、年齢的にそろそろ結婚していてもおかしくないのに未婚であるのは、そういう力関係も影響しているだろう。ハンナの姉、三女のラーバが既にコビンとして他家に縁付いているのは、継承順位の低さから来る気軽さもあるのだろうか。四女のハンナなら、更にそのあたりの考え方は緩くなる。だが、ラーバがサドゥの正妃ではなく継承権を保持したままという点に、政治的な意味はある。それはハンナも同じだ。


「今までそのあたりの情報を積極的に仕入れていたかどうかも気になるけど、例えばカースンのショー家に情報収集の強化を頼むとかはできるのかな?。」

「母がネゲイに来てショー家がネゲイ館に移ってからは、ショー家の仕事はそれですよ。ジンが連絡係としてずっと行き来してます。今以上に情報を集めようと思ったら、もう少し人を雇わないとダメでしょうね。」


 若い嫁と一晩寝て、幸せな気分にまだ浸っていたい頭に宮中謀略の話題だ。過去の話とはいえ、ジェーン・ドゥもかつては絡んでいる。オレ自身の目標は、ヤーラ359-1に既存の文明があるとわかった時点で植民地総督よりも星間貿易商人としてうまくやっていけるかを考えていたのだが、想定外の「王配」という可能性も示されてしまった。ネリが心配しすぎているのかもしれないが、可能性は考慮に入れるべきだろう。


「私は王配という立場は望んでないし、ショー殿の心配もわかった。多分、エンリもそこまで複雑な状況は欲しくないと思う。ハンナ・ナーベ殿にその気がなくても、その関係者、ナーベ家、セバヤンの系統がどう考えているかはわからない。誰か一人でも『六位からでも』とか『ウチの血筋の姫様を』って野心があったら、状況をかき回してくるかもしれない。一度、ナーベ家にも挨拶はするつもりだったんだが、そういう話も聞くべきなんだろうな。聞き方を間違えて私が王配になりたがってるとか勘違いされても困るが。」


 ハンナの母親は既に故人だと聞いているが、セバヤンの領主一族は縁戚になる。ハンナをネゲイに迎える前に会っておくべきことは考えていた。トヨンもそうだが、行くべき場所が増えている。「移動にバギーで一晩」では足りなくなってきてるな。デルタを使えるようにしたい。


 オレとネリの話が終わったのを見てノルンが金貨の小袋を持ってきた。


「少し聞こえてましたけど、私は職人で、平民と結婚する予定で、そういう身分でよかったと、本当に思いましたよ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ