表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/119

7-5 ヤダ再訪とベンジー

 鏡についての会合の後、ダールに呼び止められた。エンリに関する話だ。エンリがマーリン7に持ち込む荷物の一部、すぐに使うわけではない小物類や季節外れの衣類などは工房に仮置きを始めている。大した量ではない。明日はベッドも届くらしい。招待客リストも完成して、宴席は十二日を仮押さえしたという。四の鐘開始だそうな。まだ日は高いが、地球的には十六時頃になる。悪くない時間だ。場所はやはりヨークの店だった。オレの了解で仮押さえを本予約に切り替え、招待客に日時を知らせると聞かされた。関係者は全員がネゲイ又はヤダに住んでいるから、連絡は一~二日で終わる。


「十二日。わかりました。それで進めましょう。準備で私が動くべきこと、払っておくべきこと、そういうのは随時言って下さいね。確か、ヨークの店の半金もそうでしたよね。」

「ヨークはお客さんからのお祝いとかも集計してからになるわ。それ以外のことは、エンリに直接何か買ってあげて下さいな。ゴールの家として、マコト殿に直接請求する金額はヨークの分だけだから。」


 ベッドを含む仮置きの荷物は明後日、二九日の夕方までにマーリン7への搬入だけしておいて、組み立てと室内での配置は三十日にやることになった。エンリ自身の引っ越しは、三十日以降、十二日までのどこかとしたいとのこと。ここでの結婚の習慣に照らして支障ないならそのまま進めるように頼む。招待客へ知らせるのは、ネゲイ分は明日と明後日にダールとエンリが手分けして行う。少し距離があるヤダの分はオレが行くことになった。明日、日付などを書き込んだヤダ宛の招待状の束を預かり、どこかの空いた時間にバギーで往復するつもりだ。一式をソルに預ければ、世間話をしても一時間強で往復できるだろう。



 ジェーン・ドゥ・オーキョーは通信機がとても気に入っているようで、空いた時間に文字で色々と送ってきてくれている。一番多いやりとりはジェーン・ドゥから預かった情報に対する質問とその回答だが、回答の中には今まで文字化されていなかったジェーン・ドゥの解釈なども含まれている。これらのやりとりは全部要約と索引を付けて、ジェーン・ドゥの端末からでも再検索できるようにした。これは端末本体の改造が必要かと思っていた機能だが、回線経由で通信画面の改造をするだけで可能になった。αによると、通信機のプロトタイプ二号は物理的な強度や大きさの改良だけでいい感じだ。博物学的な情報は互いに知識の補完をしあうだけだが、トヨンに関すること、ジェーン・ドゥがここに辿り着いた時のカプセルのことについては情報が集まれば集まるほど、オレも早く動きたくなってしまう。スケジュールはよく考えなければ。


 トヨンに関してはジェーン・ドゥからトヨン宛の木簡などの通常の情報伝達手段では詳細を伝えられない。検閲がある。誰かが、トヨンまで行って養女のヴォルタ・ドゥ・オーキョーと話をしなければならないのだが、デージョーから出ることが難しいジェーン・ドゥ以外となると、第一候補はオレとなる。移動手段を考えるため、αにも手伝って貰いながら陸路海路共に、今までに見聞きしたこのあたりの地図と衛星写真で適当な経路を探している。陸路だと、山を越えてムラウーまで北上してから川沿いに海へ向かえばいいらしいが、結構な大回りだ。最初は海路がよさそうに思える。


 影武者計画に使う小ニムエも、ジュリエット以外は一応準備が進んでいる。この数ヶ月での経験で、固形物摂取機能を始めとして小ニムエ達の工場出荷状態に対して追加した方がいいと思われた機能は幾つかある。船外でも活動中のアンからエリスまでは逐次改造を加えていたが、追加分の五体も先行の五体と共通して最小限度追加するべきと思われるオプションは全て付加した。問題は質量で、詰め込みすぎると体格に似合わない体重になってしまうことだ。マーリン7を離れる期間が長くなりそうな追加五体は冗長性も確保しておきたい。ジェーン・ドゥに成り替わるジュリエットの手足はジェーン・ドゥの体格に合わせて交換の予定だが、他の四体も体格を少し大きくした方がいいかもしれない。そうすると船内の作業には体格的に入りにくくなることもある。そのあたりの検討はαに任せてあるが、検討した内容はオレも目を通しておかねばならない。その上で、必要があれば体格改造を含むオプションの再整理を行う。まあ、これについてはジェーン・ドゥの新しい侍従を受け入れることになるデージョー側の事務的な都合もあるし、今後数週間で固めればいい。スケジュールを通信で打ち合わせできるのは、本当に便利だ。


 ウーダベー、或いは「器用な技」について、ジェーン・ドゥもこの星で食べている何かに含まれた何かが未知の作用を及ぼしている、というあたりまでは考察していた。ただ、彼女がここに来た時に乗っていたカプセルの生化学分析のための装備は「食べられる/食べられない」程度の判別しかできないものであったので、詳細な分析はできていない。流刑者に渡される装備と最終的には帰還することを期待されている調査船の装備に差があるのは当たり前なので仕方がない。こちらからの情報として伝えてあるのは


・原因物質の候補は見つけた。

・それが体内に一定濃度以上で存在していて、脳が特定の活動状態になると現象が発生する。

・「特定の活動状態」から現象の間の仕組みはわからない。


といったものだ。謎物質から現象に至る仕組みがわからないので、実は謎物質は関係ない、という可能性もゼロではない。以前にもジェーン・ドゥやαとも少し話をしているが、この原因物質と作用法則の情報は取り扱いがむつかしい。普及すれば、地球文明圏を作り替えかねない。調査が進んで「謎物質以外の何かも関係していてヤーラ359近辺でしか使えない」というような結論に至ったとしても、扱いは慎重にすべきだ。鉱山師ならぬ抽出師が押し寄せてきてヤーラ359星系の役に立つ物質は掘り尽くされてしまう可能性もある。そうなるとヤーラ359-1の人々は暮らせなくなる。「候補を見つけた」とは「怪しい物質の分子式を特定した」という意味でもある。オレがその謎物質を錠剤にまでしているということは、口頭ではまだ伝えていないが、ジェーン・ドゥに渡している端末で検索可能にしておいた。このあたりの扱いは、文字情報の交換だけでなく、対面で、相手の表情も見ながら話をしたい。




 ヨール王二三年六月二八日(金)。


 午前中にバギーでヤダまでオレとエンリの結婚披露のお知らせを届けに行った。移動の途中で気付いたが、ヤダの村の中を歩くのは初めてだ。谷から今の池までの移動では、川の途中で手を振っただけだったのだ。ソルの家を訪ねて、ソルを含む何人かに宛てた木簡を預けるだけなのだがソルは不在だったので、家人に木簡を預けるだけとなった。話を終えて庭に出る。建物と道の間、庭の真ん中に石の列が南北に埋め込まれている。これも今日初めてゆっくりと見るヤダの「季節の石」だ。それを見て思い出した。


『放牧地で初めてエンリに日時計のことを教えてもらった時、雨期の話も合ったと思うけど、いつなんだろう?。』

『色々な所で聞いてる話をあわせて考えると、このあたりでは八月後半から十月頃までのようね。』

『長いな。その間ずっと雨が多いとなると、収穫が困りそうな気がする。葉物はともかく、種子を食べる麦とか、乾いてる時に収穫しないと貯蔵中に腐ったりしないか?。』

『話を聞いている限りでは、前線が停滞してずっと降り続くようなものではなくて、台風が多いみたいな感じよ。』

『そう言うヤツか。雲画像の分析もやってたと思うけど、まだそのあたり、一年の半分しか観測記録がないんじゃ予測とかもやりにくいな。南半球の情報からの類推はできる?。』

『記録は取ってるけど南半球も情報不足だし地形要因は違うわ。でも今現在、海水温が上昇しているところで雲が発達して大きな渦にって、そんな感じの雲の塊は見当たらないわよ。』

『何しろ八月後半、今から一ヶ月半ほど先からそういう季節に入るんだな。ネゲイでは湿原全部が湖になるような話も聞いたことがある。マーリン7が池から流されてしまうようなことはないかな?。』

『新池の横の小屋は分解して運び出せる構造だったわね。マーリン7は、上流に向けて適当な推力をかけとけばいいと思ってるわ。小屋も、そのままマーリン7とロープでつないでおけば本体はどこかに流れて行ってしまうこともないと思ってる。真後ろに流されたら推力で壊れそうだから前の方につないでね。中のものは、水が増える前に回収とかしておいた方がいいかもしれないけど。』

『そのあたりは危なくなりそうなら言ってくれ。あまり早く警告しすぎたら情報源を怪しまれるかもしれないけど。』

『そうするつもりよ。』



 午後は定例によりベンジー。改めてグレンにも雨期の話を聞く。


「川幅が広がって、『原っぱ』全部が水に浸かってるのを見たことがありますよ。」


 ネリが考えた「ネゲイ南原」という名称は、まだあまり普及していないようだ。


「工房のあたりはどうかな?。あそこも浸かる?。ネゲイの町より少し低いけど。」

「測量をやってた『クボーの畑』ですな。私がここに来てからは、多分あそこまで水が上がってきたことはないと思ってますよ。まだ十二年も経ってませんけど。でも、一四四年とかで考えたらネゲイの町よりは危ないでしょうね。でも、ネゲイのあたりなら水が増えても引くのは早いと思ってますよ。私が育ったモルあたりでは中々これが下がらずに困るんですけど。モルより上流の水は全部モルを通って海に流れますからね。どれだけの広さから水が来るかを考えたら当たり前ですけど、ネゲイを通る水より、モルを通る水の方が多いですから。」


 治水と利水は地球史に例が山ほどある。αに聞かなくても、四大文明のことはオレも知っている。大河の流域で、治水と利水の調整のために人々が連携したのが国家の始まりだ。治水と利水のための組織の最も小さなものが「村」だ。


「川の水が増えても大丈夫なように、川と人の住むところを盛り土で分ける、というのは、ヤダ川では見ていない気がするけどそういうものはあるのかな?」

「盛り土?。そんなことをしたら、川に水が流れていかないとか、畑に水が引けないとかになりませんかね?。」


 グレンは当然の疑問を呈した。


「水門で仕切るんだよ。堰板の、もっと大きなヤツだ。」

「では、それなりに大きなものが要りそうですな。盛り土が三クーイあるとして、そこに入れる堰板も三クーイ積み上げるんですか。支えをしっかりしないと倒れませんか?。」


 グレンが言う「クーイ」は地球での「ヤード」近い長さだ。


「水門のところで支えが弱くて倒れるとか、普通のところでも水が盛り土の中を通り抜けてしまうとか、盛り土の上まで水が来てしまって流されるとか、私がいたところではそれこそ一四四世代もその何倍も前から崩れては直し、崩れては材料を変えて直し、高さを変えたり場所を変えたりして直し続けてる。そうすることで、畑にできる土地、人が住める土地が広げてるんだ。」

「ネゲイだと、クボーの南、ヤダ川までの間に盛り土を一筋作ればそこまでの土地を畑とかにできると言うことですかな?。」

「そういう例もあるよ。本当にここでそれをやろうと思ったら、盛り土の材料をどこから持ってくるか、そんなことから考え始めないといけないけどね。」

「マコト殿のところではどうしてました?。」

「土は、山を掘り崩したり、川底に溜まった土砂を掘ったり、色々だったよ。遠くからは運びにくいしね。どうしても悪い土しか手に入らない場所もある。そんな時には無理してでも遠くから運ぶか、その場所に住まないか、そういうことになるけど、中には今の私のように水の上に住む人もいたよ。盛り土については、それができる場所なら、長い間、少しずつ改良しながら、孫やその孫、更にその孫の代までかかって続けてきてる。カースンからネゲイを通ってムラウーに行く街道とかも、同じようで手入れされてきてるんだろ?。」

「ええ。街道は、おそらくはそうでしょう。川は、何しろ何か作っても流されますから、流されるもの、流されても大丈夫なものを作っておくものだと思ってましたよ。『流されないように』というのは限度がありますから。」

「何かを作るときの考え方には色々あるからね。ここでそうあるべき、とかは思ってないよ。時間もお金もかかるし。もうすぐ雨が多い季節になるって聞いたから、このあたりで水嵩が増えたらどうなるのか気になっただけでね。」

「新しい池に浮かべてあるマコト殿の船は、流されたりしますか?。」

「多分大丈夫だと思ってるよ。浮かんでるだけじゃなくて、動かせるからね。流されそうになった分だけ上流に向けて動いていれば、その場に留まり続ける。」

「それも見てみたいですけど、それだけの水が出ているときに新しい池に行くのは危なそうだから、やめておきます。」


 以前にジェーン・ドゥと川の濁りについて話したとき、ジェーン・ドゥは「水利権は面倒だ」と言うばかりで治水には触れなかった。グレンとの今日の話でも、治水については深く考えている感じがしない。おそらく、ヤダ、ネゲイからモルを経てカースンに至る地域はヤダ川の水利権管理のための小さな組織が連携して「国」の規模なったものだと思っている。地球人類史的な発想ではそうなる。ヤダ川から分岐した農業用水路はあちこちで見た。このような水路の保全は毎年必ず必要だろう。或いは、年に数回の浚渫を行っていても不思議ではない。治水については、それが必要になりそうな地域には畑や集落が作られていないということかもしれない。人口に対して土地の広さに余裕があるということか。開発できればだが。ネゲイとその周辺で最も標高の低いところに住んでいるのがオレ達で、二番目はクボーの開拓地に作られた工房に住み着いたノルンだ。他の人間は、少なくともノルンより一~二メートルほど高いところに住んでいる。一番低いところに住んでいるからこそ、オレだけが気にしているのか?。工房の場所を選ぶにあたっては、ネゲイで生まれ育ったバースの意見も入っている。あの時バースは「大水が出ても大丈夫」とか言っていた気がする。とはいえ、今年が「当たり」となる可能性も否定はできないので、気象と水文の観測は強化しておこう。またやることが増えた。イヤ、これは忘れていただけか。


『池からベンジーに至るまで、ネゲイの市街地と湿原は全域で一メートルメッシュに区切ってXYZを座標化してあるわ。上流での雲の量と川の水深の相関関係もデータは集めてる。誤差はまだ大きいですけどね。マーリン7が流される心配はしてないけど、工房のあたりが危ないようなら警告はできるから。』

『危なくなりそうなら言ってくれ。あまり早く警告しすぎたら怪しまれるかもしれないけど。』

『そうするつもりよ。』


 昼前にも、同じ会話をしたな。



 四の鐘でベンジーを出る。今は四半期末で金勘定の時期だ。帰って、ノルンと一緒に工房から提出する決算書類の最終確認をしておこうか。




 ヨール王二三年六月二九日(土)。


 朝一番でハパーが工房に来て金貨と銀貨の山を置いていった。四半期決算だ。両替屋や手形は存在するし両替屋はオレの知る銀行業に近い業務もやっているらしいが、使う機会が少なくて詳しくはわからない。両替屋が、決済の代行のような使い方はができるなら便利かとも思うが、決算時期は現金があちこちで動くようだ。或いは、ネゲイの中だけなら歩けばいいという発想かもしれない。地球文明圏的な銀行業がどこまでここで再現できるか、やりかたを紹介してもいいかもしれないが、今のオレには手に余る。それに通信が弱すぎるので、オレの知る銀行の利便性は実現できないだろうし。


 普段は第五位階の役人として商務省で働いているハンナにオレの知る銀行の仕組みを教えてやれば、十年後、イヤ、十二年後には、ある程度形になっているかもしれない。現金ではなく帳簿上の記録を扱うことになるので、運用を間違えるとインフレーションなどにもつながりかねないから、紹介の際にはそれもあわせて説明しなければならないが。そのあたりは、両替屋ともっと付き合ってみてから考えよう。


 ハパーとの決済に関して、明細書との照合はダイアナが五分とかからずに済ませた。工房が出荷しているものほとんどはハパーの店との契約なので、これで材料仕入れの代金も払える。ハパー以外にマリスの店からも回収はしなければならないが、少なくとも今日あちこちで支払いを済ませようとしていた契約に対しては、ハパーが届けてくれた金貨銀貨で足りる。材料発注や加工などをたのんでいた市内の幾つもの問屋や工房からの請求書が届いているのだ。ハパーが届けてくれた現金を支払先毎に分けて袋に詰め、ダイアナを留守番に残してオレとノルンが市内を回る。どこに何の仕事を頼むか、どこから何を仕入れるかはノルンに任せていたので、オレが知らない店も多かった。一度回っておけば、次回以降はオレや小ニムエ達の誰かが単独で動けるようになる。これも地理の勉強だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ