7-3 オーキョー(3)
夜明けと共にヤダ川の遡上を開始した。カースンの市内には立ち寄っていない。潮が満ちてきているこの時間帯は予想していたとおり上流に向かう船ばかりだ。「消波」しながら進む。波は立てていなくとも、オレ達の後方では水の色が変わっていた。斥力場が底質を蹴飛ばして、水を濁らせているらしい。往路は夜だったので気付かなかった。
「濁らせてるけど、支障はでるかな?。底を掘り返してるかもしれない。」
「少し確認しましょうか。」
バギーを操っていたエリス答えた。一度バギーを岸に寄せ、対岸に向けてゆっくり渡り始める。バギーの操舵はエリスからダイアナに交替した。エリスは手を水に浸けている。αがエリスの口で話す。
「このくらいの深さになると、超音波測深はエリスの手の方がいいから交替したわ。」
「それなら、初めて海に出た時もアンよりエリスの方がよかったのかな?。」
「細かいところの確認は共通機能だけど、みんなレンジがちょっとずつ変えてあるのよ。機能としてはできるけど、水深なら、エリスは四~五メートルまで。ダイアナはもっと短め。海なら、アンね。」
「そういうことか。適材適所で頼む。川を渡りながら何かわかったら教えてくれ。」
「何かわかったら」とは言ったが、オレのインプラントには測定結果を色分けで表示したこのあたりの地図も送り込まれてきている。一つは単純に水深。もう一つはエコーの強度。表面が泥であれば弱いし、岩なら強い反射が帰ってくる。岸の間を二往復ほどしてみると、水深、底質共に、バギーが残したらしい痕跡は読み取れた。高速で遡上してきた区間には二筋、それより上流でも一筋。少し深くなっているところがある。「消波」で、左右にはバギーが通ったことによる影響は出ていないが、その分、エネルギーは縦方向に集中してしまっているらしい。
「少しスピードを落とそう。昼前にモルのつもりでいたけど、昼を回ってもいいや。こんなことをやり続けたらどこかから苦情がきそうだ。」
「後に濁りの筋を曳かない程度」に速度を落として進む。モルの少し下流で上陸して街道に入った。市門を通り、デージョー神殿を目指す。前回訪問時に「虫」で確認していた馬車・荷車用の出入り口で入門証を見せて告げる。
「オーキョー様に届け物だ。」
「オーキョー様に?。」
馬にも大ムカデにも曳かれていないバギーを珍しそうに見ながら門番が言う。
「オーキョー様のところなら専用の馬車置場がありますが御存知ですか?。」
「いや、それは知らなかった。どこだい?。」
門番は一瞬迷った顔を見せてから答えた。
「案内します。付いてきていただけますか?。」
案内された先は「シマド」調整用の窓があった中庭だった。一角に、広く石畳で舗装された区画がある。
「ここから入れます。」
門番が駐車区画の横にある扉を指さす。
「ありがとう。」
オレ達は仮組みした無線機を納めたコンテナを持って建物に入った。バギーをここに駐めておけるなら、会話の中継に電波強度を気にする必要もなさそうだ。
「ナガキ・ヤムーグ。早かったね。」
オレ達を相手にしたジェーン・ドゥは英語だ。
「無線機の話やこの前の血液検査の結果もありましたからね。この前記録できなかった文書もあるし。あと、これも返しておかないと。」
前回の訪問時に借りていたキューブを見せながら言う。
「どの話も歓迎だよ。何から始める?。今日はまた別の別嬪さんを連れてきてるね。」
「ダイアナ・ニムエです。」
「エリス・ニムエです。」
「ジェーン・ドゥだよ。『ニムエ』ってことは、アンタ達も、綴りの最後に『e』が付くアンと同じくようなアンドロイドかい?。」
「ええ。表向きは、全部で五体います。」
「一体欲しくなるねえ。メンテナンスができないから頼まないけどね。ええと、キューブは預かるよ。無線機と、血液検査か。無線機からにしようか。その箱の中かい?。」
「ええ。プロトタイプ一号です。」
「『プロトタイプ』ってことは、まだ改良するってことかい?。」
「操作性とか、追加機能とかは、まだ考えますよ。」
「なるほどね。説明を聞こうか。まあ、あっちのテーブルだね。」
窓際の来客用テーブルに持ち込んだ機材が並べられた。
「当面は、衛星回線で運用するつもりです。屋外の、南の空が見えるところにアンテナを置いて、この部屋までケーブルを引き込む。電源は、光電池で、これも窓際か外に置いてこの中継機につなぎます。無線機本体は中継機のここに置けば充電できるようになってて、多分デージョー神殿の敷地内なら、中継機経由で我々の衛星まで電波が飛ばせる。」
「アンテナと、光電池を置く場所か。」
「そうですね。」
「この窓のすぐ外の庭も私の専用区画だから、問題ないよ。外に出て、適当な場所を探してみようか。」
ジェーン・ドゥの案内で庭に出た。外から見るとさっきまで座っていたテーブルの横の窓の下には、石造りのベンチが置かれていた。
「これは、最初は私と話をする人が座るようにしてたんだよ。条約が変わったとかで使わなくなって、ここに植木鉢を並べたりしてたこともあるんだけどね。方向とかも含めて、この段の上がいいんじゃないかね。」
ジェーン・ドゥが言うとおり、日当たりもよく、南に開けている。だが表面には凹凸がある。ベティが言った。
「石の土台ですね。アンカーを打ち込むわけにはいかなそうなので、モルタルで固定していいですか?。バギーに積んでますから。」
「モルタルって、そんなものまで持ち込んでたのか。ついでに、バギーか。見せてもらってもいいかい?。一緒に、取りに行こう。」
バギーを見たジェーン・ドゥは少し残念そうな表情を浮かべた。
「こんなの博物館でしか見たことがないね。MTは、ダメなんだよ。少し遊ばせてもらおうかとも思ったんだけどね。」
「盗難防止には効果的ですよ。」
「そうだろうさ。私も諦めたよ。これは、狙われたりしたことはないのかい?。」
「本格的な盗難未遂というのは、一~二回かな?。音響警報器も付けてあるし、電気ショックもあります。今のところは大丈夫かと思ってますよ。」
「機会があれば乗せておくれ。モルタルを持って戻ろう。モルタルを練るのに水は要るのかい?。井戸もあっちにあるよ。」
中継機は室内で窓の下の床に置く。アンテナと光電池に通じるケーブル二本を窓から外に出し、光電池とアンテナに接続。練ったモルタルで水平出しをした台の上に光電池とアンテナを置く。アンテナは、大体の方向だけ合わせておく。モルタルが固まるまではこれで暫く放置。二~三時間ほどしてモルタルが固まったら架台の調整をしてガンマの方向に合わせよう。応接テーブルに戻ったオレは中継機の状態を確認する。「充電中」と「回線接続なし」の赤ランプが二つ光っている。
「次は、ジェーン・ドゥ、血液検査の結果と今後の対応について、話をさせて下さい。」
中庭の四阿に移ったオレは話し始めた。横ではダイアナとエリスがブラシと圧縮空気のスプレーで埃を払いながら古いジェーン・ドゥの木簡を確認している。
「まず身長が伸び続けていること、これはテロメア改造処置の年齢が若すぎたんじゃないかと推測してます。主観年齢で何歳の時にテロメア処置を受けてますか?。」
ジェーン・ドゥは答える。
「そうじゃないかとは思ってたんだ。テロメアは、主観年齢だと、十八歳と二~三ヶ月だと思う。追放前でね。私は小さい頃から頭がいいって褒められ続けて、そのうちに『年齢を誤魔化してでも大学に行かせてやれ』みたいな流れになってね、授業料の値上げの話があったんだよ。早く入学すれば安く上がるってね。田舎のことだから村中でグルになって出生記録をウチの姉さんと入れ替えたりして、私の主観年齢だと十六で大学に入って、まあ授業料の話以外にも回りの人間みんなが政治にイライラしてたんだよ。で、私も行ってた抗議活動で死人まで出てね。その時の本当の年齢は十七でも、裁判してるウチに記録上の年齢は二十歳になってた。ここで本当の年齢とそこに至った経緯を明かしたら村中、特に姉さんがどうなるかわからないから、黙ったまま処置を受けて今に至る。そんなところだね。姉さんは、まだ生きてるのかね。」
ジェーン・ドゥは寂しそうな表情を浮かべた。
「子供はダメ、というのはわかってたはずなのに?、という疑問は解けました。これからどうするかですよね。」
「錠剤一錠で、ってわけにもいかないんだろうね。」
「今日は冷蔵で検体を運べる準備もしてます。もう一度採血をさせてもらいたいのと、生体細胞、口腔粘膜も採取したい。何をするにしても、現状をできるだけ正確に押さえておきたいので。」
「採血も粘膜も、いいよ。あのお嬢さん方の仕事が落ち着いたら、やっておくれ。」
ジェーン・ドゥはベティ達の方を見ながら言った。進捗はまだ半分に至っていない。四の鐘は少し前に過ぎている。明るいうちに終わらせたい。
「それと、検体でのチェック以外に、できれば船で医療スキャンを受けて欲しいとは思ってますが、デージョー神殿の敷地を出ることが難しいとか、言ってましたよね。とういう手続きがいるんですか?。」
「年始の挨拶のために十二月の十五日から一月十五日まではどこに行ってもいいことになってる。それ以外は、カースン、ムラウー、トヨン、ハマサック全部の国の王様の承諾が必要ってね。それぞれの王様に勅許を求めることになってる。」
「四ヶ国の王様、それはちょっと難しそうです。」
「この体制になってから王様四人の承諾でデージョーから出たのは、四十年ほど前だったかな。ムラウーとハマサックの間で戦争になりかけて、その仲裁に呼ばれた時だけだよ。さっきの窓の外のベンチ、あそこで人と話すことがなくなったのは、その時の仲裁条件の一つさ。みんなが私を腫れ物扱いする。ナガキ・ヤムーグ、ここで暮らすなら、アンタの二十年後の姿かもしれないよ。」
ジェーン・ドゥの経緯はオレとは当然異なるが、前例ができてしまっているなら気を付けるに越したことはない。だが前回訪問時からの疑問が一つ。
「外出できないというのは、どうやって確かめてるんです?。歩いて外に出たら体格でわかってしまう可能性はあるけど、荷車や馬車に隠れたら、出られるんじゃないですか?。」
「モルはカースンの中の町の一つでデージョーはモルの中にある神殿の一つだけどね、歴史的に見るとデージョーはバチカンみたいな扱いなんだよ。だからほぼ毎日、朝の礼拝の時に各国の領事館みたいなところからも日替わりで誰かが来る。風邪とかで、いつもの席に私がいなかったら『お見舞い』とか言って奥にまで私の所在を確認しに来るよ。だから、実際問題としてデージョーから半日で往復できるような範囲なら神殿の敷地から出られないわけじゃない。けど、条約に書かれてる範囲は神殿の敷地だから、外を歩いてるところを見られたりすると騒ぐヤツがいるんだよ。」
年末年始のみ外出可能。それ以外は面倒。簡単なのは年末年始だ。
「ここでの大先達と仲良くなる機会は逃したくない、というのは私と私のサポートAIの共通意見です。年末年始の一ヶ月なら外出できるなら、ネゲイに来ませんか?。AIと色々話をしながら、ジェーン・ドゥの身代わりを用意する案まででてたんですけど、合法的に移動できるなら問題は少ないし、身長の話だけなら、あと半年ぐらいは誤差のウチでしょう。」
身代わり案にジェーン・ドゥは興味を持った。
「身代わりというのは、どうやるんだい?。この身長の人間の影武者になれる人間なんか、中々いないよ。」
「準備に時間がかかかりそうだから、年末年始を待つのと大して時間はかわらないかもしれませんけど、まず、アンドロイドを一体、ここでジェーン・ドゥの身の回りの世話とかの名目で働かせます。今、外で準備中の光電池は大増設しないといけないでしょうけど。」
「私の身の回り、近い場所で動く人間はあちこちの国の紐付きなんだよ。監視人でもある。そこに一人追加するのはちょっと面倒かもしれないけど、方法を考えてみるよ。そのアンドロイドに私の観察をさせて真似できるようにするんだね。」
「ええ。情報が集まったら、別のアンドロイドを、仕草の癖とか、体格とかも合わせて調整してここに運び込んで入れ替わりです。」
「食事とかでばれないかい?。」
「社交儀礼上最小限度の食事は摂れるようにしておきますよ。日常では、水やお茶レベルなら問題ありません。で、できれば世話係としては、こちらから送ったアンドロイドだけにした方がいいでしょうね。」
「『だけ』というのは多分無理だよ。でも面白いね。それができれば季節に関係なく、何日か外に出て戻ってこられる。今年の末までに準備ができなくても、来年の今頃にはできるだろ。ネゲイに避暑に行けるね。」
「船から離れたところで長期間アンドロイドを運用することになるので、さっきも言った電源の問題とか、会話、翻訳、そのあたりがきちんとできるかも確認しないといけません。」
「気に入ったよ。知ってることは何でも教えるから、準備を始めて貰えたら嬉しいね。」
「わかりました。このことについては準備状況を適宜連絡しますよ。」
替え玉の準備を始めるべきことはαにも即座に伝わって、「了解」の返事が返ってきた。先日のアンの「長期出張」で機体に出ていた影響は分析されていて、メーカーが想定していなかったメンテナンス上の留意点も幾つか確認している。今は外では使っていない顔のない小ニムエのうち二体を、ジェーン・ドゥと世話係に仕立てる。改造を施してから少なくとも一ヶ月程度メンテナンスなし、充電のみで動かしてみて耐久性の検証が必要だろう。細かい部分はαが計画を作ってくれる。これの準備は進めるとして、年末のことも話をしよう。
「影武者の話は進めるとして、年末年始の一ヶ月についても話を聞かせて下さい。」
「一ヶ月というのはカースンまで移動して、色々行事に顔を出して、またここまで帰ってくるための最短期間だよ。バギーを使えばネゲイまでも行った上でカースンでの行事もこなせるのかい?。」
「例年の年末から年始にかけてのスケジュールをいただけますか?。隙間に、ネゲイを押し込めるか検討したい。」
「毎年ほぼ同じだから覚えてるよ。雪が多くなる年もあるから移動日数は変わることがあるけど、遅くとも十二月の二三日までにはカースンへ着く。その日は私がデージョー神殿から出られなくなったカースンとムラウーの条約締結記念日ということでね、忌々しいことに両国の代表から感謝の言葉を賜る式典というのがある。それから毎日、年の区切りのあちこちの行事に顔を出して、一月の八日、カースンの建国記念日の祝典で挨拶をしてからモルに帰るんだよ。『あちこちの行事に』っていう部分は毎回変わるけど、もう六月も後半だから決まりかけてるだろうね。」
「モルとカースンの間の移動は、冬で雪があるかも、ということで七~八日ほど見込まれてる、と、いうことですか?。」
「バギーならその間に二往復ぐらいできそう、って顔をしてるね。」
「冬の状況がよくわからないところはありますけど、そんな顔をしそうな考えをしてましたよ。」
「今度の冬がどうなるかはわからないけど、冬は荷運びの虫が使えないから街道の交通量も減る。虫が使えないのは、変温動物だからだと思ってる。確かめたことはないけどね。ヤダ川も、カースンのあたりまで凍ってることがある。そうなると舟は動けない。アンタのバギーで好きなように動けるよ。」
ここで今朝気になった洗掘のことを聞いてもいいのだろうか?。話題が広がりすぎるか?。
「ジェーン・ドゥ、川の移動を試してみて、今朝、わかったことですけど、バギーでスピードを上げすぎると川底が掘り返されて濁らせてしまうようです。こんな話でトラブルになったような例は聞いたことがありますか?。舟運とか、漁業権とか、多分どこかに管理しているとか、管理していることになってる組織がありそうですけど。」
「水利権は大昔から面倒な話だよ。去年の終わり頃だったか、井戸涸れがあったとかも聞いたよ。」
その話は勘弁して欲しい。
「それは多分、我々が墜落させられた時、上昇のために真下にエンジンを吹かせた影響です。そのことに関しては、我々も被害者なんですよ。」
「この前話を聞いた時にそう思ったよ。今は井戸も落ち着いてるみたいだし、私から蒸し返すつもりはないから安心しな。」
「助かります。」
「濁りとか掘り返しとか、一回ぐらいならともかく、常習的に濁らせてると面倒だ。口利きはしてもいいけど、村一つが干上がったとかになったらやっぱり片付けが面倒だ。」
ジェーン・ドゥは「面倒」を連発した。オレも水利権絡みで昔から大小の紛争が起き続けていることは知っている。
「川底が変わると近所の井戸が使えなくなったりするよ。そこで毎週川を濁らせてる変なヤツがいることに気付かれたりしたら、想像できるだろ?。」
「わかりました。陸路でバギーは路面が悪くてスピードが出せないと思って川を使ってっみましたけど、川も限界がありますね。」
この話の流れなら、デルタのことも話せそうだ。
「ええと、バギー以外の移動手段として、今は使ってないですけど、軌道と地表を移動するためのシャトルがあるんです。多分、トヨンにいるという『器用な技』を使うというジェーン・ドゥの娘さんに、『空のものに手を出さないように』とか伝えていただけると、このシャトルも使えるようになるんですが、どうですか?。」
「そのことで、トヨンに手紙を書こうとは思ってたんだ。実子でなくて養子なんだけどね。ただ、私の場合は手紙を書いても検閲が何度もあってね、完全に秘密の内容というのはむつかしい。あの子も英語は読めないしね。」
「検閲というのは?。」
「木簡なら読み放題だろ?。羊皮紙に書いても、封印は例の四ヶ国の領事館に見てもらわないといけないことになってる。だから、『久しぶりに会って世間話でもしたいからモルに来ないか?。』って、そんなことしか書けないかと思ってたんだよ。或いは、紹介状を預けるからナガキ・ヤムーグ、アンタがトヨンに行くかだね。」
「ここからトヨンまで、普通の手段で何日ぐらいですか?。」
「街道もあるけど、船の方が早いね。海に出てから、風がよければ二日かからない。」
オレが行くか、モルまで来てもらうか。ネゲイから海まで、バギーで多分一晩。昨夜よりスピードを落としても、十時間以内には着ける。海に出て、水深が確保できる所なら時速で百キロぐらいまでは出せるだろう。トヨン沖まで数時間。そこから半日ぐらいで目的地まで行けるなら、ネゲイを夕方に出発して次の日の昼過ぎには到着できる。移動で、一昼夜かからない。
「トヨンに『世間話』の提案をすること、それから、紹介状も、両方お願いできますか?。紹介状には、『可能な範囲でナガキ・ヤムーグに便宜を』とか書いていただければ。」
「いいよ。そうしよう。よくある内容だ。紹介状は今書くよ。世間話のお誘いも、今月末の定期便に入れられるように用意する。アンタがトヨンに行くことについて、回りは何か言いそうかい?。」
「多分、夕方にネゲイを出て、次の日にトヨンで用事を済ませて、三日目の朝までにはネゲイに戻れそうです。その程度なら、『一日不在』とでも言っておけばどうにでも。面会予約がないとか言われたら予定は狂いますけど、七月のどこかで、時間を作りますよ。」
「なら、紹介状にはそのあたり、最優先で会うべきだとも……ああ、あまり書きすぎると、取次の誰かからナガキ・ヤムーグの特殊性が広まるかもしれないね。あの子の回りも四ヶ国の人間に囲まれてるから。」
「そうは言っても、今はカースンで名前を売ろうとしているところで、ムラウーの隊商に蠟板の宣伝をしたこともあります。成り上がりが有力者に近づこうとしているとしてるとか、有力者がそれに応じるとか、珍しい話でもないでしょうに。」
「そこから始まって、私みたいに幽閉みたいな状態になってしまうことを心配してるんだよ。ナガキ・ヤムーグ、武装はどうなんだい?。その腰のもの以外にね。そのお嬢さん達の腕が実は機関銃になってるとか言っても驚かないよ。」
オレは足元の裾を上げた。ホルスターに隠されて細かいところはわからないにしても、小型のリボルバーであることはわかっただろう。
「腕前は?。」
「翻訳と同じで、照準はAIが自動で合わせてくれます。初弾は外しても二発目で誤差修正しますよ。」
「ここで使ったことは?。」
「幸い、まだですね。音が出るから、試射もしてない。」
「ここの連中は、アンタが気付いてるかどうか知らないけど、飛び道具を知らないよ。弓を作ろうと思ったことはアタシもあるんだけど、少なくともカースンの近くじゃあ適当な弾性のある木がなかった。」
「固すぎるとか柔らかすぎるとか?。」
「そうだよ。だから銃は、大きなアドバンテージになる。私もそういうものを持ってればよかったんだけどね。イヤ、ダメか。弾薬の補充ができない。元々流刑者だから、スイスアーミーより大きな得物はなかったんだけどね。」
「スイスアーミーは私も持ってますよ。それから、弓矢が使われていないことには気付いてました。鳥とかを獲るときにどうするんだろうと思いましたけど、鳥も見ませんね。ほとんどの動物は人間よりも動きが遅いみたいで、そうなると飛び道具はあまり必要がない。」
「アンタに渡す記録のどこかにも紛れてると思うけど、ここの生物相の発展の歴史は地球やターク4とは違ってるみたいだ。これは話したかな?。」
「『違ってる』というのは前に聞きました。理由まで聞く時間はなかったですけど。で、前回記録した文書類の中にそういうメモも入ってました。私達も、ここに来て生物サンプルを分析する中で、播種の可能性に行き当たってます。時期や方法はわかりませんが。」
ジェーン・ドゥは満足そうな顔を見せた。
「二百年も疑問に思い続けていたことについて話ができて、相手がそれを理解してくれるって、こんなに気持ちのいいものか。嬉しいよ。」
「我々としても、同じものを別の目で見た人間が同じ結論になってるというのは、嬉しいことですよ。生物相以外の自然科学分野でも色々聞いてみたいと思ってますし。まずはあの木簡の山の中身を読んでからですけど。」
ダイアナ達を見ると、木簡の記録はそろそろ終わりそうな具合だった。ジェーン・ドゥが言う。
「トヨンで取次がどうこうというあたりで話が脇道に逸れてるね。話を戻そう。」
「私のトヨンでの用件は『空に見えるものは』の話がメインです。お土産に蠟板とか持って行って、ジェーン・ドゥからの言伝としてほかにも幾つか話ができれば、正味は一時間かからないでしょう。まあ、紹介状を渡してから面会に何日かかかるなら、近辺の市場調査でもしてますけどね。ああ、トヨンで話されているのも、カースンと同じような言葉ですか?。」
「お互いに『あいつら訛りが酷くて何言ってるかわかりにくい』って思ってるレベルだよ。ここで話ができてるなら、多分トヨンでも話はできる。」
「ならその点は支障ないとして、今日は紹介状だけでも作ってもらえたら。」
「ああ。お嬢さん方の作業も終わるし、手を洗って中に入ろう。無線機のアンテナ調整もいるんだろ?。トヨンへの紹介状と、血液と、無線機の動作確認だ。呼びかけたら、向こうには誰かいるのかい?。」
「綴りの最後に『e』を付けて呼びかけたら、機嫌良く答えてくれますよ。」
「綴りの最後に『e』だね。わかったよ。」




