橋頭保
5月1日 0232時 カンボジア タクマウ・テチョ国際空港
サブマシンガンを持った連中が突入してきた時、空港の警備員と空軍兵が出来たことと言えば、警報装置に手を伸ばそうとした程度で、あっという間にサプレッサーで減音されて飛んできた9mmのホローポイント弾に頭を撃ち抜かれた。
「クリア」
「クリア」
警備詰め所を制圧した黒ずくめの兵士は、そのまま警備員の腰のホルスターに入っている拳銃を奪い、自分の腰のベルトに挟み、無線機のスイッチを押した。
「こちら"蛇"『虎の巣』を制圧した。繰り返す。『虎の巣』の制圧を完了」
『"蛇"、こちら"鼠"。了解した。こっちは『燕の巣』の制圧にとりかかる」
6人の黒装束の人間が、空港の敷地内を横切り真っすぐ管制塔を目指した。その集団は、管制塔の入り口のドアにプラスチック爆弾を仕掛け、タイマー式の起爆装置を取り付けた。20秒後、電子ロックされた頑丈な鋼鉄製のドアが爆破され、直後、減温器が付いたウージ・サブマシンガンを持った集団が一気に階段を駆け上がる。
そして、そいつらは管制室の中に入るとサブマシンガンを撃ち、3人いた管制官の頭を素早く撃ち抜いた。
「こちら"モズ"。管制塔を制圧」
『"アナグマ"了解。こっちは駐機場の掃除にかかる』
5月1日 0226時 タクマウ・テチョ国際空港
「降下5分前!」
DHC-6-300ツインオッタ―の機内には、12人の完全武装した空挺隊員が乗っていた。彼らの国籍は、中国、北朝鮮、ロシア、イラン、パキスタン、ベネズエラ、ニカラグアといった顔ぶれだ。そして、客室にいた男が立ち上がり、片手を挙げるとキャビンのドアを開けた。直後、客室に強烈な冷たい風が吹き込んでくる。外は真っ暗な暗闇だが、飛行機が向かう先には立ち上る炎によって明るく照らされている。その灯りこそが、彼らが目指す先だ。
「降下、10秒前!・・・・・5、4、3、2、1、降下!」
空挺隊員は、真っ暗な空へ向かって飛び出した。
空挺隊員たちはHALO降下で目的地を目指した。彼らは降下直後に足首に発煙筒を装着しており、お互いの位置を見失わないようにしている。
空挺隊員は、デジタル式の高度計を見た。周囲は真っ暗闇で、自分がどれだけ地面に接近しているのかを知る手掛かりは、右腕に装着した腕時計のような小さな機械だけだ。そして、作戦前のブリーフィングで指定された高度1500フィートに近づいた時、彼はパラシュートのライザーを力強く引いた。
暗闇の中、滑走路に空挺隊員が次々と着地した。滑走路と誘導路には未だに誘導灯が点灯しており、飛行機の離発着に影響は全く無い。
「こちら"鴨"。空港に着陸した。これより航空管制の準備に取り掛かる」
自動小銃を持った兵士たちが散らばり、空港の敷地の各所に陣取る。そして、一部の分隊は背負っていた大きな無線機を取り出し、アンテナを広げて他の場所にいる部隊との通信を開始した。
5月1日 0344時 カンボジア タクマウ・テチョ国際空港
襲撃でブラックアウトしていた空港の滑走路に、再び誘導灯の明かりが灯った。そして、武装した兵士たちが徒歩で滑走路の点検を開始する。作戦のタイムラインでは、あと1時間ほどで最初の航空機がここに着陸する予定だが、もっと早く飛行機を呼んでも問題は無さそうな感じだ。
空港の敷地内をセルゲイ・グリシェンコは満足そうに歩き回った。こうも簡単に制圧できるとは思っていなかったからだ。やがて、空港に繋がる道の方から車両のヘッドライトの列が向かって来るのが見える。
グリシェンコが腕時計を見る。計画通りだ。あれは、K-17ブメラーンク歩兵戦闘車の車列で、すぐにここに突入し、占領する計画だ。
「隊長、全ての施設を制圧しました。ここは我々の城です」
「素晴らしい。空港設備の復旧は?」
「今、レーダーをテスト中です」
「誰か余計なものを壊した馬鹿者はいないか」
「問題ありません。気象レーダー、ILS、無線、全てが正常に作動しています」
「素晴らしい。もう輸送機を呼んでもよさそうか?」
「少々お待ちを・・・・・・航空機誘導用のレーダーの作動は正常です。このまま呼んでも良いでしょう」
「よろしい。では、早いところ飛行機を下ろそうではないか。輸送機で物資を運び込まないと、今後の計画に支障が出るからな」
「了解です。では、ここに飛行機を下ろしましょう」
5月1日 0418時 カンボジア タクマウ・テチョ国際空港
真っ暗だった空が、徐々に藍色へ変わってきた。そんな中、滑走路の向こうに飛行機の着陸灯が見えた。それは、どんどん接近し、滑走路にドシンと着陸し、静かな空港に4発のターボプロップエンジンの轟音を響かせる。
Y-8は、An-12の中国版ライセンス生産機で、その使い勝手の良さから傭兵向けの兵器市場に大量に出回っており、世界各地の闇工場でも生産が続けられている。Y-8はその巨体をゆっくりと誘導路に入れ、エプロンの奥で駐機した。その10分後に、Il-76戦術輸送機が着陸した。
「よし、ゆっくりだ。ゆっくり下ろせ」
Il-76の貨物室が開き、中からSA-15"ガントレット"こと9K330短距離地対空ミサイルシステム車輌が出てきた。他にも、フォークリフトやトラック、タンクローリーを乗せた輸送機もある。
まず、必要なのは、この空港を要塞化し、防備を固めること。そして、航空機の運用に必要な各種装備を運び込むことだ。
そして、港湾と空港を手中に収めれば、やることは一つ。タイランド湾を封鎖し、そこを通る船舶から法外な交通料を取る。そして、それを拒否する連中は容赦なく沈めるだけだ。
5月1日 0423時 カンボジア コー・ロング島
タピール級揚陸艦と071型揚陸艦から発進した726型エアクッション揚陸艇が、文字通り陸地に乗り上げた。その直後、自動小銃で武装した集団が駆け足で通り過ぎ、更に、BMP-2歩兵戦闘車と05式歩兵戦闘車が海から現れる。
コー・ロング島を警備していたカンボジア陸軍の兵士たちは、完全に不意を突かれた。何者かが襲撃してきた、と思った直後には銃弾を受け、あの世へ送られていた。
砂浜を歩兵戦闘車と武装した兵士が走り抜け、島の中心部へと向かって行く。更に、海の方からヘリの大群が飛来していた。
それと並行して、コー・ロング島の近海の海中には、水中工作員がSDVという小型潜水艇を使って現れた。この連中の標的は、島とカンボジア本土を繋ぐ海底ケーブルだ。UUVを使って予め偵察していたため、工作員たちは迷う事無く標的に到達した。
工作員は暗視ゴーグルを使い、海底ケーブルを確認した。そして、酸素トーチを取り出す。真っ暗な海底にトーチの白い閃光が光り、連中が手際よく電話やインターネットの有線通信に使うケーブルを切断していく。これで、コー・ロング島は、カンボジア本土と連絡を取る手段を半分失った。
5月1日 0434時 カンボジア コー・ロング島
島の警察署では、少ない夜勤の警官が詰めていた。当然ながら、この小さな島で起きる事件と言ったら、スリや窃盗くらいで、大きな事件などほとんど起きた試しが無かった。そのため、警部補のホー・ビャンは、コーヒーを啜りつつ、呑気に新聞を読んでいた。ホーは時計を見た。あと1時間と少々すれば、夜も明けてくるだろう。そうすれば、早番の警官たちもぼちぼち出勤してきて、自分は退勤して朝寝をすることができる。
そろそろ、鶏が鳴いて朝の訪れを告げるころだろう。ホーは、腰のホルスターに入れたスミス&ウェッソンM36を軽く右手で叩くと、事務所から出て、署のロビーの方へ向かった。ロビーの受け付けには、退屈そうな顔をした巡査部長のマー・ゾウがテレビのニュース画面を眺めていた。
「やあ、マー」
「おはようございます。それにしても、退屈ですね」
マーは、両腕を高く上げ、口を大きく開けて伸びをした。
「全くだ。だいたい、この島の住民は全員、親戚みたいなものだ。そんな・・・・・」
そこまでホーが言った直後、警察署のドアが開く。ホーは、最初、早番の警官が出勤してきたものと思った。だが、そこに投げ入れられたものは、Mk84フラッシュバンだった。
フラッシュバンの爆発に、マーとホーは完全に不意を突かれた。直後、二人は署内に押し入ってきた黒づくめの人間にサプレッサー付きのウージサブマシンガンでハチの巣にされ、絶命した。押し入ってきた黒装束は、全部で12人。全員が、防弾チョッキやサブマシンガン、拳銃、ナイフで武装している。
黒装束の連中は、四人一組になって手際よく警察署の中を制圧した。夜勤の警官たちを次々に射殺し、武器庫を抑えて弾薬や拳銃、自動小銃を手に入れる。もうコー・ロング島はこの連中の手中に堕ちたも同然だった。
5月1日 0451時 カンボジア コー・ロング島
夜明けの空に、ヘリの羽音が響く。ヘリの種類もMi-17やMi-24D、H-101と様々だ。それらのヘリが着陸し、キャビンのドアが開く。そして、中から、サングラスをかけた、背が高い痩せたアジア系の男が降りてきた。
フー・ジャオシェンは満足げに周囲の様子を見渡し、ポケットから煙草を1本取り出すとジッポーのライターで火を点けた。遠くから、時折、銃声と爆発音が聞こえてくる。フーは、のんびりと歩いたのち、すぐ近くにいた97式自動小銃を持つ男に話しかけた。
「状況はどうなっている?」
「はっ、全て順調です。タクマウ・テチョ空港を制圧し、この島の警察署も押さえました。島の住民は、命令どおり"処理"しております」
「よろしい。カンボジア軍の戦力など、たかが知れている。抵抗しても、我々に勝てはしないからな」
「タクマウ・テチョに追加の航空戦力を近日中に向かわせられるでしょう。バングラデシュに待機させている、Su-35SとJF-17、IL-78とAn-70です。防空ミサイルと地対艦ミサイルも、輸送機で持って来れるでしょう」
「完璧だな。では、今後の計画について、後程、私から説明するとしよう」
フーは、たばこの紫煙をゆっくりと、深呼吸するように肺胞の奥まで吸い込んだ後、一気に吐き出した。
フー・ジャオシェンは、部隊の主要なメンバーをテントに集め、今後の計画について話した。内容は以下の通りだ。簡単に言えば、タイランド湾を航行する船舶及び、その上空を飛ぶ飛行機を拿捕して、人質を取り、その身代金を要求するというものだ。そのためのキロ級潜水艦とジャンカイ級フリゲートも、間もなく島の港に入港する。
そして、この作戦を行うに当たっては、何か『見せしめ』が必要だ。そして、フーはスマホを取り出してAISのサイトにアクセスすると、タイランド湾を航行する船舶のデータを眺め始めた。




