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35、月夜の宴


「こんばんは。今夜は月が綺麗だね」

「アキト?」


 月に照らされた赤髪(クリムゾン)の影から、黄色(シトリン)が怪しく光る。

 倒れた時に着ていた質素な服とは違い、今日は上から下まで隙がない。何故か手に持っている大きな花束も様になっていて、大きくなったなぁとしみじみしてしまった。


「邪魔するよ」


 にやり、という表現が合いそうな笑みで店に入ってきたアキトに、オッタ達が臨戦態勢に入る。ハッと我に返り、慌ててオッタの服を後ろから引っ張った。


「待って! 私が呼んだの!」

「ああ?」

「この後アキトと会うのを念の為に言っておこうとしてたのよ」


 エンとティオにも目配せし、皆とアキトの間に割り込む。

 相談はリツから持ち掛けられた件について。そして報告は、アキトを呼び出した件について話すつもりだった。まさかここへ来るなんて。


「森で集合って書いたはずよね?」

「愛しい女性からの呼び出しだ。迎えに来たくもなるさ」

「そういうのいいから」

「本当なのに」


 アコルデに戻る前にアキトの執務室に侵入し”今夜、レイエンダの森にて待つ”と書いた手紙を置いてきた。エン達に報告したら私も森へ向かう予定だったのに、どういうつもりかと視線で問いかける。


「ちょうどこちらに来る予定があってね。ああ、そうだ。これを」

「わっ」


 突然、アキトの持っていた一抱えある花束を渡されて視界が白で埋め尽くされる。甘く上品な香りが鼻孔をくすぐる。

 丸みを帯びた愛らしい白い小さな花を沢山付けた、鈴蘭の花束。少し季節外れのこの花を、綺麗な状態でこれだけ集めるのは大変だっただろうなと眺めていると、ふっとアキトが身を沈めた。


「改めて言うよ。僕と結婚してください」

「!」

「なっ!? うっ」


 片膝をついて、私に小さな箱を捧げる。

 後ろからオッタの変な声が聞こえた気がしてちらりと振り返ると、何故か脇腹を抑えて悶えていた。

 目の前でぱかりと開いた箱の中に入っていたのは、鈴蘭とは異なる花をモチーフにした白い髪飾り。傍目にも高価だとわかる繊細な細工が施されたそれは、私に最も馴染みある花だった。


「よく出来ているだろう? 今日はこれの礼も言いたくて来たんだ」

「?」

「リツ殿から、カデナを知る者に下手な物はあげられないと相談されてね。カデナとは言わなかったが、僕が白い花飾りを依頼したとどこかから情報が漏れたらしい」

「まさか、」

「本物をモチーフにしたところで、誰も見たことがないのだからわかりようもないのに。本当馬鹿だよね」


 肩を竦めるアキトの言葉で、点と点が繋がる。

 恐らくアキトは彫金師であるフエーゴに花飾りの作製を依頼した。どこかからそれを知った輩がカデナの絵を奪うために妻子を誘拐した。

 そういうことか、と私が納得している間に、いつの間にか立ち上がったアキトがカデナの髪飾りを私に付けた。


「待って、私は」

「返事はこの後の用事が終わってから聞くよ。そろそろ時間だろう?」


 両手が花束で塞がっていて抗えない。口も言い終える前に、添えられた指で封じられる。

 唇から伝わる冷たい体温と、私を見つめる哀愁を帯びた視線。

 その気になれば簡単に突破できそうな静止を、私は振り切ることが出来なかった。


「……満月の夜にする儀式があるの。当主になったアキトは知っておくべきだと思って」

「……気をつけて行ってくるんだよ」

「エン!」

「うん、明日には戻るから」


 本当はもっと説明してから行く予定だったのに。乱れた感情の中ではそれだけ説明するのがやっとで、私は視線から逃げるようにアキトが開けてくれたアコルデの正面入り口から外へ出た。

 夜のディソナンテを出歩く人なんていない。不気味なほど静かな町を、アキトと二人、森に向かってひたすら歩く。


「くくっ」


 横から聞こえる、悪役さながらの笑い声。

 聞き馴染みのあった頃より低くなった声、見上げる高さになった横顔をギロリと睨む。


「アキト」

「謝らないよ。これしきの事で姉さんの立場が危うくなったりはしないだろう? まあ多少居心地は悪くなるかもしれないけれど」

「はあ……」


 悪びれなくしれっと言い放つ姿はいっそ清々しい。本人が満足してるみたいだからいけど、公開プロポーズなんてして一体何をしたかったのか。

 面影を残しながらも成長した姿は嬉しく、同時に寂しさがこみ上げる。昔から言動は捻くれてても家族想いの良い子だった。出来ることなら、その成長を近くで見届けたかった。


「姉さん?」


 困らせるだけの感慨に蓋をして、持ったままだった花束をアキトに押し付けた。


「自分で渡しなさい」

「え、いや、姉さんから渡したほうが喜ぶだろうし……」

「馬鹿ね。あの子にはこの会話も筒抜けなの忘れたの?」

「……受け取ってくれるかな」

「さあね」


 いつもの自信満々な態度はどこへやら。花束を持って不安げな表情を浮かべるアキトは少し幼く見える。

 両手が空いたついでに髪飾りも取ろうと伸ばした腕を掴まれる。私にとっては両手いっぱいだったそれを、アキトは片手で持っていた。


「返事がどうあれ、それは君のものだ。普段使いしろとは言わないから、今夜くらいは付けておいてくれ」

「……わかった」


 静止するために腕を掴んだ手が、するりと私の手の中に滑り込む。

 温度の低い手は私よりも大きいのにどこか頼りなく、私達は無言のまま手を繋いで聖域へと向かった。



 * * *



「許さん」

「そこをなんとか。遠くから見るだけで邪魔は絶対にしない」

「この可憐な花はありがたくもらう。だが、これとそれとは話が別。神聖な儀式をお前なんぞに見せるわけがなかろう」

「一度でいい。一族の長を担う者として見ておきたいんだ」

「ならぬ」

「ふふっ」


 幼い頃から大人をも翻弄してきたアキトが取り付く島もない一刀両断に、つい殺しきれなかった笑いがこみ上げる。

 儀式へ誘ったのが私だろうと、森の守護者たる聖樹の許可がなければ見ることは叶わない。なので、私が禊の間ひたすら押し問答をしていた。

 しかもメリダは昔からアキトを嫌って姿はおろか、声すら聞かせない。今している会話ですら、メリダにとっては譲歩しているほうなのだ。


 ぱしゃ、と水の跳ねる音が響く。濡れた肌の上に、白いワンピースを身につける。

 儀式を行う父はいつも白い服で、月の光で煌めく白銀の刺繍がとても美しかった。災禍後、儀式を継ごうにも服を用意することが出来ず、エンに頼み込んでようやく手に入れられたのは白い生地だけ。教養として縫い物も多少学んではいたものの、筒状にした布に肩紐を付けたワンピースもどきを作るのが精一杯だった。

 それもとうに小さくなり、今着ているのは王都の店で買ったものだ。本当ならドレスにしたいけど、布が増える分値段も上がる。どうせ上に父も使っていた白い羽織りを着るからと、剥き出しの腕を隠すように羽織りを纏った。どちらも普段はお清めも兼ねて聖樹の(うろ)に置いている。



「メリダ」


 儀式の準備を終えると、アキトが困り果てた顔で口をへの字に曲げていた。アキトにこんな顔をさせられる人物はそうはいない。


「父からきちんと儀式を引き継げなかった私が苦労したのを見ていたでしょう?」

「それは、そうだが」


 知識を伝えるための書物も、人も、全て燃えた。

 記憶の欠片とメリダ達の助力でなんとか繋いでこれたけれど、今私に何かあれば次代の森の管理者が現れるまで空白の期間が出来てしまう。しかも、知識を残せなかったなれば。


「人生なにがあるかわからない。大事な儀式だからこそ、後世に残せるよう知る人を増やしておきたいの」

「……」

「お願いメリダ。アキトだってメリダが好きな白い花を持ってきてくれたじゃない。離れた場所から見てるだけだから、ね?」

「……そなたが、そこまで言うなら……致し方ない」

「ありがとう!」

「僕の説得の意味……」


 アキトが持っていた花束は、私宛ではなくメリダのご機嫌取り用だ。

 更に私からもお願いすると、悔しげな声音で渋々了承してくれた。抱きついて木肌に頬ずりする私を疲れた表情で見ていたアキトは、さっさと離れた場所へと移動していた。


「始めるぞ」


 メリダの声に上を見上げると、湖の真上に満月が上っていた。いつも太陽の光を反射して煌めく森は、月の光は何故か反射しない。水底で眠る核が光を吸収してしまうのか、うっすら湖が明るく感じる程度。

 だいぶ離れたところに落ち着いたアキトに一つ頷くと、湖の側に立ち、大きく息を吸った。


「森の葉揺らすは風のいたずら、朝露の雫が落ちれば水の精、土の(かいな)に抱かれて、土と木の精が踊ってる」


 ザァと木々が揺れる。アキトがいるからか、木々の隙間から様子を見ていた妖精達が一人、また一人で寄ってきた。


「さあさ歌おう、高らかに。玉響(たまゆら)のさざめきを、十重に二十重に響かせて」


 両手を広げて歌う私の周りをくるくる周り、属性関係なく手と手を取り合って踊っている。 

 楽しそうな妖精の笑い声が森の中へと広がっていく。すると妖精が更に集まり、聖樹の葉や根本で咲くカデナにじゃれついた。


「さあさ歌おう、朗らかに。眩い光は大地の輝き、月夜に煌めく命の声を」


 月光を受けて仄かに光っていた湖から、眩い虹色が溢れ出る。流れ星のように湖から湧き出た幾筋もの光は、空中にいた妖精に優しく抱きとめられて、カデナの元へと誘われる。


「さあさ歌おう、目覚めのうたを。ゆらりゆれるは白き花、みたせみたせ清き力、めぐれめぐれ輪廻の輪」


 咲き乱れる白に、虹色が蝶のように寄り添う。キラキラ輝く光を抱きしめるように白い花弁が優しく包み込んだ。蕾に似た形となったカデナが透き通り、中の光と一体となって煌々と光る。

 蕾が綻ぶように再び花弁が開いた時、そこにいたのは生まれたばかりの妖精だった。


『ようこそ』

『ようこそ』

『あたらしいなかま』


 元からいた妖精達が、嬉しそうに新しい妖精の手を引く。きょとんとしていた生まれたばかりの妖精が飛び、聖樹に挨拶するようにくるくる回る。

 何度見ても美しく、微笑ましい光景に頬が緩む。


「歓迎しよう、我らが友よ」


 へそを曲げて姿を見せずにいたメリダも空中にふわりと現れ、新たな仲間の誕生を祝福した。

 実は、皆が妖精の羽や服だと思っている部分は、元々カデナの花弁。清められた核から生まれた新たな命は、カデナの花を纏うことで穢れから身を守る。白かった花弁は妖精の魂の色に染まり、聖樹の根本に咲き誇っていた白は姿を消した。

 いつの間にか精霊も集まり、賑やかになってきた輪からそっと離れる。聖樹の影で服を着替え、儀式用の服を聖樹の洞に片付ける。


「アキト?」


 いるはずのアキトを探すと、森に落ちる影に紛れていた。そこまで完全に存在を消さなくても、と近寄る私に気づいていないのか、視線は湖に向いたまま。


「アキト」

「……ああ、お疲れ様」

「どうしたの?」

「いや、なんというか……凄かった」

「綺麗でしょう?」

「……一度しか見られないのが惜しいくらい、素晴らしかったよ」


 本当に惜しいと思っているのが滲む口調と、一向に動かない視線に微笑む。きっと目に焼き付けようとしてるんだろうな。また折を見てメリダを説得しておこう。

 私も湖に目を向け、じっと見つめる。賑やかなのにどこか遠く、暖かなのにひやりと冷たい。


「……」


 とっくに自分の中で答えは出ているのに、ぐるぐる堂々巡りの感傷と雑念が邪魔をする。

 願いを果たせば、この息苦しさから抜けられるのかな。


「アキト、私はもうレイエンダの名を名乗る気はない。だから結婚もしないし、養子にもならない」


 これでプロポーズの返事になるかはわからない。でも、アキトに家族になろうと言われた時から答えは決まっていた。

 ようやく私を見たアキトの表情は、張り詰めた糸が切れそうな危うさを秘めていて。


「……それは僕が、」

『ぼくがーーーーだから! 皆ぼくなんか死ねって思ってるんだ!』

「!」


 脳裏をよぎった、幼い悲鳴。

 その先を遮るように、咄嗟にアキトの頭を抱き寄せた。


「貴方は私にとって大切な存在。それは昔も今もこれからも、変わることはない」

「だったら受け入れてよ! 僕の子を産めだなんて言わない。今の仕事をやめたくないのなら続けていい。社交界にだって出なくていい。貴族の義務を押し付けたりしない!」

「アキト、」

「君の望みは可能な限り叶えると約束する。だから、昔みたいに傍にいてよ……!」

「っ……」


 雫と共に溢れ出た本音に胸を締め付けられる。

 受け入れて。それはアキトにずっと付き纏う恐怖が言わせた言葉だった。


 アキトが本家に引き取られたのは生まれて間もない頃。物心つく前から姉弟として育ったのに、口さがない人々はご丁寧に知りたくないことまで教えてくれた。

 アキトが引き取られた理由。そして、私とアカネの秘密を。


「……ごめん」


 俯いたアキトの頭に頬を寄せる。

 アキトの生意気な言動は、脆い己を守るための武装。本当はずっと助けを求めていると知っていた。けれど、どうしても。どうしても、私はその手を取ることが出来なかった。

 だってこの手は、


「私はアカネを殺す。だから、貴方の手は取れない」


 いつか貴方の大好きな人の血に塗れるのだから。

 弾かれたように顔を上げたアキトの丸い目の中で、私の頬を何かがするりと流れて落ちた。


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