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36、色違いの涙雨

「アキトが?」


 朝の支度に来た侍女、ハクアに思わず聞き返す。

 今年レイエンダ家当主となった弟のアキトは、めまぐるしい日々を過ごしている。それでも可能な限り共に過ごせる時間を作ってくれる優しい子。

 昨日も私の働く救護院まで迎えに来る予定だったけれど、急な食事会が入ったと別聞く。今までにも似た事はあったから別段気に留めていなかった。


「ええ。今朝がた、裏手からお戻りになられたそうで」

「なんでも、お召し物も汚れていたとか」

「まさか夜の森に?」


 私付きの侍女はハクア、サユキ、レノの三人。レノは朝食準備で席を外しているため、ハクアとサユキが私の身支度をしつつ今朝の出来事を話してくれた。


 レイエンダ家はその役目上、森と切り離せない。

 正門は街へと繋がっているものの、裏はどこまでが庭なのか判断がつかないほど森と同化した、人と人ならざるモノの境界線に位置する。屋敷を覆う結界とは別で、レイエンダの森は聖樹のドライアドによって結界が張られ、彼女の許可なくば出入りは不可能。

 レイエンダ家の血を引く私とアキトも入ることは出来る。けれど、 


「ただでさえ一人で森に行くのは危険だというのに……」


 排除こそされないけれど、森は私達を歓迎しない。当然だわ。あの日、私の所為で森のほとんどが焼けてしまったのだから。

 陽の気が満ちている昼と、陰の気が満ちる夜とで、森の表情は異なる。日中なら一人にならない限り入ってもいいけれど、夜は当主の同行が必要だった。


「……」


 実は、私は片手で足りる程度にしか森に入ったことがない。

 今でこそ外出できるようになったものの、幼い頃は季節の変わり目には決まって風邪を引き、少し走れば数日寝込む虚弱体質。屋敷の庭へ行くのすら大冒険だったのを思い出し苦笑する。

 そんな私と共に生まれ落ちた双子の姉は、毎日森の中を走り回っては小さな怪我を作って帰ってくる元気の塊。いつもお土産を持って会いに来る彼女の傷を治すのが私の役目だった。

 そんな、見た目以外全く似ていない私達を、家族や使用人は分け隔てなく愛してくれた。


 今でも、昨日のことのように思い出す。


 全てを飲み込まんとする業火。焼け焦げた匂い。誰かの悲鳴。

 もう何も見たくないし聞きたくない。私は殻に閉じこもった。


 アキトを始めとした多くの人に支えられ、ようやく現実に戻れた私を待っていたのは、荒野と化した森と建設途中の新しい屋敷。そして、両親達と、片割れのいない日々。

 あんなことがあった場所なのに、役目上同じ場所に居を構えるしかなかったと、アキトは悲痛な面持ちを浮かべていた。


「なぜ森側からお戻りになられたかは分かりませんが、今は休まれているそうですわ」

「そう……。朝食の前に少し様子を見に行こうかしら」


 どんなに私が辛い時も傍にいてくれた大切な弟。私はどれだけ、彼に報いることが出来ているだろうかと、最近よく考える。

 新しく建てられた屋敷はまだ真新しく、手入れが行き届いている。姉がぶつかって付けてしまった傷や、生まれる前からあった壁のシミはもう、どこにも残っていない。


「アキト? 入るわね」


 ノックしても反応はない。侍女を外で待機させ、一人中へ入る。

 華美な装飾を好まないアキトの部屋は黒に近い濃紺で揃えられ、きっちりカーテンを閉めるとここだけ夜に取り残されたような暗闇に閉ざされる。

 入ってすぐに置かれているランプの魔石に火を灯し、明るさを調節する。こんもりとした山が出来ている寝台へ近づくにつれ、微かな寝息が聞こえた。


「……よほど疲れているのね」


 気配に敏感なアキトは、起きている時はもちろん、眠っていても誰かが近づけばすぐ気付く。なのに目覚める気配もなく、未だ肩まですっぽりと布団を被り熟睡している。

 眠る姿を見るのは久しぶりで、つい埋もれた顔を覗き込んでしまった。少し幼く見える弟の寝顔に驚く。


「……どうして、」


 眠るアキトの目元は腫れ、涙が滲んでいた。夢見が悪いのか眉根もきつく寄っている。

 無意識に伸ばした自分の手が視界に入り、慌てて引っ込めた。寝ている間に痛々しい跡を治すのは簡単だけれど、それだと寝顔を見たとアキトに気付かれてしまう。

 更によく見れば、アキトは外着のまま。よほどの事情があったに違いない。


「……」


 灯りを消したランプをテーブルに置き、来た時以上に気配を殺して部屋を出た。


「アカネ様?」

「チハギを呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


 チハギは幼い頃からアキトと常に行動を共にしてきた、執事兼従者。彼ならば、昨夜何があったか知っているはず。

 丁寧に一礼して去っていくハクアを見送り、焼き付けられてしまった光景を振り払うように踵を返す。


「……」


 季節が次へ移る前に、私はこの家を去る。守られてばかりだった私に出来ることはきっと少ない。だからこそ、やれることは全てやっておきたい。


 あの子の姉は、もう私しかいないのだから。



 * * *



 昼のディソナンテは賑やかだ。


 今日も客を呼び込む声や世間話に興じる姦しい声。様々な音が混ざりあい、溶けて、飽和する。

 領土全体を守護する警備隊とは違い、直接町民の生活を守る自警団は身近な存在。そんな自警団が行う日々の仕事の一つに市場の警邏がある。目立つ赤ベストを纏った自警団が見回る事で犯罪を抑止し、同時に面倒ごとに発展しそうな案件を芽の内に潰せる重要な仕事だ。


「……」


 今日は俺とケイジュが警邏担当で、二手に分かれて市場を中心に巡回していた。

 季節が春めいてきた影響か、見かける服は薄手で明るい色が増えた気がする。平和な市の様子をぼんやり道の脇から眺めていると、


「野菜を買ってる女の子なかなか可愛いなぁ。でも、もう少し髪は赤いほうが……」「……」

「果物屋の子は将来有望だけど、ちょっと気が弱いかな。もっと強気な……あ、肉屋にいる女性がちょうどいいかも!」

「人妻じゃねえか!!」

「ふはっ」


 背後に湧いた声を無視しようと思っていたのに、最後の言葉に反射で返事してしまった。振り向きざまに振りかぶった手をひらりと避けた妖艶な美女こと、トヴォが腹を抱えて笑っていた。

 人が真面目に仕事してるっつーのに、気配殺してイタズラとはいい趣味してるじゃねぇか。


「またあの子と喧嘩でもしたの?」

「……してねえよ」

「そんな面白いくらい間抜けな顔しといて?」

「誰が間抜けだ」


 笑いすぎて滲んだ涙を拭い、自分より身長のある俺の肩に肘を置いて寄りかかる。通りすがりの男達がちらちら向けてくる視線を総無視し、俺一人に妖艶な笑みを向けていた。

 トヴォはディソナンテ出身で俺を助けたあと人目も憚らずよく絡んできていたから、周りには俺の親代わり……と言うのはトヴォは嫌がるし俺も嫌なんで、姉的存在ということで認知されている。


「なんだ、喧嘩じゃなくて一人悶々としてるだけか。アンタ、見かけによらず乙女だものねぇ」

「おっ……!?」


 にまにま笑うトヴォは心底楽しそうで。人の顔を無遠慮に突く。情報を探るために、日々色んな人間を相手して培われたトヴォの観察眼は侮れない。侮れないが、そんな顔は断じてしてない。そこだけは譲らねえぞ。


「でも、あの子のことで何か考えてたのは確かでしょ? 私が結構前から見てたのも気付かないくらい」

「……性悪ばばあ」


 痛い所を突かれ、忌々しげに悪態を吐く。トヴォは昔からそういう話が大好物で、少しでも気配がしようものなら本人が満足するまで聞かれるはめになる。

 フィーラがいてもいなくてもからかわれ、今朝も散々言われた苛立ちから言葉に棘が混じる。もう自警団の奴らで胸焼けしてんだよ。つか、いつから見てたんだ!


「いやだわ、そんなに聞いてほしいのなら早く言ってちょうだい。この師匠が根掘り葉掘り聞いてあげるわ」

「げっ」


 顔は柔らかい笑みを浮かべているのに、よく見れば額には青筋が走り、肩に乗る肘にものっそい力が加わる。待て、ちょ、骨が折れる!

 命の危機を感じて遠ざかろうとする俺の腕が柔らかい物で包まれる。あろうことか胸の間に俺の腕を固定し、にやりと笑う。


「私から逃げられるとでも?」

「何もないっつってんだろ! 離せ!!」

「昨日の満月は綺麗だったわねぇ」

「っ!」

「さあ、あの子から聞いた話と、アンタが見て感じたことをとっとと報告(はくじょう)してもらえる?」


 悪魔の囁きに反射で揺れた小さな答えは、当然密着していた相手にも伝わるわけで。

 ようやく俺から離れたトヴォは壁に背を預けて腕を組み、聞くまで動かないと態度で示す。トヴォ(ナンバー2)から報告しろと言われれば、オッタ(ナンバー8)に拒否権はない。


「……はあ。わあったよ」


 完全な脅迫に腹を括り、雑踏に目を向けたまま話した。


 フィーラが惚れ薬を調べていたのはトヴォも一緒だったはずだから省き、ミトロピア家からの雇用話と、昨夜アキト・レイエンダといなくなり今朝戻ってきた話をする。

 出来るだけ冷静に、客観的に、淡々と、必要なことだけ報告したいのに。途中入る「もっと詳しく」の指示に、嫌でも主観が混じる。



「えーと……プロポーズしてきた相手と二人きりで夜を過ごして? 朝帰ってきたかと思えば、目は腫れてるわ服は汚れてるわで? 弱ってるのを見せたがらないあの子が疲れてすぐ寝た? それはもう……ねぇ?」


 一通り報告を聞き終えたトヴォは気まずそうに視線を彷徨わせていた。かと思えば、おもむろに背伸びして俺の頭を撫でる。


「知り合い紹介しようか?」

「お前の知り合いはほぼ俺の知り合いだろ」

「でもほら、バーで知り合った子とか」

「だーもう! 離せクソババア!」

「あっ、サイガ!」


 あからさまな態度に撫でる手を押しのける。いつものからかいじゃなく、本気混じりなのが余計に腹が立つ。

 仕事そっちのけでトヴォと攻防戦が始まろうとした時、聞き覚えのある幼い声がした。


「ペカド」


 バタバタとこちらに走り寄る少年にトヴォもようやく腕を下ろした。

 フィーラの荷物をスろうとした勇者で、少し前の誘拐事件では犯人に殴られ怪我を負った。それが切欠で教会に引き取られ、他の孤児と一緒にノルが育てている。

 俺と同じ土属性が得意らしく、たまに魔力コントロールを教えろと仕事中に押しかけて来る顔見知り。そんなペカドの様子がどことなく可笑しい。


「どうした?」

鬼女(おにおんな)は一緒じゃねえのか……。まあいいや、ちょっと来てくんね?」

「ああ?」


 目上に対して失礼すぎる口調に神経が逆なでされ、自分でも思った以上に無愛想な声が出た。ちなみに鬼女とはフィーラのことを指す。

 見えない所でトヴォが抓ってくるのに耐え、ペカドに目で何があったのかと問いかけた。ちらりとトヴォを見たが、年上の女に興味はないらしくすぐ俺に視線を戻した。


「あっちで鬼女に似た金持ってそうな女が一人ふらふら歩いてんだ」

「アイツに似た女?」

「鬼女の知り合いか聞きたかったんだけど、変な奴らに目をつけられたっぽいからサイガでもいいかなって」

「……」


 選択としては間違ってない。むしろ子供にしては良い判断だと言える。

 問題なのはその条件。脳裏をかすめた人物がトヴォも同じなのか、顔つきがバスラ用になっていた。


「わかった。場所教えろ」


 ひしひし感じる嫌な予感に蓋をして、トヴォと二人、走るペカドの後を追った。


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