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34、儲け話


「ただいま」

「おかえりフィーラ!」


 ミトロピア領に潜入した翌日の夜。

 茶飲み相手の帰宅に残念がるニオと屋敷の人々に礼を言い、アコルデへ戻ってきた。喜ぶティオと賑やかな店内に、戻ってきた実感が湧く。たった数日離れただけなのにね。


「おっ、帰ってきたのか! たっぷり稼げたか?」

「まあまあかな」

「フィーラちゃん、こっちに飲み物くれや」

「はいはーい」


 今日は裏ではなく表、店の入り口側から入ったのでお得意さん達が声をかけてくれた。私の不在は出稼ぎで通していたのかと察しながら、エプロンを取りに行くために厨房へと入る。


「ただいま、エン」

「おかえり」


 ろくな連絡もせずにいなくなり、帰ってきた私をエンがいつも通りの穏やかな笑みで迎えてくれた。細かい話は後だとお互いわかっているので、厨房を通り抜けて階段に向かう。と、後ろから待ったがかかった。


「待ってフィーラ! あの、この間あの人が来て……」

「あの人?」

「えっと……赤い人?」


 名前を言いにくかったのはわかるけど、よりにもよって色。

 笑いそうになる私に、ティオ自身も少し気まずそうに目をそらした。まだあどけなさの残る頬がうっすら朱に染まっている。


「それで、その人が?」

「犬が嗅ぎ回ってるから、当分フィーとして生活するようにって」

「ああ……。その件なら大丈夫よ」


 直感のハルセとは違う手段で、アキトも私の動向を把握していたらしい。でも残念ながら手遅れなのよね。

 今話せる内容ではないのと、その話題になった途端私から滲み出る淀んだ空気にティオが首を傾げた。とりあえず今は体を動かしたい。何も考えずに。


「エプロン取ってくる」


 そう言い残して、魔封石もないのに重く感じる足で階段を上った。



 * * *



「まずは急にいなくなってごめんなさい」


 夕食後に行われる定例会議は、そんな私の謝罪から始まった。


「ほんとにな。急にいなくなったと思えば急に帰ってくるしよ」

「ノルの指示でしょ? 仕方ないよ」

「つうか、お前がいない間大変だったんだぞ! 会う人会う人にお前のことは言われるわ、アコルデもばたつくわ、妖魔は出るわ、アイツが来るわ!」


 私の斜め前に座るオッタが喚く。あまり行儀悪くするとエンの教育的指導が入る。ちらりとエンを見るとまだ苦笑いで、鬱憤を爆発させるのを眺めていた。

 とはいえ、ティオの言うとおり私にも予定外のことだったわけで。一方的に罵られるのは納得行かないし、後半は完全に私のせいではない。


「そっちはどうだった?」

「平和だったよ。フィーラはセクエストロ家のその後を調べてたと聞いたが」

「犯人達のその後は任せちゃったからね。一応知っておこうと思って」

「はあ!? お前、一人でミトロピア領に忍び込んだんじゃねぇだろうな!」

「聞く気があるなら静かに座っててもらえる?」


 食事中だというのに、一々煩く反応するオッタを睨めつける。じわりと横から圧を感じる。オッタも気づいたのか、大人しく座った。触らぬ神(エン)に祟りなし、ってね。


 そこから私はアコルデを離れた一週間の間に起こったことを話した。

 ニオの屋敷に厄介になっていたこと。ニオから得た情報で日中は惚れ薬に関係する人をトヴォと探っていたこと。そうしている間に駄犬に居場所を嗅ぎつけられたこと。

 夜はバスラのマントに身を包み、誘拐に使われていた倉庫や経路などを改めて調べた。が、すでに調べられた後では何も出ず、惚れ薬の出所も思うように見つからない。ただ、途中でミトロピア警備隊も惚れ薬の出所を探っているのを知り、一石二鳥とばかりに隊の詰め所に忍び込んだ。


「セクエストロ家は取り潰しで当主は投獄されたけど、すでに離縁してた元妻子は関与がないと判断されたのと実家の守りもあってお咎めなし。船にいたのは日雇いがほとんどで、そっちは罰金とか軽微な罰で済まされたみたい。それよりも、ミトロピア家の名を騙る組織を探すので忙しいようね」


 つまりあちらも犯人逮捕に至る情報は手に入れていない。多少の疚しさもあるのだろう。が、どうやら惚れ薬を使うような年頃の女性特有の、秘密を共有した際の謎の結託に悪戦苦闘しているらしい。


「これは私が作った”惚れ薬”の試作品。出回ってる”惚れ薬”を入手次第、ニオの鑑定で違いを見極めて解毒剤を作る予定」


 同じ薬でも人によって効きが違うように、同じ効用でも材料が同じとは限らない。おおよその検討はついているから、そこの微調整が済めば解毒剤なり中和剤の製作に取りかかれる。

 警備隊に追われたことは今必要ない情報だから置いといて。すぅと一つ大きく息を吸う。


「あと二つ。相談と報告がある」

「んだよ改まって」

「何かあったのかい?」


 話題を一度切ってから話し始めた私に、聞き役に徹していたエンの空気が変わる。

 ノルにはニオから手紙を送ると言っていたから、明日にでも意見を聞くつもり。その前に皆にも相談しておこうと、今朝起きた出来事を話し始めた。



 遡ること数時間前。

 本当に行くのかと頬を膨らませるニオを宥めていると、血相を変えたメイドが来客を告げに来た。


「先触れもなく申し訳ない」


 言葉通りに眉を下げながら家主たるニオに挨拶したのは、少し癖のある銀色(スモークグレー)の髪に青紫(アメジスト)の瞳、上から下まで隙なく整えられた若い男。その斜め後ろには山吹(マリーゴールド)の尻尾を揺らす男と、護衛らしき男が更に二人。予想だにしない状況に階段から転げ落ちるかと思った。

 さすがのニオも困惑した様子で挨拶を返していた。使用人達も表面こそ取り繕ってはいるが、どことなく動きがおかしい。

 それはそうだろう。この国で知らない者はいない、ミトロピア公爵家の次期当主様が突然現れたのだから。


「フィー!」

「……」


 なりふり構わずこの場を去れたらどんなによかったか。

 嬉しそうに手を降る駄犬のおかげで突き刺さる視線に素知らぬ顔をし、手招きするニオに応じる。

 貴族街を昼間に女が一人歩くのは目立つからと男装していたのが功を奏した。ディソナンテでも女子供は狙われやすいので、成人までの間男の子として育てる家もある。早くなくなったほうがいい因習ではあるものの、拾われてすぐの私も動きやすいし素性を隠すのにちょうど良いと男の格好ばかりしていた。


「私のことを覚えているだろうか」

「勿論です。ミトロピア様こそ、一度会っただけの平民を覚えていてくださったのですね」

「ああ。これがよく話しているからな」


 諸悪の根源はお前か!

 ハルセを思い切り睨みたいけど人の目がありすぎる。幼い頃叩き込まれた令嬢としての笑みを浮かべるわけにもいかず、少し引き攣った表情で対応する。ハルセがなんて話してたのかが気になって仕方ない。

 ハルセ一人なら追い返せても、相手がリツなら話は変わる。案の定、サロンへ移動することとなった。


「ところで、なぜフィーはここに?」


 その言葉、そっくりそのままお返しします。なんて本音が言えるはずもなく、ニオに目配せする。


「この子は古い友人の知り合いなのです。本来は別の仕事をしているのですが、私の我儘で時折家業を手伝ってもらっておりますの」

「家業、ですか?」

「ええ。我が一族は代々占いを生業にしているのです。しかし、若い子はどうにも己の感情に引きずられてコントロールが乱れやすく。この子は魔力コントロールが上手く口が堅い。とても重宝しておりますわ」


 踏んだ場数の違いを見せつけるような余裕で相対するニオは、穏やかな中に牽制を含んでいる。実際、フェティチェの従業員とは雑談や魔力コントロールについて話したりしているので嘘ではないし、後ろ盾をチラつかせるのも交渉では有用な手だ。

 微笑で相槌を打つリツと護衛を観察する。リツの後ろにはハルセを挟んだ両側に護衛が立っている。リツを護るというより、ハルセの行動を見張っているように見えるのは気のせいではないだろう。


「その腕を見込んで、頼みたい仕事がある」

「……まあ。公爵様がこの子にどのような?」


 うふふ、と笑うニオが怖い。それ以上にリツが何を言い出すのかが怖すぎた。

 向けられる真摯な視線にごくりと喉を鳴らして、続く言葉を待った。


「私に雇われる気はないか」

「……はい?」


 私に出来たのは、呆けた声を発することだけ。放心した私の代わりにニオが詳細を聞き出し、後日改めて返答するということでその場はお開きになった。




「ミトロピア家に!?」

「仕事内容は一応護衛なんだけど、内実は犬のお守りね」


 ミトロピア家では護衛は二人一組のペアで動く。大人数の班もあるが、ペアの集まりでしかないらしい。だが独特な思考回路と行動をしたハルセと組めるものがおらず、かといってハルセを野放しに出来ずに困っているらしい。

 式までの間どこかに閉じ込めておけば、と言いそうになったが、そうしたところで大人しくするはずがない。


「今回のことで結界も魔封石もハルセには意味がないと証明された」

「え、そうなの?」

「ミトロピア領に忍び込んだ時も、ニオの屋敷にいた時も。気持ち悪いくらい早々に勘付かれたからね」


 愛の力!と楽しそうにしていたニオを思い出し、行儀悪く肩肘をついて顎を乗せた。思い出してげんなりする私に、いつもなら注意するエンも苦笑するだけだった。


「にしても次期当主直々に、か……」

「式が近づく今、下手な人を雇うわけにはいかないけど、私は花嫁達の古い友人ってことになってるから身元は確かだし、極めつけは飼い主も手を焼く犬が懐いてる。期間限定でもいいからと、中々良い報酬を提示されたわ」


 半ば愚痴になりつつある相談。知らないから無理もない。だけど、花嫁を殺そうとしている相手を自ら懐に入れるなんてと苦笑いを浮かべる。私としては相手の内情や立地が知れて計画を立てやすくなるから、とても助かる。

 リツにもアキトにも会うつもりなんてなかった。なのに、どうしてこんなことになったのか。全てはハルセの所為だ。そうとしか思えない。


「やられてばっかりも癪だし、良い機会だから受けようと思ってる。皆の意見も聞いておきたい」

「意見っつっても……もう決定事項だろ。相談じゃねーじゃん」

「やるとなれば、またここを空けることになるしバスラとして動くのは難しくなる。だから相談してるんでしょ」

「お前、自分の顔見てから言えよ。やる気満々だけどナニカ? みたいな顔してんぞ」


 不貞腐れたように背中を丸めて、あーだこーだ言うオッタの声に反対の色は滲んでいない。なら後はエンとティオ、と視線を向ける。


「大丈夫なの? ハルセにはどっちの姿も知られてるんだよ? もしバラされでもしたら……」

「罠の可能性もあると、分かって言っているんだね?」

「分かってる。何かあれば逃げるし、万が一捕まってもバスラのことを話したりなんかしない」

「……」

「……毎日、少なくとも二日に一度は連絡すること。少しでも危ないと感じたら身を隠すこと」

「ありがとう!」


 歓迎されないとは思ってたけど、予想よりも簡単に許可が下りた。

 復讐を実行する日時は決めてあるものの、場所はまだ悩んでいた。これで計画の大詰めが出来る。


「それで? 話はもう一つあるんだろう?」

「あ。そうだった、念の為に報告しておこうと思って」

「念にために?」


 すっかり忘れていたもう一つの話。

 私情だから言わなくてもいいことだけど。一応伝えるべきかと話す早く、店の扉がカランと音を立てて開いた。


「こんばんは。今夜は月が綺麗だね」


 そう言って入ってきたのは、月光に照らされたアキトだった。


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