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28、沼に生えた木

「……」


 無邪気な妖精達が手を取り合って飛んでいる。森が気持ち良さそうに揺れている。

 そんな微笑ましく穏やかな風景に似合わない、異様なモノが目の前でこちらを見ていた。

 


 話は少し前へ遡る。



「あー……」


 アキトが帰った後、事情説明を求める三人の視線に耐えられなくて部屋に閉じこもったものの、全く眠れなかった。

 過去のことは気持ちの整理がついていると思っていた。なのに、アキトの言動であっという間にぐちゃぐちゃになって、時間が欲しいと頼むのが精一杯だった。


『ねむいの?』

『ねちゃうの?』

「そうだね、ちょっとだけ……」


 妖精達がふわふわと周りを飛んでいる。今日は惚れ薬を試作するための材料をレイエンダの森で採取する予定だった。

 エン達と会うのが気まずくて、空が白み始めた早朝にアコルデを抜け出した。そんな私の行動なんてお見通しの、エンのお手製サンドイッチを持って。

 濃い目に味付けされた肉と野菜を挟んだ一口サンドイッチを一つ、ゆっくりと咀嚼する。美味しいはずなのに味がどこか遠い。ゆっくり味わえない精神状態なのだと自覚し、草の上に寝転がっていた。泉から反射した光の眩しさに目を瞑る。


「エンは、気付いてたんだろうな……」


 一晩ぐるぐる考えすぎた頭は思考を放棄したがり、体も休息を欲しているのに、一向に眠気は訪れない。ただただ、とっちらかった思考に翻弄されていた。


 私の胸にはとある紋様が刻まれている。エンが私を拾った時、服は燃えてほとんどなかっただろうから、紋様もばっちり見えていただろう。それは精霊の恩寵(グラーシア)を持つことを示す紋様。でも、エンに契約精霊について聞かれたことは一度もない。

 思えばオッタの影響で言葉遣いが悪くなった時、エンはなぜか私にだけ言葉遣いを注意した。母親であるノルやトヴォの口調にもよく苦言を呈していたから大して気に留めていなかったけど、もしかしたら少なからず私の生まれを察していたのかもしれない。


「……わかる。わかるよ、アキトの言いたいことは」


 去り際に落とされた突拍子のない申し出。

 そうするのが一番良いという、色気も何もない求婚を咄嗟に拒絶出来なかったのは、その通りだと思ってしまったから。


「本当、自分が嫌になる……」


 アキトはレイエンダ家の当主になった。災禍のせいで他の道がなかったのだとしても、当主となるべく懸命に己を磨いてきたのだろう。でなければ、こんなに早く王の許可は下りない。


 アキトにもう行かないと言ったのは、もう二人とも薬が必要ないと判断したから。庶民と貴族が関わるのは良くないとわかっていながら、今までは薬を大義名分に屋敷を訪れていた。

 だけど、それももう終わり。

 アキトは無事成人し、当主となった。アカネも結婚が決まり、ミトロピアに居を移す。もう私は必要ない。


「……」


 立派に役目を果たすアキトの足を引っ張りたくない。それは本当。でも、現実逃避でもあったと思い知らされた。

 今までなんとかなっていたから、これからもなんとかなる。そんな甘っちょろい考えをアキトは木っ端微塵に吹き飛ばした。私の性格や立ち位置、周りの言動、全てを理解した上で、選ぶ余地のない選択を迫られた。


「本当、いい性格してる」


 昔から、頭と弁が無駄によく回る子だったなと口元が緩む。

 仮にアキトの画策を知っていたとしても、私は同じ行動を取らざるを得なかった。あんな風に命を張って、周りを巻き込んで、一瞬でも目をそらすなと言わんばかりの方法で現実を突きつけられたら降参するしかない。


 目を閉じれば、今も鮮明に蘇る。

 肌を、目を、喉を。全てを焼き尽くさんと襲いかかる炎の魔の手。

 涙を流すことすら許されなかった業火の中、自分の命を諦めようとした、あの日。


「あと少し。ここで立ち止まるわけにはいかないのに……」

「だが、適度な休息は必要だろう?」

「メリダ」


 大の字で寝転がる私の額を柔らかな感触が滑る。唯一、火傷跡が残った額を撫でるのは、美しい女性。人間に似せた姿形をしているけど人間ではない。


「やはり消すか」

「もう、メリダはすぐアキトを消そうとする」


 頭を撫でる自愛に満ちた仕草と裏腹な呟き。硬質な響きと、眇められた空色の瞳が本気度を物語っている。


 精霊の持つ強大な力と気ままな性質に恐れを抱く人間は多い。

 だが、当の精霊はあまり人間に興味を持っていないらしい。仮に興味を持った場合、好印象なら精霊の恩寵(グラーシア)として力を分け与え、悪印象なら排除しようとする。その両極端な興味を持つことが稀なため、国はグラーシアを重宝し、国民に害なす対象として討伐したりはしないのだ。

 そんな精霊たるメリダに、出会った頃からアキトを毛嫌いされていた。その上、メリダは私のピアスを通して、外の世界や周りの人々とのやり取りを見聞きしている。当然、昨日のやり取りも知っているわけで。

 

「だめよ。私にとっても、森にとっても大事な存在なんだから」

「森とそなた以上に大事なものなどない」

「私にとっては貴方も、森も、アキトも大事なの」

「む、」

「ふふ」


 内容は不穏なのに、変わらない会話にほっとしてつい笑ってしまった。

 こう言えばメリダはアキトに手出ししない。心乱されている原因に違いないけど、それだけで消されたら人類が滅びてしまう。

 不服そうな表情で拗ねる仕草が人間臭い。起き上がり、メリダに抱きつく。新緑色の髪は柔らかく、中性的な体は温かい。返事するように背から生えた羽が動いた。


 メリダはレイエンダの森にある聖樹に宿る木の精霊、ドライアド。

 森の心臓とも言える聖域を長い間守り続けている存在であり、私に精霊の恩寵(グラーシア)を与えた契約精霊でもある。

 契約した精霊と人間は魔力が共有され、精神が繋がることで意思疎通が出来る。それでも念話がほとんどで、人語を口に出して会話する精霊はそういないのだと、いつだったかにシュウが話していた。言われてみれば、メリダ以外の森に住む精霊が人語を話しているのを見たことはない。


「ところで、その姿でいて大丈夫なの?」

「ああ、幼子達がすくすく育ったからな。今は力を与えるのを止めているのだ」

「そっか。なら次の木を育てないとね」


 森を司る聖樹メリダの力と、妖精の命を育む泉の力で育った幼木達。その隙間には、所狭しと咲いた白い花が風で揺れている。


「核も大分増えたなぁ。次の満月は来週だっけ」


 泉の底を覗き込むと、色鮮やかな石がたくさん転がっている。この石から光が跳ね返ることで、七色の光が生まれる。

 これは寿命を全うした精霊や、魔力が底をついた妖精、妖魔となってしまった妖精だったもの。人間の心臓と同じ働きをする核は、泉でしばし眠りについた後、満月の夜に生まれ変わる。


 幼木を育て、花を咲かせ、妖精たちの輪廻を手助けする。

 それが聖樹のドライアド、メリダと契約した森の管理者(わたし)の仕事だ。


「子らよ、手伝っておあげ」

『はーい』

『おてつだい〜』

「ありがとう、みんな」


 眠れないなら、体を動かしたほうが雑念を払える。

 腕まくりした私を見て、メリダが一声発する。大きな声ではなかったのに、それだけで森の中から妖精がわらわらと現れた。


「そういえば、この間沼が出来たって言ってたよね」

「ああ」

「じゃあ、それもついでに直そう。場所は?」

「案内しよう」


 土の妖精に幼木を土から出してもらい、水の妖精に枯れないよう水を含ませてと頼む。それらを風で浮かして、植え替える場所まで運ぶ。

 メリダの姿がかすみ、他の妖精と同じくらいの小さい姿に変わる。メリダは未だ、災禍の影響で力が万全ではないから、普段は寝ているか妖精サイズで力を温存している。


「こっちよ」


 人型の時は堅苦しい口調なのに、なぜか妖精と同じ大きさになると可愛らしい口調に変わる。使う姿に引っ張られるらしい。


 メリダの案内で聖域から出て、沼が出来た場所へ向かう。

 幼木はだいたい百二十日、二つの季節をかけて育ててから、広い森の敷地内を東へ西へばらばらに植える。日当たりを考えつつ結界の際から植え始めたので、外から見れば森は以前と同じくらい繁っているように見える。それでもたかが十年で元通りになるはずもなく、まだまだ風の通りが良すぎる場所が多い。

 今回はどの辺りに植えよう。五十はあるはずだけど、全体とのバランスを見て植えないと。候補地を数えていると、目の前を飛んでいたメリダが止まった。


「ここよ」


 森には獣道以外、道と呼べるものはない。そんな木々の隙間。私が二人寝そべった程度の範囲でぬかるんだ沼が、確かにそこにあった。

 問題は、その中心に生えているモノだ。


「……」


 記憶違いでなければ見覚えがある。

 泥がこびりつき、葉っぱや草が絡まった山吹色(マリーゴールド)。沼の上にキノコのように生えているモノは、ちょうど人の後頭部と似た大きさだった。


「……」

「おっ、いいところに! 出るの手伝ってくれよ」

「……ハルセ?」

「おう!」


 それはハルセに似た見た目で、ハルセと同じ声を発した。


「何してるの?」

「埋もれてる!」


 それは見れば分かる。私はなぜ沼にはまっているのかを聞いてるんじゃない。なぜ森の中にいるのかを聞いてるの。

 ハルセの肩から下は沼に収まり、私に声を掛けた拍子に首も沈み始めていた。


「ちょっ、」

「そういえば、人に似た面妖な木が生えてると妖精達が」

「それ先に言って!? ハルセそれ以上動かないで! 手の空いてる子、ちょっと手伝って!」


 手を伸ばそうにも距離がある。慌てて木の蔦を編み、ハルセへ投げる。

 妖精の力も借りてどうにかハルセを引き上げた頃には、私まで泥だらけの汗まみれになっていた。

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