27、フィーラとオッタ2
オッタ視点の、フィーラとの出会い話(後編)です。
「復讐したいんです」
それは、自分と大して変わらない歳の少女が言うには不穏すぎる言葉だった。
「誰にだい?」
「言えません」
「言えない?」
「はい。けれど、復讐するには力が必要です。強くなるために経験を積みたいのです」
「アンタの復讐を手伝えと?」
「いいえ、復讐は私一人でします。仮に何かあったとしても迷惑はかけません」
淡々と告げる口調は、そうするのが当たり前と言いたげな響きすらある。
相手が誰かは知らないが、分別を弁えているのかそうでもないのか。ただ、出来ると思って言っていることだけは伝わってきた。
「迷惑なんて、かけようと思ってなくてもかかるもんだ。それにエンはアンタを助けて治療し、居場所まで用意した。さらに私情の為に手を貸せと言うのは勝手すぎないかい」
ノルの言う通りだ。バスラは慈善事業ではない。あまつさえ、そんな私情で入るなんて。発言が許されていれば暴言を吐いていただろう。
不意に、たまに見かける貴族が下町の人間を蔑む光景を思い出し、舌打ちしそうになる。
そんな俺達を前に、フィーラは自分の胸に小さな手をあてて微笑んだ。
「私は、役に立ちますよ」
まだ幼さを残す横顔と声音とは裏腹に、自分を物のように取引材料にする強かさ。ぞわりと寒気が走った。
ずいと差し出したのは、指を三本立たせた小さな手。
「一つ、さっき言われた通り私は魔力値が高く、属性も偏りがない。二つ、私は表向き死んだ、もしくは元々存在しなかったことになっているはずです」
一つ言う毎に指を一本折っていく。二つ目を聞いたノルの眉間がぴくりと動いたが、フィーラは構うことなく最後の切り札を口にした。
「三つ、私は森に入ることができます」
「え!」
「なんだって!?」
これには俺だけじゃなく、ノルも本気で驚いていた。
アルマドゥラ国内で森といえば、レイエンダ一族が守る”レイエンダの森”しかない。王族ですら、森の許可がなければ入れない未開の地。そこに入る事ができるなんて。
森の中を聞いてみたくてうずうずする俺だったが、ノルの表情は固い。
「……あの火事で森の殆どが焼失したらしいね」
「木も、妖精達も、多くが消えました。でも森が無くなったわけじゃない。森の心臓である聖域は無事です。時間はかかるかも知れませんが、森が戻れば妖精達も帰ってくるはずです」
「……」
「近頃、妖魔が増えているのではありませんか? 私が入れば、多少は落ち着きますよ」
「……なぜ、そう言い切れる」
もはやフィーラの独壇場だった。
ノルもフィーラをバスラ入りさせたくない気持ちと、ディソナンテを心の天秤にかけているようだった。
「妖魔は穢れに侵された妖精の成れの果て。核を浄化しない限り、何度でも蘇ります。でも私がいれば核を森に還せるので、戦うのは一度で済む。もちろん戦闘には私も加わります」
妖精は穢れに弱い。幼い頃に見えていた妖精が見えなくなるのは、大きくなって悪知恵が働くようになるからだと言われている。だが、妖精が穢れて妖魔になるなんて初めて聞いた。
「悪い話ではないと思いますが?」
自分の祖母とも言えるほど歳の離れた相手、それも巷では暗殺集団なんて呼ばれているバスラの元締めであるノルに、フィーラは堂々と自分を売り込んだ。
「いいだろう。ただし、当分はそこにいるサイガと行動してもらう。いいね、”フィーラ”」
こうして俺はフィーラの監視役になった。
その時の決意を込めた眼差しを、俺は未だに忘れる事が出来ずにいる。
* * *
「エン、フィーラ知らないか?」
「部屋にいなかったのかい?」
「ああ、ちょっとその辺見てくる」
無事バスラ入りを果たしたフィーラは、日中は食堂の開店準備とエンから直々に指導を受けていた。今日はエンが用事で休みだと聞き、部屋に行ったのに誰もいなかったのだ。
「一人でどこ行ったんだよ!」
人並みを掻き分けて走り続けるが見当たらない。まさか路地に入ったのではと血の気が引く。下町育ちの俺ですら一人で路地なんて行かない。一度戻ってエンに指示を仰ぐべきか。
そう考えていた視界の端で、そよりと緑が動いた。
「森……」
フィーラは森に入れると言っていた。もしかしたら……。
大通りから外れて少し歩くと、目の前に鬱蒼とした森が広がる。はずだった。
「……そんな」
レイエンダ家の屋敷が燃えた時、森も燃えた。ノルも同じ事を言っていたし、噂では聞いていた。ただ、実際目にした景色に唖然と立ち尽くす。
鬱蒼とした木々が生い茂り、右も左も見える限り緑で埋め尽くされていた場所は拓けていた。カサついた地面に、青い空。遥か向こうに木々は見えるが、葉が燃えてしまったのか寒々しい。
それでも結界は残っているらしく、肌で森との境目を感じる。
きょろりと辺りを見回してもフィーラはいない。中に入ってみるべきか迷っていると、
「あれ?」
「!」
なんと、中からひょっこりとフィーラが現れた。
互いに目の前に現れたことに驚いて、ぱちくりと目を瞬かす。町を歩く時のくたびれたシャツとズボン、帽子を被ったフィーラはいつもと変わりない。
「お前な!」
どれだけ探したと、心配したと思ってる。そう怒鳴ろうとした俺にフィーラが一瞬怯えた目をした。
その目元がうっすら赤らんで腫れているのに気付いてしまえば、もう何も言えなかった。
「帰るぞ」
「え? あ、うん」
雑にフィーラの手を取り、引っ張る。戸惑いながらも大人しく付いてくるフィーラを振り返る事なく、人気の多い大通りを通ってアコルデへ向かう。
「……あの、ごめん。昼には戻るつもりで……」
背後から聞こえた小さな声が言うには、森の中は時間の流れが違うらしい。
朝食後、すぐに出て俺が来る昼までに戻る予定で森に行っていたが、陽の高さを見て現時刻を把握したようだ。
「お前が思ってるより、この町の治安はよくない。特に女子供にはな」
「何かあっても自分でなんとか出来る」
「へぇ。近くに人がいても全員守れるって? それとも自分以外のヤツなんて知らないってか」
「……守れる」
「俺も自分や家族の身くらい守れると思ってた。でも結局、じいちゃんは殺されるわ、俺も攫われて売られそうになったのを助けられるわ。その時になって初めて、自分の無力さを知った」
フィーラは確かに強いかもしれない。だが、守るってのは予想以上に難しく、壊れるのは驚くほどあっけない。しかも、壊れてから気付くんだ。
振り返らずに言う俺の声は、自分でも思うより平坦だった。
「しかもさ、俺を売り飛ばそうとしてた奴らは、攫われた自分達の子の身代わりを用意すれば返すっていわれて仕方なくやったんだ。じいちゃんを殺した犯人も、たぶん殺したかったんじゃなくて持ってた食べ物が欲しかっただけ。理由はどうあれ、許せはしない。ただ、責めることも出来なかった」
薬で眠らされていた俺は教会で目を覚まし、助けてくれたトヴォとノルから事情を聞かされた。
俺はバスラの存在を知ったのはその時だ。
すでにトヴォはエン達に連絡し、俺を攫おうとした夫婦の子供奪還に動いていた。教会で下町の住人に己を守る術を与え、それでも手に余る出来事に対応する。そうやってトカゲの尻尾ではなく、安全圏にいる本体を叩くために。
「だからバスラに入ったんだ。ま、まだ名前もらえない下っ端だけどな」
行き場のない恨みと悲しみ、やるせなさを原動力にして、これまで頑張ってきた。頭は単純だし、魔力量が多いわけでもない。それでも、自分なりに模索して進んできた。
「やりたいことがあるんだろ。だったら自分を大事にしろ。ここじゃ、自分よりも自分を大事にしてくれるやつなんていないんだからな」
「……復讐なんて無駄だ、って言わないの?」
震える声に思わず足を止める。振り返ると、フィーラはいつもの強気な態度を引っ込め、窺うような頼りない表情で俺を見ていた。
「言わねぇよ。お前の事情も知らないのに、んなこと言えるか」
「……そっか」
「そーだよ」
バスラは下町の清濁を併せ持った存在。上から正義だとか善悪だとかを説いてくる奴らこそ、土足で相手の心を踏みにじる。自分の定規を押し付けて、いらないと言えば怒る。
だけど、バスラの奴らは何も言わない。助けてと言われたら助けるし、言われなくても調べてこうするべきだと思ったら勝手に動く。その結果が、罵声だろうとお礼だろうと、甘んじて受ける。
「それに、俺が言ったってやめないだろ?」
「やめない」
フィーラの決意は、俺が思っている以上に固いらしい。
俺だって、じいちゃんを殺した相手がただの悪人だったら止められたって復讐してた。
「なら好きにしろよ。ただし”フィーラ”として生きるんなら、仲間とのホウレンソウは必須だ。次からは行き先くらい言ってけ。一人が寂しいなら外で待っててやるからよ」
「いらない。……次は、ちゃんと言う」
「おう」
俺の任務はフィーラの監視役。それが出来ない場所に行かれるのは困る。俺は、フィーラのすることを見守らないといけないのだから。
戻ったアコルデでエンにも諭されたフィーラだが、反省していたことからお咎めはなかった。
その後、現れた妖魔相手に遺憾なく実力を発揮したフィーラによって周りの家も破壊される事態に陥り、災害から町を守ったとして、俺は”オッタ”の名を与えられた。




