26、フィーラとオッタ1
オッタ視点。長くなったので二つに分けます。
「納得いかねぇ」
ぽつりと本音が口から零れ落ちる。
言うつもりなんてなかった。自分で言ったのにそれすら苛立ちの種で、箒の柄に乗せた口がこれまた自然とへの字に曲がっていた。
本当なら今日は自警団の仕事だったが、このままじゃ手につかないと休みをぶんどってきた。
「オッタ、うるさい」
「……」
「おれだって思うところはあるよ。エンなんてもっとあるに決まってるじゃん」
「……わぁってるよ」
セルバと名乗っていた男が帰ってから一夜明け。今日フィーラは休みでいない。
ティオもエンも、いつも通り開店準備をしているものの、その動きはどこか鈍い。
『一日でいい。時間が欲しい』
男が帰った後、フィーラはそう言って夜のまかないも食べずに部屋に戻った。
今朝の特訓にも現れないとエンは予想していたらしい。昨日の内に軽食を作って籠に入れておいたのが無くなっていたから心配いらないと言っていた。
「エンもさ、もうちょっと色々教えてくれてもいいのに」
耳が良いエンに聞こえてると承知でも、言わずにはいられなかったんだろう。口を尖らせるティオに心の中で同意した。
朝食の時、男とフィーラの関係について俺とティオが予想を立てている中、エンだけ落ち着いていた。そもそもエンがフィーラを拾った状況や、なぜバスラに入れようとしたのかも知らない。当時聞いても教えてくれなかった。今ならと聞いてはみたものの『フィーラの話を待とう』とだんまりを決め込んでいた。
「……このまま戻ってこないなんてこと、ないよね」
微かに震えた声。テーブルを拭いていた布を強く握りしめ、俯いていた。その頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「うわっ!」
「ばっか、戻ってくるに決まってんだろ! つーか、戻ってこねぇなら迎えに行けばいいんだよ!」
ああもうボサボサじゃん! なんてティオが怒りながら、道具を片付けて厨房に引っ込む。柄にもなく落ち込むくらいなら、怒ってるほうがいい。
ティオを元気づける為に言った言葉は、予想外に自分の心の靄も払ってくれた。
「……久しぶりに行くか」
くるりと箒を回して肩に担ぐ。そうと決まれば、さっさと仕事に取り掛かるか。
脳裏に蘇る、出会った頃のアイツを思い出しながら。
* * *
最初の印象は、儚く痛ましげな少女、だった。
「彼女はフィーラ。君とは歳が近いだろうから、仲良くしてやってくれ」
「”フィーラ”?」
そう紹介したエンに、驚いて振り返った。
ベッドで眠る人物の顔立ちは幼く、俺よりも短い赤銅色の髪。"彼女"と言われなければ男だと勘違いしていただろう。
こんなに近くで話しても目覚める気配のない少女の額には、火傷らしき傷跡があった。
「わかった」
エンはフィーラについて多くは語らなかったし、俺も聞かなかった。
”エン”が”フィーラ”と紹介した。それが全てだ。
バスラに入りたいとせがんで早一年。
ちょっとした手伝いはしてるけど、バスラでの名前はもらえていない。正直先を越された妬ましさはあったが、痛ましさが勝った。きっとこいつも色々あってバスラに拾われたに違いない。師匠達にしてもらったように、今度は俺がこいつにいろいろ教えてやらないと!
その日は会話することなく帰ったものの、俺は次会った時に何を話すかで頭がいっぱいだった。
そんな俺の意気込みを一瞬でへし折ったのは、フィーラ本人だった。
「うるさい。あっち行って」
出会ったばかりの俺に、フィーラは思い切り顔をしかめてそっぽを向いた。
バスラの必要性やエン達の武勇伝などなど、まだ半分も話せていないのに。
「会ったばかりの相手にさっきからなに? 偉そうにぺらぺら喋って」
「フィーラ」
あまりの反応に唖然としていると、エンがやんわりと間に入る。苛立っているのか、眉間の皺を更に濃くして耳を塞ぐ。俺の方なんて見ようともしない。
完全な拒絶だった。
「なんっなんだよアイツ!!」
帰り際にエンは、また会ってやってくれと申し訳なさそうに謝っていた。ふつふつと溢れ出す感情を持て余し、怒鳴り散らしながら頭を掻き毟る。
俺の両親は幼い頃になくなり、ずっと祖父と暮らしていた。
そんな唯一の肉親が、ある日死体となって発見された。夕方に道を歩いていただけだった。
下町にいる以上、覚悟していたことだった。
今回祖父だっただけで、少し運命が違えば被害者は隣の兄ちゃんだったかもしれないし、向かいの妊婦さんだったかもしれないし、俺だったかもしれない。それでもあの時一緒にいればとか、誰かが早く見つけてくれさえしたら、と訪れなかった”もしも”をぐるぐる考え続けた。
その後、身寄りを無くした俺が人買いに攫われそうになっていた所をトヴォに助けられ、教会に引き取られた。同じような境遇の子供は沢山いるし、週に何度か来ていて馴染みの場所でもあったのが幸いしてすぐに馴染んだ。
ノル曰く、俺は空気が読めるどうしようもない馬鹿らしい。ノルは基本的に口が悪いので、そう言われた時の俺は珍しく褒められたと驚いたのを覚えてる。
そんでもって、思ったことがそのまま口に出てしまう系の馬鹿だった俺は、つい疑問をぶつけてしまった。
「エンは人を殺したことある?」
素朴な疑問だった。エンはぱちりと瞬きをした後、すぐに笑みを浮かべた。
花を愛でているような柔らかい笑顔。それなのに、ぞくりと背中に悪寒が走った。
「あ……」
聞くべきではなかった。
嫌な汗がじわりと体中から吹き出す。口の中が干からびた所為でなかったことにすら出来ない。視線だけがきょろきょろと彷徨う俺に、エンはゆっくりと口を開いた。
「本当に力のある者はね、殺しなんて無駄なことしないんだよ」
何事もなかったかのようにエンが立ち去った後で、俺の体は呼吸を思い出した。その時まで息を止めている自覚すらなかった。
兄貴分のように思っていたエンへ初めて抱いた畏怖。そして憧れ。
自分もエンのようになりたい。
そんなエンが懐に入れた、自分と歳の変わらない少女。興味を持つなと言う方が無理な話だ。
正直、あんな性悪と二度と口なんて利きたくない。だが、”俺”が”フィーラ”を無視する訳にはいかない。
「だぁー! クソがッ!!」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き回し、叫びながら教会まで全力で走る。教会に着いた頃には、乱れる息に反して頭の中がスッキリしていた。
「よっ」
「……また来たの?」
それから俺は暇があればフィーラの元へ行った。
今まで教会でノルの手伝いをしていたエンが、急に食堂を開くと言って借りた建物。以前食事処を営んでいたとかで、一階は食堂、二階と三階は住居スペースになっていた。
フィーラの部屋は三階。大きな窓の前、子供には大きい大人用のベッド、小さな机、箪笥が置かれた質素な部屋。
「ちょっと!」
「うっせ。お前を連れてくよう言われてんだよ」
「連れてくって、どこに?」
フィーラの読んでいた本を奪い、近くにあった紙を挟んで机に置く。
心底嫌そうな表情のフィーラにも慣れた。目で訴えてくるフィーラの手を無理やり引っ張る。
「外に、だよ!」
* * *
「アンタがフィーラかい」
連れてきたのは教会。ノルはフィーラの前までやってくると、被っていた帽子をもぎ取った。
エンが用意した日除けの帽子と上着を身につけたフィーラの格好は俺と同じシャツとズボン。髪は少し伸びたけど俺と大して変わらない長さで、少年にしか見えない。
「あれ、会ったことねぇの?」
「あの時はまだ意識が戻っちゃいなかったからね」
驚くフィーラから上着も奪い、しげしげと眺め回した。
俺に対しては図太く無愛想な態度を取ってくるフィーラも、戸惑った顔で俺を盗み見た。
「このばあさんは、教会のボスでエンの母親だよ」
「えっ」
「誰がばあさんだ。お前はそこに立っとれ」
「えー! いいじゃん、俺も座らせろよ!」
「用があるのはこっちの小娘だけだ。口挟むんじゃないよ」
仕方なくフィーラの斜め後ろに立つ。居心地悪そうな表情を浮かべつつも、背筋を伸ばして見知らぬばばあを正面から見据えるフィーラの横顔を見つめた。
「紹介が遅れたね。あたしの事はノルと呼んでくれ。そこの馬鹿が言ったように、アンタを拾った頼りない男の母親さ」
「エンには死にかけていた所を助けてもらいました」
「そうかい」
フィーラがエンの元へ来た経緯は聞いていなかったが、そんなことだろうとは思っていた。
バスラ自体が下町の守り手であり、受け皿。全てを救えるわけじゃないけど、誰も助けてくれない下町の住民にとっては数少ない希望だ。
「それであいつは拾ったアンタに”フィーラ”の名を与えた。その意味は聞いているね?」
「はい」
「元いた場所には二度と戻れない。それでもいいんだね?」
「戻る場所なんてありません」
”フィーラ”はバスラのナンバー4を表す名。しかも本名とバスラ名を分けないということは、過去を全て捨ててバスラに身も心も捧げることを意味する。
「アンタが望むなら、居場所を与えてやることはできる。別の名もね」
「必要ありません」
「迎えが来ないと、本当に言い切れるのかい? ここの生まれじゃないだろう」
「えっ、そうなのか?!」
暗にバスラ以外で生きる道もあると示唆するノル。何でそんな事、と思った矢先の言葉に、驚いて口を挟んでしまってノルに睨まれた。
ディソナンテはレイエンダ領とディアブロ領の境に位置し、少しだが王都とも接している。たまにお忍びらしき下町外の人間も見かけはするが、フィーラが外の人間かもしれないだなんて一欠片も考えていなかった。
「アンタの仕草や魔力の量からして、商家や貴族の生まれかい?」
じろりと俺を一睨みし、再びフィーラに向き直る。
フィーラは視線を逸らすことなく、じっとノルを見つめ返していた。その横顔を見守る。
「万が一、億が一にも、元いた場所に戻ることはありません。戻る気もありません」
「戻る気がないから”フィーラ”になるつもりだってんならこっちからお断りだ。そんな甘っちょろい考えの奴はいらないんでね」
てっきりノルも承諾済なのだと思っていた。しかし、ノルは出来ればフィーラに入って欲しくないような物言いばかりしている。しかも、いつもより優しく親切。
バスラは本来なら存在すらしてはならない組織だ。
なのにノルはバスラの存在も構成員も知ったフィーラを見逃そうとしている。バスラ歴の浅い俺には、これが特例なのかよくある事なのかがわからない。
さっき言ってた、フィーラが外の人間。もしかしたら良いとこの子かもしれないからか? いや、だったら余計に知られるのはまずいんじゃ?
戸惑う俺のことなんかお構いなしに、フィーラは静かに口を開いた。
「復讐したいんです」
ぞっとするほど冷静な声だった。
明日、続きを更新します。




