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25、過去を知る男

更新に間が空いてすみません。少し長いです。

「!?」


 青白い顔を脂汗が伝う。呼吸も浅く、苦しいのか胸の辺りをかたく握りしめていた。床に座っている形だけども、かろうじて近くの椅子にしがみついてるといったほうが正しい状況。

 どう見てもただ事ではない。


「何を食べたの!?」

「え!? そ、それだが……」


 私の詰問に近くの常連がこわごわとテーブルを指さした。

 そこにあったのは食べかけのサラダ。見えた食材に原因を悟り、アキトの腕を自身の肩に回して立ち上がらせる。


「ティオ、水と(たらい)用意して!」

「了解!」

「お、おいセルバさんは大丈夫なのか?」

「セルバさん?」


 服越しにも分かる冷たい体に、野次馬を再び掻き分けて厨房へ戻ろうとする私を常連客の一人が呼び止めた。

 誰の事かわからないがそれどころじゃない! そう振り切ろうとして、彼らの視線がアキトに注がれている事に気付く。セルバというのはアキトの偽名なんだ。


「出来るだけのことはするわ」

「頼んだぞフィーラちゃん!」


 非常事態なのは分かるからか、それ以上呼び止められることなく厨房に駆け込んだ。



 * * *



「ん……」

「よかった、目が覚めた!」


 身じろぎをしてゆっくりと目を開くアキトに、付き添っていたティオが声を弾ませた。

 もうすでに外は暗い。アコルデも閉店し、後片付けも済んだ時刻。


「ここはディソナンテの食堂アコルデです。あなたは食事中に倒れたから、ここに運ばせてもらいました」

「……そう、か」


 起き上がろうとするアキトに手を貸し、水を差し出す。動きは鈍いが、顔色も大分良くなっている。コップを掴む手にも震えは見られない。


「もう大丈夫そうだな」

「そうね」


 仕事を終えて来ていたオッタが、いつもは自分が使っている空き部屋を入り口から物珍しそうに覗いていた。エンは下でまかないを作ってくれている。

 目が覚めたのなら一先ず安心していいだろう。息を吐くと、無意識に力の入っていた体が軋んだ。


「少し外すわ」


 部屋に戻ろうとオッタの横をすり抜けた途端、後ろでドサッと音がした。


「まだ動いたらダメです!」


 振り向いたら、アキトが床に落ちていた。


「離せ」


 力なくティオを押しやったかと思えば、空中にナイフが現れた。驚いて身を引くティオの目の前で、アキトはナイフを掴み己自身に刃を向ける。

 これでどうだ、と言わんばかりの強かな光を宿す目。


「っ!」


 無言で風を操り、アキトの手からナイフを叩き落とす。そのナイフを拾い、今度は私の首筋に当てた。

 さすがアキトの創ったナイフ。肌に触れただけで切れたのか、ピリリとした痛みを感じた。


「フィーラ!?」

「やめろ!!」


 血の流れる感覚がしても手を離さずにいると、ふっとナイフが溶けて消えた。

 ふらつく足取りで近づいてくるアキトの表情は必死で。気付いた時には思い切り手を振りかぶっていた。


パァン!!


「フィーラ?!」

「おいっ、何してんだ!」


 右手がじんじんと痛み、遅れて熱を帯び始める。叩かれた反動で座り込んだアキトの左頬もじんわりと朱に染まっている。手加減無しで殴ったから当然か。


「自分のしたこと、理解した?」

「……ああ」


 にっこりと微笑んで見下ろす私に、アキトは苦々しい表情を浮かべた。理解しないようならもう一発お見舞いするところだったわ。


「お前がな!? 相手はお貴族様だぞ!」

「わかってるから離して」

「離すわけねぇだろ!」


 オッタが私の腕を後ろ手にねじりあげる。動揺からか、犯人確保と同じ止め方をするのはやめて欲しい。普通に痛い。普段のティオなら止めに入るだろうけど、今はおろおろするだけだった。

 落ち着いているのは殴った私と、殴られた本人。


「彼女を離せ。心配せずとも罰する気などない。彼女の怒りは正当だ」


 庶民にとって貴族とは少し癇に触っただけで怒りを買う厄介な存在。そんな貴族を思い切り殴ったとなれば、公開処刑くらいされても不思議ではない。

 なのにアキトは怒った様子もなく、罰しないとまで宣言した。オッタ達が戸惑うのも当然だ。


「何事だい?」


 騒ぎを聞きつけてやってきたエンは、未だ私の腕を掴んだままのオッタと、呆然と立ち尽くすティオ、最後に頬を腫らして床に座り込むアキトを見て目を見開いた。


「フィーラ」

「……事情説明はあとでするわ。オッタ、ティオ、その人をベッドに戻して。薬取ってくる」


 元よりそのつもりで部屋を出ようとしたのに、どうしてこんなややこしいことになったんだか。

 ようやく離してもらった腕をぶらぶら振る。さて、どう説明すべきか。自室への階段を上りながら、痛む頭を抑えた。



 * * *



「……」


 フィーラの足音が遠ざかる中、部屋に残された男四人の間には微妙な空気が流れていた。

 あいつは口が悪くて可愛げがない。それが得策だと思えば悪役に徹するくらい、常に客観的に物事を見ているようなヤツだ。だが、本来は情が深くて他人を放っておけない性質なのはよく知ってる。

 だからこそ、目の前で起きた事に一瞬反応が遅れた。 


「大丈夫ですか?」

「すまない」


 立ち上がった男はまだ体がふらつくようで、近くにいたティオが支えてベッドへ戻る。

 この男は一体何者なんだ? フィーラと関係があるのは確かだろうけど、一度や二度会った程度の仲では確実にない。


「何があったんだい?」


 エンが小声で尋ねてくる。フィーラが説明すると言ってたが、念の為に聞いておきたいんだろう。男が起きてから、エンが来るまでをかいつまんで説明する。

 ナイフを叩き落とした所までは分かる。問題はその後だ。俺の見間違いじゃなければ、あの男を殴る直前のフィーラは泣き出しそうな、悔しそうな、そんな顔だった。そもそも、なんでフィーラは拾ったナイフを自分の首に向けたんだ? その後の会話も、二人の間では通じてるようだった。


「迷惑をかけた。彼女を怒らせたくてやったことだが、どうやらやりすぎたようだ」

「なぜ、あの子を怒らせようと?」

「彼女を繋ぎ止めるため」

「……あの子との関係とは?」

「彼女が言っていないのなら、僕から言うことは出来ない。少なくとも、僕にとってかけがえのない人だよ。彼女がどう思っているかは本人に聞くしかないが、僕が死にかけた場合、どんな手段を使っても助けようとするのは断言できる。一応、君達より古い付き合いだからね」


 俺の知る貴族は横柄で、自分の利益になるなら他人なんていくら踏み潰してもいいと考えている存在だ。庶民と会話なんてもっての外。なのに、目の前の男は庶民である俺たちに謝罪し、エンと気さくに話す。

 男はフィーラとは昔からの知り合いであり、なんらかの理由でフィーラが縁を絶とうとするのを止めるためにわざと倒れた、ということらしい。つか、何かいちいち鼻につく言い方するヤツだな。俺達が怪我したとしても、アイツは治療するに決まってんだろ。


「……」


 男が倒れた時、俺はその場にいなかった。相当危ない状態まで陥ったが、フィーラの献身的な治療の甲斐あって持ち直したと聞いた。そうまでしてフィーラとの縁を手放したくなかったって言うのか。なんで貴族が?

 男が手放したがらない理由なんざ知りたくもない。だが、フィーラが縁を切ろうとした理由には心当たりがある。合っているかなんて、聞いても答えやしないだろうけどな。


「ようやく会えた。ずっと貴方に礼を言いたかったんだ」

「私に、ですか」

「ああ。あの場所に結界を張ったのは貴方だろう? 魔力が同じだ」


 男はエンに穏やかな笑みを向ける。エンは”あの場所”に心当たりがあるようで、僅かに目を細めた。男の堂々とした振る舞いは大人びて見える。が、恐らく俺より……フィーラより年下かもしれない。

 結界は魔力で創る見えない壁を指す。必要な範囲分の魔力と持続させるコントロール力がないと創れない。エンやフィーラは別として、ディソナンテの者は基本的に魔力量が少ないから創れない。


「貴方がたには感謝してもしきれない。彼女を助けてくれたこと、あの場所を隠してくれたこと、この場所を守ってくれていること。心より礼を言う」

「頭を上げてください!」


 深々と頭を下げる男に、エンが慌てる。貴族が庶民に頭を下げるなんて。驚愕する俺達を前にして、男は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 確かにフィーラを拾って保護し、家と仕事を与え、戦い方や生き方を教えたのはエンだ。だからこそフィーラはエンの言う事なら大抵素直に聞く。それはいい。なんで、それに対してお前が礼を言うんだ?

 うまく言葉に出来ない苛立ちがじわじわと胸の中に広がる。


「あの、セルバさん……。あ、すみません!」


 静かだとは思ってたが、いつものふてぶてしさはどこに行ったんだ。

 貴族間でも親しくなければ家名で呼び、許可なく名を呼ぶのは非礼に当たる。うっかり呼んでしまったらしいティオが、顔を赤くしたり青くしたり一人挙動不審になっている。


「その名は好きに呼んでくれて構わない」

「え?」

「忍んで来ていたからな。君達に倣って仮の名を名乗らせてもらっていた」

「!」


 男があっけらかんと言い放った言葉。俺が理解するより早く、変化した部屋の空気にぞわりと体中の毛穴が開いた。

 上手く息が吸えないどころか身じろぎすら出来ない。目だけエンに向けると、ゆらりと魔力らしき圧が体から立ち上っていた。


「ふうん。さすがバスラ№1だね。魔力量は中級貴族並み、コントロールも上手いね。この建物の結界も貴方のものだろう? 見事なものだが、そろそろ殺気を収めてもらっていいかな。病み上がりには少々きつい」


 ざけんな、言葉と態度が合ってねぇんだよ。真っ向からエンの殺気を浴びながら、能力分析できるヤツがキツいわけねぇだろ!

 視界の端で真っ青なティオが微かに震えているのが見える。俺ですらきついんだ、早々に殺気を収めてもらわないと身が持たない。


「お待たせ」


 ドアをノックする音で殺気が消えた。

 腕にいくつかの包みを抱えたフィーラは、素知らぬ顔で部屋の中に荷物を置く。ベッド脇で動けなくなっていたティオの手を引きコップに水を注がせると、その中に持ってきた粉末を混ぜた。


「はい」

「ありがとう」


 コップを透かして薬が溶けた事を確認したフィーラが男に手渡すと、男は躊躇いなく口をつける。

 貴族は身を守るために日々の食事だろうと毒味を雇っていると聞く。なのに、男は何の薬かも聞かずに飲み干した。フィーラへの信頼を行動で示すように。

 ちらりと背後の俺達を見たフィーラはどこか不安げで、不意にフィーラがバスラに来た頃を思い出した。


「念の為に言っておくが、君達の事は僕が独自に調べて知り得たことだ。勿論、どこかに報告する事もない」

「……」

「信じられないか。僕としては君達の活躍にはとても助けられてきたから、むしろ賞賛したいくらいなのだが……。ならばこう言い換えよう。恩を仇で返すなんて彼女に嫌われるような真似はしない」


 飲み干したコップをフィーラに返す男はとても自然体で、嘘を言っているようには見えない。だからこそ焦燥感に似た、戸惑いと苛立ちが忙しない。なにかにつけてフィーラをちらつかせんな!

 無言のエンと男を交互に見たフィーラは、コップを置きながら男を睨んだ。


「何を言ったの」

「迷惑をかけた詫びと、十年溜まりに溜まった感謝の意を伝えただけさ」

「どんな伝え方したら殺気向けられることになるのよ」

「素晴らしい腕前だ、さすが№1って言ったら、かな?」

「……」


 わざとらしく肩を竦めてみせる男に、フィーラの表情は変わらない。

 フィーラは知っていたのか。男がバスラのことを知っていることを。なのに俺達には黙っていた。男を庇い、俺達を裏切ったとも言える行為だ。フィーラもわかっているのか、罰が悪そうに口を開いた。


「……ごめん。この人がバスラを調べたのは知ってた。報告しなかったのは、どう説明したらいいのかわからなくて……」


 なんだそれ! 何のために毎日情報交換して、何年も正体がバレないように細心の注意を払って下町内外に目を配ってたと思ってんだよ!

 珍しく歯切れの悪いフィーラがうつむいた時、どこかから甲高い音が聞こえた。


ピルルル……


「!」


 フィーラがハッと窓の外に目を向ける。

 生き物の鳴き声みたいだが、聞き覚えはない。この辺にはいない動物でも紛れ込んだか?

 

「時間切れのようだ」

「……そうね。体調が安定している間に帰ったほうがいい。一応、これ。一週間分の薬と今日の治療経過を書いた紙も入れてる。すぐ必要なくなるでしょうけど」


 道理で部屋から戻ってくるのが遅かったわけだ。

 フィーラが作った薬を誰かに渡すのは初めてじゃない。バスラ全員世話になってるし、通りがかりの町民に渡しているのを見たこともある。その時は平然としていたのに、何で今は気まずそうなんだよ。


「いや、自戒を込めてありがたく頂戴するよ」

「!」

「おいっ!!」


 男は立ち上がると、目の前にいたフィーラを抱きしめた。

 反射的にフィーラを掴んで引き剥がす。あっさりと手を離した男は一瞬だけ俺を見た後、ぽかんとしているフィーラに向き直った。


「僕と家族になろう」

「……え?」

「本当は今日言うつもりではなかったんだが、もうお互い結婚できる歳だから問題ない」

「なに、言って……」

「こうするのが一番良いと、君も分かっているはずだ」

「っ……」


 いやいや、問題大ありだろ!? むしろ問題しかないだろ!?

 フィーラはもちろん、俺達も突然の話に空いた口が塞がらない。なに馬鹿げたこと言ってんだと叫びたいのに、言葉が口から出てこない。


「後日改めて伺おう。プロポーズもその時にちゃんとした形で言うよ」


 男は爆弾を投下し終えると、余裕の微笑みを残して颯爽と出ていった。


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