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24、手合わせの理由

「なあ、どこ行くんだ?」


 子供達に気を引いてもらっているのを確認してから教会を出たのに。予見していたものの、こうも付き纏われると苛立ちが募る。


「あなたには関係ない」


 つっけんどんに言い放ち、道を曲がる。

 大通りから一本逸れた道は、人が一人通れる程度の汚らしい裏道。住んでいる者なら通らない、人目に触れにくい場所だった。

 なのに、ハルセは当然のように付いてきた。


「なあってばー」

「どうしてそんなに手合わせがしたいの? 強い相手なら、ミトロピア領にも王都にも山程いるでしょう」


 主であるリツとは出来ないにしても、長い歴史を持つミトロピア領は自警団も警備隊もきちんと機能し、王城へ召し上げられる腕前の騎士や魔法師が多いと聞く。ミトロピア次期当主の力を持ってすれば、警備隊の訓練に参加するなり、それこそ王城騎士だって相手になってくれるだろう。

 それなのに、ここ数日の間。ハルセはおそらく休みの度にディソナンテまで来ている。暇人かと罵っても許される頻度に、アコルデの仕事だけでなくバスラとしての活動にも支障が出ている。なにより、どんな姿でどこに居ても見つけられてしまうのは大問題だ。

 正面からハルセと目を合わせ、大きく息を吸う。


「私はただの食堂の店員。毎日仕事もあるし、たまの休みだって今日のように予定がある。あなたの暇潰しに割く時間なんて今後もない。ハッキリ言って迷惑なの。そんなに暴れたいのなら、主にでも頼んで戦闘職種の遊び相手を探してもらえばいいでしょ。これ以上私の日常を荒らすのなら、あなたの主に縄で縛っておくよう抗議するわ」


 一般市民が次期当主に直談判など出来ないことは分かっている。だけど、そんな一縷の望みに賭けたくなるくらいには迷惑していた。

 仮にハルセが占いで吉とされた存在だとしても、もともと復讐も一人でするつもりだったのだから今さら誰かの手なんて必要ない。


「あなたの脳みそでも分かるように、もう一度言うわ。二度と、私に、関わらないで」


 じゃ、と裏道を曲がる。突き当りに鬱蒼と茂った緑が見え、やさぐれていた心をそっと慰めてくれた。


「待ってくれ!」

「っ! いい加減にしてよ!!」

「名前を! 名前を教えてほしいだけなんだ!」

「はあ!?」


 掴まれた腕を振りほどいて怒鳴る。爆発した怒りにあてられたのか、ハルセは情けない顔で意味の分からないことを言った。

 あれだけ何度も名乗らされたのに、また名乗れって言うの? もう会うこともないのに?


「”フィー”の本当の名前が、どうしても知りたくて」

「!」

「手合わせで勝てたら、教えてって頼むつもりだったんだ」


 掠れた声でもう一度名乗ろうとした私を、ハルセがじっと見つめていた。

 その瞳に悟った。私がどんな格好をしていようと分かるように、私が嘘を言っているかどうか、ハルセには分かるのだろう。全くもって理由はわからないけれど。


「……」


 あの炎の中に、昔の名前は置いてきた。

 とうに”フィーラ”として生きた年数のほうが長くなり、過去の名を呼ぶ者はいない。

 どうして知りたいのか。どうして見抜かれるのか。様々な思いが忙しなく私の中を駆け巡る。


「……ふざけないで」


 沸々と怒りがこみ上げてくる。

 手合わせしたいのも、過去の名が知りたいのも、全部全部ハルセの都合。

 なぜ手合わせしたくないのか、なぜ別の名を名乗っているのか。私の事情も感情も、一切を無視して土足で踏み荒らす図々しさ。反吐が出る。


「っ……」


 足元の小石が震え、パチパチと小さな火花が空中で弾けた。

 荒れ狂う心に魔力が暴走し始めていた。咄嗟に耳に触れると、ひやりと冷たい耳飾りが指先から温度を奪う。


 落ち着け、考えろ。

 手合わせの目的が名前を知りたいなら、教えれば済む。だけど万が一、その名がリツやアカネの耳に入れば計画に支障が出てしまうので教えられない。ならば二度と来ないと約束を取り付けた上で手合わせして、負かしたほうがいいだろうか。いやいや、口約束なんてすぐに忘れて数日後にひょっこり現れるに決まってる。

 毎朝エン達としている手合わせと、ハルセ相手にする手合わせは訳が違う。魔力も体力も無為に使いたくはない。

 その時、ふわりと瑞々しい森の香りが鼻腔をくすぐった。そうだ、森に手伝ってもらえばなんとかなるかもしれない。


「条件がある」

「じょうけん?」

「欲しい薬草があるの。今から森に入って探すつもりだったけど、代わりに探して取ってきてくれたら手合わせを考えてみてもいいわ」

「ほんとかっ!? やるやる!」


 私の提案に食い気味で飛びついた。

 もっと細かい条件や、私の言葉をよくよく理解してから引き受けろと言いたくなるが、聞かれないほうが私にとって有利なので黙っておく。


「欲しいのはダチュラ。アサガオに似た青い花が目印よ」


 大きな青い花、卵形の葉、棘に覆われた茎が特徴の薬草。しかし、摂取すれば激しい目眩や幻覚症状を引き起こすことから毒草として扱われている。

 一般的な薬屋では常備せず、依頼の度に採取しに行くか取り寄せる類のものだ。ディソナンテでは逆に、後ろ暗い理由ですぐさま必要な輩に重宝されると常備している。

 そこですら在庫がないと言うのだから、国内のダチュラが惚れ薬に変わっているのではと心配になる。どれくらい薄めているのか知らないが、ダチュラは採取にすら気を使うほどの効力を持つというのに。


「わかった!」

「え、」


 大きく頷いたハルセは、あっという間に森へと走り去ってしまった。

 何がわかったというのか。まだ他の特徴も、仮に見つけた時の採取方法も伝えていない。


「……まあ、いいか」


 どうせ見つけるより早く、森に追い出される。 

 中で会っても面倒だ。エンに頼んで早いうちに休みをもらってまた来よう。


「これでもう会わなくて済むわね」


 森に背を向けて帰路につく。そうだ、そろそろ苗木を植え替える準備をしなければ。やるべきことは山とある。

 その時の私は、この後あんなことになるなんて予想だにしていなかった。



 * * *



「ただいま」


 ハルセと会った三日後。あれからハルセは現れず、私は平穏な日常を過ごしていた。

 アカネ達の結婚に触発されたのか、ディソナンテで働く人達にも仕事が舞い込むようで。アコルデに来る常連は疲れつつも潤った懐を携えて、いつもより酒量や食事量が増え、同時にお喋りも増えるようになった。


「おかえり、フィーラ」


 買い出しから戻ると、店内は常連客が集まって盛り上がっていた。手に持っているのは何杯目なのかと呆れつつ、空いたテーブルを片付けていたティオを手伝う。

 げらげらと笑う男達のコップの中はもう残り少ない。店員としては注文を取りに行くべきだろうけど、すでに出来上がっている彼らにこれ以上飲ませるのもどうかと様子を窺う。


「え、」


 なんとはなしに笑い合う男達に向けた目を見開いた。

 くたびれた服、清潔とは言いづらい髪、アコルデに来るディソナンテの住人はだいたい似た風体をしている。その小汚いおっさんの群れの中に、一人雰囲気が違う青年がいた。


 庶民の服装こそしているものの、赤色(クリムゾン)の髪、梔子(シトリン)の瞳、そして漂う雰囲気は誤魔化しようがなく。

 どこからどう見てもアキト・レイエンダ、その人だった。


「っ」


 咄嗟に顔を反らし、ぐるぐる考える。が、脳は現状を理解するのを拒み、なぜ、どうしてだけが空回る。

 ここはディソナンテの食堂アコルデ。なりたてとは言え、レイエンダ公爵が食事をするような場所ではない。護衛らしき人の姿も見えない。でも、あれは間違いなく本人。まったく意味が分からない。


「どうしたの?」

「えっ!? あ、ううん、なんでもないの。これ持っていくわね!」

「あ、うん。ありがとう?」


 纏まらない頭を一度冷やしたくて、使い終えた食器類と買ってきた食材を雑にトレイに乗せて厨房へと下がる。不思議そうなティオの視線を振り切るように逃げ込むと、エンが驚いた顔でこちらを見ていた。


「フィーラ?」

「エン、あの人いつから来てたの」

「誰のことだい?」

「常連に混ざってる若い男よ!」


 動揺から自然と声が荒くなる。目をぱちくりと瞬かせていたエンは、フロアに視線を向けた。

 フロアと厨房は隣り合わせだが、覗き込まないと見えない造りになっている。あえてそんな店の造りにした人見知りの店長は、常連の声こそ覚えて入るが顔は知らない事がよくある。それでもおっさんに混じった若い声は分かるだろうと息巻く私に、エンは驚くことを言った。


「数刻前からだが……彼がどうしたんだい?」

「どうしたって。あれは貴族でしょう!?」

「ああ、どこの貴族かはわからにけどお忍びで来ているんだろうね。でも気取った所もないし、いつも町の人とああやって話しているだろう」

「……いつも?」


 それはつまり、ここに来るのが今日が初めてではないってこと?

 完全に考えを放棄した脳に、表情も凍りつく。ピタリと動きを止めた私に、エンも調理の手を止めた。様子がおかしいと気付いたらしい。


「フィーラ?」

「私、知らない。初めて、見た……」

「初めて? ……そう言われてみたら、フィーラがいない時にばかり来ていたような」


 エンの表情が、心配顔から次第に神妙な面持ちに変わっていく。

 エンの言うとおりなら、アキトは覚えられる程度にはアコルデに来ていたことになる。それなら常連に平然と紛れていたことも納得できる。でも、看板娘である私と一度も会うことなく通っていたとしたら、それは確信犯だ。


「いつ?」

「うん?」

「彼が、ここに始めて来たの。いつ?」

「少なくとも二・三年前には来ていたと思うよ」

「……そう」


 毎日夕食の時に、その日その日で情報を共有することにしている。でもそれは、問題のある人物や出来事ばかり。害のない客のことなんて一々話題にしない。

 先日、ハルセの所為で出くわした時にもう会わないと言った手前、直接どうしてここにいるのかなんて問い質せない。なによりアキトの正体と、私との繋がりを知られるわけにはいかない。


「知り合いなのかい?」

「……」


 答えられずに口を噤む。言ったほうがいいと思う反面、アキトの事を話せば芋づる式で過去を話す必要が出てくる。エンなら私の過去を知られても大丈夫だと思う。でも、やっぱり言う勇気は出なかった。

 知り合いじゃない。そう言おうと口を開いた瞬間、にわかにフロアが騒がしくなった。


「何事?」


 エンと厨房の入口からフロアを覗くと、アキトの混ざっていた集団がざわついていた。コップを置いて、床に座り込んで何か叫んでいる。

 大方、飲みすぎた誰かが倒れたのだろう。よくあることだと観していると、


「例の青年が倒れたようだ」

「え?」


 言われて見直せば、目立つ赤色が見当たらない。駆けつけたい気持ちと、近寄るべきではないという理性がぶつかって動きが鈍る。と、人垣の向こうにいたらしいティオがひょこりと顔を出した。


「フィーラ来て!」

「うっ」


 出来れば関わりたくなかったが、呼ばれてしまえば行くしかない。

 のろのろと倒れたらしいアキトを囲むおっさんを掻き分け、見えた光景に息を呑んだ。


「!?」


 倒れたと言っても大した症状ではないと決めつけていた頭をガツンと殴られたような衝撃。

 そこにいたのは、今にも死にそうなくらい青白い顔をしたアキトだった。


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