22、ティオの日常
「ふああ」
いつもと変わらぬ時間に目覚めた意識で、伸びをしながら今日の予定を思い出す。
「あ、今日休みだっけ」
休みとは言え、暇ではない。着替えながら予定をおさらいする。
昨日フィーラがトヴォと一緒に新しい服を買ってきてくれたから、弟妹の様子を見に行くついでに、まだ着れる服を古着として教会に寄付。フィーラはいつも別日に自分で持っていくからいいとして、エンの古着を忘れずに預からないと。
あとは薬屋に寄ってフィーラが欲しがってる薬草を確認したら、ひとまずの予定は終了かな。
前の家では考えられないことだけど、エンから与えられたアコルデの部屋には簡単な水場がある。汚れ仕事をするから各部屋にあるのだと聞かされて納得はしたものの、未だに贅沢だなと思ってしまう。
「よし」
顔を洗って部屋から廊下に出ても、人気はない。まだ外は薄暗く、町が動き出すのはもう少し経ってから。でも、全員がそうなわけではなく。
ここアコルデは一階が食堂で、二・三階は居住スペース。そして、実は屋上がある。階段を上がり、重い鉄製の扉を力いっぱい押す。来た頃はそれでも開かなかった扉が、今ではなんとか開けられるようになった。
「おはよう。フィーラ、エン」
「「おはよう、ティオ」」
動きやすい服装に身を包み、一つに結われた背まである長い赤茶の髪を揺らしていたフィーラがにこりと笑む。その向かいには、同じような服装と髪型のエンがいた。
二人は簡単に挨拶だけおれに返すと、元の動きに戻る。
拳と蹴りのぶつかりあい。時々魔法も使っての応酬は、見ているだけのおれが目を回しそうなほど早く、的確。元々決められていた演舞でも披露してるみたいに、二人とも動きに無駄がない。それに二人は、おれと違って操れる属性も魔力量も多い。
今も、蹴りを避けたフィーラが空中に氷の刃を作って攻撃を仕掛けたのを、まったく表情を変えずに炎でかき消したエンが今度は創ったナイフをフィーラに投げている。氷を作るのだって水属性なら誰でも出来るわけじゃないし、これだけ早く別属性に切り替えるのだって相当な魔力コントロールが必要。
フィーラはエンの返しを読んでたのか氷の刃に本物の刃を混ぜてるし、炎を煙幕代わりに死角から攻め込んでる。まあ、エンもバスラNo.1は伊達じゃないから、顔色一つ変えずに次の手を繰り出してるわけだけど。一体この応酬をいつからやってるんだろう。
何度見ても二人の手合わせはえげつないなぁ、と横目で見ながら体をほぐす。
「あれ、オッタもいたの?」
「いたら悪いか」
自警団になってから、そちらで訓練しているからとあまり来なくなっていたオッタが珍しく居た。すでに一戦交えた後なのか、掻いた汗を拭こうともせずに、疲れた顔で行儀悪く二人の手合わせを睨んでいる。
「悪くはないけど、珍しいじゃん。いつもは自分の部屋から盗み見してるだけなのに」
「盗み見じゃねーよ、ちょうど見える位置にいるだけだ!」
「はいはい」
意味のない言い訳を聞き流す。今の部屋に住む前から朝の手合わせ習慣を知ってたんだから、確信犯に決まってる。素直に認めないあたりが男らしくないよね。今の返しだと見てるのは肯定しちゃってるし、バカなのかな。
からかおうかと思ってオッタを見ると、なんだかいつもより真剣な表情で。
「……もしかして、フィーラに告白でもする気?」
「ばっ!? んなわけねーだろ!」
「ならいいけど」
からかうつもりじゃなかったのに、赤い顔で怒鳴るオッタ。わかりやすいなぁ。
しばらくやいやい言っていたオッタを無視して体全体をほぐしていると、気づけばまた静かになっていて。その視線は再び手合わせ中の二人に注がれていた。
「……エンのほうだったか」
「本気で殴るぞテメェ」
「聞こえてた? って痛い痛い! もー!」
「ちっ。ほんとお前ナマイキ」
熱烈な視線の先がフィーラじゃないならもしや、と呟いたおれの首に腕を回し、ギリギリと締め上げてくる。力加減はされてるけど、痛いものは痛い。教えてもらった体術で腕から抜け出すと、分かりやすく舌打ちされた。
「じゃあ、何なのさ。いつも遠目に見てるだけだったのに、仕事が休みじゃない今日にわざわざいる理由って」
「別に見てなんか……」
「うわなに、その反応。きもちわるっ」
あれだけ見つめておいて、理由がないなんてありえない。というか、恋する乙女みたいに口尖らせてそっぽ向くのやめてよ、気持ち悪い。
「よーし、ナマイキな後輩はこのオッタ先輩が相手してやろう」
「げえっ!」
* * *
「いてて……オッタの馬鹿力め」
打ち身の出来た部分をさする。エンとフィーラまでは行かずとも、オッタもそれなりに腕は立つ。首根っこを掴んで思い切り放り投げられたせいで、屋上から落ちそうになるわで、散々だった。
フィーラ手製の傷薬と打ち身に効く薬がなければ、確実に動けなくなるところだ。
「でも、本当に何だったんだろ」
おれとオッタが手合わせしている間に、エンとフィーラは終わって休憩していた。その時に、エンがフィーラを目で追っているのを見てしまった。それも、オッタが向けていたのに似て非なる、憂いを帯びた視線。
「エンがライバルになるのは困る……」
フィーラが好きかと言われれば、迷いなく頷ける。フィーラがいなければ、今ごろ血と埃に塗れた暗闇で弟妹と一緒に蹲って死んでいただろうから。
家族以外で初めて出来た大切な存在を、そんじょそこらの奴らに渡すつもりはない。オッタみたいに煮えきらない男も勿論だけど、そもそもフィーラがオッタやその辺の男になびくとも思ってない。でも、エンは違う。おれにとってのフィーラみたいに、フィーラにとって救いの手を差し伸べてくれた唯一の存在。分が悪すぎる。
「にーに、頭いたいの?」
そっと頬に触れる温かい手。心配そうな顔で見上げてくる妹、ユマの頭を撫でる。
「大丈夫、なんでもないよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。ほら、早く食べないと無くなるから行ってきな」
「うん!」
来る途中で買ってきた差し入れは、人だかりが出来ていてあっという間に減っていく。一応一人の数を決めてあるけど、守るかまでは知らない。
他の子供達に混ざって嬉しそうに頬張る妹を微笑ましく見つめた。
「ごめん。アイツ、なかなか直んなくて」
「仕方ないよ。まだ七歳だし」
交代で来た弟のユアンにお菓子を渡される。きっちり取ってきた自分の分を頬張りながら、おれの横に座って小さく謝った。
弟はおれの事を兄とは呼ばない。
フィーラに助けられてバスラの存在を知った時、おれは今までの人生と名前を捨てて、これからをティオとして生きる道を選んだ。つまり、家族を捨てた。
一つ下の弟は、おれが弟妹を捨てたのではなく、恩を返すため。そして、自分たちと同じような子供を出さないためにバスラに入ったのを理解し、責めなかった。でも当時五歳だった妹は幼すぎて理解できず、未だにおれを兄と呼ぶ。
「ダメだよ。それじゃ示しがつかない」
「お前、大人みたいなこと言うな」
「早く大人になりたくて、色々教えてもらってるからね」
昔から頼りがいのある弟だったのが、年々磨きがかかってる気がする。そんなに早く大人にならなくてもと兄心では思うけど、気持ちは痛いほどわかる。頼むからにいちゃんを抜いていかないでくれよ。
「そうだ。フィーラさんって今度いつ来る?」
「フィーラ?」
「魔石がうまく作れなくてさ。フィーラさんに教えてもらえないかなって」
そう言ってポケットから取り出した小さな石。きちんと魔力が込められていれば、石は水属性の色である黒のはず。でも、見せられた石はその辺の石ころと同じ灰色で。
おれが教えられたらいいんだけど、おれの得意属性は弟と違うから手伝えない。フィーラが一番得意なのは木属性らしいけど、どの属性も使いこなせるから教会の子供達によく指導していた。
「わかった。今度来た時に教えてくれるよう頼んどくよ」
「そうかい、なら早めに来るよう言っといてくれ」
「うわっ! ノル!?」
「あたしに気付かないなんて、まだまだだね」
「うっ」
いつからいたのか、突然後ろから声がして驚いた。おれと弟のそっくりな反応を鼻で嗤う。バスラに入って二年、結構しごいてもらってるけどまだまだあの二人には遠く及ばない。
「他にも魔の天虹を教えないといけないのがいるからね。ちょうどいいから全員にしてもらうとしよう」
「うわ、出たノルの無茶ぶり」
「何が無茶だい。使えるものは使うべきだろう」
「だってそれ、確か全属性……わっ!」
堂々と魔石作りの指導を全部フィーラに投げようとしているノルに呆れていると、突然大きな火が現れた。
子供達のすぐそばに現れた火に、子供達が驚いて叫びながら逃げ惑う。
「全員落ち着いて壁側に行きな! ユアン!」
ノルの指示にユアンが水を出して火にぶつける。少しして鎮火した場所には焦げたお菓子と布の残骸があった。
「ごめんなさああい!」
「ユマ?」
子供達に怪我がなくて良かったと胸を撫で下ろすより早く、ユマが大声で泣き始めた。周りの子に慰められても泣き止まないユマにユアンが走り寄る。一緒に行きたい気持ちを抑え、遠くから見守る。
「教えはしたんだが、ユマはコントロールが苦手なようでね。近々フィーラを呼ぶつもりだったんだ」
説明してくれたノルの表情に目を見開く。
子供達を見ているはずの視線はどこか遠く。息苦しそうなその横顔に、今朝のエンが重なった。
「……」
無意識に開いた口を、意識的に閉じる。
その表情を意味を知りたいのに、なぜか聞くのが恐ろしい。バスラとして知っておくべき事ならきっとエンかフィーラが教えてくれるはず。なら、きっとまだ知らないほうがいいことだ。
そう思うのに、どこか仲間はずれにされているような不快な感情が胸に広がった。




