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20、忍び寄る変化

「聞かなくてよかったの?」


 フェティチェからの帰り道。まだ明るいが夕方に差し掛かったことで、来た時より人気は少し減っていた。

 酔ったわけでもないのにトヴォが腕を絡ませて凭れかかってくる。


「実行するのに向いてる日」

「……ああ」


 ニオに復讐に最適な日を占ってもらわないのか、と言いたいのだろう。その問いかける視線には僅かに不安そうな揺らぎが見てとれた。


「聞かないよ。実行する日も、やり方も、もう決めてあるから」

「……教えては、くれないのよね」

「私の我儘にみんなを巻き込むわけにはいかない」

「フィー」

「暗くなってきた、早く帰ろう」


 トヴォの視線と言葉を遮るように、顔を背けて歩調を早めた。腕に絡まっているトヴォを急かすように帰路を進む。

 王都は昼夜問わず警備隊が巡回しているので治安は良い。門を隔てて隣にあるというのに、二つの町には雲泥の差がある。それもこれも、ディソナンテを荒くれ者ごと封じ込めてしまうからだろう。


「おせえ」

「あら、来てたの」

「エンに頼まれたからな」


 トヴォが住んでいる建物の入口近くに、オッタが不機嫌そうに腕を組んで壁に凭れていた。

 今朝を彷彿とさせる険しい視線に首をひねる。ハルセがいた件はティオが代わりに説明したはず。もしかして妖魔退治に首を突っ込んだことで何か問題になったのか。それとも保護してもらった子供に関することだろうか。心当たりが多すぎてわからない。


「はいはい、立ち話もなんだから。二人とも中に入りなさいな」

「……おう」


 無言でにらみ合う私達に、トヴォがぺしんとオッタの腕を叩いた。

 建物は五階建てて、各階に複数の部屋がある造りだ。トヴォの部屋に入ると、隣の寝室を借りて服を着替える。下級貴族、もしくは背伸びした庶民程度の格好とは言え、このまま帰ると目立ってしまう。

 トヴォ達の元に戻ると、話しているというよりトヴォが一方的に何かを言っている雰囲気で。鬱陶しそうに顔を背けるオッタの鳩尾に一発入れると、私に気付いたトヴォが「ちょっと待ってて」と寝室に颯爽と入っていった。


「何したの?」

「何もしてねーよ」


 苦しげな声で言う台詞ではない。一体何をしたんだろう。


「はいこれ。感想、楽しみにしてるわ」


 戻ってきたトヴォは、私の腕に有無を言わさず厚みのある硬いものをねじ込ませた。恋物語の本を渡すと言っていたのは本気だったらしい。

 口には出さず表情で訴えたものの、笑顔で封殺された。これは感想を言うまで、会うたびに聞かれるやつだ。


「さ、早く行かないと門が閉まっちゃうわよ」


 そう言って手を振るトヴォの手には、とある包が大事そうに抱えられている。オッタが持ってきた、エン手製の賄いだ。


「フィー。何でも一人で抱えずに私達を頼りなさいね」

「ありがとう」

「それからバカ弟子。取られても知らないわよ」

「うっせえババア」

「ああ!?」

「またね、トヴォ」


 姉のような、母のような。いつもの艶のある笑みではなく、温かい微笑みを浮かべたトヴォに笑みを返す。何故か急に罵り合いに発展し始めた二人を引き離すように、オッタの背を押しながら手を振った。


「なに渡されてたんだ?」


 先程より幾分暗くなった街を街灯が照らす。アコルデは日暮れには閉店するので、今頃片付け中だろう。

 横から伸びてきた手が包の上に乗せていた本を訝しげに表裏をひっくり返して眺めた。勝手に取るんじゃない。


「読む?」

「読むわけねえだろ。つーかお前、俺に読ませて感想聞き出すつもりだろ」

「オッタのくせに」

「バレバレだ、ばーか」


 文字を目で追うことは苦痛ではない。植物の本や魔法学の本、叡智の集合体である本は様々なことを教えてくれる。

 けれど、物語は誰かの空想で出来ている。そこから何を学べばいいのかがわからず、食指が伸びない。


「……読まないと駄目かな」

「そんなに興味ねぇやつなのか? 普段もっと小難しい本読んでるだろ」

「恋物語なんだって」

「こっ!? あー、そりゃまた……」


 口をへの字に曲げて、包の中に本をねじ込ませる。本について考えるのは後だ。


「お店は大丈夫だった?」

「おーよ。至って平和だったぜ。てか、お前ら休みって言葉知ってるか? 俺今日休みだったはずなんだが」

「そんなに疲れたんなら、もう帰って寝たら?」

「てめぇ、晩飯まで取り上げる気か」


 流石に二日続けてハルセは来なかったようだ。思えば、昨日は休みだから来たと言っていた。ちゃんと出来ているかは置いておいて、今日は仕事だったのだろう。

 休み返上で働いていたオッタだけど、私の代わりに改まった服を着てニオの元に行くほうが嫌だからか、それ以上の愚痴は言ってこなかった。


「……なあ」

「なに」

「いや……その……」

「なに。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

「あー、その……カデナ! 本物のカデナってどんな花なんだ?」

「は?」


 ディソナンテへの門を通ると、一気に灯りが少なくなる。人気もない。

 何やらごにょごにょ言っていると思えば。暗くてよく見えないが、少し顔を赤い気がするオッタは気まずそうで。

 その様子に、昼間王都で見た男の姿が重なった。出店で真剣に白い花飾りを選んでいる様は、他人の色恋など興味はないが、上手く行けばいいと思う程度には微笑ましかった。


「ああ、そういう」


 オッタとそういう浮いた話をしたことはない。しかしこの様子だと、どうやら気になる相手でも出来たのだろう。オッタにも春が来たんだと思うと、茶化したくて仕方ない。

 自警団には妻子持ちも許嫁がいる人もいる。成人が十六歳なのだから、十八歳のオッタも結婚とまでは行かずとも将来の伴侶を妄想しても可笑しくない。にしても、プロポーズに使われる事が多いカデナもどきの花飾りを聞くなんて気が早すぎる。


「白くて綺麗な花だよ」

「それくらい知ってるっつの。形とか大きさとか、色々あるだろ」


 細かい男だな。そんなことまで知ってどうする。アンタがするのは、プロポーズよりも先に告白して恋人になるところからでしょうが。


「大きいやつは腰のあたりまで伸びる。花はこう、両手をひっつけたような形で、大きさはもう少し小さいかな」


 両手首の内側を引っ付け、何かを包むようにやんわりと指を伸ばす。

 今日見かけた店にはチューリップやバラをカデナっぽく見せているものがあったけど、どちらかと言うとフリージアやユリに似ている花なのだ。


「泉から反射した光を受けてね、色とりどりに染まるの。綺麗って言葉しか出てこないくらい、幻想的な光景だよ」


 花について聞かれたのに、いつの間にか森の話になっていることにも気付かず。その横顔を食い入るようにオッタが見ているのにも気付かず。

 バスラの中でも私が森に入れると知っているのは、初期メンバーのノル・エン・トヴォ・トレ・ニオと、オッタの六人だけ。


「……お前さ、これからどうすんの」

「どうって?」

「復讐は諦めてないんだろ?」


 またその話題か。アカネ達の結婚話が出てから、ディソナンテでも日々その名前が飛び交っているせいか、エンとトヴォともその話が出たばかりだ。


 理由はわかる。

 私の復讐が”レイエンダの災禍”に関することなら、レイエンダ家だと簡単に推察出来るし、私自身アカネが相手だと公言している。もちろん、相手が相手なのでバスラ内の限られた人だけだけど。

 復讐のタイムリミットは結婚まで。

 結婚すればアカネはミトロピア次期当主の妻となり、アキトは唯一のレイエンダ一族で、当主。確実に、二人の護りは今以上に強固なものになるだろう。


「……」


 アカネの結婚を知った時から、決行日は結婚式当日と決めている。

 四大貴族同士の結婚には、王族や多数の貴族が出席するだろう。その分、護衛や衛兵が増えることで生じる隙を狙って、式の主役であるアカネを狙う。その為の準備も終えてはいるものの、実際やってみないことにはわからない。


「おい!」

「あ、ごめん。さっきトヴォにも聞かれたからさ」


 腕を引かれてハッとする。つい思考に耽って無言で歩いていたらしい。気づけばアコルデがもう見える場所まで来ていた。


「それは復讐についてだろ。俺が聞いてんのは、その後」

「そのあと?」


 復讐については聞かれても、その後のことは聞かれた事はなかった。予想外の質問に思わず鸚鵡返しすると、オッタがゆっくりと目を見開いた。


「……お前、まさか」

「あっ! フィーラ!」


 遮る明るい声に振り返ると、店の入口からティオが顔を出していた。


「ただいま、ティオ」

「おかえり!」


 帰りが遅い私達を心配していたのか、嬉しそうに出迎えてくれたティオに笑みを返す。ちらりとオッタを盗み見ても、さっきの言葉の続きを言う様子はない。

 何を言おうとしたのかわからないけど、言うべきことならまた言ってくるだろう。



 * * *



「見惚れるくらいなら、さっさと告っちゃったらいいじゃない」


 にまにまと緩んだ顔のまま弟子の腕を指で突くと、面白いくらい嫌な顔をされた。

 ふいと背けられた視線は、私が声をかけるまであの子が着替えるために向かった隣室をじっと見ていた。そんな端から見れば熱い視線も、フィーラは睨まれたとか機嫌が悪そうとしか思ってないのでしょうね。


 オッタは分かってない。

 私があえてオッタがいる日にフィーラを連れ出し、エンがあえて私の家まで迎えに寄越しているのには理由があるというのに。


「師匠を無視するんじゃありません」

「それはバスラとしてのだろ」


 減らず口を叩く反抗期の弟子は、これ以上話すつもりはないとばかりに口を閉ざし、男衆用に買った包を持ち上げた。アンタがそんな状態だと困るのよ。


「人生としての先輩でもあるのをお忘れかしら?」

「……」

「フィーラに縁談が来てるの知ってる?」

「え?」

「やっぱり知らないのね」


 フィーラは現在十七歳。早い女性ならもう結婚していても可笑しくはない。庶民は婚約期間を設けるほうが少なく、縁談が纏まればあっという間に結婚まで進んでしまう。

 フィーラは相手に関係なく、結婚する意思そのものがないようだとエンが言っていた。かと言って、想い人がいて操を立てている様子でもない。


「ずっと傍にいるからって、これからもそうとは限らないのよ」

「……分かってる」


 分かってない。どうせアンタが今思い浮かべているのは、育ててくれた祖父でしょうが。そうじゃないと諭したくなるのを、ぐっと堪える。

 このバカ弟子は周りから言われると頑なになる。見ている側からすれば、さっさと付き合うなり、告白して玉砕されろと思ってしまうのだが、それを必要以上に言えば遠ざかってしまうのだ。


 分かってる。師匠として長い時間を共にしたのだから、アンタの性格だって分かってる。だけど。

 顔を背けたままの弟子の前に移動し、腰に手を当ててじろりと睨みつける。


「よく聞きなさい。ニオの占いで、近々あの子に大きな変化をもたらす(えにし)が複数現れると出たわ。その縁をどう生かすかはあの子自身の決断によって変わるけど、変化前には戻れない。一度あったことをなかったことには出来ないのよ。この意味をよおく考えることね、このバカ弟子!」

「うぐおっ!?」


 隣室の扉が開く気配に、言いたいことを一気に伝える。言ってる間に感情が高まって、思わず腹に一発入れてしまった。振り返れば、フィーラが引き攣った表情でこちらを見ていた。


「ちょっと待ってて」


 入れ替わりで寝室へ行き、目当ての物を手に取る。

 もう恋物語を読む歳でもないとは分かっているけど、ひっそり買い集めた中のとっておき。その表紙に指を滑らせる。


「……これから訪れる(えにし)でもいい。どうか、あの子を繋ぎ止めてくれますように」


 小さく祈りを捧げ、とっておきを押し付けに二人の元へ急いだ。


長くなったので次話と分けて、別キャラ視点を小話的に入れようとしたはずなのに結局長くなってしまった……。

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