19、女子会2
「ようこそ、フェティチェへ」
穏やかな微笑みを浮かべる女性が胸に片手を当てて、慇懃なお辞儀をした。
二階建てのお洒落な建物は、店というより住居に近い。その入り口に護衛が数人と受付が常駐していなければ、店だと思う人もいないだろう。
「主がお待ちかねです」
「ありがとう」
どうぞと開けられた扉を通り、案内に従って廊下を進む。
中は迷路のような造りになっていて、通路の両脇に小部屋がずらっと並んでいる。
ここは貴族御用達の占いの館、フェティチェ。
王都の貴族街のほど近い、高級店が立ち並ぶ中にひっそりと混ざっている。中では占い師が常駐し、客に望まれるままあらゆることを占う。令嬢や子息が悩みを抱えて訪れる事もあれば、パーティーを行う日時を伺いに来る者、果ては一族の進退を憂いて訪れる者もいるらしい。
正面から見れば入口は一つだけども、客同士が鉢合わせないよう入口と出口が分けられいる。時刻調整のため完全予約制で、一見お断りという庶民には縁のない場所。壁も扉も分厚く、室内も廊下も護衛が目を光らせている。
もちろん占い費も、それはそれは可愛くない。私の数カ月分、内容によっては一年分の給金が一度で無くなってしまう。
案内されるまま二階へ上がる。二階は上流貴族や密談向けとなっていて、このフェティチェに雇われている占い師でも限られた人しか使用できない。
「どうぞ」
案内された部屋には良い匂いが充満していた。
大きな窓から入り込む光がカーテンを通して柔らかく部屋を照らしている。窓際に佇む護衛の男が二人見守る中、テーブルでは一人の女性が優雅にお茶を飲んでいた。
「二人とも、いらっしゃい」
ふんわりと柔らかい印象の初老の女性。
カップを置き、護衛に退出を支持する所作まで無駄がない。一礼して去っていく護衛に会釈を返し、すれ違いで中に入る。
「美味しいお菓子を頂いてねぇ、一緒に食べようと思って取っておいたの」
「あら、本当美味しそう!」
「フィーも座りなさいな」
「お邪魔します」
ほわほわと花が飛んでいそうな、穏やかな雰囲気のこの女性は占いの館フェティチェ古参占い師、ミドリ。
ノルの旧友で、バスラにもニオとして籍を置いている。もちろん非戦闘員なので共にバスラとして動いたことはない。昔から気まぐれにお菓子を持って教会を訪れては、ノルとお茶して帰っていく。
「うふふ、二人とも綺麗になったわねぇ」
「フィーラは分かるとして、私にまで言うのはやめてよ。ニオに言われると子供扱いされてるみたいで嫌」
「私にとってはみいんな可愛い子供なのに」
「とっくに大人よ!」
さすがニオ。私が言っても当然とばかりに笑っていたトヴォが顔をしかめている。ちょっと頬が赤いから照れているのかもしれない。
ニオはバスラ創設メンバーだし、エンの母親であるノルと旧友ということは本当に親子ほど歳が離れているのだろう。誤魔化すようにクッキーを頬張るトヴォをにこにこと眺めている。そこでふと気付く。
「ニオはトヴォ達の年知ってるの?」
「年?」
「あ! ちょ、言っちゃ駄目よニオ! フィーラもそんなこと聞きに来たんじゃないでしょ!」
本人が言わないし、ノルも教えてくれなさそうで聞いたことはなかったけど、ニオならどうだろうと何気なく口にすると、トヴォが慌てて遮った。おやまあ、とトヴォを見ていたニオはにっこりと微笑む。
「こう言っているから、トレとエンの年齢だけ教えてあげましょうか」
「駄目よ!」
「じゃあトレだけ。トレは別に隠してないよね」
「そ、うだけど……」
そこまで頑なに隠されるから気になるのだとは言えず、ニオと目を合わせる。バスラとして必要以上に知るのはよくないっていうエンの考えはわかる。でも、拾われてからの十年、私のあれこれを知っているのに、私は彼らについて知らないというのも面白くない。
物静かで滅多に怒らないエン、酒癖と口は悪いけど美人で世話好きのトヴォ、飄々としていて本音がわからないトレ。タイプの違う彼らは仲が良く、昔はしょっちゅう一緒にいたのを思い出す。
「うふふ、トヴォはエン達に年下扱いされたくなかったのよねぇ」
「ニオ!」
「トヴォが一番年下なんだ。じゃあ、」
「あーもう!! その話はおしまい! さっさと本題に入るわよ!」
年は分からなかったけど、一つ知れた。荒い口調で話をぶった切り、行儀悪く机を叩いてニオを急かした。
「今日私達を呼び出したの理由はなに!?」
そう、今日はここに来た理由はニオに呼び出されたから。貴族御用達のここへ来るために、今日は朝からトヴォと共に身なりを整えに行ったのだ。
ニオはフェティチェ内でも上級貴族以上の相手しかしない占い師。客の機密情報を話すことはないが、占いの結果で不穏な影があれば、王宮や私達バスラといった相応な対処をしてくれる場所へ情報をくれる、情報屋でもある。
「そうねえ」
その口ぶりから一つでないことが窺えた。居住まいを正した私達に、ニオはお茶を一口飲んでから話し始めた。
「どうやら、よくない薬が出回っているようなの」
「薬?」
「なんでも意中の相手を必ず振り向かせることが出来るのですって」
「それって、いわゆる惚れ薬ってこと?」
「そうなるわねぇ」
予想外の話題に、思わずトヴォと二人揃って困惑の表情を浮かべてしまった。
確かに来る途中にも花飾りの店が増えて、恋人らしき二人組も多かった。アカネとリツの結婚に触発されたとしても、まさかそんな薬まで登場していたなんて。
「本物なの?」
「フィーラはどう思う?」
疑いつつも興味津々といった体のトヴォはニオを見つめるが、ニオはこちらを見ていた。どう、と言われても漠然とし過ぎて回答に悩む。
「もう少し詳しい情報が欲しい」
「確か、必ず二人きりの時に飲ませるようにって忠告されると言っていたかしら」
「それって、貴族相手だと難しいわよね」
「ええ。だから貴族の中ではあまり被害はないようねぇ。揉み消されてる可能性もあるけれど」
貴族は男女が会話する時に、必ず誰かを付き添わせる。メイドだったり、侍従だったり様々だが、家族や夫婦などのかなり親しい間柄でなければ二人きりになどなれはしない。婚約者ですら二人きりにはしないという。
「飲んだらどんな状態になるの?」
「動悸、息切れ、体温の上昇。立っているのも辛くなるそうよ」
「幻覚を見せるのと、軽い中毒で似た症状になる植物は確かにある。でも、それが惚れ薬って呼べるシロモノかは……」
これらの植物を何かと調合すれば、似た症状は起こせるかもしれない。けど、ただそれだけ。私としては惚れ薬なんていう浮かれた名前ではなく、毒としか思えない。
「どういうこと?」
「惚れ薬と言うからには、特定の人に惚れさせる効力があるってことだよね? 仮にその症状を起こす薬を作って飲ませたとして、どうして相手に惚れるの? 動悸・息切れ・体温の上昇なんて、少し体を動かせば誰もがなる症状だし。何より、急にそんな症状が出たら病気を疑うんじゃないかなって」
ニオが私に意見を仰いだのは、私が薬師の真似事をしているのを知っているからだろう。一般の薬草も扱うけど、レイエンダの森特有の物も独自に調べてる。
この症状を起こせる植物は市場に出回っている普通の薬草で事足りる。でも、体調を悪化させる薬なんて悪趣味なものを作ってどうするのかと怪訝な顔をした私を、ニオとトヴォがきょとんと見ていた。
「……フィーちゃん、一個聞いてもいいかしら」
「なに?」
「恋、したことある?」
「はあ?」
トヴォが頓珍漢な質問をするものだから、思わずオッタに返すような言い方になってしまった。
「何で急にそんな話になるの」
「ああ、うん。よく分かった」
一体何がわかったというのか。かなり含みのある言い方にジト目を向ける。何故か生暖かい視線を返され、頭を撫でられた。意味がわからない。
「あのね、フィーラ。恋した人はね、想い人を見たり話したりすると、走ってもないのに胸が苦しくなって心臓が煩くなったり、頬や全身が熱くなったりするものなの」
「トヴォの経験談?」
「一般論よ。恋物語も読んだことないの?」
子供に言い聞かせるような口調に反発すると、今度は頬をつねられた。痛い。
つまり、二人きりでその薬を飲むことによって、相手を好ましいと思うよう錯覚させるのが目的ということ?
「本当にそんなことで恋と錯覚するかな」
「絶対とは言えないけど、相手を気にする切欠にはなるでしょうね」
「ふうん」
全くもってわからない。
よく一緒にいるのがエンやティオ、オッタやトヴォなので浮いた話なんて聞かないし、復讐のために生きている私には無縁の話だ。分かりたいとも思わない。
「今度、最近流行ってる恋物語を持っていくわね」
「いらない」
「占いが必要になったら、いつでも言ってねぇ」
「しない。それで? その薬が何なの。問題になりそうだから出処を今の内に探して潰せって話?」
二人の余計なおせっかいを一蹴する。女三人でテーブルを囲んで入るものの、この面子で恋談義など始まりようもなく。さらに突かれる前にと、無理やり話を元に戻す。
惚れ薬なんて毒紛いの薬が出回っているなら、被害が少ない内に叩いたほうがいい。常にお付きの人がいる貴族に被害が少なくとも、庶民にはメイドもお付きの侍従もいないので二人きりの状況を作るのはそう難しくない。庶民の間で流行ればいずれディソナンテにも被害が及ぶ。そうなる前に手を打つべきだ。
「出処も噂されているからこそ、困っているのよ」
「?」
うっかりバスラスイッチが入りかけていたけど、どうやらそんな話でもないらしい。困った表情で、ニオが頬に手を当てながらこちらを見てくる。嫌な予感。
「なんでも、噂によると出処はミトロピア家だそうなの」
「……は?」
予想外の名に、惚れ薬と縁遠そうな男が二人、脳裏を掠めた。




