ゆきの日に
「ただいまー」
君の明るい声に、まどろみから覚めていく。近づく足音に、テーブルの下から首を伸ばしてみると、両手でやっとの大きな荷物を抱えて、うっすら汗をかいていた。
雪の降るこの季節にいったい、汗などかくことがあるだろうか。ドサッという大きな音とともに床に置かれた荷物を、右の前足で引っ掻いてみる。
「あっ、それはダメだよー」
ふわっと身体が浮いたと思ったら、あっという間もなくテーブルに乗せられてしまった。訳がわからず見上げると、長い髪を束ねていたリボンをするすると解いて、ふーっと息をついている。
のんびりしている場合じゃない、中身が気になるんだよ。
一声鳴いてみると、見下ろして首をかしげる。「爪とぎたいの?」
違う、と顔をしかめて見せるが、再び首をかしいで洗面所へと消えていった。
君が汗を流してまで運んできた荷物。ぴょんと飛び降りて近づいてみる。ひげを跳ねさせにおいを嗅いでみるが、どうやら食べ物ではないらしかった。
引っ掻いたら怒られちゃうし。君の困るようなことはしたくない。
とりあえず、大きな荷物の周りをぐるぐると回ってみる。真っ赤な、布の袋。月と同じ色の太いリボンで、上の方がくくられている。近所でもう何年も野良をやっているあの猫よりも大きな荷物だ、さぞかし重たかったろう。
君にこんなものを持つような力があったなんて。
感心しながら、なおもグルグルやっていると、シャワーの音が聞こえてくる。その向こうには、途切れ途切れの君の歌声。いつもの自由に作曲する歌じゃない、このところは毎日これを歌っている。
「手の……た白いゆ……」
シャワーの音が大きいせいで、ほとんど声が聞こえない。君の、透明な歌声が聞きたい。
尻尾を曲げて、洗面所へ入る。脱いでそのままのワンピース、トレンカ、アンダーウェア。隣にちょっと失礼して座り込むと、水音が途切れて、君の鼻歌がよく聞こえた。メロディーだけのこの部分は、間奏というやつだろう。
そこじゃないんだ、君はさっきなんて歌っていたのか教えて。
「手のひらに乗った白い雪ひとひら とけて消えてった笑顔」
透きとおった声が紡ぐ言葉。やっと聞こえたと目を閉じて、ピンと耳を立てて聴き入る。
「目の前で散ったぬくもりのカケラ 雪が隠してくれるから」
鼻歌に切り替わって、シャワーの音がまた重なる。もっと、聴いていたかったのに。
「……スマス……〜♪ ……って、どうしたの、こんなところで」
突如浴室のドアが開いて、白いもくもくの中から君が現れる。ナイトウェアを着る前の飾らない姿に、なんだかもじもじして見上げた。
「どうしたの。待ちきれなかった?」
桃色の大きなタオルに包まる君が笑った。てっきり怒られるかと思っていた僕は、きょとんとしてしまう。
今日の君は、いつになくご機嫌みたいだね。
僕も嬉しくなる。そう伝えたいのに、ニンゲンじゃない僕の声はきっと、にゃぁ、としか聞こえないのだろう。がっかりしながら裸に背を向け、歩き去ろうとする。
「ふふ、なあに? だって、今日は特別な日でしょう」
ぴくん、と両方の耳が跳ねた。なんだって、今の君のセリフは、まるで僕の言葉に答えたみたいじゃないか。
振り返り見ると、もうアンダーウェアをきっちり身につけて、ふわふわとした生地のナイトウェアに手を通している。
「もうすぐだから、待っていてよ」
ふふふーっと、イタズラを思いついたときと同じように笑う。
なんだかめずらしくて、同時にその表情がとてもかわいらしくて、へたり、と座り込んでしまった。君が幸せそうにしているのは、僕だって嬉しい。けれど、あんまり幸福感のあふれる顔を見ると、自分がケモノだってことを忘れてしまう。ずっと見ていたい、なんて思ってしまう。
「はーい、それじゃあ行きますよー」
するんと白い君の腕に抱かれ、リビングへと戻る。シャワーから上がったばかりでほのかに湿っている肌が心地よくて、ドキドキしていた気持ちが落ち着いた。
君がいつもお尻をのせている淡い水色のクッションに下ろされると、なんだかワクワクしてきて、立ち上がった。尻尾を揺らして、大きな荷物に手をかける様子をじいっと見入る。
「もー、いい子にしてないとあげないぞー?」
しゅるり、と気持ちのいい音がしてリボンが外されると、ほわっと広がる、袋の口。じんわりとした動きがもどかしくて、ジャンプして中へ飛び込みたくなるけれど、もう少しの辛抱だ。繊細な君の指先が袋を掴んで、左の腕が中へ飲み込まれていく。
ごくんと喉を鳴らし、待ち構えていると、ついに中のものが現れた。
白い、大きなクッションのように見える。いま僕がのせられているものよりも、一回り大きくて、なんだか少し固そうだ。それに、丸くおおきなくぼみがあって、なんだかおかしなクッション。
「これが何だか、わかるかな? キミのベッドだよ」
ベッド。僕の。君がくれた……
「ふふ、クリスマスプレゼント。気に入るといいなぁ」
ニコニコが止まらない君に、僕はますます首をかしげてしまう。けれど、白い新品の「僕のベッド」が目の前に置かれると、好奇心を我慢できなくて、そろりと前足を乗せてみた。
わぁ、ふわふわだよ。
今までに踏んだことのない感触に、急いで後ろ足まで乗せながら見上げると、君と目が合った。じいっと真剣な瞳に見入られ、しばらく。やがて君が満足そうに頰をゆるめると、僕も安心して座り込んだ。
「メリー・クリスマス」
つぶやくような君の声が魔法をかけて、部屋の温度を二度上げた。




