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敵役で行きましょう!  作者: 茶とら
2/2

勇者からの逃亡者

 ボサボサの頭。ボロボロの服。奇麗と言うのには程遠良いその格好は、リオにとって慣れ親しんだものだった。

 だからと言って好んでそのような格好をしている訳ではない。

 可能であれば、リオ自身としてはいたって普通の小奇麗な格好で日々を過ごしたいと思っているのだが、残念ながら今の彼女を取り巻く環境下では無理であった。

「なんで道尋ねただけで殺されかけなきゃならないのよ……」

 立ち寄った町での必需品を変え揃えるにあたって道を尋ねただけで、彼女の格好はより一層ボロボロになったが、既にボロボロなものが、なおボロボロになってもさしたる違いは周囲にはわからない。

 限度を超えればボロボロだという表現以外にしようがなくなるからだ。

 英雄王の国ソレイユの首都エスぺランを旅立って二日。

 リオの特殊な体質を受け入れ支援してくれた英雄王の国ソレイユの宰相であるハロルドが、とても気を使って揃えてくれた丈夫な衣服や道具等は、たった二日で物凄く使い込んだ代物……もといボロボロな代物になっていた。

 彼女の持ち物に奇麗なままの姿を保てているモノは何一つとして無い。

 全てが恐ろしく早い周期で使いつぶされてゆき、あっという間に手元から離れていく。

 彼女がずっと持っている物は、彼女自身意外存在していなかった。

「何とか乾燥肉は買えたし水も確保できたから、暫くは飢え無くて良いけど、これは流石に前途多難過ぎるって私」

 大きく肩を落としてため息をついたリオは、なんとか手に入れた乾燥肉を小さくナイフで切り取り、一口分を口に入れただけで食事を終了させた。

 今回の様な事が今後ずっと起こるのかと思えば気が滅入りそうだと、沈黙する彼女の表情が明確に語っていた。

「閣下はいったいどうやって旅をしてきたのかしら」

 リオの旅立ちを温かく見送ってくれた宰相ハロルドは、リオと同じ体質を持つ壮年の男であった。

 ハロルドは英雄王が英雄王たる名を与えられるきっかけとなる戦場に出て居た頃に、味方殺しという身に覚えの無い罪を着せられて殺されそうになった所を友人に逃がして貰い、それから放浪の旅をしたと言う。

 その歳月はいかほどかは詳しく教えられなかったリオであったが、歳に似合わぬ白髪頭と顔に刻まれた深いしわが、彼の苦労を物語っていたことに、今彼女は身を持って知ることとなったわけである。

「閣下のように、自分の事を正しく理解出来る者を探すことが目下の課題だな、これは」

 リオの体質は、同じ体質である宰相ハロルドにはなんら影響を与える事が無く、またハロルドの腹心や屋敷に仕える使用人達もまた、リオの体質……正確にはハロルドの体質と同じリオの体質の影響を受けることなく、いたって普通の生活をする事ができていた。

 明確な所はわからないが、ハロルド自身が手を差し伸べ助けた者は、彼の体質の影響をうけなくなったのではないかと、ハロルドは言っていたため、リオはその意味を考えながら旅をすることとなったのだが、最初の最初でこの有様とはいかがなものかと、物凄く、それはそれは物凄く思っていた矢先の所で、何かを思い切りふみつけてバランスを崩して地面に倒れ込む羽目になった。

 倒れ込む直前に小さく足下からうめき声が聴こえた気がしなくもないなとぼんやり思いながら、疲れ切った体に鞭を打つようにゆっくりとした動作で態勢をたてなおしたリオは、踏みつけたと思われる何かの正体に目を向けた。

「ああ。人か」

 リオが思ったのはそれだけである。

 人を踏んで悪いと思ったりは一切しなかった。

 むしろそこに寝転がっている方が悪く、踏みつけられても文句は言えないだろうとすら思っていた。

 大分彼女の心は荒んでいる感が否めなかったが。

「悪いね。じゃっ」

 人に関わればろくな事が起きないリオの体質であるから、踏みつけた人物を全力で放置する方針で立ち去ろうとしたところで、何故か足首を掴まれて再び倒れそうになり、思わずその手を解こうと動かした足が、見事もう一度倒れている人物に追い打ちを書けるような形で、その人物の頭にヒットした。

「ぐふっ!!」

「あ。悪い」

 不可抗力ながらヒットした攻撃に反射的に誤ったリオだが、それでも離れないその手をどうすべきか考えた挙句に、面倒事になる事を覚悟で、倒れている人物を見下ろした。

「おい行き倒れ。お腹すいてんの? それとも病気? それ以外なら何?」

 地味に苦痛に悶えている様子のその人物から、しばしの間をおいて返ってきた返事はこうだった。

「……たすけてください」

「主語をはよ」

「……どうか、勇者様から僕を助けてください!」

「………………はあ?」

 思わぬ内容に、正直に疑問符を全力で口にしたリオだった。






 行き倒れて居た所をリオに踏みつけられ、さらに不可抗力ではあったが頭を蹴られて悶絶うっていた人物は、エリオットという青年で、英雄王の国の王都の下町の宿屋で給仕をしていたという、いたって普通の青年だった。

 既に二十二だという年齢にしてはやや若く見える顔立ちで、黒く真っすぐとした髪が左の前髪だけ少し目にかかる程度に長くカットされており、それが何故か彼を愛らしく見せて居た。

「勇者様って、勇者マリアのこと?」

「たぶん、はい」

 起き上がってもまだ座り込んでいるエリオットは、リオの姿がしっかりと目に入ってもなお、彼女の体質に影響を受けている様子がなかった。

 何時もならば、目を合わせた瞬間に、良くわからない罵詈雑言を浴びせられたり怯えられたりされるものだが、そう言ったものは一切なく、真っすぐに彼はリオを見返してきている。

 だからリオの方も、まともに彼と会話をする気になった。

 そして、エリオットの話はこうであった。

 魔王の討伐を任命された勇者マリアは、仲間を集めるべく王都を歩いていた。そこでたまたま食事をするためにエリオットが働く宿屋の食堂に姿を現したマリアにたまたま見染められて、ふと気付けば身体が勝手に勇者を口説くという反応をするようになった。別にエリオット自身は勇者の事を何とも思っていないのに。

 日を追うごとにその反応は顕著になり、気付けば勇者を見れば訳もわからず愛しているようにすら感じるようになったのだと言う。

 これはいよいよ何かがおかしい。

 そう感じはしているのに、勇者という存在事態にずるずると意識が持っていかれていって、日を追うごとに身動きが取れなくなってきている自分をおかしいと思っているのにどうしようも出来ないでいたエリオットだったのだが、何かをきっかけにそれがほんのわずかの時間だけ開放されたのだと言う。

「ある時急に勇者様の存在から解放された時間がありました。何故そうなったのかはわかりません。けれど、僕は今しかないと思って、着の身着のままで王都から逃げ出しました。王都から離れていくうちに、また少しずつその勇者様の事が僕の意識を支配していく感じが戻ってきて、それが嫌で一生懸命に足を動かしました」

 だが、なりふり構わず王都から逃げだしてきて、勝手に持っていかれる意識を振り切ろうと必死に足を動かして居れば、お腹はすくし大変疲れてしまった。

 そして、とうとう倒れで身動きが取れなくなってしまい、倒れ込んで休んでいたところを、見事リオが踏みつけたという訳である。

「痛かったです……」

「あー……いや、なんて言うか、申し訳なかったわね……」

 ある意味災難続きの彼に追い打ちをかけたのはリオだったのは確かなので、リオ自身も体質のせいでひどい目にあった直後での出来事であっても、罪悪感はあったために、正直に謝罪をした。

「しかしそうか、勇者にはそんな力があるのか」

「勇者様をご存じなんですか?」

「知っているとも。それはよくね」

 リオが知らないはずは無かった。

 同じ学び舎の住人だったのだから知らないはずがないのだ。

 つい先日もう顔を合わせる事が無いだろうと思ってこっそり物凄く喜んでいたのに、エリオットという青年を踏みつけてしまったことで、どうやら再びあの勇者と相まみえる事になりそうな気配を感じて、心底嫌そうな顔でリオは盛大にため息をついた。

「勇者ってのも、私と種類は別として、補正とやらがあるのかもしれないわね」

「補正?」

「何でもないわ。こっちのことだから」

 ぼさぼさになったままの髪をガシガシとかいて、しばしば考え込んだ後に、リオはエリオットに告げた。

「まあいい。本当に助けられるかどうかはわからないけど、手はかしてあげる」

「本当ですか!?」

「けどそれには条件がある。その条件を飲んだ場合だけ、手を貸してあげよう。どうする?」

「……条件はなんですか?」




 エリオットはこの時のリオの様子を後々こう語っている。

『まるで悪魔の甘いささやきのようでした』と。




 リオは告げた。

「私の身の回りの世話をしなさい。給仕だったんだから、それくらい簡単でしょう?」

 みすぼらしく汚らしい格好をした怪しい女以外の何者でもないはずのリオのその言葉に、エリオットはほんの一瞬の間をおいただけで、すぐに首を縦に振った。

「その条件。――――飲みます」



 こうしてリオとエリオット、二人の出会いがあった。

 そして二人がまったく予期しない所で、勇者マリアの魔王討伐の物語の序章として、勝手にリオは敵認定されていた。

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