極寒の大地
「総員待避!」
「なんだあれは!?」
特戦群が見た物とは―――――
守備隊の屍を越え、3つの分隊が通路奥の鋼鉄製の扉に張り付いた。
よほど重要な場所なのだろう・・・
ロシア語で大きく関係者以外立入禁止と表記があり、電子ロックや指紋照合など数々のセキュリティが設置されそれを物語る。
「アルファリーダー?」
隊員の一人が指示を仰ぐ
「解除する時間は無い!構わん、爆破しろ!」
西郷の命令により行動に移る隊員達。
直ぐに後方で待機していた隊員がバックパックからブロック状の塊を取り出しドアへと貼り付ける。
C-4プラスチック爆薬である。
申し合わせたかのように隊員達が遮蔽物へと身を隠し・・・
「点火!」
その号令と共に爆音が響き渡り、粉塵を舞い上がらせ扉が吹き飛ぶ!
粉塵が収まらぬ中、彼等は再度入口へと張り付いたのだ。
入口に近い2名の隊員が爆破で開けられた入口から小銃えを入れ、銃に付けられたガンカメラで内部を確認する。
その映像がリンクしてある各隊員のゴーグルに流れ、西郷もそれを確認し命令を下すのだ。
「突入!」
次々に内部に突入する隊員達。
入ると同時にそれぞれが定められた方向を警戒する。
「?」
照明が落とされた巨大な格納庫らしき場所・・・
空調が作動していないのか、外気温に近い冷たい空気が肌を刺す。
暗視装置から見える緑色の視界に人影は映らず、巨大なシートに覆われた2つの物体が目に付いた。
(隠れるとしたらあそこしか無いだろう)
そう思った西郷は再度命令を下す。
「アルファ2、アルファ3、前方の物体を検索!他は待機、警戒しつつ彼等の援護を!」
遮蔽物に身を隠し見守る隊員達。
示された2名の隊員が中央にある巨大な物体に接近を開始する。
すると・・・
キュィーーン!
突然、何かが起動した音が響き渡る!
それと同時に格納庫の照明が一斉に点灯したのだ。
「!?」
驚きつつ、暗視装置を上げ辺りを警戒する特戦群。
そんな彼等に謎の物体から拡声器の声が向けられた。
「おやおや、スペッツナズかと思えばこんな所まで黄色い猿が来ているとは」
「施設局長のラドチェンコだな!」
その声に反応した西郷が飛び出しそう答えた。
「いかにも、私がこの施設の局長ラドチェンコだ。イエローモンキーの諸君!良くここまで辿り着いた。褒めてやる!」
と、シートの向こう側からラドチェンコの流暢な英語が聞こえて来る。
「諦めろ!この施設は軍が完全に包囲している。投降するんだ!」
すかさず投降を呼び掛ける西郷だが・・・
追い込まれて居るはずの彼の言葉は、それを微塵も感じさせ無かったのである。
言霊・・・古来より言葉には不思議な力が宿るとされて来た。
それが本当かどうかは解らないが、言葉に力が宿るのは間違い無いのだろう・・・
拡声器越しではあるが、西郷にはそれが嫌と言う程伝わって来ていたのである。
(何かある!)
そう感じた瞬間、先程から聞こえる機関音が更に高さを増し、シートに覆われた2つの巨大な物体が微かに動き出す。
バシュン!
初めて耳にするその音と共に、先程指名した2名の隊員が赤い閃光に包まれ、一瞬にしてその2人の人間を蒸発させたのだ。
「関根!山口ぃい!!」
2人の名を西郷が叫ぶ。
そして、その光景を見た隊員の1人が引き金を引いたのだ。
命令無しの発砲・・・
普段なら絶対に起こり得ないそれは、数分前に経験した仲間の死と、目の前で散った仲間の死という物が隊員を変え瞬間だった。
そして、銃声は連鎖反応を引き起こすと、その場にいたほとんどの隊員が発砲を開始する。
「撃ち方止め!撃ち方止め!」
小隊長クラスと橋本、そして西郷が止めに入り、その事態は終息するのだが・・・
シートに穿たれた無数の弾痕・・・
その上には、あの赤い閃光を発した跡と見られるバスケットボール大の穴が空いていた。
「ほう・・・私をそんなに生け捕りにしたいのかね?」
再び聞こえるラドチェンコの声。
指揮官が発砲を止めさせた意図が完全に彼に伝わっていたのだ。
そしてラドチェンコが再度話し始める。
「残念だが、捕まる訳には行かないのだよ。私にはまだまだやらなければならない事が山程あるのでね。
襲撃が後2~3日早かったら・・・そう言ってられなかったのかも知れないが、本日完成した我が最高傑作『バウーク』を眺め、この施設と共にロシアの大地に眠るが良い!」
そう言うとシートが剥がれ、謎に包まれた2つの物体がその姿を特戦群の前に現したのだ。
「なんだあれは!?」
隊員の1人がそう呟く。
それは誰もが思った事であろう。
戦車かそれに類似した車両か何かだと思っていた彼等の目前には、その予測を遥かに超えた物が現れたのである。
その物とは・・・
全長が約18メートル・・・いや、20メートルはあるだろう。
メタリックシルヴァーに輝くスリムな流線形のボディー。
タイヤや履帯では無く8つの脚がその身体を支えている・・・
ロシア語で『バウーク』とは、蜘蛛を指す言葉であると不意に西郷は思い出した。
まさしく、その名の通り巨大な銀の蜘蛛が彼等の前に現れたのだ。
「こんな物が動くのか?」
西郷の隣りに出た橋本曹長がそう呟く。
先程、隊員らがそれに向かい発砲したのだが、その白銀の機体は傷すら見当たらない。
手持ちの火器で対処出来ない事は誰の目から見ても明白だった。
それでも任務を遂行しなければ成らないという気持ちと、散って逝った仲間の為にという気持ちが彼等をそこに留まらせた。
それに、2名の隊員を消し去ったあの兵器が発射されれば、この場の何処に身を隠そうが防ぐ事も適わないのだと皆が思っていたのかも知れない。
そんな中、2匹の化け蜘蛛はその8本の脚を巧に動かし立ち上がる。
それと同時に格納庫内のスピーカーから電子音が鳴り響き、オレンジ色の回転灯が回り、床が動き出す。
「!」
驚きながらも、西郷はそのエレベーターに近寄ろうとする!
だが、足を1歩進めた瞬間、1体のバウークの背中が浮き上がり、砲らしき物が彼に指向したのだ。
2人の隊員を蒸発させた数分前の光景が脳裏を過ぎり足が止まる。
それを嘲笑うかのように、化け蜘蛛を載せたエレベーターは上へ上へと昇っていったのだ。
ふと、西郷はある事に気が付いた。
ラドチェンコが言った最後の言葉・・・
あの装備があればここにいる全員を苦もなく排除出来た彼等がそれをしなかった理由・・・
「総員退避!全分隊及びロシア軍に連絡!速やかにこの施設より退去しろ!」
それに気付いた彼はそう叫び部下に命令すると格納庫を後にする!
簡単な事だった。
ラドチェンコは、この施設を何等かの方法で処分する!
恐らくは大量に仕掛けられた爆薬で我々やスペッツナズ、その他すべての物を・・・
後悔・無念・怒り・悲しみ・・・色々な思いを抱きつつ彼等は地上へ向け全速力で駆け出していた。
その頃、特機小隊は・・・
作戦開始から全機体が特戦群の無線に耳を傾け、その状況を見守っていた。
だが、数分前から第1、第2、第5、第6の4個分隊のビーコンが消え、かろうじてノイズ交じりの無線を傍受出来るだけの状況になってしまったのだ。
原因は不明・・・だが、何処か重要な区画に突入したのだと思われた。
その前の戦闘で特戦群に数人の死傷者が出ている事も・・・
伊達と遠藤が元・特戦群である事はご存知だと思う。
約3年前まで居た原隊。
当然、いま指揮を取る西郷1佐の事も知っている。
西郷、伊達、遠藤は同じ中隊に居たのだから・・・
3年前の青森での任務、その他の任務や訓練、演習等で一緒に行動した仲間達・・・
ビーコンが消える前の戦闘で出た死傷者リストにも知っている名前が混じっていた。
だが、助けたくても2人にはどうする事も出来ないのだ。
あくまでも彼等に与えられた任務は、SFGの援護と護衛・・・
援護と護衛なら行動出来ると思うだろうが、彼等は余程の事が無い限り、その姿を出せぬ機密部隊なのだから・・・
8年前、日本の法律を変えた大きな事件があった。
その年、日本は国際社会の流れで初のPKF(国際平和維持軍)をアフガニスタンに派遣する事を決めた。
法律もあやふやなまま送られた自衛隊員。
イラク派遣が無事だった事や、アメリカ軍が完全警護すると言った事、そして政治家の安易な考えで決まった派遣から3日目。
あるTV局が日本隊の駐屯地を取材に来た時の事だった。
ゲートの側で笑顔を振り撒きインタビューに答える隊員の脇を猛スピードのトラックが突っ込み、爆発。
幸か不幸か、カメラマンは無事で隠れてカメラを回し続け、その一部始終をカメラに記録した。
爆発で負傷し、のたうち回る隊員の姿・・・次いで、もう一台トラックが到着すると武装した男達が降り発砲が始まる。
AK47の激しい銃声やRPGの飛翔音、自衛隊員がバタバタと倒れて行く。
中には手を上げ投降の姿を見せる隊員もいたが、その隊員も次の瞬間には頭から鮮血を放ち倒れていた。
発砲基準を満たし反撃出来るにも関わらず、発砲もせずに死んで行く隊員の姿・・・
後に公開されたそれは、国民に大きな衝撃と現実を突き付けた。
その時見た映像は今でも克明に覚えている。
あの時抱いた感情や無念さ・・・
待機中の彼等は、その時に似た思いでSFGの無線を傍受していたのだ。
そんな中・・・
3号機からSFGのビーコンを捉えたと言う無線が飛び込んで来る。
場所はビーコンが途切れたすぐ近く。
街の地図でいう第1、第2機動エレベーターの中間よりやや上の場所である。
そして聞こえる「総員退避」と西郷の声。
日露共に騒然となる。
西郷の命令の意図が掴めない特機小隊。
彼等はラドチェンコと西郷の会話を知らないのだから・・・
しばらくすると、3号機の無人偵察機がゲートからパラパラと退去するスペッツナズやSFGの隊員の姿を映し出す。
表示されたSFG隊員を示す小さな光点も示された退避エリアに向け集結していった。
そして、各分隊から西郷の元に異状の有無が逐次報告されていく・・・
だが、隊長である西郷はまだ施設内部に居たのである。
第1分隊を示す青色の光点の最後尾、それが西郷だと思われた。
出口まで後、50メートル・・・
(もう少し!)
と、遠藤が心の中で呟いた瞬間、施設が爆発したのだ。
エレベーターや入口から爆炎が吹き出し、地面を伝い特機小隊の元にもその衝撃を伝える。
西郷達、第1分隊のビーコンが消えていた・・・
それを見た瞬間、カッと血液が沸き上がる感覚に襲われ、遠藤はスティックとスロットルレバーを握り、歯が折れるのではという位に噛み締めた。
すぐにでも彼等の元へ行きたい!
だが、それは叶わない。
与えられた命令、任務、規律・・・これが守られてこそ軍人であり、武装を許された組織なのでは無いだろうか?
例外も無い訳では無い。
だが・・・
彼等はそれぞれの思いを抱きつつ、隊長である伊達の命令を今か今かと待ち望んでいた。




