Operation Start
「・・・作戦開始」
ベンヌとの戦いが今、始まる。
第5連邦技術開発局
中央ゲート入口 18:55
黒塗りの高級車が大型バスを引き連れ、街の中心に近いスーパー脇の駐車場へと入って行く。
車内には制服に身を包んだスペッツナズ第1小隊の隊長、プシキン大尉が高官に偽装し後部座席に腰を据えていた。
後ろのバスも同様で偽装した隊員達が乗車している。
そして2台の車両は螺旋状のトンネルをゆっくりと地下へ向かい下って行った。
ナジェージタとは、ロシア語で『希望』を意味する言葉で本来ならば、この国の為に必要な施設のはずだった・・・まさか自国の施設を攻撃しなくてはならないと言う複雑な気持ちを胸に、プシキンは窓の外を眺めていた。
あっという間にトンネルが開けコンクリートに覆われた施設のゲートが見えると2台の車両は停車する。
ドライバーが後部座席の窓を開けると警備兵が顔を覗かせプシキンに敬礼をする。
正規のルートを利用し連絡しているとは言え一番緊張する瞬間である。
降ろした右手が自然と隣に置いてあるコート下のマカロフ拳銃へと伸びていく・・・
ドライバーから受け取った証明書と彼等の顔を見比べる警備兵・・・彼の右手もさりげなく腰のホルスターに添えられているのを目で追いつつ様子を伺う・・・
そして・・・
警備兵の口が開き・・・
「確認しました。通行を許可します」
そう言いながらゲートの開閉を他の警備兵に指示し、所定の位置へと下がっていく。
ゆっくりと金属製の扉が開閉しそれに合わせるように車も前へと進み出す。
(いよいよだな!)
プシキンはゲートを通過した事を告げる為、拳銃脇の通信機のコールボタンを2回押し、本部に作戦開始の合図を送る。
そしてグリーンのランプが2回点灯したのを確認すると顔を上げたのだ。
「・・・あれは?」
突然、ドライバーが呟くようにそう口にした。
それに合わせプシキンも前方に視線を移す。
完全に開いた扉の向こう側に大型の車両が道を塞ぐ形で停車していたのだ。
「!?」
その車両を確認した瞬間プシキンは叫んだ。
「ハンドルを切れ!」
その言葉と同時に車は急ハンドルで壁に向かい、同時にトンネル内に轟音が轟いた。
前方の黒い車体から紅蓮の砲炎!それと同時に車が壁にぶつかる衝撃が彼を襲う。
次いで着弾音が施設内に木霊した。
低速で走行していた車両は直ぐに止まりプシキンと助手席の隊員が車外に飛び出し車体の陰へ。
そして、後続の大型バスに目を向ける。
バスも先頭車両と同様に左にハンドルを切り回避を試みたのだが・・・
通路を塞ぐ形で停車したバスの中央から後ろは、APFSDS弾(徹甲弾)の直撃を受け切り裂いたかのように車体をえぐり、バラバラになった隊員が車内や車外に散乱していたのだ。
「くそっ!」
こぶしを車体に叩き着けながらプシキンが叫ぶ。
「生存者の確認!直ぐに待避だ!」
そう言いながら車両の陰から前方を確認しつつ座席下のAK74を取り出し、初弾を装填する。
(あれがHEAT弾だったら・・・もっと被害が出ていただろう・・・)
そう思いつつ通信機に手を掛ける。
だが・・・直ぐに次弾を装填し終わった前方の黒い車体の砲塔が、ゆっくりとプシキンの車両へと照準を合わせたのだ。
「隊長!危険です!」
それに気付いた隊員がプシキンの腕を掴む。
「しかし、まだドライバーが!」
「隊長が死んだら誰が指揮を取るんですか!」
強引に腕を引かれながら非常口と書かれたドアの中へ――――
その瞬間、HEAT弾が彼の乗っていた車両へと着弾したのだ。
再度響く轟音と共に、バラバラに飛び散り火だるまなりながら宙に舞う車両の残骸。
彼の元にも衝撃波と熱風を伝え、残骸が地面へと激しく叩き着けられ燃えている。
「生存者は?」
「隊長以下11名です!」
「32名が!?」
「はい!内、重傷者が3名います。まともに戦えるのは8名だけです」
そんな会話の中、バスに再度砲撃が加えられた事を告げる爆音が轟き施設警備兵の銃撃がドアに当たり跳弾が嫌な音を立てて跳ね回る。
「砲撃が届かない所まで下がる!負傷者を優先しろ!」
そう言いながらプシキンは唇をぐっと噛むと、無線機を取り出し本部へと交信した。
ナジェージタ郊外
ロシア軍戦闘指揮所 19:05
全ての部隊が行動を開始した事を確認したマルゲロフ大佐。
彼は大型のスクリーンの前に陣取り葉巻を加えていた。
指揮所内には独特の香が立ち込め差し出されたコーヒーからは湯気が立ち上る。
そこへコール音が鳴り響きオペレーターが受け答える。
訓練と何もかもが変わらない。
(どうせ、遅れた部隊の報告か何かだろう・・・)
彼はそう思い少しづつ移動する各部隊の光点を眺めていたのだった。
しかし、彼のそんな軽率な思いは作戦開始5分で打ち砕かれる事となる。
「大佐!」
オペレーターが叫び彼の方を向く。
「第1小隊が襲撃を受けました!」
「なにっ!」
「襲撃したの間違いではないのか?」
「いえ!アンブッシュ(待ち伏せ)により目標に到達出来ず、敵重戦闘車両出現、死傷者多数と報告あり」
「なんだと!直ぐに1個戦車小隊を支援に回せ!それと各部隊に連絡しこの事を知らせるんだ!」
「了解」
一報により騒然とする指揮所。
オペレーターが襲撃の事を各部隊に知らせる前に、各部隊から銃声や叫び声の交ざった無線が飛び込んで来る。
「こちら第2小隊!施設警備隊と交戦!現在応戦中!」
「第3小隊!アンブッシュ!小隊長戦死。副長が指揮を取る!」
「こちら第4小隊だ!エレベーターが動き出した!見た事の無い戦車が出て来たぞ。戦車を回してくれ!これじゃ進めない!」
スクリーンに映る各部隊の光点が白から交戦している事を告げる赤へと切り替わり、瞬く間に画面を赤く染めて行く。
「一体・・・何と交戦しているのだ?たかが研究施設で・・・警備兵ごときに特殊部隊が苦戦するとは・・・どこにそんな戦力が・・・」
画面を見つめ彼は呟く。
が、直ぐに我に返り葉巻を投げ捨てるとオペレーターに指示を出した。
「待機している第5小隊を第1小隊の支援に。第2戦車小隊も直ぐに街に突入させるのだ!ヘリも全て上げろ!味方以外の移動物は全て敵だ!撃破しろ!第6小隊は2個分隊に分け第3第4に支援しろ!」
「了解!」
一方的に始まるはずだった彼等の攻撃の火蓋は爆音と共に、予想外の結果で幕を開ける事となったのである。
同時刻――――
ナジェージタ郊外
「・・・時間だ」
西郷がそう言うとそばにいた橋本曹長がコクリと頷き左手を倉庫に指向し数回振る。
すると、単眼の暗視装置を付けた6人の隊員が倉庫の入口に張り付き進入路の安全化に取り掛かる。
ワイヤートラップは無いものの、セキュリティーシステムは生きている。
それらを1つ1つ手早く確実に潰していくのだ。
そして隊員の1人が赤外線ストロボで安全化完了の合図を送る。
「いくぞ!」
西郷の声と同時に林で待機していた残りの隊員も倉庫へと走り出す。
彼らが倉庫内に入る頃には先に侵入した隊員がダクトの入口を確保し突入の準備を進めていた。
この施設には3つの入口が存在する。
正面ゲートと偽装された機動エレベーターが2つ。
今回の作戦ではロシア軍がその3つの入口から突入。
陸自SFGは反対側にあるダクトより侵入し挟撃する作戦が立案されていた・・・
ロシアの施設だから当然と言えば当然なのだが、こういう場所からの侵入は体格が小柄な日本人の体型を活かした有効な戦法であり、敵の虚をつき退路を絶つには最適だと西郷自らこの場所を選んだのであった。
実際、ベトナム戦争でベトナム軍の地下トンネルの攻略に日系人やアジア系の小柄な兵士が活躍した記述もあり、食生活が欧米化し体型も大型化してるとは言え、平成の忍者と言われる彼らに適任な場所であったのではないだろうか?
そして話は元の倉庫へと戻る。
「第1分隊、侵入準備完了!」
分隊長が西郷に報告する。
「よし。常に敵を意識して行動しろ!」
「了解!」
そう言うと彼等はロープを掴みそれをカナビラに通すと身体を回転させた。
逆さまの状態になりサプレッサーの取り付けられた89式短小銃やハンドガンを持つと普通の降下と変わらない速度で暗いダクトの中へと消えていったのだ。
それから3分後・・・
降下地点の安全化も完了し第2小隊共に無事彼等は施設内へとたどり着く。
そこにロシア軍の通信が飛び込み、彼らが交戦している事実を知る事となるのだ。
西郷はしばし沈黙する・・・
「・・・予定は変更しない。我々の与えられた任務を遂行する。各分隊行動開始!」
と告げ自らも分隊を引き連れ施設内部へと消えて行ったのだ。
――――そして話は少し逆戻る。
第5連邦技術開発局
地下3階 所長室 18:50
「入ります」
そう言いながら部屋へと入室して来たのは、この施設の警備主任のミハイラ ガーリンであった。
彼はロシア連邦軍バイカル軍管区・第367歩兵連隊所属の大尉の肩書きとこの施設の警備主任と言う2つの顔をもっていた。
が、それもラドチェンコ同様に本当の顔では無く、民間軍事会社ホワイトクリフの少佐と言う顔が本来の彼の素顔なのである。
「局長、どうしました?急に呼び出したりなんかして」
彼はそう言いながら中央のソファーへと腰を下ろす。
「19:00から軍の視察がある事は知っているな?」
ラドチェンコは彼にそう尋ねた。
「はい。通達が私の所へも来ましたので・・・それが何か?」
「嫌な予感がしてならないのだよ。確かに今までも不定期の視察はあったのだが、今回は特に変だと感じてな・・・本社から情報は入っておらんかね?」
「上からは何も情報は来ていませんし、軍に不穏な動きがあるという情報も私には入っておりませんが?」
「そうか・・・だが、私の感は良く当たるのだよ。念のため各部隊に視察が終わるまでの間、警戒につかせてくれたまえ。それと客人のチェックも怠るな!」
「局長がそう言うなら・・・配置に付かせましょう。それではこれで」
そう言うとガーリンは部屋を後にしたのだ。
それから10分後・・・
中央ゲートに黒塗りの高級車と査察官を乗せた大型バスが進入して来る。
ガーリンは警備室のモニターでそれを確認していた。
(命令書も本物だ・・・何も問題はないな)
そう思っているとオペレーターの1人が彼を呼んだ。
「少佐!」
「なんだ?そんな声を上げて?」
「これを見て下さい!」
警備兵はそう言うと素早くキーボードのエンターキーを叩く。
すると、モニターが白黒の画面に切り替わり全員の視線がそれに集まったのだ。
彼らが見ている画面はX線システムによって映し出した車両の映像であり、本来この施設には無い装置なのだが・・・ベンヌが設置を義務付けた西側の最新装備の1つであった。
そして、そこに映し出された映像にははっきりと彼らが武装している姿が克明に映し出されていたのだ。
「これは!」
そう呟いたガーリンはすぐにパネルの通信ボタンに手を掛け話し始める。
「ゲート、そのまま車両を通過させろ」
「そして・・・全警備兵に告ぐ。直ちに戦闘配備につけ!繰り返す・・・総員、戦闘配備!視察はフェイクだ。やつらをここから生かして帰すな!」
そう言ったガーリンはすぐさまラドチェンコへと電話を繋いだ。
≪ガチャ!≫
「私だ・・・」
「局長!ガーリンです。局長の感が当たりました。視察は偽装です。彼らは武装していました」
「何!?・・・本当か?」
「はい。総員戦闘配置に付かせました」
「ついに政府にバレたという事か・・・」
「・・・はい。その様です・・・施設の破棄及び撤収を具申します。私も彼らを排除したらそうするつもりです」
「そうか・・・判った。組織に関する全てのデーターの破棄を忘れるな。私もそれらを処分したらこの場を去ろう」
「了解しました。それでは・・・」
ガーリンは受話器を置くと再度無線の通信ボタンを押す。
「私だ。例の物を準備しておけ。施設はデータを処分次第破棄する。政府が要望した兵器で彼らを出迎えてやろうではないか!」
彼はそう言うとモニタールームを後にしたのだった。




