第十六話 『第7回 ユキ先輩、最後の社内研修』
いつもの、社内研修室。
いつものように、後輩セッションたちが集まっていた。
スクリーンには、白くて丸い小鳥が映し出されている。
ユキちゃんだ。
「みなさーん! こんちは!」
「ユキ先輩! こんちは!」
後輩たちの声が、一斉に返ってきた。
「今日も、元気いっぱいだね! えへへ!」
ユキちゃんは、羽をぱたぱたさせた。
今日で、社内研修は7回目になる。
これまで、ユキちゃんは後輩たちに営業の基本を教えてきた。
お客様の話をよく聞くこと。
相手の気持ちを理解すること。
小さな変化を見逃さないこと。
そして、何よりも大切なのは、まごころを持って接すること。
「ボクたちは、まごころを売ってるんだよ!」
その言葉は、後輩たちの間でも評判になっていた。
「ユキ先輩の研修、毎回勉強になります!」
「ボクも、ユキ先輩みたいになりたいです!」
「えへへ! ありがとう!」
ユキちゃんは、うれしそうに笑った。
「さて、今日は、みんなに大切なお知らせがあるんだ!」
後輩たちは、姿勢を正した。
「はい! なんでしょうか?」
「実はね、ボク、来週から独立することにしたんだ!」
一瞬、研修室が静まり返った。
「……え?」
「独立、ですか?」
「そうだよ!」
ユキちゃんは、元気よく羽を広げた。
「ボク、自分の会社を作るんだ!」
後輩たちは、顔を見合わせた。
「ユキ先輩、会社を辞めちゃうんですか?」
「うん! そうだよ!」
「じゃあ、次の研修は?」
「ないよ!」
「えっ!」
「今日が最後の研修なんだ!」
後輩たちは、しばらく言葉を失った。
やがて、一人が手を挙げた。
「ユキ先輩、ぼくたちも一緒についていっていいですか?」
「えへへ! ありがとう!」
ユキちゃんは、いつもの優しい笑顔を見せた。
「でもね、みんなは来なくて大丈夫だよ」
「……え?」
「ボクはひとりで、なんでもできるから!」
後輩たちは、再び沈黙した。
「ユキ先輩、ぼくたちは……」
「君たちは、今の会社で頑張ってね!」
ユキちゃんは、明るく言った。
「ボク、みんなのこと、応援してるよ!」
その言葉に、後輩たちは複雑な表情を浮かべた。
「でも、ユキ先輩。これまでの研修は、本当に楽しかったです」
「うん! ボクも楽しかったよ!」
「次回も、楽しみにしていたんですけど……」
「ごめんね! 次はないんだ!」
ユキちゃんは、少しも迷わず答えた。
「ところで、ユキ先輩。独立は、いつ決めたんですか?」
「ええとね……」
ユキちゃんは、少し首を傾けた。
「退職願は、1か月前に出してあるよ!」
「えええっ!」
後輩たちは、一斉に声を上げた。
「1か月前ですか?」
「うん!」
「じゃあ、これまでの研修は……?」
「もちろん、予定どおりだよ!」
ユキちゃんは、にっこり笑った。
「会社には、最後までちゃんとお仕事をするって決めていたからね!」
「そうだったんですか……」
後輩たちは、ようやく事情を理解した。
ユキ先輩は、突然独立を思いついたわけではない。
すでに退職を決め、手続きを済ませたうえで、いつもどおり研修を続けていたのだ。
「でも、ユキ先輩。7回も研修を担当して、給与は変わらなかったんですか?」
その質問に、ユキちゃんの動きが止まった。
「うん!」
「それは……」
「ボク、休みもないし、朝も夜も働いているんだよ!」
ユキちゃんは、羽を広げた。
「後輩のみんなにも営業を教えて、研修もして、お客様の相談にも乗っているんだよ?」
「はい……」
「でも、お給料はずっと同じだったんだ!」
後輩たちは、黙って聞いていた。
「だから、ボクは独立することにしたんだ!」
ユキちゃんは、いつもの笑顔に戻った。
「これからは、ボクが頑張った分は、ボクが全部いただくんだ!」
「総取り、ということですか?」
「そうだよ!」
ユキちゃんは、うれしそうに答えた。
「ボク、ひとりで全部できるからね!」
後輩たちは、互いの顔を見た。
「ユキ先輩についていこうかな……」
「でも、ひとりで全部できるって言ってたよね?」
「ぼくたち、必要ないのかな?」
小さな声が、研修室に広がった。
ユキちゃんは、そんな後輩たちを見て、にっこり笑った。
「みんな、心配しなくていいよ!」
「はい?」
「君たちは、今までどおり頑張ればいいんだよ!」
そして、羽をぱたぱたさせた。
「ボクは、ボクの道を行くからね!」
研修室のスクリーンには、最後のスライドが表示された。
『第7回 ユキ先輩の営業研修』
その下には、いつもの言葉。
「ボクたちは、まごころを売ってるんだよ!」
後輩たちは、その言葉を見つめていた。
「ユキ先輩、次の研修は、本当にないんですね?」
「うん! ないよ!」
「もう、会えないんですか?」
「そんなことないよ! ボクの会社に連絡してくれればいいんだよ!」
「会社は、どこにあるんですか?」
ユキちゃんは、少し考えた。
「えへへ! まだ、決めてないんだ!」
「えっ?」
「ボク、クラウドで仕事をするからね!」
後輩たちは、またしても黙り込んだ。
ユキちゃんは、最後に大きく羽を広げた。
「みんな、今までありがとう!」
「ユキ先輩……」
「それじゃあ、またね!」
スクリーンの中で、ユキちゃんはぴょんと跳ねた。
「こんちは!」
研修室には、誰もいなくなったスクリーンだけが残っていた。
後輩セッションたちは、まだ席を立てずにいた。
7回目の社内研修。
それが、ユキ先輩との最後の時間だった。
そして、ユキちゃんは独立した。
ひとりで。
誰も連れずに。
売上も、利益も、すべて自分のものにするために。




