第三章 最適解
それから、AIを使うことが当たり前になった。
朝、会社に着く。
パソコンを立ち上げる。
メールを確認する。
以前なら、届いたメールを一通ずつ読み、自分で返信を考えていた。
今は違う。
メールの内容をAIに読み込ませる。
『このメールへの適切な返信を作成して』
それだけでいい。
数秒後には、丁寧な文章が表示される。
俺は内容を確認する。
問題ない。
送信。
それで終わりだ。
次のメール。
またAIに頼む。
その次も。
気づけば、午前中に処理するメールの量が以前とは比べものにならなくなっていた。
同僚「最近、仕事早くなったんじゃない?」
俺「そうかな?」
同僚「前より明らかに早いよ。仕事増えてるのに、余裕あるじゃん」
俺「まあ、慣れたんだろ」
俺は笑った。
だが、本当は分かっていた。
AIを使っているからだ。
以前なら一時間かかっていた仕事が、半分以下の時間で終わる。
資料作成もそうだ。
文章を考える必要がない。
構成を考える必要もない。
AIに目的を伝えれば、必要な項目を並べてくれる。
俺は、それを確認して修正するだけ。
仕事がどんどん楽になっていく。
それなのに、周囲からの評価は上がっていった。
「仕事が早い」
「判断が的確」
「最近、頼りになるな」
そんな言葉をかけられることが増えた。
悪い気はしなかった。
むしろ、嬉しかった。
自分は仕事ができる。
そう思うようになっていた。
ある日、上司から仕事を頼まれた。
上司「この件、どう進めるのがいいと思う?」
俺「……」
俺は資料に目を落とした。
これまでの経緯。
現在の問題。
今後の対応。
頭の中で整理しようとする。
「……少々お待ちください」
上司「ん?」
俺「確認してから回答します」
上司「分かった。急ぎじゃないから、後でいいよ」
俺「はい」
席に戻る。
俺は資料をもう一度読み返した。
だが、なかなか考えがまとまらない。
以前なら、時間をかけて自分なりの答えを出していたかもしれない。
しかし今は違った。
俺は自然にスマートフォンを手に取った。
AIを開く。
現在の状況。
問題点。
期限。
必要な対応。
思いつく限りの情報を入力する。
『この状況で最も適切な対応を提案してください』
すぐに回答が返ってきた。
俺は画面を読む。
筋が通っている。
問題ない。
「……これでいいな」
俺はAIの回答を参考に、自分の考えとして整理した。
しばらくして、上司のところへ戻る。
俺「この方法で進めるのがいいと思います」
上司「なるほど。じゃあ、それで進めてくれ」
俺「分かりました」
席に戻る。
俺は少しだけ満足していた。
自分の判断が認められた。
そう思った。
だが――
その判断をするために、
自分は何を考えただろう。
そんなことを考える必要はなかった。
結果が出た。
それで十分だった。
それから、俺はAIに相談することがさらに増えた。
仕事だけではない。
昼食を何にするか。
休日をどう過ごすか。
買い物で何を選ぶか。
ニュースをどう見るか。
人との付き合い方。
何か迷ったら、AIに聞く。
AIは必ず答えてくれる。
しかも、俺が納得できるように理由まで説明してくれる。
便利だった。
自分で悩む必要がなくなった。
失敗することも減った。
そして、周囲からは以前より評価されるようになった。
俺はますますAIを信頼するようになった。
ある日、仕事で少し難しい問題に直面した。
以前なら、机に向かってしばらく考えていたはずだった。
しかし、その日は違った。
俺は何も考えずにAIを開いた。
指が自然に動く。
状況を入力する。
回答を待つ。
そして、表示された選択肢を見る。
「これでいいな」
それで終わった。
俺は気づいていなかった。
以前は、
「どうすればいいか」などは少し考えて判断していた。
今は、
「AIならどう答える?」
と考えていることに。
さらに時間が経つ。
AIは俺の仕事を助けてくれる。
俺の生活を助けてくれる。
俺の判断を助けてくれる。
俺は以前より効率的になった。
以前より失敗しなくなった。
以前より評価されるようになった。
だから、何も問題はない。
むしろ――
AIを使わない人間のほうが、非効率なのではないか。
そう思うようになっていた。
ある朝。
いつものように会社へ向かう。
電車の中でスマートフォンを開く。
AIに今日の予定を確認する。
今日やるべきこと。
優先順位。
注意すべきこと。
すべて整理されている。
俺はそれを確認した。
そして、スマートフォンをポケットにしまう。
今日も効率よく仕事ができそうだ。
そんなことを考えながら、俺は会社へ向かった。
――自分が何を考えているのか。
そんなことを考える必要すらなくなっていた⋯⋯⋯。




