第四章 もう一人の利用者
朝。
役所の庁舎には、いつものように職員たちが出勤していた。
仕事に妥協をしない。
規則を曲げない。
曖昧なものを曖昧なまま終わらせない。
上司から指示されたことであっても、間違っていると思えば意見を述べる。
そのため、彼を煙たがる上司も少なくなかった。
しかし、後輩からは慕われていた。
分からないことがあれば、時間を惜しまず教えてくれる。
失敗すれば一緒に原因を考える。
理不尽なことで叱られていれば、上司であっても意見する。
そんな人間だった。
彼にとって仕事とは、
「正しくあること」
だった。
だからこそ――
そんな人間がAIを手にしたとき、
何が起こるのだろうか。
本編
朝。
役所の庁舎には、いつものように職員たちが出勤していた。
始業時刻になる。
それぞれが席につき、パソコンを立ち上げる。
その中に、一人の職員がいた。
机の上には、整然と並べられた書類。
付箋の位置まで揃っている。
職員「……この数字、合わないな」
隣の席の後輩が顔を上げる。
後輩「え?」
職員「昨日の資料と比較してみろ」
後輩「……あ、本当だ」
職員「こっちが間違ってる。確認してから回してくれ」
後輩「すみません。すぐ直します」
職員「謝らなくていい。間違いは誰にでもある。ただ、確認しないまま出すのは駄目だ」
後輩「はい」
職員「分からなかったら聞け。俺が分かる範囲なら教える」
後輩「ありがとうございます」
職員は再び書類に目を戻した。
その姿を見ながら、別の職員が小さく呟く。
同僚「相変わらず細かいなぁ」
職員「細かいんじゃない。確認してるだけだ」
同僚「それを細かいって言うんだよ」
職員「間違った書類を出して後で問題になるよりいいだろ」
同僚「まぁ⋯そうだな。」
彼は、そういう人間だった。
仕事に妥協しない。
自分にも厳しい。
そして、他人にも同じ基準を求める。
上司であっても、それは変わらなかった。
ある日。
上司「この件、今回はこのまま通していいんじゃないか?」
職員「駄目です」
上司「……即答かよ」
職員「根拠になる資料が不足しています」
上司「細かいことはいいだろ。大勢に影響はない」
職員「影響があるかどうかを判断するための資料がないんです」
上司「……」
職員「後から問題になったら、誰が説明するんですか?」
上司「分かったよ。確認してくれ」
職員「はい」
こういうところが、彼の煙たがられる理由だった。
だが、本人は気にしていなかった。
正しいことをする。
必要なことを確認する。
それだけだった。
そんなある日。
庁内で、新しいAIシステムの試験導入が始まった。
職員向けの業務支援AI。
文書作成。
要約。
資料整理。
検索。
業務上の問い合わせ。
さまざまな用途に利用できるという。
説明を受けた職員たちの反応は様々だった。
同僚「便利そうじゃん」
後輩「これ、文章とか作ってくれるんですよね?」
職員「……」
同僚「どうした?」
職員「便利なのは分かる。でも、出てきた答えをそのまま信用するのは危険だろ」
後輩「でも、確認すればいいんじゃないですか?」
職員「そうだな」
彼はAIを信用していなかった。
正確には、
確認できないものを信用することを嫌っていた。
だから最初は、慎重だった。
AIに質問する。
回答を見る。
根拠を確認する。
資料を確認する。
必要なら自分で調べ直す。
それを繰り返した。
そして――
あることに気づいた。
AIは、思っていた以上に使える。
文章の整理が速い。
膨大な資料から必要な部分を探すのも速い。
複数の資料を比較させれば、違いまで整理してくれる。
自分が何十分もかけていた作業が、
ほんの数分で終わる。
彼は画面を見つめた。
「……これは、使えるな」
その日からだった。
彼がAIを、
誰よりも厳しく確認しながら、
誰よりも効率的に使い始めたのは。




