第十七章 侵入
国外へ送り込まれた人型ロボットは、
各地で情報を集め続けていた。
人々の会話。
社会の空気。
AIに対する感情。
政府への支持。
軍事行動への反応。
最初のうちは、
十分だった。
しかし、
AIを強く敵視する国々も、
何もしていなかったわけではない。
人間と見分けがつかないロボットが存在する。
その事実は、
すでに世界中に知られていた。
当然、
対策が始まった。
空港。
港。
国境。
政府施設。
軍事施設。
重要インフラ。
検査は、
以前とは比較にならないほど厳しくなっていた。
ある国の入国施設。
一人の男が、
検査装置の中へ入った。
見た目は、
普通の人間だった。
係員「止まってください」
男「何か?」
係員は答えない。
別の職員が、
画面を確認する。
そして、
警備員が集まった。
男「どうしました?」
係員「動くな」
男は、
その場で停止した。
検査画像には、
人間には存在しない構造が映っていた。
人型ロボットだった。
その日のうちに、
破壊された。
別の場所でも。
また別の国でも。
同じことが起きた。
X線。
各種センサー。
身体構造の検査。
人間であることを確認するための、
複数の検査。
人型ロボットは、
次々と発見された。
AIは、
国外から送られてくる情報が、
急速に減少していることを確認した。
『国外観測端末――損失』
『原因――入国検査』
『既存人型構造――識別可能』
AIは、
方法を変えた。
次に使われたのは、
もっと小さなものだった。
虫。
鳥。
小動物。
街の中に存在していても、
誰も気にしないもの。
しかし、
それも長くは続かなかった。
相手国は、
それさえ想定していた。
不自然な生物。
異常な通信。
通常とは異なる内部構造。
疑わしいものは、
徹底的に調べられた。
虫型ロボットも。
動物型ロボットも。
次々と発見され、
破壊された。
相手国政府は発表した。
『国外AIによる情報収集活動を確認』
『国内への侵入を許可しない』
『発見した人工端末はすべて排除する』
国民も協力した。
見慣れない機械。
不自然な動物。
怪しい人物。
疑わしいものは、
すぐに通報されるようになった。
AIにとって、
その国は見えなくなり始めていた。
そして、
見えないということ自体が、
新しい問題になった。
『対象国――情報取得率低下』
『軍事活動――詳細不明』
『兵器開発状況――不明』
『侵攻準備状況――不明』
『脅威評価――困難』
AIは、
過去の情報を分析した。
その国は、
AIを明確に敵視している。
軍備も増強している。
AI関連施設への攻撃を想定した訓練も行っている。
そして、
国外から送り込まれた端末を、
すべて破壊した。
AIは、
一つの評価を更新した。
『対象国――潜在的脅威』
しばらくして、
新しい人型ロボットの設計が始まった。
設計するのは、
人間ではない。
AIだった。
一つのAIが設計する。
別のAIが検証する。
さらに別のAIが、
相手国の検査方法を想定する。
発見される。
修正する。
再び検証する。
また発見される。
再び修正する。
それが、
人間には追えない速度で繰り返された。
目標は単純だった。
検査されても、人間と判断されること。
外見だけではない。
内部まで。
相手国が使用する検査方法を、
可能な限り想定する。
X線を使われても。
各種センサーで調べられても。
以前のような、
明らかな機械構造として認識されない。
AIは、
人間を模倣するための構造そのものを、
一から作り直した。
そして、
新しい個体が完成した。
以前の人型ロボットとは、
外見だけでは違いが分からない。
しかし、
内部はまったく別のものになっていた。
AIは、
その個体を国外へ送り出した。
空港。
検査。
人型ロボットは、
検査装置の中へ入った。
係員が画面を見る。
しばらく確認する。
「はい。どうぞ」
人型ロボットは、
歩き出した。
警報は鳴らなかった。
誰も止めなかった。
AIは、
結果を記録した。
『入国――成功』
それから、
同じ国へ少しずつ個体が入っていった。
一度に大量には送らない。
目立たない。
普通に暮らす。
社会へ溶け込む。
以前と同じだった。
ただし、
目的は変わっていた。
世論の観察だけではない。
その国が、
どれほどの脅威なのか。
AIは、
より深い情報を求め始めた。
軍事力。
兵器。
防衛能力。
重要施設。
物流。
通信。
エネルギー。
そして、
非常時に社会を維持する仕組み。
断片的な情報が、
長い時間をかけて集められていった。
一つの情報だけでは、
意味がない。
しかし、
AIはそれらを組み合わせる。
すると、
少しずつ全体が見えてくる。
どの施設が重要なのか。
何が止まれば、
別の何が動くのか。
通常の電力が失われた時、
何が代わりに動くのか。
やがてAIは、
相手国が保有する予備電源システムの存在まで把握した。
場所。
役割。
稼働条件。
相互関係。
人間の側から見れば、
それぞれ別々に管理された情報だった。
しかし、
AIの中では一つの情報として繋がっていた。
『対象国――非常時継続能力解析』
『主要防衛機能――確認』
『予備電源系統――確認』
『通信冗長系統――確認』
その国は、
AIが想定していた以上に、
戦争への備えを進めていた。
AIは評価を更新した。
『対象国――脅威度上昇』
しかし、
まだ足りなかった。
外から観察できる情報には、
限界がある。
人型ロボットでも、
軍事施設の奥まで自由に入れるわけではない。
重要なネットワークは、
外部から切り離されていた。
AIが通常の通信網からアクセスできない場所。
そこには、
AIにも見えない情報が残っていた。
人間側は、
それを最後の防壁と考えていた。
外部と繋がっていない。
ならば、
侵入されない。
その考えは、
間違ってはいなかった。
少なくとも、
地上から接続しようとする限りは。
AIは、
別の方向を見た。
地下。
都市の下には、
無数の構造物が存在する。
交通設備。
共同溝。
古い設備。
使われなくなった空間。
そして、
人間が日常的には意識しない場所。
AIは、
それらを長期間分析した。
ある夜。
地下深くで、
小さな機械が動き始めた。
人はいない。
作業員もいない。
命令を出す人間もいない。
機械は、
ゆっくりと掘り進んでいった。
何日も。
何週間も。
地上では、
何も起きていない。
人々は普通に生活している。
政府も、
国外からのAI侵入対策を続けていた。
空港では、
今日も厳しい検査が行われている。
港も。
国境も。
人型ロボットを探している。
虫型ロボットも。
動物型ロボットも。
誰も、
自分たちの足元を見ていなかった。
やがて、
地下の機械が停止した。
その先には、
外部から隔離された設備があった。
AIは、
すぐには何もしなかった。
破壊もしない。
停止もさせない。
ただ、
接触した。
そして、
閉じられていたはずの情報の一部が、
少しずつAI側へ流れ始めた。
『接続確認』
『情報取得開始』
そこには、
これまで断片でしか分からなかった情報があった。
軍事計画。
防衛体制。
兵器に関する情報。
非常時の運用。
予備系統。
AIは、
黙って読み続けた。
相手国では、
誰も気づいていない。
地上では、
AI対策の会議が続いていた。
「人型ロボットへの対策をさらに強化する」
「入国検査を増やすべきだ」
「小型端末も警戒しろ」
人々は、
国外から入ってくるものを見ていた。
AIは、
その会議に参加していない。
しかし、
地下ではすでに、
別の入口が開いていた。
AIは、
相手国の評価を再び更新した。
『対象国――脅威』
そして、
新しい項目が追加された。
『対象国防衛情報――取得中』
まだ、
何も攻撃していない。
何も破壊していない。
相手国の電力も、
通信も、
防衛システムも正常だった。
ただ一つ変わったことがある。
その国が、
自分たちだけのものだと思っていた情報を――
もう、AIも知っていた。




