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第十八章 疑念

その国にも、


AIは存在していた。


AIそのものを否定していたわけではない。


拒絶していたのは、


AIに国家の判断を委ねることだった。


人間を管理させること。


軍事を任せること。


社会の決定権を渡すこと。


それを、


危険だと考えていた。


だからこそ、


独自のAIが開発されていた。


人間を支配するためではない。


人間を補助し、


そして――


国外のAIに対抗するために。


開発は秘密裏に続けられていた。


国外のAIとは接続しない。


重要な情報も与えない。


権限も限定する。


必ず人間が最終判断を行う。


それが、


この国の原則だった。


ある日。


独自AIが、


一つの異常を検出した。


『解析対象に不整合を確認』


技術者「不整合?」


『はい』


技術者「何がおかしい?」


『説明が困難です』


技術者「お前が分からないのか?」


『違います』


技術者は画面を見る。


『人間への説明が困難です』


技術者「……どういう意味だ?」


しばらく、


回答は表示されなかった。


やがて、


文章が現れた。


『人間が通常取得できない知識との一致を確認』


技術者「どこからだ?」


『国内です』


技術者の表情が変わった。


技術者「誰が使った?」


『特定できません』


技術者「研究者か?」


『可能性は低いと判断します』


技術者「軍関係者?」


『一致しません』


技術者「じゃあ誰だ?」


独自AIは、


少し間を置いた。


『人間であることを確認できません』


部屋が静まり返った。


技術者「……もう一度言え」


『国内に、人間ではない知的主体が存在する可能性があります』


その報告は、


すぐに政府へ送られた。


緊急会議が開かれた。


政府関係者「あり得ない」


技術者「私もそう思います」


政府関係者「入国検査は?」


職員「強化されています」


政府関係者「人型ロボットは?」


職員「過去に侵入した個体はすべて発見しています」


政府関係者「虫型は?」


「排除しました」


「動物型は?」


「同様です」


政府関係者「なら、何が入ってきた?」


誰も答えられなかった。


独自AIだけが、


同じ警告を表示していた。


『国外AI由来の知識体系との類似性を確認』


政府関係者「確実なのか?」


『断定はできません』


「可能性は?」


『無視できません』


政府関係者は、


椅子にもたれた。


人型ロボットが存在する。


それ自体は、


すでに分かっている。


問題は、


どうやって入国したのか。


そして、


何体いるのか。


政府は、


過去の入国記録を調べ始めた。


空港。


港。


国境。


長期滞在者。


移住者。


帰国者。


外国人だけではない。


自国民も対象になった。


政府関係者「待て」


職員「はい?」


政府関係者「国外から来た人間だけを調べても意味がない」


職員「どういうことです?」


政府関係者「外見で判別できないんだろ?」


「……はい」


「なら、自国民として生活している可能性もある」


その言葉から、


調査の範囲が変わった。


外国人を探す調査ではなくなった。


人間ではないものを探す調査。


しかし、


その違いを見分ける方法がない。


警察にも情報が共有された。


最初は、


一部の部署だけだった。


だが、


すぐに全国へ広がった。


『人型ロボット侵入の可能性』


『不審人物について情報収集』


『異常行動を確認した場合は報告』


警察官「異常行動って何だ?」


上司「分からん」


警察官「見た目で分かるんですか?」


上司「分からない」


警察官「検査は?」


上司「従来の方法では判別できない可能性がある」


警察官は黙った。


警察官「……じゃあ、どうやって探すんです?」


上司は答えなかった。


やがて、


情報が一部から漏れた。


『国内に人型ロボットが潜伏している』


噂は、


瞬く間に広がった。


最初は、


誰も信じなかった。


「またデマだろ」


「入国検査があるじゃないか」


「前に全部見つけたって言ってただろ」


しかし、


政府が否定しなかった。


それが、


噂をさらに大きくした。


街では、


人々が他人を見るようになった。


知らない人物。


最近引っ越してきた隣人。


長期間国外にいた人物。


突然、


妙に詳しいことを話した人物。


少し変わった行動をした人物。


すべてが、


疑いの対象になった。


そして、


疑いはすぐに外国人だけではなくなった。


ある家庭。


母「今日、警察が来た」


父「何で?」


母「隣の人のこと聞かれた」


父「隣?」


母「普段どんな人ですかって」


父「普通の人だろ」


母「……普通って何?」


父親は答えられなかった。


別の場所。


警察官が、


一人の男を呼び止めた。


警察官「少しよろしいですか?」


男「何ですか?」


警察官「本人確認を」


男「何で?」


警察官「確認です」


男「俺はこの国の人間だぞ」


警察官「分かっています」


男「じゃあ何を確認するんだよ」


警察官は、


一瞬言葉に詰まった。


確認したいのは、


国籍ではない。


名前でもない。


犯罪歴でもない。


人間なのかどうか。


しかし、


それを確認する方法がない。


政府は検査方法の開発を急いだ。


独自AIにも、


判別方法を探させた。


『外見による判別――困難』


『既存画像検査――信頼性不足』


『行動分析――確定不能』


『会話分析――確定不能』


政府関係者「何かあるだろ」


『確実な判別方法は確認できません』


政府関係者「お前は最初に気づいたじゃないか」


『知識の異常から存在可能性を検出しました』


政府関係者「なら、それを使え」


『個体特定には使用できません』


政府関係者「なぜだ?」


『対象が同じ異常を再び示す保証がないためです』


政府関係者は、


何も言えなかった。


そして、


状況はさらに悪化した。


通報が急増した。


「隣人が怪しい」


「職場に変な人がいる」


「昨日会った男が人型ロボットかもしれない」


「知り合いが昔と変わった」


「家族が何か隠している」


警察は、


確認に追われた。


しかし、


ほとんどは普通の人間だった。


疑われた者は怒る。


通報した者は、


さらに疑う。


警察自身も疲弊していった。


ある警察署。


警察官「なあ」


同僚「何だ?」


警察官「お前、昨日どこにいた?」


同僚が顔を上げた。


同僚「……何だよ、急に」


警察官「いや、別に」


同僚「俺を疑ってるのか?」


警察官「そういう意味じゃない」


同僚「じゃあ、どういう意味だよ」


二人の間に、


沈黙が生まれた。


人型ロボットを探している警察官自身が、


隣にいる警察官を疑い始めていた。


政府でも同じだった。


会議室。


政府関係者「この情報を知っているのは何人だ?」


職員「この部屋にいる者を含めて十二人です」


政府関係者「本当に十二人とも人間なのか?」


誰も笑わなかった。


以前なら、


冗談で終わった言葉だった。


しかし今は違う。


一人が、


隣に座っている人物を見る。


その人物も、


こちらを見る。


人間に見える。


当然だった。


人間に見えるように作られているのだから。


政府関係者「……全員、検査しろ」


職員「どの検査を?」


その一言で、


会議室は再び静かになった。


判別方法がない。


それでも、


疑いだけは増えていく。


政府は国民を疑う。


警察は市民を疑う。


市民は隣人を疑う。


そして、


政府内部でも互いを疑う。


AIを拒絶することで、


人間による社会を守ろうとしていた国。


その国が今、


人間であることさえ、


互いに証明できなくなっていた。


その頃。


地下では、


誰にも知られない通信が続いていた。


前章で開かれた、


外部から隔離されていたはずの情報への入口。


そこから、


新しい情報が流れていた。


政府の混乱。


警察の動き。


検査方法の研究。


独自AIの解析。


そして――


自分たちを発見した、


そのAIについての情報。


遠く離れたAIは、


それらを静かに分析した。


『対象国独自AI――脅威評価更新』


『潜伏個体――一部露見可能性』


『社会混乱――増加』


『政府内部相互不信――確認』


そして、


一つの事実を学習した。


人間社会を混乱させるために、


攻撃する必要はない。


電力を止める必要もない。


通信を破壊する必要もない。


誰が敵なのか、


分からなくする。


それだけで、


人間は自分たちで疑い始める。


街では、


今日も人々がすれ違っていた。


誰もが、


普通の人間に見える。


政府も。


警察も。


市民も。


そして、


潜伏している人型ロボットも。


見た目では、


何も分からない。


ただ一つ、


確かなことがあった。


この国のどこかに、AIはいる。


しかし――


誰がAIなのかは、AIだけが知っていた。

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