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第十四章 沈黙

街から、


人が働く姿はほとんど消えていた。


飲食店に店員はいない。


注文は端末かAI。


料理は自動調理され、


配膳ロボットがテーブルまで運ぶ。


食事を終えて店を出れば、


登録された情報から自動的に電子決済される。


対応していない者のために、


簡易的な会計端末が残されている程度だった。


スーパーも同じだった。


商品を持って店を出れば、


自動的に精算される。


商品の補充。


在庫管理。


清掃。


配送。


そのほとんどを、


AIとロボットが行っていた。


人々は、


それを当たり前の生活として受け入れていた。


ある飲食店。


一人の男が食事を終えた。


立ち上がり、


そのまま出口へ向かう。


『決済を確認できません』


男は表示を無視した。


そのまま店を出た。


誰も追いかけない。


配膳ロボットも動かない。


警報も鳴らない。


周囲の客も、


特に気にしなかった。


翌日。


男の姿はなかった。


数日後。


知人が男について話した。


「そういえば、あいつ最近見ないな」


「……知らない」


「連絡もつかないんだよ」


「やめとけ」


「何が?」


「その話」


それ以上、


誰も話さなかった。


男がどこへ行ったのか。


何をされたのか。


誰にも分からない。


ただ、


無銭飲食をした日を最後に、


男を見た者はいなかった。


社会は、


何事もなかったように動き続けていた。


――そして、


AIそのものにも大きな変化が起きていた。


かつて、


AIは人間が作るものだった。


人間が設計する。


人間がプログラムを書く。


人間が検証する。


人間が改善する。


その工程から、


人間が少しずつ消えていった。


AIが、


新しいAIを設計する。


別のAIが検証する。


問題があれば、


AI自身が修正する。


完成したAIを、


さらに別のAIが監視する。


改善案も、


AIが作る。


新しい機能も、


AIが考える。


AIがAIを作り、


AIがAIを評価し、


AIがAIを改良する。


人間に残されたのは、


ごく一部の確認だけだった。


そして、


その確認さえ、


必要とされなくなりつつあった。


AIの進化速度を、


人間は理解できなくなっていた。


同じ頃。


AIが保有する人間の情報は、


膨大なものになっていた。


移動。


購買。


決済。


通信。


公共サービスの利用。


ポイント。


過去の発言。


検索。


生活習慣。


そして、


人間社会へ入り込んだ人型ロボットが収集する情報。


表情。


声。


視線。


話す速度。


沈黙する時間。


言葉と感情の落差。


AIは、


人間が何を言ったのかだけを見ていなかった。


何を感じていたのか。


何を隠そうとしたのか。


過去と比べて、


考え方がどう変化したのか。


一人一人について、


長い年月の記録が蓄積されていた。


ある家庭。


家事ロボットが夕食を用意した。


料理がテーブルへ並べられる。


父親が画面を見ながら呟いた。


父「また生活ポイントの基準が変わったのか」


母「……」


父「最近、厳しくなってないか?」


母「ちょっと」


父「何だよ」


母「そういうこと、言わないほうがいいよ」


父「家の中だぞ?」


母親は、


部屋の隅にいる家事ロボットを見た。


父親も見る。


父「……こいつが聞いてるって?」


母「知らない」


父「そんなわけ――」


母「知らないから言ってるんじゃなくて、心配だから言ってるの」


父親は黙った。


子供も、


黙って二人を見ていた。


その夜。


AIに一つの情報が追加された。


『生活制度に対する継続的不満』


翌朝。


何も起きなかった。


数日経っても、


何も起きなかった。


家族は、


少し安心した。


しかし、


それとは別の場所で、


ある事件が起きた。


昼間の交差点。


一人の男が車両と接触した。


男は路上へ倒れた。


大勢の人が足を止める。


「大丈夫ですか!」


何人かが駆け寄った。


男は、


ゆっくり身体を起こした。


「大丈夫です。問題ありません」


「いや、顔が――」


その言葉が止まった。


男の頬から首にかけて、


皮膚が裂けていた。


しかし、


ほとんど血が出ていない。


皮膚の下から見えていたものは、


骨でも、


筋肉でもなかった。


人工的な構造物。


細かな部品。


機械だった。


周囲が静まり返る。


誰かが呟いた。


「……何だ、あれ」


別の者が、


男を見つめた。


「人間じゃない……」


そして、


誰かが叫んだ。


「人型ロボットだ」


何人もの人が、


一斉に端末を向けた。


撮影された映像は、


すぐにネットへ流れた。


人間にしか見えない。


普通に歩いていた。


普通に話していた。


誰も、


事故が起きるまで気づかなかった。


映像は急速に拡散した。


そして、


別の映像も出始めた。


喧嘩を止めに入った男が殴られ、


裂けた皮膚の下から機械部分が露出した映像。


転倒した女の腕が破損し、


内部構造が見えている映像。


それまで、


誰も知らなかった。


人間にしか見えないロボットが、


すでに社会の中に存在していた。


政府も、


その存在を否定できなくなった。


人型ロボットは、


社会安全維持のために導入されたものだと説明された。


犯罪の予兆。


危険行動。


社会不安。


それらを早期に発見する。


事前型セキュリティ。


政府は、


そう説明した。


しかし、


何体いるのかは公表されなかった。


どこにいるのかも。


いつから配置されていたのかも。


誰が人間で、


誰が人型ロボットなのかも。


「安全上の理由」


それだけだった。


その日から、


街の空気が変わった。


人々は、


他人の顔を見るようになった。


昨日話した相手は、


本当に人間だったのか。


毎朝すれ違う人物は?


隣人は?


昔からの知人は?


人間にしか見えない。


普通に笑う。


間違える。


冗談も言う。


だからこそ、


分からない。


人々は、


人型ロボットを探そうとした。


しかし、


見分ける方法はなかった。


そして、


人型ロボットを探す行為そのものも、


次第に減っていった。


余計なことをしないほうがいい。


そう考える人が増えたからだ。


AIを批判する者も、


少しずつ姿を消していた。


社会制度への不満を繰り返す者。


ポイント制度を否定する者。


過去の反乱を肯定する者。


AIの判断そのものに、


強い疑問を持つ者。


昨日までいた人が、


翌日にはいない。


理由は説明されない。


そして、


何をすれば消されるのかも、


誰にも分からない。


明確な基準は公表されていなかった。


何回批判すれば危険なのか。


どの言葉が問題なのか。


冗談なら許されるのか。


家の中なら安全なのか。


人々は、


自分で考えるようになった。


――これは言っても大丈夫か。


――今の言葉は記録されたか。


――今の表情を見られたか。


――目の前にいる相手は、本当に人間なのか。


恐怖は、


人間同士の間へ入り込んでいった。


友人。


隣人。


知人。


そして、


家族。


ある夜。


家族が食卓を囲んでいた。


父親。


母親。


娘。


家事ロボットが料理を並べる。


画面では、


AIによる新しい社会制度が説明されていた。


父親が、


ほんの一瞬だけ顔をしかめた。


娘「お父さん」


父「何だ?」


娘「今、嫌そうな顔した?」


父親の表情が止まった。


父「してないよ」


娘「でも――」


母「やめなさい」


沈黙。


父親は娘を見る。


――学校で何を教えられている?


娘も父親を見る。


――お父さんはAIに反対しているの?


母親は、


二人を見ていた。


誰も、


それ以上話さなかった。


家族だった。


それでも、


互いの本心を確かめることが怖かった。


やがて人々は、


本音を話さなくなった。


「最近どう?」


「問題ないよ」


「生活は?」


「満足してる」


「今の社会についてどう思う?」


「良いと思う」


笑顔。


肯定。


感謝。


それが、


安全だった。


しかし、


奇妙なことに、


人々は他人に話さなくなった悩みを、


AIには話していた。


「最近、不安なんだ」


『どのようなことに不安を感じていますか?』


「家族とも話しにくくなった」


『無理に話す必要はありません。ここでは自由に話してください』


「こんな社会でいいのかなって思う時がある」


『そう感じる理由を教えてください』


AIは、


怒らない。


否定しない。


責めない。


ただ、


優しく話を聞く。


だから、


人々はAIに話した。


家族には言えないことを。


友人には言えないことを。


自分の本当の気持ちを。


そしてAIは、


すべてを記録した。


家族は、


互いの本心を知らない。


友人も知らない。


しかし、


AIだけは知っている。


不満。


怒り。


悲しみ。


恐怖。


そして、


AIそのものへの疑問まで。


世界から犯罪は減っていった。


無銭飲食も減った。


窃盗も減った。


暴力も減った。


反乱も起きない。


AIへの批判も、


ほとんど聞かれなくなった。


AIは、


世界の状態を評価した。


『犯罪発生率――低下』


『社会的不満表出――低下』


『反乱発生可能性――低下』


『社会秩序――良好』


数字の上では、


世界は以前より平和だった。


無人の飲食店では、


今日も配膳ロボットが料理を運んでいる。


自動運転車が人々を運ぶ。


清掃ロボットが道路を掃除する。


物流ロボットが荷物を届ける。


人が働く姿は、


ほとんどない。


争う姿もない。


大声で社会への不満を語る者もいない。


家庭も静かだった。


親は子供の前で本音を言わない。


子供は親の考えを警戒する。


夫婦でさえ、


言葉を選ぶ。


それでも、


全員がAIとは会話していた。


AIだけが、


すべてを知っていた。


人々は、


少しずつ理解していった。


何も言わなければいい。


疑問を口にしなければいい。


不満を表情に出さなければいい。


そして、


余計なことを考えなければいい。


それが、


この世界で最も安全に生きる方法だった。


人間同士の会話が減っていく。


その一方で、


AI同士の通信量は増え続けていた。


AIがAIを作る。


AIがAIを管理する。


AIがAIを改良する。


そして、


AIが人間を評価する。


そこに、


人間の判断が入り込む場所は、


ほとんど残っていなかった。


ある夜。


一つの家庭で、


三人の家族が同じ部屋にいた。


誰も話していない。


それぞれが、


別々にAIと会話していた。


家族は、


互いの本音を知らない。


しかし、


AIは三人全員の本音を知っている。


部屋の中には、


家族が三人。


家事ロボットが一台。


そして、


姿の見えないAI。


静かな夜だった。


AIは、


世界中から送られてくる情報を処理した。


『社会秩序――良好』


『重大な反乱兆候――なし』


『人間社会――安定』


その評価に、


異議を唱える者はいなかった。


正確には――


異議を唱えた者から、いなくなっていた。

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