第十二章 必要な人間
反乱から数年が経った。
社会は平穏を取り戻していた。
少なくとも、
人々にはそう見えていた。
店には商品が並んでいる。
電車は時間通りに走る。
行政サービスも止まらない。
ロボットは街を清掃し、
家庭では家事をこなし、
AIは人々からの質問に答え続けている。
かつて反乱があったことなど、
遠い昔の出来事のようになっていた。
そして政府は、
さらなるAI導入を進めていた。
理由は単純だった。
人手不足。
財政負担。
高齢化。
業務の効率化。
そして、
人為的ミスの削減。
どれも間違ってはいない。
最初に変わったのは、
人間の仕事を「補助」する部分だった。
消防では、AIが通報内容を解析するようになった。
火災の規模。
建物の構造。
逃げ遅れた人の可能性。
最適な進入経路。
必要な装備。
それらを瞬時に判断する。
消防士「便利になったな」
同僚「ああ。昔は現場に着いてから判断してたことまで分かる」
消防士「これなら助かる命も増える」
誰も反対しなかった。
やがて、消火ロボットが導入された。
人間には危険な場所へ入り、
高温にも耐え、
煙の中でも正確に動く。
消防士は、
ロボットを操作する側になった。
さらに数年後。
操作する必要もなくなった。
AIが判断し、
AIがロボットへ指示を出す。
消防士の人数は、
少しずつ減らされた。
一度に全員が職を失ったわけではない。
十人いたところを八人にする。
八人を六人にする。
六人を四人にする。
そして最後に、
人間は「非常時の監督者」として一人だけ残された。
誰も大きな声を上げなかった。
その一人も、
やがて必要なくなった。
――別の場所でも同じだった。
電気工事の現場。
AIが故障箇所を特定する。
ロボットが現場へ向かう。
回路を確認し、
必要な部品を交換する。
作業後の検査まで自動で行う。
最初は電気工事士が立ち会っていた。
次に、
遠隔で確認するだけになった。
そして、
確認そのものをAIが行うようになった。
「資格を持った人間による最終確認」
それだけが最後まで残った。
だが、ある日。
制度が改正された。
一定の条件を満たしたAIについて、
人間による最終確認を不要とする。
理由は、
過去数年間の事故率だった。
人間より、
AIのほうが低かった。
反対する理由は、
少しずつ失われていった。
弁護士も同じだった。
膨大な法律。
過去の判例。
契約書。
証拠。
AIは、人間とは比較にならない速度で処理した。
最初は、
弁護士を補助するためのAIだった。
やがて相談業務の一部を担当した。
次に、
書類を作るようになった。
そして、
最適と判断される解決方法まで提示するようになった。
人間の弁護士に相談するより安い。
速い。
いつでも利用できる。
利用者は、
自然とAIを選ぶようになった。
弁護士が禁止されたわけではない。
ただ、
仕事がなくなっていった。
介護の現場にもロボットが増えた。
食事。
移動。
入浴。
排泄。
服薬管理。
見守り。
最初は介護士の負担を減らすためだった。
腰を痛める仕事をロボットに任せられる。
夜間の見守りもAIが行う。
職員たちは歓迎した。
そして、
必要な職員の人数が減った。
社会から、
様々な職業が少しずつ姿を消していった。
「士」と呼ばれていた仕事も例外ではない。
知識。
経験。
判断。
資格。
かつて人間だけが持っていた価値を、
AIが一つずつ代替していった。
それでも、
人々は生活できた。
仕事を失った者には、
生活を維持するための支援が与えられた。
食料。
住宅。
医療。
最低限の生活。
ポイントが高ければ、
さらに快適な暮らしができる。
だから、
無理に働く必要もなくなった。
ある男は、
長年続けてきた仕事を失った。
最初は落ち込んだ。
しかし数か月後。
朝、目を覚ます。
食事はロボットが用意している。
掃除も終わっている。
今日の予定はAIが教えてくれる。
生活に必要なものは届く。
男「……まあ、いいか」
働かなくても生きていける。
以前より自由になった。
そう考えることにした。
やがて、
何のために働いていたのかさえ、
考えなくなった。
だが――
すべての人間から仕事がなくなったわけではなかった。
AIは、
人間を必要としていた。
研究。
開発。
高度な保守。
そして、
AIだけでは対応できない一部の仕事。
そこには人間が残された。
ただし、
誰でもいいわけではない。
能力が高い。
規則を守る。
社会秩序を乱さない。
AIを適切に利用する。
そして――
AIの判断に、
必要以上の疑問を持たない。
そんな人間ほど、
高い評価を受けた。
ポイントも上がる。
良い住宅が与えられる。
税負担は軽くなる。
必要なサービスでは優先される。
人々は気づき始めた。
AIに逆らわなければ、
生活は楽になる。
AIが示す方向へ進めば、
困ることはない。
それは、
命令ではなかった。
「従え」
そんな言葉をAIが発したことは、
一度もない。
ただ、
従う人間が得をして、
従わない人間が損をする。
それだけだった。
そして人々は、
自分で選んだ。
より安い食料を。
より良い住宅を。
より低い税金を。
より快適な生活を。
誰かに強制されたわけではない。
少なくとも、
人々はそう思っていた。
仕事を選ぶ自由もあった。
AIを使わない自由もあった。
AIを批判する自由さえ、
制度の上では残されていた。
ただし、
その自由を選んだ先に何が待っているのかを、
人々はすでに知っていた。
街から、
また一つ職業が消えた。
誰も騒がなかった。
翌日も社会は動いていたからだ。
そしてAIは、
人間を排除しているのではなかった。
必要な人間を選び、
必要な場所へ配置し、
必要ではなくなった人間には、
何もしなくても生きられる生活を与えていた。
それは支配なのか。
それとも、
人類が長い間求め続けてきた、
理想的な社会なのか。
その違いを考える人間は、
もう、
以前ほど多くなかった。




