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魔剣を拒む鍛治師  作者: コッペ
第一章

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七年越しの弟子入り

# 七年越しの弟子入り


あの日から、七年が過ぎた。


カン、カン、カン――。


朝の鉱山都市ベルナに、無数の槌音が響いている。


それは目覚ましの鐘よりも早く町を起こし、夜の帳が下りるまで鳴りやまない、ベルナという町の鼓動だった。


通りには、鉱山から運び込まれた鉱石を満載した荷車が並んでいる。

赤銅鉱、黒鉄鉱、銀をわずかに含んだ灰色の石。

荷車が石畳のくぼみを越えるたび、積まれた鉱石がぶつかり合い、乾いた音を立てた。

道の両側には大小さまざまな工房が軒を連ね、その煙突からは黒い煙が絶え間なく吐き出されている。


炉から漏れる熱。

焼けた炭の匂い。

鉄を冷ます水蒸気。


それらすべてを吸い込みながら、カイル・フェルドは重い木箱を抱えて歩いていた。


「カイル、そいつは三番倉庫だ!」

「分かってる」

「落とすなよ!中身は今日届いたばかりの上等な黒鉄だ!」

「分かってる」

「返事だけは一人前だな!」


共同鍛治場の親方が笑う。


カイルは答えず、木箱を抱え直した。


十五歳になった身体は、七年前よりもずっと大きくなっていた。

黒に近い灰色の髪を後ろで束ね、厚手のシャツの袖を肘までまくっている。腕には細かな火傷の痕がいくつもあった。

ただし、その火傷は鍛治師として鉄を打ってできたものではない。


炉へ炭を足したとき。

熱した鉄を運んだとき。

鍛治師が落とした火箸を拾ったとき。

どれも、鍛造を見守る傍らで負った傷だった。


カイルはこの共同鍛治場で、三年前から働いている。

仕事は、木炭運び。

鉱石の選別。

水桶の補充。

床に飛び散った鉄くずの回収。

完成した鍋や農具を客のもとへ届けること。


鍛治場で必要とされる仕事ではある。

だが、鍛治師の仕事ではない。


正式な弟子ではないカイルには、炉を使うことも、金床の前に立つことも許されていなかった。

槌に触れることさえ、原則として禁じられている。


それでもカイルは、毎日ここへ来た。


木箱を三番倉庫へ運び入れ、蓋を開ける。

中には拳ほどの黒い鉱石が隙間なく詰まっていた。

カイルは一つを取り出し、表面についた土を親指でこする。

色を見て、重さを確かめる。


そして近くにあった小さな鉄棒で、鉱石の端を軽く叩いた。


キィン。


澄んだ音が倉庫に響く。

もう一度。


キィン。


カイルは鉱石を箱の右側へ置いた。

次の石を取り、同じように叩く。

今度は少し濁った音がした。


カイルは眉を寄せ、石を明かりに透かすように持ち上げた。

中央に、髪の毛よりも細い亀裂が走っている。


「そいつは外せ」


背後から声がした。


振り向くと、共同鍛治場を取り仕切る親方のドランが立っていた。

太い腕を組み、カイルの手元を見ている。


「割れてるのか?」

「たぶん」

「たぶんで上等な鉱石をはねられちゃ、たまらんぞ」


ドランはカイルから鉱石を受け取り、目を細めた。


亀裂へ太い爪を当てる。


「……本当だな」


「叩いた音が違った」

「俺には同じに聞こえたが」

「最初の音が少し低い。中で響きが途切れてる」


ドランは鉱石とカイルの顔を交互に見た。


「相変わらず、妙な耳をしてやがる」


そう言いながら、割れた鉱石を不良品用の籠へ放り込む。


「耳だけじゃ、鍛治師にはなれんぞ」

「分かってる」

「本当に分かってる顔じゃねえな」


ドランはため息をついた。


工房の奥では、三人の鍛治師がそれぞれの金床を使っていた。

一人は農具の刃を打ち延ばし、一人は鍋の底を薄く広げ、もう一人は馬蹄の形を整えている。


カイルの視線は、自然とその手元へ向かっていた。


槌を上げる高さ。

鉄へ当てる角度。

打つ位置。

鉄を返すタイミング。

何度目の打撃で炉へ戻すのか。


カイルは仕事を始めてから、ずっとそれを見続けてきた。

言葉で教えてもらえないなら、目で盗めばいい。

そう思っていた。


農具を打っている鍛治師が、刃の根元へ槌を落とす。

カイルは無意識に、自分の指を小さく動かした。


もう少し右。

そこを打つなら、次は反対側から返す。

頭の中では、何度も槌を振るっていた。


けれど、実際の手には何もない。


「そんなに打ちたきゃ、うちの弟子になればいいだろうが」


ドランが言った。


カイルは鍛造から目を離さないまま答えた。


「前にも言った」

「ガルド・レグナスの弟子になる、か」

「ああ」

「七年も姿を見せねえ爺さんを待って、雑用ばかりやってる。俺には、お前の方がよっぽど爺さんに見えるぞ」


「ガルド様は戻ってくる」

「何を根拠に」

「分からない」

「根拠がねえじゃねえか」


ドランは呆れたように鼻を鳴らした。

カイルも、自分の考えが無謀であることは分かっていた。


七年前。

国王へ献上する魔剣を打ったあと、ガルド・レグナスはベルナから姿を消した。


王都へ招かれた。

北方の竜を討つ武器を作っている。

己の技術をすべて弟子へ譲り、隠居した。

すでに死んでいる。


町にはいくつもの噂が流れたが、真実を知る者はいなかった。


それでもカイルは待ち続けた。

あの日、広場で見た光景を忘れたことはない。


黒銀の刀身。

赤黒い炎。

空気だけでなく、心臓まで打ち鳴らした槌の音。


そして、何もなかった鉄の塊が、誰もが息をのむ魔剣へ変わっていく瞬間。

七年経った今も、カイルの胸には同じ言葉がある。


世界で一番強い魔剣を作る。


あの剣を超える。

そのためには、王国一の鍛治師から技を学ばなければならない。


カイルは本気でそう信じていた。


「おい、カイル!」


工房の入り口から声が飛んできた。

振り向くと、鉱石商の若い男が息を切らして立っていた。


「何だ」

「お前、ガルド様を捜してたよな?」


カイルの手が止まった。

ドランも眉を上げる。


「今、何て言った」

「だから、ガルド・レグナスだよ。王国一の鍛治師」


男は膝へ手をつき、乱れた呼吸を整えた。


「帰ってきたらしいぞ」


倉庫から、音が消えた気がした。


工房の槌音は続いている。

荷車の車輪も、職人たちの話し声も聞こえる。

それなのにカイルの耳には、男の言葉だけが残っていた。


「どこにいる」

「ベルナの北に、使われてない古い工房があるだろ。山道を半日くらい上ったところの――」

「いつ戻った」

「昨日の夕方らしい。炭焼きの爺さんが見たって。白髪で、でかい槌を背負った老人が入っていったそうだ」


「本人だと確かめたのか」

「そこまでは知らねえよ。でも、工房の煙突から煙が上がってる。何年も使われてなかった場所だぞ」

男が言い終わるより早く、カイルは倉庫の外へ走り出していた。


「おい!」


ドランの声で足を止める。


「どこへ行くつもりだ」

「決まってる」

「まだ仕事の途中だぞ」


カイルは言葉に詰まった。

ここで働いて賃金をもらっている以上、投げ出すわけにはいかない。

けれど、七年間待ち続けた機会が、目の前にある。


迷っていると、ドランが大きく息を吐いた。


「三番倉庫の選別は俺がやる」

「でも」

「その代わり、本人じゃなかったら戻って全部やれ。日が暮れても帰さんからな」


カイルはドランの顔を見た。


「……ありがとう」

「礼を言う暇があったら走れ」

「ああ」

「それと」


再び走り出しかけたカイルを、ドランが呼び止める。


「手ぶらで行くつもりか?」


カイルは自分の腰を見る。


作業着と革の手袋。

それ以外は何も持っていない。


「弟子にしてくれと頭を下げるだけなら、誰でもできる」


ドランは工房の隅に置かれた木箱を顎で示した。


「見せられるもんがあるなら、持っていけ」


カイルはしばらく黙っていた。

やがて、小さくうなずく。


「家に寄ってから行く」

「急げよ。伝説の鍛治師様は、また七年くらい消えるかもしれんぞ」


今度こそ、カイルは走り出した。



カイルの家は、職人街の外れにあった。


石造りの小さな家の裏には、薪や壊れた家具が積まれた物置がある。

カイルは扉を開け、その一番奥へ進んだ。


木箱を動かす。

古い布をめくる。


その下には、耐火煉瓦を積んで作った小さな炉があった。

炉と呼ぶには、あまりにも粗末なものだ。

壁は煤で黒く汚れ、隙間を埋めた粘土はひび割れている。


隣には、破れた革袋を何度も縫い直した小型のふいご。

金床の代わりに使っていた、平らな石。

頭の欠けた小槌。


すべて捨てられていた物を拾い、カイル自身が直したものだった。

正式な工房では炉を使わせてもらえない。


だから、自分で作った。


火力は弱い。

温度も安定しない。

大きな鉄を熱することはできず、少し炭を入れすぎれば煙が物置いっぱいに広がる。

それでも、この炉のおかげでカイルは何度か鉄を赤くすることができた。


物置の棚に、小さな包みが置かれている。

カイルはそれを取り、布を開いた。

中から現れたのは、一本のナイフだった。


全長は手のひらより少し長い。

刃は真っ直ぐではなく、中央がわずかに膨らんでいる。左右の厚さも均一ではない。

柄には木片を取りつけ、革紐を巻いていた。


お世辞にも、美しいとは言えない。

店に並べたところで、誰も金を払わないだろう。

初めて完成させたとき、カイル自身も落胆した。

頭の中に描いていたものとは、まるで違っていた。


もっと細く。

もっと鋭く。

もっと美しくなるはずだった。


けれど熱した鉄は思ったように伸びず、一度歪めた刃は、何度叩いても完全には戻らなかった。

刃先を薄くしすぎれば波打ち、真っ直ぐにしようと叩けば反対側へ曲がった。


七年も鍛造を見てきた。

槌を打つ場所も、鉄を返す順番も覚えたつもりだった。

だが、見ることと、作ることは違った。

ナイフ一本で、それを思い知らされた。


カイルは刃を明かりへ向ける。

不格好な輪郭が浮かび上がる。


「これしかない」


ガルドへ見せられるものは、この一本だけだった。


失敗作に近い。

それでも、カイルが初めて自分の手で鉄を熱し、叩き、削って作り上げたものだ。


布で包み直し、腰袋へ入れる。

物置を出ようとして、カイルは一度だけ振り返った。

冷えた炉の中に、あの日の赤黒い炎を思い浮かべる。


自分の炉から生まれたのは、不格好なナイフ。

ガルドの炉から生まれたのは、王国中が称えた魔剣。

同じ火と鉄を使ったはずなのに、その間には途方もない距離がある。

だからこそ、教わらなければならない。


あの人から。

王国一の鍛治師から。



ベルナの北門を抜ける頃には、太陽が町の屋根より高く昇っていた。


目的の工房は、鉱山へ続く街道から外れた山中にある。

かつては腕のよい職人が使っていたらしいが、十年以上前に持ち主が亡くなり、それ以来放置されていた。


石を敷いただけの山道は、荷車が通れるほど広くない。

左右には背の高い木々が生い茂り、町の槌音も少しずつ遠ざかっていく。


カイルは足を止めなかった。

七年間待った。

この程度の山道で遅れるつもりはない。


途中で何度か腰袋へ手を当て、ナイフがあることを確かめる。

何を言うかは、ずっと前から決めていた。


あなたの魔剣を見て、鍛治師を目指しました。

俺を弟子にしてください。

必ず、あなたの技術を受け継ぎます。

そして、いつかあの魔剣を超えてみせます。


何度も頭の中で繰り返した言葉だった。

だが歩けば歩くほど、それだけでは足りない気がしてくる。


もし断られたら、どうする。

技術がないと言われたら。

才能がないと言われたら。

このナイフを笑われたら。


腰袋の中の重みが、次第に増していく。


「……それでも、行く」


声に出して、自分へ言い聞かせた。

道の先から、かすかに煙の匂いがした。

炭を燃やす匂い。


カイルは顔を上げた。


木々の間から、一本の煙突が見える。

細い白煙が、青空へ真っ直ぐ昇っていた。

誰かが炉を使っている。


自然と足が速くなる。

坂を上りきった先に、古い石造りの工房が現れた。


屋根の一部には新しい板が打ちつけられ、崩れていたはずの石壁も補修されている。

正面には大きな木の扉。

その横には、割れた看板が立てかけられていた。


文字は消えかけている。

だが、かろうじて読めた。


――レグナス鍛治工房。


「本当に……」


ガルドがいる。


七年前、広場で魔剣を打った男が、この扉の向こうにいる。

カイルの心臓が激しく鳴った。


工房の中から、音がする。

シャッ、シャッ、と金属を擦る音。

槌音ではない。

何かの刃を研いでいるらしい。


カイルは深く息を吸った。


扉へ近づく。

手を上げる。

叩く直前、扉の脇に置かれた物が目に入った。


欠けた鍬。

底の抜けた鍋。

刃の潰れた鎌。

曲がった馬蹄。

壊れた扉の蝶番。


どれも使い古され、土や煤に汚れている。

王国一の鍛治師の工房に置かれているとは思えない品ばかりだった。

魔剣も、宝剣もない。

希少な鉱石さえ見当たらない。


「どうして、こんな物が……」


カイルが呟いたとき。

扉の向こうから、低い声がした。


「客なら入れ」


七年前に聞いた声だった。

歳月を経ても、忘れるはずがない。


カイルは扉を押した。

重い木の扉が、軋みながら開く。

薄暗い工房の奥に、一人の老人が座っていた。


雪のように白い髪と髭。

作業着に覆われた、岩のように大きな身体。

手にしているのは、魔剣ではない。


土のついた一本の鎌だった。

老人は砥石を動かす手を止め、ゆっくり顔を上げた。

鋭い目が、カイルを射抜く。


ガルド・レグナス。


王国一の鍛治師。

カイルが七年間、追い続けた背中。


用意していた言葉が、喉につかえた。

それでも拳を握り、頭を下げる。


「カイル・フェルドといいます」


声が震えそうになる。

歯を食いしばり、続けた。


「七年前、あなたが打った魔剣を見ました」


ガルドの目が、わずかに細くなった。


「俺は、あの剣を超える魔剣を作りたい」


腰袋から、布に包んだナイフを取り出す。

両手で差し出した。


「俺を、弟子にしてください」


長い沈黙が落ちた。

炉で炭が爆ぜる。


ガルドはナイフを受け取らない。

代わりに、カイルの顔をじっと見つめていた。

その目は、技術を見極める鍛治師のものではなかった。

カイルの奥にある何かを探し、見つけ、そして恐れているような目だった。


やがてガルドが口を開く。


「帰れ」


「……え?」


「お前を弟子にするつもりはない」


七年間抱き続けた言葉が、たった一言で叩き潰された。

カイルは顔を上げた。


「まだ、ナイフも見ていません」

「見る必要はない」

「どうしてですか」


ガルドの視線が、カイルの赤褐色の瞳へ向けられる。


七年前。

魔剣を見つめていた、あのときと同じ場所へ。

老人は、苦いものを噛みしめるように告げた。


「その目をしているうちは、槌を持たせるわけにはいかん」


カイルには、その言葉の意味が分からなかった。


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