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テンプレ異世界転生を遂げたのでのんびり平穏に暮らしたい  作者: 宗真匠


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2.可能性の先に

 王都で恩寵を賜ってから二年の月日が過ぎた。

 この二年間は実験と研究の繰り返しだった。

 どちらかと言えば失敗の方が多い日々だったけれど、そのおかげで"Probabilist"という恩寵についても少しずつわかってきた。


 まずは剣技。父のバレスが元冒険者で剣士として戦っていたこともあり、恩寵の能力を模索する中で、剣技の適性を見てみようということになった。

 バレスとはそれまでも何度も剣を打ち合ってきた。一緒に狩りに出るにあたって、自分の身はある程度自分で護れなければ足手まといにしかならないからだ。

 その結果はというと……


「参りました」

「ハッハッハ。俺に勝つにはまだまだ早かったようだな!」


 呆気なく惨敗。このおじさん、10歳の息子をボコボコにして何を喜んでいるんだ。

 打撲に擦り傷、たんこぶまでできて全身が痛い。まあ、ほとんどは自分のせいなんだけど。


 バレスの恩寵は『合気』。相手の力を利用した受け流しやカウンターに特化した恩寵だ。

 その上、本人が身体を鍛えまくった結果、自分から打ち込んでも強いというおまけ付きだ。チートだ。

 そのせいで若い頃は『タンク要らず』『一匹狼』『もうお前一人でよくね?』と言われていたらしい。なんでこの人こんな田舎にいるの?

 これらの情報からわかる通り、俺から剣を振るえば軽々と受け流され、隙を見せれば急所に的確な一撃が飛んでくる。

 かと言って受けに回れば腕がへし折れそうなほどの重い一撃がのしかかる。こちとら10歳やぞ、手加減しろ。

 まあ、その結果がこれだ。父親が強いのもあるあるか。


「フェス、大丈夫?」


 アホ面で高笑いするアホ親父を恨めしく見上げていると、幼い少女が駆け寄ってくる。

 俺がボロ雑巾になる度に声をかけてくれるこの美少女こそ、幼馴染のシェリア・ユーフィスだ。やっと紹介できたね。

 幼いながらも既に将来が約束されたような整った顔立ち。笑うと太陽のように眩しく、陰の俺は浄化されてしまいそうだ。

 王都に行っても彼女ほど綺麗な子はいなかったし、集まっていた同年代の少年たちからも視線を浴びていた。

 ついでに俺も視線を浴びていた。お前誰だよ、そこを代われと。あれは視線じゃなくて死線か。


「バレスおじさんひどいよ! フェスが可哀想だよ!」

「ち、違うんだシェリアちゃん! フェスが手加減するなって言うから……」

「フェスは弱っちいの! 強がってるだけなの! だからもっと優しくしてあげて!」


 うん、君も結構ひどいこと言ってるけどね。精神面にまで追い討ちかけなくてもよくないですかね。

 本人に毒を吐いたつもりはないらしく、心配そうに何度も俺の名前を呼びながら魔法をかけてくれる。


 シェリアが得た恩寵は『聖女』。魔の者を滅する光魔法と高度な回復魔法に長けた恩寵だ。

 俺の時とは違い大いに盛り上がっていた神官たちの話によれば、この恩寵は数十年に一人の逸材らしく、将来は冒険者のヒーラーや教会の女神官、王都の魔法部隊とあらゆる道が選び放題。まさに選ばれし者だ。

 聖女に目覚めたシェリアの治癒魔法は、かつて専門の治癒術師だった彼女の母親と比べても遜色なかった。

 全身ボロボロだった俺の身体は、数十秒も経てば健康体に元戻り。なんなら気力まで湧き上がり、いつまでも戦い続けられそうなほどだった。

 痛みが消えた身体を軽く動かし、シェリアの頭をぽんぽんと撫でる。


「ありがとう、シェリア。助かるよ」

「う、うん! フェスが無茶しても、いつだって私が治してあげるね!」


 少し恥ずかしそうにしながらも向けられる満面の笑み。うーん、可愛い。

 年齢が年齢だから妹にしか見えないのが唯一の欠点か。

 前世も今世も妹はいないけど、いなくてよかったのかもしれない。もしもいたらシスコン待ったなしだ。

 王都に来ていた少年たちには拝めないであろう天使の笑顔で元気を充電し、俺は再び木刀を握った。


「父様、もう一本お願いします!」

「ほう、まだへこたれねえか。よし! どこからでも打ってこい!」


 こうしてバレスが休みの日には一日中特訓に付き合ってもらうこととなり、その度に俺とバレスは母に怒られるのだった。



 ※※



 戦闘に携わる職業に大切な要素は大きく分けて二つ。近接戦闘と魔法だ。

 『パーティーは二前二後』と言われるように、集団戦の基本構成は前衛のメインアタッカー一人に攻撃を受け止めるタンクが一人。そして補助や回復魔法を扱う後方支援役が二人で構成されている。

 場合によっては索敵や敵のヘイト管理を斥候の前衛に任せ、後方の魔法使いが高火力魔法で一掃する構成もあるけど、それでも前衛と後衛が二人ずつというバランスは変わらない。

 もっと人数を増やせばその分多くの戦術が取れるけど、何人で依頼を受けようと依頼料は変わらない。報酬とパーティーの安定感を両立させたのがこの二前二後構成というわけだ。

 言いたいのは、命懸けの戦いにおいて荷物持ちや傍観者をパーティーに入れる余裕はないということだ。

 伝説の遊び人でもクリアできるゲームと違い、この世界の遊び人は酒場で自分の不甲斐なさを嘆くことしかできないのだ。

 将来遊び人にならないためにも恩寵の力については把握しておかなければならない。

 そうして剣術の次に目をつけたのが魔法だ。


 偏に魔法と言っても用途は多岐に渡る。

 敵を倒すための攻撃魔法はもちろん、傷の回復や毒抜き、病気の治療が分類される回復魔法。索敵や通信といった補助魔法。果ては生活水の確保や点火だって魔法ひとつで解決だ。

 得手不得手はあれど、この世界では誰でも簡単な魔法なら扱える。あの脳筋バレスでさえ薪に火を灯すことくらいはできる。たまに暴発してキッチンごと吹き飛ぶけど。

 俺も似たようなものだ。国内随一の水魔法の使い手だった母に教わったおかげで、生活で困らない程度の魔法なら扱える。

 それが"Probabilist"によってどこまで変化したのか。剣術と並行して実験を開始した。


 が、ダメ。

 火魔法は以前と変わらない威力だったし、土や風の魔法も似たようなものだった。

 水魔法に至っては閉め忘れた蛇口のようにちょろちょろとしか出てこない。遺伝はどうした遺伝は。

 聞けば魔法の適性は遺伝しないそうだ。母の水魔法は恩寵のおかげらしいし、恩寵が遺伝するなら数百年後にはどんな魔法も自由に扱える子供たちで溢れてしまうだろう。

 上手く調整された世界だ。もう少し俺にだけ優しくしてくれないかな。


 ついでにシェリアから回復魔法も教わってみたけど、こちらもあまり適性があるとは言えない。

 回復魔法は使えること自体が珍しい類いだけど、俺の場合は軽い擦り傷ひとつ治すだけで数時間を要する。傷を治すだけで魔力が切れるわ。


 と、ここまでは予定調和。予想の範囲内だ。

 異世界転生で獲得するレアスキルは、総じて剣や魔法といった所謂『花形』からは外れるものだ。

 剣も攻撃魔法も回復魔法もセンスなし。ここまで華麗に『ハズレスキル』の栄光のロードを敷いたんだ。

 そう、俺の恩寵とは即ち、補助魔法に特化したレアスキル!


 ──でもなかった。

 バレスに付き合ってもらい補助魔法も練習してみたけど、その結果は惨憺たるものだった。

 索敵範囲は半径2メートル。見つけた頃にはこっちが食われるわ。

 通信魔法の範囲は1メートルにも満たない。直接話した方が早いってどうなの。

 強化魔法はそこそこだったけど、魔法も付与していないバレスの一撃を受け止めるには至らなかった。こればかりはバレスが馬鹿力なだけかも。

 このように、剣も魔法も何一つ上手くいかなかった。


 それからは思いつく限りのことに挑戦したけれど、結局どれも適性が見いだせず、半年も経つ頃には恩寵のことなんて忘れてひたすら努力を重ねていた。

 そのおかげで、少しずつではあるけれど、剣も魔法も上手くなっていった。

 もう恩寵なんて必要ないんじゃない? テンプレートな展開を敷くだけの風呂敷だと思えばどうでもよくなった。

 道宮優希も大した人間じゃなかったし、転生したからといって突然無敵の力を手に入れられるはずもなかった。

 それでもこの世界で生きていく上で苦労するわけではないし、のんびり家の手伝いでもしながらひっそりと暮らそう。

 そう思い始めていた頃だった。"Probabilist"の恐ろしさを知ることになったのは。



 ※※



 恩寵を得て一年と少し。俺が12歳になった翌週のことだ。

 その日も俺はバレスや村の若者たちと一緒に狩りへ出かけていた。

 スコナ村は山林に囲まれた小さな村だ。少し山道に入れば、兎や鹿や猪が顔を見せ、俺たちはその命に感謝をしつつ狩りをする。

 海がないこの場所では肉こそが大事な栄養源だ。だからこそ、村人たちは力を合わせて村民たちの食料を確保する。

 バレスを筆頭に兎を2,3匹狩った頃だ。同行していた男性の一人が目を閉じて難しそうな顔をしていた。


「ソル。どうした?」


 様子を見かねてバレスが声をかけると、ソルは索敵魔法を解除して首を傾げる。


「何か変なんだ」

「変?」

「俺たち以外の生命反応がない。冬でもないってのに、動物一匹見つかりやしないんだよ」

「山奥にでも引きこもったか?」

「いや……だとすれば、もっと大型の動物か魔物が索敵に引っかかるはずだ。だけど、この一帯には何の反応もない。おかしな話だろ?」


 草食動物が恐れるような肉食動物が出れば、草食動物たちは逃げ場を探して山奥に引っ込むことがある。

 けれど、それなら草食動物が逃げるに至った原因が見つかるはず。ソルはそう考えている。

 過去にも似たようなことはあったけど、その時はいつも魔物や熊がどこからか迷いんでいた。

 動物たちが絶滅しないようにバレスたちが狩りの上限は調整しているし、その可能性も低い。


「偶然……ってわけでもなさそうか」

「ああ。もしかすると、この森で何か──」


 その時、俺は初めて『嫌な予感』というものを感じた。

 不気味な静けさ。日も当たらない森の中。徐々に薄暗く、未来を覆うような闇。

 そして、身体中にまとわりつく恐怖に脂汗が背筋を伝う。


 次の瞬間、バレスの背後で空間がぐにゃりと歪む。


「父様!」


 反射的にバレスの手を握り、思いっきり引っ張る。突然のことだったからか、バレスは俺に引かれるまま地面に転がった。

 ズドンと大きな衝撃音が響き、周囲に散らばっていた村民たちも一斉にこちらを向いた。

 バレスが先程まで立っていた場所に鈍く光る大きな鎌が突き刺さっている。もし、いつものようにバレスが反射的に俺を投げ飛ばしでもしていたら、今頃彼は真っ二つになっていただろう。


「助かった、フェス」

「いえ。お怪我はありませんか?」

「お陰様でな。それよりこいつは……」


 歪んだ空間を切り裂くように現れた大鎌。その影響か、何も無かったはずの空中に大きな裂け目が生じている。

 俺たちが体勢を立て直すと同時に、裂けた空間から腕が伸び、無理やりその穴を大きく広げた。

 黒よりも暗い闇の中から薄く笑う白い歯が覗く。

 赤黒い肌。緋色の瞳。雄々しく強靭な肉体。背中に生えた蝙蝠のような黒い羽。禍々しいオーラを放つ角。

 そのどれを取ってもおよそ人間とは呼べない容貌。いや、俺の知識にはその見た目を言い表す言葉がある。


 悪魔。突如現れたそいつは、まさに人間の命を狩る化け物だった。


 無数の屍に曝されたような瞳孔をこちらへ向けて、悪魔はニヒルな笑みを浮かべた口を開く。


「見つけたぞ、神の卵。俺と共に来てもらおう」


 その言葉が俺に向けられたものであることは言うまでもない。

 こちらに伸びる腕を避けようと後ろへ跳躍するも、俺とこの悪魔とでは基本スペックが違いすぎる。膂力の差だけで瞬く間に距離を詰められる。


(避けきれない……!)


 死を覚悟した直後、悪魔が何かを察知して大きく飛び跳ねた。俺の目の前を数本の矢が右から左へと流れていく。

 右手を見れば、同行していた村民の数名が上空へ弓を引いていた。


「フェリクス君、逃げるんだ!」

「こいつ、何でフェリクス君を狙ってやがんだ?」

「考えるのは後だ。こんなところでフェリクスを死なせりゃメリアさんに合わせる顔がねえ。何がなんでも時間を稼ぐぞ!」


 震える手で届くはずもない弓を引き、今すぐ逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、彼らは俺にそう言った。

 けれど、彼らの決意は圧倒的な力を前に為す術なく散った。

 悪魔が勢いよく地面に落ちてきた衝撃波だけで彼らは軽々と吹き飛ばされ、逃げ道を塞ぐようにそびえ立つ木に叩きつけられた。

 自らを鼓舞するように張り上げていた気力は消え、力なく項垂れる。傷は浅い。気を失っただけのようだ。

 離れて魔法を詠唱していた人も、剣を振り上げ斬りかかった人も、悪魔の前では赤子に等しい。

 大人たちが次々と無力感に伏していく中、俺はその場を動くことすらできずにいた。


「ちっ……くしょうが!」


 バレスが悪魔の背後で剣を振り上げる。

 鍛え上げられた強力な一撃が悪魔の脳天に向けて振り下ろされた。

 が、その岩をも砕く剣が届くことはない。

 剣は片手で軽くいなされ、次の瞬間には蹴りがバレスの脇腹に直撃していた。

 耐え切れない痛みを吐き出す苦悶の声を上げながら、バレスが森の奥へと吹き飛ばされる。


「悪くない剣技だが、戦いは不慣れなようだな。不意打ちで声を荒らげるなど、反撃しろと言っているようなものだ」


 それは説教か手向けの言葉か。悪魔はバレスに聞こえるはずもない声でそう言うと、周囲に立ち上がる人がいないことを確認してこちらへ向き直る。


 俺はどうすればいい?

 このままでは彼らを助けるどころか俺が逃げ切ることすらできない。

 先の攻防で思い知った。思い知ってしまった。

 俺と悪魔との間には、破ることも乗り越えることもできない圧倒的な壁がある。

 これまで鍛えていたはずの俺は一瞬で追いつかれ、俺が今まで一度も勝てたことのないバレスですら手も足も出ない。

 俺は二人の攻防に俺とバレスの姿を重ねていた。まるで大人と子供のようだ、と。

 バレスの力をものともしない腕力。合気でさえ反応できない速度。これでもまだ力の底は見せていないように感じる。


 子兎のごとく逃げ出そうと、この森を抜ける前に捕まる。それどころから数十メートルももたないだろう。

 ましてや、気を失った大人たちを助けようにも俺が努力し積み上げてきた技では悪魔に傷を負わせることすら叶わない。

 種族の違いというだけではない。俺が数年間積み上げてきたものをこの悪魔はさらに長い年月をかけて築き上げた。

 惜しまず努力してきたからこそ、その強さの根源にあるものが理解できてしまう。

 転生して新たな人生を得たところで、俺は所詮高校生。今やただの子供だ。

 そんな俺に、何ができるはずもない。


 力なく蹲る俺の元へ、悪魔がゆっくりと近づいてくる。

 まるで死神だ。あいつがこちらへたどり着く頃には、俺は二度目の死を迎える。

 その肩に担いだ大きな鎌で命を刈り取られる。

 立ち上がらなければ。逃げなければ。助けなければ。頭では理解しているのに、恐怖に支配された身体は言うことを聞いてくれない。


「安心しろ。貴様が大人しく言うことを聞けば殺しはしない」


 これだけ暴れておいて何を今更と思いながらも悪魔の言うことには信用できる点もある。

 あれだけの力の差がありながら、大人たちは皆気を失っているだけだ。この悪魔の力があれば、全員を一撃で殺すことだって訳ないはずなのに。

 でも、それでこの悪魔に交渉の余地があるかと問われれば、俺は首を横に振る。


「よく言いますね。最初の攻撃は殺す気満々だったでしょうに」

「あれは事故だ。壁を破ろうと鎌を適当に投げた先にあいつがいた。もしそれで死んだとしてもあいつの運が悪かっただけだろう」


 不幸な事故か。自分で引き起こしておいてよくもそんな言い訳ができたものだ。

 俺も一度は不幸で死んだ身だ。その俺から言わせてもらえば、偶然と人為的には明確な違いがある。

 どちらも人が人を殺したという結果には変わりない。けれど、この悪魔の思考には人を殺すことに対する躊躇が一切感じられない。

 殺しても仕方ない。どうでもいい。相手が悪い。悪魔が何を考えているのかはわからないけれど、『人を殺してはいけない』という当たり前の考えが抜けている。

 たとえ同じ結果に至ろうと、その前提に違いがあるだけで『偶然』は『蓋然』に変わるのだ。

 その手を取るか、振り払うか。俺の答えはほとんど決まっているけれど、最後にひとつ質問をする。


「……もしも、ぼくが逃げたらどうするつもりですか?」

「どうも何も、逃げ切ることは不可能だ。子供の脚力に俺が追いつけないはずもない」


 そんな当たり前のことが聞きたいわけじゃない。俺の瞳からそう感じ取ったのか、悪魔は半ば呆れたように続ける。


「それでも貴様が逃げると言うのなら……その場合はこの場にいる人間も、村で貴様らの帰りを待つ人間も、残らず首を落として貴様の前に並べるだけだ」


 やはりそうだ。元よりこいつは、人間とは全く異なる価値観を持っている。

 目的のためなら手段は選ばない。それが多くの人間を殺す結果になろうとも。

 けれど裏を返せば、目的さえ達成されるなら、他の命には興味がないということだ。

 悪魔の目的は俺だ。俺を神の子と呼び、どこかへ連れて行こうとしている。

 そうと決まれば、答えは簡単だ。


「……わかりました。貴方の言うことに従います。だから──」


 意を決して悪魔を見上げた先に、影がひとつ落ちた。

 バレスが再び剣を翳し、悪魔に向けて振り下ろす。

 声のひとつも聞こえない静かな一撃。しかし、それでも悪魔には届かない。

 風の音か人の気配か、或いは魔力を感知できるのか、悪魔はすんでのところで刀身を躱し、お返しと言わんばかりに鎌を薙ぐ。

 けれど、バレスも反撃は読んでいたのか、鎌の柄を足で受け止めた。これには悪魔も目を見開く。


「人間を舐めるなよ、魔族!」


 魔族。この世界に来てからは初めてその名を耳にした。この悪魔のような見た目は魔族のそれだったようだ。

 この世界の魔族がどんなものかは知らないけれど、どんな物語においてもその存在は人間を遥かに凌駕する力を持ち、人類の敵として立ちはだかる。

 今、目の前で起こっている現実のように。


「先程と違い、悪くない反応だ。俺の同族とどこかで殺り合ったか?」

「残党戦争でな。悪いが、2、3人狩らせてもらった」

「この世界の生き残りが殲滅された戦いか。なに、謝ることはない。奴らは俺たちの裏切り者だ」

「そいつは良かった……ぜ!」


 短いやり取りを終え、バレスは両手で剣を握り直し、首を狙って力いっぱい振るう。

 紙一重で致命傷を避け、鎌と体術を織り交ぜて攻勢に出る魔族に対し、目にも止まらぬ連撃を恩寵を駆使して捌くバレス。

 何度か剣戟が繰り返され、バレスが俺を庇うように前に立つ。


「フェリクス、立て! 走れ!」


 背中越しに響く男の怒声。いつもの煽り調子はなりを潜め、ただただ必死さだけが伝わってくる。


「村の周囲には魔物用の結界が張ってある。魔族相手にいつまでもつかはわからんが、そろそろ王都の巡回が来る季節だ。それまで耐えられれば、勝機は見えてくる」


 示された生き残るための活路。しかし、その光は同時に闇を孕んでいた。


「それは……父様はどうなるのですか!」

「俺は……運が良ければ生き残れるかもな」


 運が良ければ。それは、蓋然性とは程遠い言葉だ。

 可能性はゼロじゃないとは便利な言葉だ。どんな事象にだって高かれ低かれ可能性は存在する。

 "0"と"1"には明確な違いがある。けれど、その"1"は"0ではない"だけに過ぎず、天地がひっくり返ってようやく拾える"1"であることも少なくない。

 まさに今、この状況のように。


「で、ですが、父様は魔族を倒したことがあるんですよね? では、今回だって……」


 どうにか可能性を引き上げようと縋り付くも、バレスは静かに答えた。


「こいつはあの時の残党とは比べ物にならない。異界で数千年と力を溜め込んだ本物の魔族だろう。俺でも長くはもたない」


 必死に掴んだ藁は呆気なく沈む。バレスも理解したのだろう。相対したからこそわかる力の差。過去の敵と今の敵との圧倒的な差を。

 バレスは振り返ることなく声を上げる。


「だから早く逃げろ! 母さんを……メリアを頼んだ」


 最期を覚悟した男の決意。その背中を前に俺の震えは止まっていた。

 けれど、俺は動かなかった。

 村まで逃げれば結界に護られる。王都の騎士団の巡回まで残り数日。それまで結界が耐えられれば、王都が危機を察知して援軍を送ってくれるだろう。

 一体何日で? 伝令が王都へ戻り、軍を編成し、村に駆けつける。早くても一週間。相手が強力な魔族だという点を加味すれば、人員を揃えるのにもっと時間がかかるだろう。

 村でも最も戦闘に長けた恩寵を持ち、剣技にも優れ、過去には冒険者として名を馳せたバレスが負けるような魔族を前に、それほどの期間を結界が耐えられるとは到底思えない。

 王都が騎士団を派遣する時間があるということは、魔族にだって仲間を呼ぶ時間があるということだ。一人でも傷ひとつつけられない魔族が複数人も攻めてくれば、小さな村ひとつ滅ぼすなんて訳ない。

 俺が逃げればどうなるか。その答えはさっき魔族本人が言っていた。俺以外全員死ぬ。逃げた先にあるのはそんな絶望的な未来だけだ。


 だったら、俺にできることはひとつしかない。

 皆を護るため。両親を、幼馴染を、村の人たちを護るために、俺が犠牲になるしかない。

 俺の命ひとつで多くの人が救えるならそれでいいじゃないか。それに、魔族の言い分を鑑みれば、俺の命だって助かるかもしれない。

 無力な俺にもまだできることがある。無価値に死んだ前世とは違う。俺の命にもまだ価値はあるんだ。


「父様、ぼくは──」


 ──汝、力を求めるか?


 どこからか声が聞こえる。透き通るような女性の声が、頭の中に直接響いてくるようだ。

 声の主がどこにいるのか。どうやって俺に語りかけているのか。そんなことはどうでもよかった。

 力が欲しいか? そんなの、欲しいに決まっている。

 俺がもっと強ければ。チート能力じゃなくてもいい。魔族に勝てなくてもいい。魔族を退け、皆を助けられる力があれば。

 贅沢は言わない。俺はただ、小さな村で、家族や友人と笑って過ごせるならそれでいい。

 そのためには力が必要だ。この場を切り抜ける力が欲しい。


 ──汝、力の為には、如何様な代償でも支払うか?


 悪魔の契約か? 別に構いやしない。

 寿命だろうと心臓だろうとくれてやる。

 だから、力を寄越せ。

 今はただ、皆を護れるだけの力を!


 ──汝の聲に応えよう。我が愛し子、我が主よ。我らが同胞は今、此処に顕現する。


 その声を最後に視界が眩い光に包まれ、堪え切れずに腕で目元を覆う。

 数秒の後、ゆっくりと目を見開くと、戦場の中、魔族とバレスを遮るように、この場には似つかわしくない明らかに異質な女性が立っていた。

 肩まで伸びた金色の髪を靡かせ、彼女はこちらにゆっくりと近づいてくる。

 やがて俺の前で足を止めると、彼女は俺に傅いた。


「召喚に応じ参上しました。わたくしはイドラ。主様の忠実なる下僕です」

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