夜の仕立て屋の服装
「ヴェイルも変わりない様子でよかったな」
マスターの安堵の笑顔に心からの笑顔でうなずく。
「さて、この後はどうするか」
「そうですね……」
通りは他に、装身具屋や本屋や雑貨屋なんかもある。どの店も夜だけしか開いてないから寄りたい気持ちもあるけど……
「待ってくれたまえ」
後ろから声かけ。
通りを見ていた視線を戻すと、ヨルダケの店から男性が出てきた。
彼は、夜の仕立て屋の一人だ。
「ジャン、出てきてくれたのか」
マスターと仕立て屋とともに親しみのスマイル。
「地下に来ずに帰ってしまうなんて、寂しいじゃないですか」
ジャンも親しみのスマイルをくれた。
「仕立て中と聞いて、邪魔しちゃ悪いと思ってさ。危険な魔法を使ってたら危ないし」
仕立て屋の言葉に、フムと納得したようだ。
「今は危険な魔法も使っていないし、邪魔なんて思わない。いつでも来てくれたまえ。仕立て屋同士、意見を交わそう。夜と昼、なかなか会えない同士でもあることだし。こうして来てくれた時は、どうぞ遠慮なく」
ジャンは胸に片手を当てて微笑んだ。
貴族の次男様でもあるから言葉遣いや所作もエレガントだ。服飾ギルドメンバーのなかでは年少なのもあるけど、子供みたいに無邪気で人懐こいな。
「ありがとう、今度はそうするよ」
仕立て屋の約束にジャンは嬉しそうに笑った。
「それでは今宵はここで、私の仕立てた服を見ていってくれたまえ」
ジャンは両手を広げてみせた。
「ジャンがジャーン! と服をお披露目します!」
最高のスマイルをみせてくれた。
『ジャンがジャーン!』は彼の決め台詞? だ。夜の娯楽街の芸人を真似ているという。このパフォーマンス、見習いたいような、やめといたほうがいいような。
ともかく、ヴェイルさん達相手にやって見せてもリアクションが薄いと悲しんでいるから、マスターと仕立て屋とともに、特大スマイルと盛大な拍手を返して注目しよう!
「今回ご紹介するのは、仕立ての最中に出た端切れを使った服です」
端切れ、捨ててもいい部分を使うとは。
貴族生まれの作る服とは思えない材料だと感心してしまう。
どんな出来栄えか服装観察してみよう――
夜の仕立て屋の服装
ジャーンと紹介されるだけはある、不思議なデザインの服だ。庶民の自由さを楽しみつつ、貴族の高貴さもあるような。
スタンドカラーシャツは右は黒で左は紫と、左右で色が違う。切り替えし、バイカラー、ツートンカラーなどという。
色違いの端切れを継ぎ接ぎした服だ。
肘には継ぎ当てがしてある。擦り切れやすい部分の補強布だが、金布で縁取りしてあるので美しいデザインになっている。
ズボンも右足は濃紺で左足の金布の縁取りから黒に切り替わっている。魔法使いの客が多いからか、紫と黒系の端切れが沢山あるみたいだ。今回はそんな風だが、色の組み合わせには他に自分に関わる色や服飾ギルドなどの組織のシンボルカラーを表していたりと意味があったりもする。
右膝にも継ぎ当てがあるが、金糸の模様が美しすぎて補強とは思えない。
どの端切れや縁取りにもそれぞれ違う魔法が付与されている。少しずつ沢山魔法を付与したい時に良い。
デザイン性があるだけでなく、実用的な継ぎ接ぎ服だ。
ズボンの留め具は金のクラスプ。
仕立ての際に動きやすい編み上げのワークブーツ。
装備はメジャー。
左腕の金の縫い目のようなものは、アームバンド。
独創的で奇抜、高級感もある、全体的にゴチャついているようでテーマは「継ぎ接ぎと色違い」と統一しているスタイルだ。
説明を省いた簡単な名前は継ぎ接ぎの服だ。
パッチワーク、アップサイクルウェア (端切れなど捨てる材料を利用した服)、カラーブロックスタイル (左右などで生地の色が違う服)などともいう。
「とても端切れとは思えない、美しく独創的な服だね」
感嘆と称賛のスマイル。
敬語で接してしまいそうになるが『楽に接して』と言われているので、あえてのタメ口だ。
「ありがとうございます。この服は『ビコローレ・ラットッポ・アビト』といいます。2色使いの継ぎ接ぎの服という名です」
ほう、ネーミングまで自ら付けてくるとは。
それにしても、
「ビゴロー?」
仕立て屋とともに首をかしげる。
貴族や教養ある者だけが知る古代語や外国語だろうか?
「古代ロレナ語から付けたんだ。服のデザインと同じく一風変わった名前にしたくてね」
私も、古代語でネーミングセンスを鍛えるか。
尊敬の念を抱きつつ、称賛を続けよう。
「独創的だね」
「確かに、服のデザイン同様、面白さのある響きの名だな」
マスターも称賛のスマイルをみせた。
「ありがとうございます。名前の通り、この服の売りは継ぎ接ぎと色違いです。今回は魔法服の仕立て中に出た端切れを使用したので、紫系の色と黒色の似たような色使いになりました」
やっぱり、魔法服の端切れだったか。
「この継ぎ当ても金の縁取りがあって、魔法使いのローブの装飾みたいだね。当て布には見えない美しさだ」
「うん、特に、膝の継ぎ当ての飾りステッチは凄いね」
仕立て屋は目を見開いてよく観察をはじめた。
ハサミでの裁断なら得意だけど、針仕事は人並みだと言って練習中だからな。ジャンのほうが腕がいいと言うし、裁縫や刺繍の技術をここぞとばかりに見習っているようだ。
ステッチという仕立て屋の専門用語も出た。
ステッチは縫い目のことで、飾りステッチ (デコラティブステッチ)は模様をつけたりする目立つ縫い目だ。ジャンの飾りステッチは『これ、縫い目なんだ』と驚くほど装飾的だ。
「この継ぎ当ては少しデザインを凝りすぎてしまったんだ」
ジャンのほうは腰を引き気味に苦笑いした。
「端切れで作る継ぎ接ぎの服はお買い得なのが売りだけど、ここまで凝った継ぎ当てをつけると価格に反映して少し高くしないといけなくなると、親方にもヴェイルにも言われてしまったよ」
「そうだな……」
マスターも同意した。
「しかし、ここまで端切れの服を魔法服のように見せる仕立てをしたのは素晴らしいぞ。端切れや継ぎ接ぎの服は、どうしても安っぽくボロのように見えて買い渋る客が多いからな」
うんうんとうなずく。
「そんな買うには躊躇する要素が、この服からは感じられないよ」
「よかった」
ジャンは売れるかどうか、商人としても真剣に考えているんだなぁ。
「君たちにそう言ってもらえると嬉しいよ。継ぎ接ぎのデザインは本当に難しい。継ぎ当ても作業服ならともかく、普段着などのデザインにするにはなかなか上手くいかなくてね……」
ジャンは悩める真剣な瞳をキラリと光らせた。
「そこで私は、夜の輝く娯楽街で手に入れた、この縫い目をモチーフにしたアームバンドからヒントを得て "金の縁取り" を取り入れました」
そうなんだ、と相槌を打つ。
貴族出身だから、金みたいな高級感を取り入れたわけじゃないんだ。
そういえば、娯楽街の人々の服装を気に入り、夜の仕立て屋になろうと決めた経歴の持ち主だったな。そんな彼ならではの発想か。
「金の縁取りの他にも、バイカラーの目を引く派手さや、ズボンの切り替えし位置のアシンメトリーなコミカルさを、夜の町や娯楽街の人々は『個性的で奇抜』だと言って好んで着ていますし、この店ヨルダケでなら、端切れと私の遊び心で作った服も売れるかもしれないと思ったんです」
遊び心か――
端切れが勿体ない精神より、端切れで遊ぶ精神だったか。
やはり、子供みたいなところのある仕立て屋だな。
「そうか。夜の仕立て屋のジャンらしい着眼点だな」
マスターの感想にも納得のスマイルでうなずく。
「ありがとうございます」
ジャンは優雅にお辞儀した。
「お披露目して自信がつきました。後は、膝の継ぎ当てはもう少しデザインを見直して、店に並べてもらえるようにしようと思います」
「気の済むまで試行錯誤するといい」
「はい。それから他にも、お客の購買意欲をそそるオプションをつけるつもりです……」
ジャンの不敵な笑みが私に向けられた!?
「ユルク、君なら、この服がただの継ぎ接ぎじゃないことはわかるだろう?」
「えぇ!? えっと……」
突然、クイズを振られた。
ただの継ぎ接ぎじゃない部分か、なんだろう?
私ならか、服装観察を思い出してみるか――――そうだ!
「この継ぎ接ぎや継ぎ当ての生地にはそれぞれ違う魔法が付与されている、それかな?」
当たりというように、ジャンは笑顔でうなずいた!
よかった……ふぅ、この店の従業員は誰も彼も、人をビビらせてくれる。
「ご名答だよ。マスター、この仕立ての服は魔法服としても売ろうと思っています。魔法服の端切れで作ったというのもありますけど、魔法使いも個性的な服や仕掛けを好む者が多いですから」
「うん、良いアイデアだ」
独特の魅力だけでなく魔法まで放つか。特に、
「この膝の継ぎ当てなんか、いかにも凄い魔法を放ちそうだね」
「膝から魔法か、意外性あるね」
「それじゃあ、このデザインはこのままにしておこうかな?」
仕立て屋とジャンと三人で、まるで子供のような意見を交わして笑いあう。楽しいひとときだ。
「それもいい。それなら、値段が少々高くなってもいいだろう」
マスターも乗ってきたようだ。
「ただの継ぎ接ぎ服にしても、ボロに見せかけて不意打ちで強力な魔法を放ったりと色々できそうだな」
「色々とできそうですね! 皆さんの意見を取り入れて、他にも考案したいと思います」
ジャンは感動したように目を細めた。
「やっぱり、会えてよかった」
貴族青年然とした、ロマンチックなスマイルだ。
見惚れてしまうし、なんだか照れるなぁ。
「俺達も、ジャンに会えてよかった」
マスターも優美なスマイルを返した。
真似したいものだ……鏡見て練習しよう。
「服が好評になれば、俺達の店でも採用させてもらおう」
「ありがとうございます!」
ジャンはとても嬉しそうだ。
いいなぁ、若き才能に嫉妬してしまう……
私も若いから負けないようにしないとな。
「それでは、そろそろ戻って皆さんと話したことを親方達にも伝えてきます。そうだ、親方達が『よろしく伝えてくれ、こちらも変わりない』と言っていました」
「ありがとう。皆、変わりなくてよかったと、よろしく伝えてくれ」
「はい。では」
丁寧なお辞儀を交わしてと。
「またね、ジャン。楽しかったよ」
「今日は色々と参考になったよ、ありがとう」
「私も楽しかったし参考になったよ。またお会いしよう。今度は君たちの自慢の服も見せてくれたまえ。では、ごきげんよう――」
「ごきげんよう」
仕立て屋とともに気さくなスマイルで見送ろう。
ジャンは浮足立ったように颯爽と店内に戻っていった――
「会えてよかったな。興味深い服を見せてもらった」
マスターもジャンに大いに期待しているようだ。
あんな仕立て屋が夜の服屋の地下に居るとは……
通りすがりに興味津々で見ていたお客さん達も思わないだろうなぁ。私も改めて驚いた。
試作中の服の意見交換もできたし、今宵は本当に刺激的だな――
補足です。
登場人物紹介
名前 ジャン・ド・レーヌ
貴族の次男坊。好奇心旺盛で享楽的だが一生懸命で真面目なところもある。
家督は継げないので娯楽街で遊ぶなかで客として利用していた『ヨルダケ』の仕立て屋になることにした。
ヨルダケは店の雰囲気が落ち着きすぎていると思っており、もう少しポップな雰囲気の自分の店を開くのが夢。
挿絵の服のデザインは……まぁ、継ぎ接ぎや継ぎ当てをオシャレに見せるのは難しいということが、わかりやすいかと思います。
ファンタジーに継ぎ接ぎの服はあまり出てこないですが、この物語でもこの1話くらいしか紹介しないかもしれません。
ビコローレ・ラットッポ・アビト (Bicolore Rattoppo abito)
はイタリア語です。
挿絵のような奇抜な服はイタリア語が似合う気がします。
イタリア語が古代語になっていますが、ユルクの世界では「服」など日本語と「ドレス」など英語がよく知られた言語、イタリア語やフランス語などが古代語や外国語で知らない人もいる、ファッション用語などで使われるという日本と同じような感じとなっております。
端切れの服は高級な端切れだと値段が高くなったり、ジャンの凝ったデザインのように職人の技術料や加工費などで高くなるものもあります。ブランドものなどもですね。




