華麗に反抗的に自己主張する服装
隣の仕立て屋、まだ明かりがついてるな。
マスターも気づいた。
「キルも誘って行こうか」
「はい」
窓から見える作業場には誰も居ない。
扉をノックすると、仕立て屋が奥から出てきて上げてくれた。
「キル、お疲れ様」
「お疲れ様、仕立て屋」
労いの声かけとスマイル。
「マスター、ユルク、いらっしゃい。お疲れ様」
仕立て屋も労いのスマイルをくれた。
後ろの作業台は綺麗に片付いている。
奥の事務所には明かりがついているけど。
「今日の仕事は終わった?」
「終わったよ。後片付けして、ユルクの店の売り上げ記録を見ていたところ。二人はどうしたの?」
「マスターに、私の店の貴族コーナーのディスプレイを見てもらっていたんだ」
「それが終わって、今から夕食を食べに行くところだ。キルもよかったら一緒に行かないか?」
「マスターがご馳走してくれるって」
「いいね、ご馳走になります」
「ガッツリ食べさせてやりたいんだって」
「それなら、ステーキかな?」
「いいね! ステーキ、食べたいね」
こういう時、仕立て屋は師匠に遠慮するタイプではない。
私もか。二人で笑い、マスターの顔をうかがった。
「好きなだけ食べろ」
太っ腹な返事をくれた。
「じゃあ、着替えてきます。どこで食べるのかな?」
「えっと」
マスターは酒場で気楽に食べたいと言っていたな。
確認してみよう。
「酒場ですかね?」
「そうだな、酒場にしよう」
食事の場所が決まった。
「わかりました」
仕立て屋は着替えに行くようだな。
服――そうだ!
「待って、仕立て屋」
「うん、何?」
「昨日の、ベストを着なよ」
「昨日のベスト?」
「うん、遊歩者の美装のベスト。ほら、マスターもあのベストを参考に作ったのを着てきているよ」
「ああ、本当だ――」
仕立て屋は気づいて、目を見張った。
マスターのベストを見る目が真剣になり、じっくりと姿全体を眺めてから笑顔になった。
「お似合いです」
「ありがとう。ユルクにも絶賛してもらえてな、良いものを作らせてもらった」
師弟で笑みを交わしている。微笑ましいな……
「仕立て屋もあのベストを着てさ、師弟で似たような格好して行きなよ」
「何を言ってるんだよ」
私の提案に、仕立て屋は眉をひそめた。
「二人が同じようなベストを着て並んでるところを見せてよ。微笑ましいし最高にオシャレに違いない」
「仲は良いけど……そんな風に並ぶなんて嫌だよ」
断られてしまったか。
あのベストの出来栄えとハートフルトーリー……このまま引き下がるのは勿体ない!
それなら……こう提案しよう。
「じゃあ、同じようなベストを私のも作って三人で着ようよ! せっかく良い出来のベストなんだから、流行らせよう!」
仕立て屋はこの提案に呆気にとられたようだ。
何言ってんだ? みたいな顔で笑っている。
「どう? 」
「どうって……わかった」
仕立て屋は今度はニヤリとした。
「ユルクも、ベストを着たいんだ?」
気づかれたか、素直に認めよう。
「そう、それもあるよ。無意識に羨ましがってた! 師弟で仲良さそうでさ、私も服屋としてマスターの弟子だし、仲間に入れてほしくなったというか。それもあるし、絶対流行って売れると思うし! 商人として、ついね」
ニヤリと笑い返す。
「全く、仕方ないというか抜け目ないというか」
仕立て屋は呆れたのか脱力気味だ。
「マスター、ユルクの言うことどう思いますか?」
マスターは私達を見て悠然と微笑んだ。
「俺は、ユルクにベストを着たいと言ってもらえて嬉しいし、二人で着ても三人で着ても嫌ではないぞ。流行りもすれば本望だな」
さすが、マスター!
わかってくださると笑顔で頷こう。
前向きな私とマスターを前に、仕立て屋は引き気味だ。
表立つことに慣れている服屋と裏方に徹する仕立て屋の考え方の違いかな。
しかし、2対1になってしまったので仕立て屋は諦めたように笑った。
「ユルクのためにも作るし、流行らす目的なら三人で着てもいいけど。今日は着ないよ」
ツンツンした態度で行ってしまった――
商人としては賛同したけど個人的には反抗したか。
マスターは苦笑いしている、弟子に二人で並ぶのを拒否されて少し寂しそうだ。フォローしておこう。
「仕立て屋は恥ずかしがり屋ですね。弟子として反抗的なところもあるような」
「ああ、昔は、ベストでも何でも俺の格好の真似をしたがる素直で可愛い弟子だったが……」
「私の前だから照れてるんですよ」
「そうだな。それに、独り立ちして、一人前の考えを持ちはじめてもいるのだろう。喜ぼう」
ふうと溜息をついたマスターは気を取り直したように私を見た。
「ユルクのベストの模様と色を決めるか」
「はい! 色は、金銀とくれば銅ですかね」
「そうだな。模様は……町の服屋らしく親しみやすい草花をモチーフにするか」
「そうですね……町を歩いていて見かけるような、名前は知らないですけど、道端の小さい花とか柵に巻きついている蔦とか」
「うん。派手さはないが目を惹きそうだな」
デザインが固まってきた時、仕立て屋が戻ってきた。
「お待たせしました」
何事もなかったような、すました態度だ。
私の提案を断り、どんな服に着替えたか。
服装観察してみよう――
仕立て屋の服装
マスターとは全く違う装いで出てきた。
ホワイトシャツのカラー (襟)とカフス (袖口)には刺繍模様がある。仕立て屋が刺繍の練習で施したものだろうか。
特徴的なウエスト部分が幅広のズボン。ウエストラインを引き締めて美しくスタイル良く見せてくれる。
編上げの紐で締め具合を調整する、背中側で締めるタイプもある。ボタンやベルト留めもあり、魔法付与されたものなら自動で締め具合を調整してくれる。
ハイウエストズボンまたはコルセットズボンという。
こちらはセンタープレスのあるキチンとした仕立てのズボンなのでハイウエストトラウザーズ、コルセットトラウザーズなどともいう。
これにベストを着るとせっかくの美しいウエストラインが隠れてしまう。「ベストは着ない」という強い意思を感じさせるズボンだ。自身のスタイルを良く見せつつ自己主張もする服選びとは、さすがだなぁ。
手をかけているのはハサミケースやツールバッグを装着するためのベルト。
ベルト飾りのあるブーツ。ツヤが凄い。このようにピカピカのブーツはエナメル革ブーツ、ガラスレザーブーツ、ドレスブーツなどがある。ブラシとクリームで手入れすることでツヤ出しすることもできる。
装備はギルドリング。服飾ギルドの紋章のあるほうだ。
引き締まったスタイルと細かいオシャレが調和している、相変わらずスタイリッシュでエレガント。
説明を省いた簡単な名前は仕立て屋の外出着だ。
「そのズボンでは、ベストを着ろとは言えないな」
マスターも気づいて言った。
「こんなに華麗に反抗されては仕方ないですね」
私とマスターは顔を見合わせて引き下がった。
「仕立て屋の主張はわかったから」
「うん、二人ならわかってくれると思ったよ」
仕立て屋は不敵な笑みを浮かべているが穏やかな態度に戻った。
よかった、けれど――
「食事するのに、コルセットズボンだと窮屈だよね。もうわかったから、いつものズボンを穿いたらいいよ」
「大丈夫、これはそんなに締め付けてないから」
仕立て屋は、コルセットに触れた。
確かに、締め付けているようには見えない。
そうか、元々スタイルが良いからキツく締める必要がないのか。
「これはデザインが気に入ってるのもあるから。このまま穿いていくよ」
「わかった。とても似合ってるよ」
「ありがとう」
私達はいつものスマイルを交わした。
ベストの件では揉めたけど、上手く収まってお互いホッとした。
「ユルクはどんな格好をしてるの?」
今度は私の服装に矛先が向いたか。
紫のケープ付きローブの前を開いて見せよう――ホワイトシャツと革製サスペンダー留めの黒いタイトズボンと革靴。
「特に、自己主張もない。いつもの格好の一つだよ」
仕立て屋と比べると地味だな。
服屋として負けじと、もう少しシャレた刺繍とかデザインとか取り入れるべきか……
「みんな、バラバラの服装だね」
仕立て屋はそのほうが気になったようだ。
三人バラバラの装い、それでいいと言うように頷いている。
そうだな……
「これはこれで個性的だし、三人それぞれの装いを見てもらえるし、いいかな」
私も、納得して頷こう。
「では、行こうか」
マスターの号令で外に出る。
さて、三者三様の服装も決まったし。
酒場に向かおう――
補足です。
仕立て屋のベストについては「仕立て屋 二つの姿」をご覧ください。
挿絵のウエスト部分の紐は下に結び目があるので、編み下げというのかと思い調べましたが、そのような表現は出てこなかったので上下どちらも編み上げというようです。
挿絵のズボンはハイウエストというよりコルセットズボンに見えますね。
主な違い
コルセットズボン→締め付け調整機能がある。
ハイウエストズボン→締め付け調整機能がない。
ハイウエストはコルセットも含めたウエストラインが高く綺麗にみせる機能の総称のようです。
タイトズボンはタイトパンツといもいいますし、ズボンをパンツと表記するのも一般的ですが、パンツだと下着を浮かべてしまわないか気になるのでズボンとしています。
ズボンのパンツはイントネーションがパ↓ン↑ツ→で下着のパ↑ン↓ツ→とは違うのですが文字だとわからないので。私は下着と同じイントネーションで読んでしまってますし……
ズボンはボトムスともいいますが、ボトムスは魔法使いやファンタジーの雰囲気に合っていると思います。
ただ、わかりやすさと汎用性ではズボンが一番なので服解説ではズボン表記で統一しています。貴族服と正装用と綺麗めはトラウザーズかスラックスとしています。
この辺りの細かい使い分けは作品の雰囲気やキャラによって変わるでしょう。
エナメル革のブーツはパテントレザーブーツともいいます。パテントは特許の意味で、かつてパテントレザーの開発者が特許を取得していたことからこう呼ばれているそうで、現在は特許は切れてエナメル革の総称となっているそうです。
ガラスレザーはガラスみたいにピカピカしたツヤがあるからこの名前かと思ったのですが、革を加工する工程でガラス板に貼り付けることからこう呼ばれているそうです。




