仕立て屋 二つの姿
ランチを終えて、加工屋と別れた。
最後は、仕立て屋に会いに行こう――
のんびりと歩き町に戻って見えてきた、木の看板 "古き良きハサミ" 仕立て屋の営む店の名。
仕立て屋がマスターから受け継いだ店だ。
マスターは親方から受け継ぎ代々受け継がれてきた店名通りの老舗。
大きな店の大きな窓から工房が見える。
昼休みのようで人は居ない……
あ、一人居た。
帽子を被っていて誰かわからない、お客なのか見慣れぬ紳士だ……
いや、仕立て屋のようだ。
入って声をかけてみよう。
「こんにちは」
「ああ、服屋。いらっしゃい」
やっぱり、仕立て屋だった。
「仕事の依頼かな?」
「いや、ちょっと寄っただけだよ」
親しみをこめたスマイル。
「そう、ようこそ」
仕立て屋も親しげなスマイルをくれた。
「そういえば、素材屋も集会の後ちょっと寄って行ったよ。マスターの仕立てた新しい服を着ていてね、これから素材集めに行くと言って出ていったよ」
ちょっと寄ったのは服を見せるためだろう。
師匠であるマスターの作った服は弟子の仕立て屋の参考になるからな。
「私も、素材屋にはマスターの店で会ったよ」
「そうなんだ」
「うん、着替えに立ち会ってね、服に名前も付けたんだ」
「名前?」
「うん、えっと、"漆黒の外装 ナイトハンターギア" どうかな?」
「……」
仕立て屋は素材屋の姿を思い出すように上を見た。
ちゃんと誠実な意見をくれるようだ。
緊張しつつ感想を待とう――
「……うん。服の特徴を表した、かっこいい名前だと思うよ」
「本当!?」
仕立て屋は信頼できる! 喜びのスマイル!
「かっこいい名前だよね!? 素材屋の反応はイマイチだったんだよ」
「素材屋はファッション方面の細かいことは疎いようだからね」
「うんうん。加工屋二人と同じだね。二人は "服に名前まで付けるなんて服屋は違うな" って言ってるよ」
「ふふっ、まぁ、服に名前が必要になるのは出来上がって服屋で売るときくらいだから、素材屋や加工屋にはピンとこなくても仕方ないと言えるね」
「そうだね……私は服屋なのにネーミングセンスが無いから……店の服にもあまり名前を付けられないんだけど……」
悩みを話して弱々しい姿を見せてしまった。
仕立て屋は優しい表情で見守ってくれている、このまま正直に話そう。
「だけど、マスターの作った素晴らしい服を見たら名前を付けたくなったんだ!」
「わかるよ、その気持ち。マスターの服はその完成度が情熱や意欲を刺激してくれてさ、素晴らしい練習台になるよね」
「うんうん!」
「そして、服屋がそうやって考えた、本当に良い名前を付けると服のグレードが上がるよね」
「上がったかな?」
「間違いない、ネーミングセンスも上がってるよ」
「ありがとう!」
涙しそうになりながら感謝のスマイル!
「それじゃあ――」
仕立て屋の服装にも目がいっていた。
狙いを定めるように。
「ふふ、この服装にも名前を付けてくれる?」
仕立て屋のほうから持ちかけてくれた。
少し面白そうに実力を試すように。
「やってみるよ!」
挑戦者の立場になりやってみよう!
「うーん……」
仕立て屋は美しくドレスアップしている。
まずは、質問してみよう。
「綺麗な服だね、どこに行くの? 貴族街?」
「これは普段着。その辺を散歩しに行くだけだよ」
「普段着には見えないよ!? 新品の余所行きにしか見えない」
「余所行きではないけど、たった今、仕立て上げたスーツセットだよ。どうかな?」
視線が吸い寄せられるように服装観察だ。
散歩姿の仕立て屋
これぞ、ハイグレードと思わせる素晴らしい服装だ。
服への拘りが細部にまで宿っている。
敬意を込めて細かく見ていこう。
ベージュのコートとトラウザーズ。コートの肩、袖とカフス、カラーとラペル (襟)、裾、トラウザーズのサイドライン (側面)に刺繍がある。服と同色の糸なので目立ち過ぎずに美しさと個性をだしている。エンブロイダリースーツ (刺繍のあるスーツ)だ。
セットの帽子のサイドクラウン (帽子の側面)とハットバンド (帽子に巻く帯やリボン)にもスーツと同じ生地と刺繍がある。
クラウン (被る部分)が長方形の帽子の名前はトップハット。シルク生地で光沢のあるのがシルクハット。
ベストも上質な空色の生地にスーツと同色のパイピング (縁取り)があり調和の取れたスリーピースとなっている。細かい模様もあるが刺繍とは違って生地の一部のようにみえる。これは模様が生地に織り込まれている、ブロケード織りというブロケードベスト。
青色のワイシャツも服装に統一感を出している。
空色の宝石ブローチを留めた純白のアスコットタイは美しいアクセントになっている。
わかりにくいがレースアップの茶色い革靴。
土色と空色、散歩というだけにアースカラー (自然色)でコーディネートされている。
これだけでも素晴らしいが――
上半身のアップ
目を引くのは腰の金のハサミ。スーツとハットと同じ生地と刺繍の美しいケースに収められている。
ベルトはハサミケース付きの作業用ベルト、ツールベルト。
ハサミはまるで腰の剣のような存在感がある。大事な仕事道具であり武器にもなる魔法のハサミだ。
素材屋もハサミを装備していたが、あのワイルドな印象とは反対のエレガントな印象がある。
もう一つ目を引くのは腕のアイテム。赤く丸いクッションに針が刺さっている。ピンクッションといい腕につけるのはアームピンクッション。
腕時計かブレスレットのような存在感がある仕事道具だ。
ハサミとピンクッション、仕立て屋と一目でわかるアイテムが服のオシャレアイテムにもなっている――
説明を省いた簡単な名前は外出着だ。ハイグレードな、オシャレな、を付けると良い感じだ。
「最高に仕立て屋な格好してるね! オシャレだ! 本当にその辺歩くだけ?」
「ああ、散歩さ」
「もったいない! 仕立て屋に相応しい場所があるはずだよ!」
「そうかな?」
私の力説に笑いつつも仕立て屋は期待の眼差しをくれた。
応えたい、どこか良い場所は……
「そうだ! さっき、加工屋と一緒に行ってきたカフェ、新しくてオシャレだったよ」
「新しいカフェか、休憩に良さそうだね」
「うん、お茶も美味しかったし。あっ、だけど、客層は魔法使いと魔女で、服は黒系が多くてね、そのスーツだと浮くかもしれない……注目の的になるのは間違いなしだけど、お茶を飲むのに落ち着かないよね」
「ふふ、そうだね」
仕立て屋は特に気にしてないように笑った。
ああ、そうだ、服装を見られるのは本望なんだ、仕立て屋だから。
それなら、
「いっそ、貴族街に行ったらどうかな? よく似合うと思うよ。貴族達も真似したくなるようなオシャレなデザインだ」
「そうかな?」
「うん、マスターに見せたらどうかな? 出来栄えに感心してくれるんじゃないかな。私が師匠なら弟子がこんな服を作って着て現れたら大絶賛して褒めまくるよ。自慢の弟子だって近所中に見せて回るし」
「ふふふっ、ユルクは褒め上手な師匠になるだろうね」
大げさではないと真剣な眼差しを送ろう。
「私は、過大評価はしないよ。見たまま感じたまま評価してる。作る人と着る人の信頼を得る誠実な服屋でいたいからね」
「うん、わかってる」
仕立て屋も真剣な眼差しと笑みを返してきた。
「だから、ユルクから褒め言葉を貰えると気分が良くなるよ。ありがとう、マスターに褒めてもらうのを期待して見せに行くのは、ちょっと気恥ずかしいけど、自信を持って行ってみるよ」
「うんっ……!」
私の言葉を信じて行動してくれる。
仕立て屋も、かけがえのない服飾ギルドの仲間だ!
「そうだ!服の名前! 浮かびそうだよ――」
普段着を作った気楽さ、それにしては際立つ美しさ、散歩からネーミングが浮かんだ!
「"仕立て屋の気まぐれスーツ 遊歩者の美装 " だ! どうかな?」
「あははっ、良い名前だね!」
こんなに嬉しそうに笑う仕立て屋は珍しい――!
「凄く良いよ」
仕立て屋も過大評価はしない誠実な眼差しをくれた。
「じゃあ、誰かに "そのスーツ素敵ですね!" って話しかけられたら名前を教えてあげてくれる?」
「もちろん。服屋ユルク◊ドレスアップの店主が付けてくれたと言っておくよ」
「ありがとう!」
期待と感謝のスマイル!
「素材屋に続き仕立て屋までもネーミングセンス向上と服屋の宣伝に協力してくれるなんて、今日は本当に前進したよ!」
「ふふっ、それはよかった。それじゃあ、カフェの様子を覗いてみて、それから貴族街に行ってみるよ」
「うん!」
仕立て屋はスマイルを残し上機嫌な足取りで町に出て行った。
道行く人も仕立て屋の姿に目を奪われ心惹かれているようだ。
私も、目が離せないまま後をついて行きたくなる。
あの仕立て屋となら、どこか素敵なところへ行けそうだから――
今日の装いは特にだが、普段の仕事服姿の仕立て屋とはまるで違うからな。
別人すぎて町の人も同一人物と思わないんじゃないか。
仕立て屋の服を回想して服装観察だ。
仕立て中の仕立て屋
まさに仕立て中といった服装だ。
髪は落ちないようにフードに綺麗に入れてある。
そのフード付きのチュニック。
帽子単体でこのような布のものは作業帽、バンダナ帽、三角巾がある。
作業用のズボンは動きやすいように靴下 (ホーズ)に入れてしっかり穿いてある。
靴はすぐさま履けるスリップオン、略すとスリッポン。
白い清潔なエプロン。胸にピンクッション。
仕事道具を入れるバッグが付いたツールベルト。
服装チェックもすぐに終わる簡潔な姿だ。
説明を省いた簡単な名前は仕事服、作業着、ワークウェア、ユニフォームだ。
ここまで違うと、さっきの姿は魔法でドレスアップしたかのようだ。
私もたまには、あんな服装をするべきか?
別人のように町を歩けるだろうか?
オシャレなカフェでお茶したりして、いや、あれは普段着だから出店とかでジュースを買って帰るべきか?
わからない、今度試してみるか。
仕立て屋に新しい服を作ってもらって――
補足です。
フラヌールはフランス語で遊歩者、目的もなくブラブラ歩く人、町中の観察者などの意味です。
スーツの刺繍のように、かなりはっきり浮いてみえる刺繍にはコード刺繍やジャガード刺繍があります。
帽子のバンドとベストの色は最初は黒にしていてシックな感じでよかったのですが空色のほうがファンタジーっぽさがあって良い感じです。
少し現実離れした配色や形状でコーディネートすると簡単にファンタジー感を出せますね。
ハサミケースですがストラップでベルトに装着するよりケースの裏にフックなど付けてベルトに装着するほうが黒いストラップ線がなくせるので見栄えがいいですね。
ファンタジーなら細かい装着用のストラップとかは省略されるものですね。
仕立て中の挿絵は回想なのでセピア色になっています。
一応、中世の作業着を再現したものです。
今風のエプロンがあったのかは曖昧ですが、エプロンのような布はつけていたようです。腰に布を巻きつけて腰エプロンとかですかね。
帽子はバンダナか三角巾だともっとぴったり巻きついています。挿絵のは中世のフードと姉さん被りに近いですね。
そしてハサミの持ち方がプロとは思えない危ない持ち方になってしまってますね。正しく柄、ハンドルを持ちましょう。




