#12:絶対正義
「チャータ……魔族?」
「そうだ、星の数ほど存在する魔族の中でひときわ異彩を放つチャータ魔族だ」
その言い方は、シンがチャータ魔族であることを誇りに思っている様子がうかがえた。その一方で、魔族がよく使う「最強」とか「最高」という強い言葉を使わなかったことが、テノエの心に引っかかった。
「チャータとは、どういう意味ですか?」
テノエは質問した。
イダフ語であれば、重要な紙片や札、カードを表す言葉だ。文脈によっては護符とか呪符と訳すほうが適している。もし、この意味が一致したなら、シンは魔族で間違いない。
だが、シンが魔族を自称しているだけの可哀想な心の持ち主である可能性もわずかに残っている。そのわずかな可能性を排除するための質問だった。
シンはまるで教師のような口調で答えた。
「チャータは僕らの先祖が使った古い言葉でね。あえて日本語に直訳すると「世界中のあらゆる力を行使しうる札」だ。かみ砕いて言うならカードかな」
それでシンが魔族だとテノエは確信した。
「なるほど、カード……ですか」
それだけ言うと、テノエは無表情になった。
この無表情にはこれまでとは異なり、魔族に対する冷ややかな殺意が含まれていた。
たとえ向こうに敵意がないとしても、魔族を相手に攻撃をためらう理由はない。
彼女は魔力を込めると、それに気づいたのか、わずかにシンの視線が泳いだ。シンの視線はテノエではなく、彼女の背後を見た。
(まさか!)
テノエが気づくと背後に2人の男が立っていた。2人はいまにも自分につかみかかろうとしていた。
(さっきの男たち!?)
あれだけのダメージを受けてこんなに早く追ってこられるはずがない、と思ったものの、すぐに目の前の現実に対応すべく、次の行動に出た。
テノエは振り返りながら椅子から立ち上がると、両手を男たちに向け氷結魔法を放った。
――氷結魔法
一般的には氷の刃が飛び交ったり、相手を氷の中に閉じ込めたりするものを思い浮かべがちだが、最近、テノエの魔法からはそのような派手さは見られなくなっていた。
テノエの攻撃目標は血液、血液の温度だ。
それも凍り付かせる必要はない。血液の温度を10度以下まで下げるだけでよく、全部ではなく一部を冷やせれば十分だ。
成功すれば、冷えた血液は心臓を経由して全身に回って低体温症を引き起こす。そして、その場で崩れ落ち、動けなくなる。
魔力を調整すれば、後遺症を与えずに相手を無力化できる。しかも回復には数日かかるので、すぐに反撃される恐れもない。
仮に威力が強すぎて相手が死んでも、死因は特定できないし、万が一、その場を録画されていたとしても、テノエはただ手をかざしたように見えるだけだ。
それだけで死因を彼女に求めるのは不可能である。
夏場であれば、死因は別の病名で診断されるだろう。魔力もさほど消費せず、足もつかない効率的な攻撃方法だ。
そして、2人の男はその場でうずくまると動かなくなった。さっきは十分調整できたが、今度はそんな余裕はなかったから、多分そのまま死ぬだろう。
「それ、魔法だね。さっき1人殺したのと同じものかな?」
サンディエゴ・ドミニオンズのキャップを被り、シンが距離を置いて立っていた。
テノエは無言のままシンを見る。
「あなたは見かけよりもずいぶんと残忍な人だね。何の躊躇もなく3人殺すなんて。もしかして君が、あの噂のザミダフスレイヤーなのかい?」
「さあ、よくわかりません」
テノエはそう答えながらも、共に魔族と戦った盟友が魔族たちにそう呼ばれていたことを懐かしみ、無表情が少しだけ緩んだ。
「でも、ザミダフスレイヤーは男で剣士のはずだ。ということはその仲間か? 凶暴で強力な魔法士の相棒がいると聞いたことがある」
(それって……私じゃなくて彩ちゃん)
親友の顔を思い浮かべると、テノエは少し不機嫌になり、無表情に戻る。
かつてザミダフスレイヤーと呼ばれた盟友とは一緒に多くの戦いをくぐり抜けてきた。彩月も一緒に戦ったが、共に戦った回数も、戦いの困難さも、自分のほうが上だ。
それなのに、世間は彩ちゃんを相棒と見なしている。
でも、それも仕方のないことだ、とテノエは諦観する。なぜなら、彩ちゃんほど強くて可愛い女の子は唯一無二だからだ。
「シン、あなたは魔族なのね」
テノエはそう言いながら、既に攻撃魔法の準備を整えていた。
「そうだ。さっきそう言っただろう。魔族覚醒を経て、僕は人を超えた存在となった。だが、法律上、僕は無辜の日本人でもある。信じないかもしれないが、何人かの命を救っている。それでも魔族だからという理由で、魔族殺しらしく、僕を殺すのかい?」
「必要であれば、私は躊躇しない」
「それが君の正義か?」
「ええ、そうよ。でも、その前にあの娘たちをどうしたのか話してくれない? 正直かつ正確に」
「あの娘たち?」
「そう……〇〇 〇〇」
テノエが1人の女子高生の名を挙げると、不敵な笑みがシンの顔から消えた。
「次に、□ □」
さらに余裕がシンの顔から消えた。
「そして、アンナ……菅井アンナ」
テノエが3人目の名前を告げると、シンは忌まわしそうな表情になったが、すぐにさっきの不敵な表情に戻った。
「なるほど、僕のパソコンをハッキングしたのか。あんなシンプルなホームページにそんな仕掛けをしていたとはね。なかなかやるじゃないか、花々緒……いや、大江天さん」
今度はテノエがたじろぐ番だった。本名がばれているとは思っていなかった。
(どうして?)
テノエの疑問に答えるようにシンは笑った。
「僕のデータを抜くのなら、そっちのデータだって抜かれることも覚悟してもらわないとね」
シンはジャケットを整えた。
「あの3人をどうしたのか、だったね。それなら大丈夫だ。3人とも脱出転生を果たし、日本のどこかで新しい人生を歩んでいる。もうデータは見ているよね」
シンの指摘は正しかった。
テノエはシンのパソコンから抜き出したデータから、その3人の女子中高生の名を掴んでいた。
「まさか、元の生活に戻すなんてことは言わないでほしいね。あの娘たちはこれまでの人生から抜け出す必要があった。そうしなければ、自殺したに違いない。だから、僕は手を差し伸べた」
「そのために、あの娘たちを魔族にした……」
テノエは冷たく言った。
「そうだ。そうしなければあの娘たちは死を選んだ。10代の女の子が自殺するなんて個人的にも社会的にも耐えがたいことだ。手段はともかく自殺だけは何としても阻止する。これは絶対正義だ。そう僕は信じている。違うかい?」
シンの言葉が熱を帯びてきた。
テノエはシンを無表情のまま見つめ返す。
魔族と対峙するときに絶対やってはいけないことの1つに、相手の意見に同意することがある。連中はいろんな理屈をつけては自分の行動を正当化する。
確かに、少女たちに限らず、誰かの自殺を止めることは正義だ。
だが、そのために魔族細胞を植え付けて別人にしてしまうのであれば、話は違う。
それは正義ではない。正義を隠れ蓑にして、自分たち魔族の勢力拡大のため、不幸な条件を満たした娘たちを利用しているに過ぎない。そんなことを許していれば、やがて数を増やしたチャータ魔族たちはより多くの人々を不幸にするだろう。
(ここで倒す)
テノエは腹を決めた。同じ氷結魔法を使ってシンを凍らせ、粉々に砕く。
すると、それを悟ったのかシンは淡々と言った。
「えっと……僕を殺すのはいいけど、さっきの女の子は死んじゃうよ」
単純な計算間違いを指摘するような、気負いのない口調だった。
「君があの娘を救えるというなら、君の正義の名の下、遠慮なく僕を殺ればいい。戦いに関しては、君のほうがずっと上手だ。チャータ魔族は戦闘があまり得意じゃないのでね」
テノエは一瞬たじろいだ。
自分にあの少女の自殺を止められるだろうか、と自問する。
――『魔族の言葉に迷うなら、先に魔族を討て』
テノエはその金言を思い出し、魔力を集め、冷静な殺意をシンに向けた。次の瞬間、テノエの視界が真っ暗になった。
そして、真っ暗な空間にメッセージが1行ずつ、浮かんでは消えた。
>管理者によるコマンド(/kick)が実行されました。
>接続が切断されました。
>あなたはリーンベント・アイランドから追放されました。
メッセージが消えてから、真っ暗な空間にシンの声が響いた。
「一度素直にやられてみようかとも思ったけど、変にダメージが残っても困るから。やっぱりあの少女を助けるのを先にするよ。会えて楽しかった。じゃあね」
そして、その声も消えたあと、気づくとテノエは『水槽』の中で横になっていた。彼女の目に映ったのは、暗闇の中、かすかに見える『水槽』の重い蓋だった。




