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脱出転生サイドストーリーズ  作者: 等々力 至
人と魔族と彼女の正義
29/29

#13:No.4の脱出転生

――午後11時50分、ミュートシティ 15階、株式会社リーンベント

 自分で淹れたコーヒーを飲み終え、心を落ち着けると、シンは社長室に隣接する実験室(ラボ)に入った。ラボは薄暗い緑色の光に満たされており、中央に置かれた処置台に一人の少女が眠っている。


 この少女に起こった不運な出来事について、彼は心から同情した。彼女には何の落ち度もなかった。それなのにあんな男たちに……酷い話だ。


「ちゃんと生まれ変わらせてあげるからね、No.4」

 シンは少女に話しかけた。

 最近は必要以上に感情移入しないように番号で呼ぶようにしている。

 だから今回も必ず成功させる。

 彼は改めて強い決意を固めると、最終選考となる魔兆札(チャータ)を2枚取り出した。


 1枚は『オーシャ』。もう1枚は『シャハツ』。

 使用できるのは1枚。

 No.4にとってどちらがより良い選択になるだろう。残り時間は10分。0時にはどちらか1枚を選ばなくてはならない。


 シンは改めて2枚を見比べる。

 No.4に対して『オーシャ』を使えば、戦闘力が向上し、体形も格闘家のような筋肉質に変わるが、気性が荒くなる。一方、『シャハツ』は戦闘力や体形は変わらないものの、知力や話術が向上し、コミュニケーションが上手になる。


 どちらかを決めきれずにいると、処置台の足元に不釣り合いなピンク色のバスケットが置いてあることに気づいた。


(ああ、そうだった)

 シンは一旦ラボから出ると、すぐに社長室のデスクの脇に置いてある3つの紙袋(ショッパー)を手に取った。

(ん?軽いな)

 ショッパーの1つが思っていたより軽い。彼は一瞬首をかしげたものの、ショッパーの中を見るとビキニとスイミングキャップが入っていた。

(そういうことか)


 シンは納得するとラボに戻り、ショッパーを全てバスケットに収めると、自らの仮想空間(アイランド)で起こった事を思い返していた。


(危ないところ……だったのかな)


 花々緒(カカオ)都愛(トア)こと、大江(おおえ)天(てん)

 攻撃に移るまでの時間がとても早かった。

 普通なら攻撃するまでに会話なり警告なり、一定の手順を踏んでから攻撃するはずだが、大江天はあの3人を始末するのに、結果として2秒とかかっていない。

 詳細な分析は後でするにしても、あれが彼女の当たり前なのだろうか?

 だとすれば、よほど戦い慣れているか、相当な臆病者だ。


 そう考えると、事前に彼女をリーンベント・アイランドで観察できたのは収穫だった。あれだけの美人で、あれだけの強さだ。どうにか「攻略」して味方側に置いて置きたい。そのためには十分な研究が必要になる。


 一つ気になるのは、大江天が反魔族主義者かも知れないということだ。

 最悪、ザミダフスレイヤーの仲間かもしれない。となると、魔族を倒すという「正義」のためなら、無関係な人間を巻き込んでも構わない、という非常に危険な考えに染まっているおそれがある。


 もしそうなら、簡単に味方にはならないだろう。

 それでもこちらの味方にしたいのであれば、上位魔兆札(チャータ)『レイソウ』が要る。そして、『レイソウ』を作り出すには『オーシャ』が必要だ。

 となれば、この少女に使える魔兆札(チャータ)は自動的に決まる。


 0時になった。

 シンは深呼吸をすると、魔兆札(チャータ)『シャハツ』を眠っているNo.4の額に当て、呪文を唱えはじめた。チャータは呪文の抑揚に合わせるように瞬くと、生き物のように彼女の額に吸い込まれた。

 しばらくすると、少女の口や鼻、耳から煙が少しずつ吐き出されてきた。続いて全身の毛穴から産毛のような細い煙がいくつもゆるやかに立ち昇る。


 一見するとNo.4の体内で何かが燃えているようだ。

 けれどもシンの反応は違った。

(よし!)

 成功を確信すると、シンは満足げな表情でラボを出て、ドアの鍵をかけた。


 社長室に戻り、シンはデスクに向かうと鍵付きのノートを取り出し、本日の出来事を書き込んだ。そして、AIパソコンに向かいプロンプトを一つ入力した。


『大江(おおえ)天(てん)の身上調査書を作成せよ』


 シンはようやくこの日の仕事を終えると、帰宅の途についた。



――翌朝、テノエの自宅、3階「多目的室」

「あっ、起きた」

 テノエが「水槽」の蓋を少しずらすと、そのすき間から彩月(あやづき)は急ぎながらも、おそるおそる「水槽」の中をのぞき込んできた。昨晩、彩月は興奮して寝付けず、2時間おきに「水槽」の様子を見に来ていた。


「おはようございまーす。テノエさん、大丈夫ですか?」

「あ、彩(あや)ちゃん……おはよう」

 テノエはゆっくりと蓋を開け放って、水槽から上体を起こす。


――『何か奇妙なことが起こった』

 彼女は眠っている間の出来事をそのように感じていたが、具体的なことはわからなかった。


「テノエさん、その服……」

 彩月が驚きの目を向けている。

「なあに?」

 まだ、頭がぼんやりとしている。時間的には十分な睡眠をとったはずなのにまだ眠い。それどころか倦怠感すらある。普段のテノエにしては珍しいことだ。

「着替えたんですか? 高級そうなサンドレスですね、すっごく綺麗」


 彩月に言われてテノエはハッとした。

(また白いワンピース!)

 寝るときは魔法耐性のあるビキニを着たはずだ。しかし、自分で買ったおぼえのない白いワンピースをいつのまにか着ている。


「リーンベント・アイランド……まさか!」

 テノエは半ば叫んでいた。

 そして、ワンピースの広く開いた胸元を引っ張って中をのぞき込むと、勢いよく立ち上がった。


「テノエさん?……」

 状況を理解できないまま、彩月がテノエを見上げると、軽そうな素材の帽子がひらひらと彩月の目の前に落ちてきたのでキャッチする。かなり高級そうな帽子だ。

 立ち上がった勢いのまま、テノエが「水槽」から足を踏み出すと、パン!と大理石の床から乾いた音がした。白いサンダルを履いていた。


(……キレてる?)

 普段とは異なるテノエの荒々しい様子に彩月が唖然としていると、更にテノエは彩月を驚愕させる行動に出た。

 テノエは何かを蹴るように足を振って、サンダルを脱ぎ捨てると、力任せにワンピースも脱ぎ捨てた。


(きゃあーああああああああああ)

 彩月は歓喜した。

 普段ならスポーツブラとショーツのテノエだが、珍しく今朝は色香の漂う上下のランジェリーを身に着けている。

(めっちゃきれいいい、かっこいいいいい、美しいいいいい!)


 彩月はその姿を賛美する一方、同時に別のものも見えていた。

 テノエの背後から、爆発する火山のような激しい怒りがほとばしっている。

 怒れるテノエに恐れを感じながらも、艶めかしいランジェリー姿からも目が離せない。すると、あろうことか、テノエは自分の着ているランジェリーを引き裂くように脱いで、床に叩きつけた。


(えええええっ! なになになに?)

 テノエは着ていたものを全て脱ぎ捨てた。


(フルヌードだぁ♡)

 その姿は彩月にとっては生唾ものだが、今のテノエに昨晩のようなちょっかいをかける気は起きなかった。

 テノエはどうやら衣類に相当怒っているようだ。理由はわからない。


 ハラハラしながら彩月が様子を見ていると、テノエが魔力を込めていることに気づいた。

(えっ? 攻撃魔法? 使うの? ここで?)

 かなりの威力だ。彩月が反射的に身構える。


 テノエは怒りのまま魔法を放つ。

 攻撃目標は脱ぎ捨てたワンピースやランジェリー、サンダルだった。

(消去魔法!? って、あれ消しちゃうの? もったいなくない?)

 彩月の感想とは関係なく、それらはあっという間に光の粒に変わり、消えていった。


 自分が身に着けていたものを消し去ると、テノエは彩月の正面に立ち、手を出した。

「彩ちゃん、それも」

 全裸のテノエを下から見上げているのに、彩月にはその絶景を鑑賞する余裕はなかった。持っていた帽子を慌ててテノエに渡すと、テノエは敵討ちでも果たすかのように、一瞬で帽子を消し去った。


 テノエは注意深く周りを見回し、これ以上消し去るものが無いことを確認すると、大きく息を吐いてから、階段を下りて行った。


(いったい何?)

 彩月は混乱していた。

 何が起こったのかは見て理解している。しかし、どうしてそんなことが起こったのか、彩月にはまるでわからなかった。


 そのまま、彩月は多目的室に取り残されるかたちとなり、しばらくの間、呆然としていた。やがて日光が差し込んできて、彩月の頬に光が差す。

 そうなって、ようやく彼女は我に返った。

 彩月の耳に聞こえてきたのは、階下のシャワーの強い水音だった。



――ミュートシティ 15階、株式会社リーンベント 実験室(ラボ)

 No.4と呼ばれた少女が目を覚ますと、その動きを感知してラボの照明が点灯した。

 少女は周りを見回す。あの人はいない。あらかじめ聞かされていたとおりだ。

 少女は処置台から降りる。

 身体が軽い、思ったよりもすんなりと動く。


 少女は自分の肉体から「成功したよ」と告げられたような気がした。

 体内に溜まっていた何か悪いものが雲散霧消したような気分だ。

 あの人を信じて良かった、と改めて思う。とは言っても、あのとき他の選択肢など考えられなかった。


 少女はウォールミラーを見つけると、その前に立った。

 鏡に映ったのは、自分の面影を残す別人だった。両親が見たなら少女によく似ていると思うが、少女本人だとは思わないだろう。

 その程度には少女の見た目は変わっていた。


(ええっと、あった……)

 ピンク色のバスケットにショッパーが3袋入っているのを見つけた。

 少女がショッパーを開けると、中にはブランド服一式が入っていた。少女は目を丸くしたものの、これもあの人から言われていたことだと思い出す。


 少女は着替えを済ませると、再びウォールミラーの前に立った。

 今度は完全な別人になっていた。

 あの人の言う「脱出転生」ができたのだと少女は確信した。


 余った服を1つのショッパーにまとめ、バスケットの底にある新しいスマートフォンを手に取ると、少女は通用口のドアを開け、廊下に出た。オフィスフロアはすっかり静まりかえっている。

(そっか、今日は日曜日か)


 エレベーターに向かう途中、少女はスチールドアの前で立ち止まると深く一礼した。そのドアには「株式会社リーンベント」と記された金属製のプレートが掲げられていた。

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