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シェへルティアの黒狼騎士  作者: 夏萌
第三章 魔術学園初年度編
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5話 片耳のクレイグ

お待たせして申し訳ありません。


ブックマーク100件突破しました。

本当にありがとうございます。

ノロノロ更新ですが、絶対にエタらせませんので、今後ともよろしくお願いします。

 


「ここで何してるんだ。クレイグ」


「見ての通り豆売りだ」


 クレイグと呼ばれた男はシオの問いに律儀に答える。

 確かに彼が肩に持つ籠の中には、エッカ豆が一杯に詰まっていた。


「職替えしたのか?」


「いや、ちげぇけど…てか、お前こそここで何してんだよ?」


「俺は学園に通うために森を出てきた」


「はぁ?学園ってあの学園のことか?」


 クレイグは数百メートル離れた場所に見える白い建物を指差した。


「あれ以外ないだろ」


「でも、めちゃくちゃ頭良い奴らが通うとこだろ?」


「うーん。俺が入学出来るぐらいだし、元の知能の差はあんまり関係ないと思うけどな」


「合格したのかよ…」


 僅かに首を傾げる少年を見て、疲れたように呟いた。


「ああ。さっき学園に行ってきたとこだよ」


「入学式はもっと後だろ?」


「その入学式で代表挨拶しないといけなくてさ。その打ち合わせ」


「はぁ⁉︎まさか主席合格か‼︎」


 職業柄か周囲の目には注意を払うようで、小声で叫ぶという器用さを見せる。


「そうそう。それはともかく、お前と会ったのは偶然だよ。偶然」


手をひらひらさせて、先程のクレイグの発言を否定する。


「あっさりし過ぎだろ。もっと運命の再会に感動しろよ。お前全然俺の事心配してなかっただろ」


「いや、元気そうでよかったけど」


「なっ!」


 予想外の返答に一瞬固まった後、ニヤニヤし出すクレイグ。


「うるさい」


「何も言ってねぇだろ⁉︎」


「顔が」


「ひでぇ!」


 シオは、腕で顔を覆い、めそめそ泣く真似をする彼を意に介さず、「場所を変えるぞ」と呼びかけ、歩き始める。クレイグも文句を言わずに付いて行き、シオの隣に並ぶ。


「お前はどんどん口が悪くなってるよな…。婆さんも悲しんでたぞ」


「そのマルグリットさんはお前のせいだと思ってるよ」


「え…」


「あ。オレゴのジュースだ。喉乾いたし買ってくか」


 シオは華麗にスルーして、オレゴというほぼオレンジの果実のジュースを二人分注文し、一つをクレイグに渡す。


「ほい」


「おお。あんがとよ」


 ジュース屋の店主に断りを入れて、露店の裏に積み重なった空の木箱の上に腰掛けた。


「それで、一体何をやらかして逃げてきたんだ?」


「あー。まぁ、売る相手を間違えたってやつ…?」


 クレイグの本業は情報屋。彼こそシオがマクセルで襲撃される原因となった人物である。

 職絡みで殺されかけていたところをシオが助け、かれこれ十年の付き合いになる。

 因みにシオが妙に対人戦闘慣れしているのは、父親との模擬戦とクレイグの引き起こしたトラブルに度々巻き込まれ結果である。


「マイクロフ(こっち)トに来る前、マルグリットさんに挨拶しに行った時に、お前がマクセルを出たって聞いた。その後、お前の昔(・)の家行ったら襲われたよ。古巣まで探られるなんて、相当厄介な相手に目をつけられたんじゃないか?」


 クレイグはシオの勧めで一定期間を置いて住処を移している。

 シオが訪れた廃屋は、彼が以前使用していたもので、次の住人が現れないのをいい事にシオが勝手に貴重品を隠していたのだ。


「こえぇ…。俺そんなに怒られるような事した覚えねぇんだけど…」


 クレイグは人材斡旋も行っているのだが、きな臭さを感じた場合は積極的には売らないようにしている。情報屋業自体は犯罪でなくとも(グレーゾーンだが)、飛び火して御用になる可能性があるし、いい加減な情報を流せば、他の客の信用にも関わってくるからだ。

 しかし、勝手に耳に入ってくる情報もある。そして、一人だけ酒の席で裏の事情–––––人身売買の可能性を含めて売ってしまった人物がいた。常連客の大柄な男だ。

 まさか、すっかり人身売買と確定した情報にすり替えてばら撒かれるとは想定外である。常連客がその危険性を認識していないはずがないのだから。

 さらに悪いことに、どうやら人身売買にブルトン男爵という王城の文官が一枚も二枚も噛んでいるらしい。

 男爵自身が度々品定めに出張ってきていれば、嗅ぎつけられて当然という話なのだが、怒りはクレイグに向けられたのである。

 これはシオ案件(シオの力を借りて助かった、とてもヤバかった状況)以上だと予感し、マルテンシュタイン領に逃げ込んで今に至る。


「それは……逆恨みだな」


「だろ?」


「間抜けとか思ってて悪かったよ」


「思ってたのかよ」


 クスクス笑うシオを不満そうに睨みつける。


「こっちでも『片耳のクレイグ』って呼び名で結構売れてんだぜ」


「へぇ。もう顧客が付いたのか。相変わらず仕入れは上手いよな」


「は(・)は余計だっての」


 この男は少々詰めが甘いが、巧みな対人関係能力で様々な情報を掻き集めてくる。

 ただし、絶望的に運がないのだった。


「でも、気になることがあんだよ」


「何だ?」


「その客がまた次の日に来たんだけどよ。前の日に俺と会ってねぇって言うんだ。しかも、俺がフードで顔が見えない奴と歩いてたって目撃情報まで出ちまった。常連客と酒飲んだ、同じ日、同じ時間によ」


 その上、フードの男はスラリとした体型だったというのだから、謎が謎を呼ぶ状態だった。


「魔術で変装って出来るのか?」


「程度にもよるな。誰かそっくりにってのは、幻覚ぐらいしか思いつかないけど、俺には無理」


 精神に直接作用する魔術がないわけではないが、都合よく特定の人物に化ける方法など全く思いつかなかった。


「お前でも出来ないとかほぼ不可能じゃねぇか」


 クレイグは「もやもやするー!」と短い髪を掻き毟った後、今思い出したとばかりに顔を上げた。


「そういや、お前何で俺の前の家に行ったんだ?」


「あぁ…隠してあったお金を回収しに行ったんだよ」


「…ん?ああ。あのやったら高そうで、全然開けらんねぇ箱か」


「仕組みは単純なんだけどな」


 シオの血で結界の魔法陣が描かれた水晶を半分に割り、開口部の内側にそれぞれ設置しただけ。蓋を閉じると一つの魔法陣になり、開けると魔法陣の形を為さなくなって解除される仕組みだ。だから蓋自体に鍵は付いていない。血に込められた魔力が尽きるまで、シオがどれだけ離れていようと魔術の効果は継続する。


 当然、結界を破れば良いだけなのだが、言うほど簡単ではない。なんせ仕掛けた本人が正攻法での破壊に苦労する強度なのだ。–––––––もっとも正攻法でなければ開け閉め自由だが。


「多分、一度クレイグを狙って侵入して、俺の隠した箱を見つけたんだと思う。箱自体が高価だし、魔道具を合わせるとそこそこの価値はあるからな。改めて回収しに来て、ついでに俺からお前の情報を引き出そうとしたんだろう」


「で、見事に返り討ちにしてやったと。お宝は無事だったのか?」


「ああ。中身だけ抜いて置いてきた」


 シオは鋭い眼差しはそのままに、僅かに口元を緩めた。十中八九何かを企んでいる時の顔だ。

 かれこれ十年の付き合いである。クレイグにもそのくらいは察せられたが、「わざと置いてきた」とも聞こえる発言の真意までは分からなかった。

 余程持ち去られない自信でもあるのだろうか。


「…なんでだ?」


「実はあの箱、開けるのは難しいけど、物理的に動かすことは可能なんだよ。周りの地面ごと切り出して運べばいい」


「はぁ?じゃあもう盗まれてるかもしんねぇじゃねぇか」


「それはそれで良いんだよ。お土産を入れといたから」


「土産?」


 そんなもの入れてどうすんだよ。と言いかけたが、流石に言葉通りの意味ではないはずだ。

 クレイグは視線で回答を促した。


「集音機能の魔道具だよ」


 柔らかい言い方をしているが、要は盗聴器である。


「お前怖ぇ」


「悪用はしないから安心したまえ」


 地球でも盗聴行為自体は犯罪ではなかったし、ここは異世界だ。そこまで監視の目は多くない。それに本当に悪用するつもりはないのだ。今回は暗殺してくるような危険な相手だったから遠慮していないだけだ。

 つまりは無問題(モーマンタイ)。


「ところでクレイグ、最近“ヘロン”って名前聞いたことあるか?」


「ヘロン…?いや、記憶にはねぇけど、なんでまた?」


 シオの聞き方からすると裏で名が通っていないかということだが、クレイグには心当たりがなかった。


「いや、箱を盗むように依頼したのが“ヘロン様”だっていうのは聞き取れたんだけど…」


 シオの開発した魔道具も万能ではない。全ての会話を聴き取れるわけではなかった。ただ、前後の内容からヘロンという人物が、クレイグ関連––––––先程判明したブルトン男爵とは別口の依頼者だということは把握できた。

 そこで気になったのが、あの暗殺集団とヘロンの関係性だ。

 金銭での契約?それとも忠誠心からくる主従関係?

 いいや。あれは––––––––恐怖。


「なんとなく、厄介そうな相手な気がしてさ」


 最近は扉を開け閉めする音と二言三言の会話しか聴こえない。どうやら倉庫のような場所に保管されているらしい。

 今すぐ回収する(・・・・・・・)には都合がいいが、シオはもう少し泳がせようと考えている。


「ふーん。ま、俺も覚えとくぜ」


「頼む」


 クレイグも深くは尋ねない。職業柄、引き際を弁える事は重要なのだ。



 ジュース屋の店主にお礼を言ってその場を離れ、二人は再び歩き出した。

 クレイグは時々道行く人に声を掛けられ、エッカ豆を売っている。

 不意にシオが半歩横にズレて露店を覗き込む。それに合わせてクレイグが体の向きを変えると、彼の左横を少年が小走りでかけていった。


 クレイグの顔の左側は、右側と違って平らだ。十年前、彼の左耳は一瞬にしてナイフで切り飛ばされた。

 耳の内部に損傷は無かったが、耳介の集音効果と外耳道の共鳴効果が低下し、聴力が落ちてしまった。

 日常生活に支障を来す程ではないが、今のように接近されても気付けないことがある。

 そういう時、シオは実にさり気無くクレイグを手助けするのだ。

 後になって気付く事もあるし、きっとクレイグが見逃してきた事もあるのだろう。


 振り返ったシオは、クレイグを見て怪訝な顔をする。


「なんでそんなに笑ってるんだ?」


 だから、クレイグはニッとした笑みに変え、


「なんでもねぇよ!」


 気付かないふりをしておくのだ。






 * * *






「改めて、主席合格おめでとう、シオ君」


「おめでとう」


「ありがとうございます」


 アルドーとユアンが宿泊する宿屋の食堂にて、シオを加えた三人は昼食をとっていた。


「驚いたよ。本当に一位取っちゃうなんてさ」


「完璧な家庭教師(エリー先生)がついてましたからね」


 別邸で一緒に過ごす間、シオはエリーに付きっ切りで試験勉強を見てもらっていた。

 さすがに独学では限界があったのだ。

 絵梨は翔平より成績が良かったし、教えるのも上手かった。それは今世でも変わらないようだ。


「今日はエリー様には会わなかったのか?」


「ええ。学長と教頭以外の先生はエリーの事知らないですし、あんまりうろちょろするわけにもいかなかったので。でも、学園を覆う結界は少しだけ調べてきましたよ。見ただけですけど」


「俺らは学園に近寄ってすらいないから分からないんだよね。学長先生の固有(オリジナル)魔法がどのぐらい凄いのか」


「固有魔法(オリジナル)ですから、正面から破壊できそうなものではなかっですね。ただ、あれは本来の形じゃないと思います」


「本来の?」


「他所から魔力を供給したり、出入り口を作るために、少し弄ってるんだと思います」


 固有魔法はもっと、ずっと、理不尽なものなのだから。


「まぁ、そうは言っても、固有魔法に対抗できるのは固有魔法だけですから。余程の実力者でも、あの結界を超えるのは不可能に近いと思いますよ」


 それを聞き、アルドー達は少し安心したようだった。


「そうそう。お二人にも相談しようと思ってたんですけど……」


 そう前置きし、飛び級して来年度のチェスカフォードの教師に勧誘されたことを掻い摘んで説明した。


「非常に良い話だ。最終的にはシオが決めるべきことだろう」


「…でも、俺らとしてはなるべくエリー様の側にいて欲しいかな」


 ユアンは少し眉を下げて微笑みながら、アルドーの言葉を引き継いだ。


「そう言ってもらえるのは、凄く嬉しいですよ」


 自分達の代わりに、彼女を守ってくれと任されたのだから。




 三日後、サリヴァンの元にシオ・ナイトリーからの封書が届いた。内容は教員試験を受けてチェスカフォード魔術学園で教鞭をとることを約束するものである。


 ただし、一年は通常学年で、飛び級は二年次からという条件を添えて。




シオは盗聴器を作ろうとしたのではなく、“失敗作”を有効活用しました。

十一歳も年上ですが、シオにとってもクレイグは大事な親友です。


・エッカ豆…茹でて良し!ペーストにして良し!発酵させて良し!お酒のつまみにピッタリ!


次こそは入学式です…‼︎

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