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シェへルティアの黒狼騎士  作者: 夏萌
第三章 魔術学園初年度編
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6話 入学式Ⅰ

段々と登場人物が増えて参りました。


マクシーネ=3月

 


 第一春季(マクシーネ)中旬、マルテンシュタインの中心都市・マイクロフトでは成人前後の少年少女達を頻繁に見かけるようになる。


 今年もまた、チェスカフォード魔術学園の入学式がやって来たのだ。




 * * *





 元々学園内で過ごしていたエリーは、アンネを連れてこっそり実技授業などが行われる修練場前へと移動した。普段は許可を得なければ入れない場所だが、今日は入学式の会場として解放されている。

 因みに、学園内で貴族階級の特権が排除されているが、二名までなら側付きと学生寮で生活することを許可されている。さすがにこれまで身の回りを侍女、侍従に任せていた子供に、いきなり一人で寮生活をさせるのは酷だからだ。

 また、チェスカフォードが平民の生徒が多い学園とはいえ、魔術の私塾に通っていた者などは、大抵が裕福な家庭出身で、所謂お坊ちゃんやお嬢様も少なくない。そういった生徒も慣れるまでは実家からの連れを寮に滞在させている。

 そして、校舎外までなら見送りも特に禁止されていない。だから、エリーがアンネを連れているのは不自然ではないし、同様な生徒をちらほら見かける。


 しかし、周囲の視線は先程からエリーに集まっていた。

 光の加減で銀にも見える白く艶やかな髪、髪同様色素のない長い睫毛と水碧色の瞳、ゆるく弧を描く小さな唇。天使が舞い降りたのかと見紛うような清廉な気を纏う美少女を見つめるな、と言う方が無理である。

 昨晩、エリーはアンネとライラの前で目立つような可笑しな行動はとらないようにしようと意気込んでいたが、聞いていた二人は内心、それは意味がないだろうと考えていた。今日の結果もアンネとしては「やっぱりな」である。


 背後から近付く気配に気付かなかったのは、そんな無秩序に集まる視線に紛れたからだろうか。


「おはよう」


 聞き覚えのある声に反応して、エリーとアンネは同時に振り返る。僅かに目線を上にずらしたのは、目の前の人物の身長が数ヶ月前とは違ったからだ。


「おはようシオ…」


「おはようございます。シオ君」


「おはようございます、アンネさん。エリー?どうかしたか?」


「ううん。いきなり背が伸びていて驚いただけよ」


 別邸を出る前はライラと同じくらいの身長だったはずだが、今ではユアンと変わらないくらいまで成長していた。


「アルドーさん達にも驚かれたよ」


 シオの変化はそれだけではなかった。

 当然エリーも気が付いて素直に尋ねる。


「ねぇ、シオ。その耳飾りは…?」


 シオの両耳には高純度の水晶でできたフープピアスが付いていた。銀色の–––––正確には白金(プラチナ)の装飾がアクセントになっている。

 この時代、この国で、装飾品として耳飾りを身に付けるのは珍しいことではない。しかし、シオが好んで耳に穴を開けるとは、エリーには思えなかった。


「これは…魔道具というか、契約魔術の媒体だよ」


「誰との…?」


 予想が付いているのだろう。エリーの声は遠慮がちだ。シオも彼女が愉快な顔をしない事は予想していたので、歯切れが悪い。


「…シェリンガム(閣下)公だよ」


 それを聞いたエリーはサーッと顔を青くした。


「ご、ごめんなさい。叔父様には後で話を…」


「エリー。そんな事はしなくていいから。納得してるし、俺は気にしてないから」


 エリーが動揺しているのは、叔父がシオに監視目的で耳飾りを身に付けさせたのだと勘付いたからだ。契約の内容は分からないが、自分の身を案じる叔父がシオの自由を拘束したのだろう。その責任の一端は間違いなく己にある。


「でも、私は」


「エリー。本当に形だけみたいなものだから。大したことじゃない。お前のせいでもなんでもないよ」


「う、うん」


 これ以上言い募るのは、却ってシオの迷惑になるだけだと悟り、大人しく頷いた。それを見たシオは優しく微笑む。

 周りでちらちらと様子を窺っていた幾人かの女生徒が頬を染めたが、当の本人は全く気付いていなかった。

 そして、二人のやり取りを一番近くで眺めていたアンネは、密かに驚愕していた。エリーは非情な性格でないし、むしろ素晴らしく心優しいが、ちょっとやそっとの事では動じない人物でもある。ところが、シオの前では異様なまでに素直になるのだ。

 これが恋のなせる技かしら、と感心していると、エリーがアンネに向けて口を開いた。


「アンネ。私達はそろそろ中に入るわね」


「はい。行ってらっしゃいませ」


 往来ということで会釈程度に留めるが、王女の侍女に相応しい洗練された所作で腰を折る。


「ありがとう。行ってきます」


 シオとエリーは並んで人混みの中へと消えていった。






 * * *





「在校生代表、フィラデルフォス・ディディスカス」


「はい」


 最前列の男子生徒が立ち上がり、壇上に上がる。

 少し長めの金髪に、爽やかな美声、整った顔立ちに浮かべた微笑みは、まるで御伽噺の王子画を切り取ったかのようである。


「代表はやはりディディスカスか」


「そういえば一昨年の新入生代表も彼だったよね」


 教員席のエステラ・アデレイドとアイザック・メイソンは、昨年と同じように並んで式の進行を見守っていた。


「新入生代表、シオ・ナイトリー」


「はい」


 在校生代表の挨拶が終わると、次は今年の新入生代表、つまり主席合格者の代表挨拶に移る。

 壇上に上がったのは濡れ羽色の髪に金の瞳を持つ少年。フィラデルフォスとは異なる種類の美少年だった。


「…中、この良き日を迎えられたことを心より…」


 堂々とした読みぶりから大人びた雰囲気があり、不思議と目をそらせない。入試の論述を読んだ教師陣の視線も例年より熱いものだった。

 ところが約一名、全く別の意味でシオを見つめる教師がいた。


「美しい…。フィラデルフォス君も華やかだが、彼も実に美しい…」


 隣の同僚の発言を聞き、エステラは思わず距離を取った。ドン引きである。


「…アイザック、彼は生徒だし君は教師だ」


「いやだな、エステラ先生。僕は美しいものが好きなだけだよ」


 エステラは「だとしても先程のは問題発言では」と思いつつ、同僚が道を踏み外すつもりはないようで一先ず安堵した。そもそも彼の美しいもの好きは今に始まった事ではない。


「それに僕にはもう心に決めた女性がいるしね」


「別に聞いていないが」


「つ、冷たいね…。そんなところも悪くないけど…」


 光速のつれない返しに、アイザックは思わず怯む。


「何かいったか?」


 その言葉もエステラの耳には届かなかったようだが、アイザックはいつもの調子を取り戻して、


「なんでもないよ」


 と胡散臭そうな笑みを浮かべるのだった。






 *   *   *






 シオは無難に代表挨拶を終え、元の席へと戻る。大勢の前で何かすることが久しぶりだったので、椅子に座ってこっそり息を吐いた。これも目立つための重要な任務なのだから仕方ない。

 シオがサリヴァンへの返事に一年の条件を付けたのは、エリーが学園生活に慣れるまで側にいるためと、シオが飛び級した場合にエリーに代表挨拶の役目が回ってくる可能性があったためだ。

 本人は彼女の代わりにどう目立とうか考えていたが、別邸の面々に言われた通り、特別なことをしなくても十分注目を集めていた。


 新入生の席順は決まっておらず、入場した物から順次着席する形式だったが、シオは代表挨拶のため新入生の最前、最右列を指定され、エリーの席とは離されてしまっていた。

 しかし、それもほんの少しの時間らしい。

 新入生は入場時に翼を模したラペルピンを受け取り、学園から支給された全生徒共通のローブに付けるように言われていた。翼の先端部分に嵌められた赤、紫、黄、緑、青の五種類の水晶の色でクラスが分けられるらしい。エリーはシオと同じ紫水晶(アメシスト)だった。特に説明はされなかったが、やはり入試の成績が反映されているのだろう。


「紫のクラスはエステラ・アデレイド先生が担当されます」


 シオとエリーの担任はキリッとした二十代半ばの女性だった。

 こうして並んでみると教員の平均年齢は案外低いようだ。中にはまるで少女と見紛うような女教師もいた。いや、実際相当若いのかもしれない。


「続いて非常勤講師の紹介です。エイブラム・ドーレス先生」


 その瞬間、会場がざわついた。発生源は前方の在校生達だ。


「えぇ!?大丈夫なのかよ」


「嘘だろ?俺、去年も廊下で倒れてるの何回か発見してるのに…」


「私は冬休み中に亡くなったって噂を聞いたわよ」


 耳を傾けるとなんとも不穏な会話がなされている。しかし、壇上の様子を見て得心がいった。尋常でなく腰の曲がった老人が、今にも倒れこみそうな様子で杖をついている。

 シオも後々知ることになるのだが…御年百三歳、毎年死亡説が流れる御仁である。


「ドーレス先生は今年から非常勤という勤務形態に変わりますが、引き続き実技の授業を担当していただきます」


 一体何を言っているのか、教頭は。

 新入生一同、真剣に教頭の頭がおかしくなったか、自分の聞き間違いを疑った。

 実技とはつまり魔術を実際に発動させ、延いては模擬戦を行う授業である。椅子に座って指示を出すだけでは務まらないはずだ。

 仮に生徒が魔術を暴走させたら、力付くで止めなければならないからだ。


 幾人かの生徒がイカれた学園に入学してしまったかもしれないと戦々恐々とする中、当の本人はにこにこと好々爺然とした笑みを浮かべている。

 シオはシオでとんだブラック企業に内定してしまったかもしれないと、既に後悔し始めていた。


「ドーレス先生だし、俺らはもう驚かない…」


 そんな在校生の言葉は、悟りを開いたようであった。


(あれ?ドーレス…?)


 気を持ち直したシオは、ふとその名に引っかかるものを覚えたが、既に入学式は閉会して、教師陣が移動の指示を出し始めたことにより、思考を中断された。

 どうやらこの後はクラス毎に魔力や魔術の測定をするようだ。

 魔術版の体力測定みたいなものだろうか、と考えながら、一先ずエリーと合流するために立ち上がった。






ここまでお読み下りありがとうございます。


→次話「入学式Ⅱ」

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